第2話 ギルド

 次の日、僕たちは四人で領都の冒険者ギルドへ来ていた。


 受付で依頼の出されていたオーガの討伐が完了したことを報告し、オーガたちから採取した角や牙などの素材になりそうなもの、オーガの体内から取り出した魔石、オーガの持っていた棍棒などを提出。

 そして今はギルドで査定が行われている間、ギルド受付のカウンターで座って待っている。


 ユキノ・ノア・ファニの三人がおしゃべりをしているのを見ながら、僕はこれまでのことを考えていた。


 僕、カナト・ロアンは日本からの転生者。

 前世では神木奏友という名前のブラック企業に勤めるサラリーマンで、35歳の時にこの世界に転生した。とはいえ、前世で死亡したのかどうかは正直分からないし、いわゆる『転生』なのかどうかも本当は良く分からない。

 自殺なんてしないし、トラックに轢かれた記憶も無い。女神さまにだって会ってない。死にたいと思ったこともあるけど、なんだかんだで毎日普通に仕事に行き生活していたんだ。


 それがある日、気が付いたらこの世界で生を受けていた。

 今から20年前の事だ。


 最初は混乱したし、意味が分からなかった。だけど前世の事はいくら考えても分からないし、分からない事を考えても仕方ないから死んで転生したものだと考えることにしたんだ。


 それに、前世にはいい思い出はひとつも無い。

 サービス残業あたりまえのブラック企業勤めで、童貞・彼女無しで友達もいなかった。上司にはガミガミ叱られ家に帰ると、両親から「いつ結婚するのか」「彼女の一人もいないのか、情けない」「それでも男か」などと顔を合わせるたびに嫌味を言われる日々。


 毎日毎日、自尊心がガリガリと削られていく。

 そんな日々に疲れ果て、死にたいと思ったことは一度や二度じゃない。


 この世界に転生したのは、そんな時だった。


「この世界、馴染んでみると最高なんだよなぁ」


 口の中で呟く。

 この世界に住んでいるのは『エルフェン』と呼ばれる、いわゆるエルフだ。そして前世にいたような人間はおらず、ラノベなんかで良く出て来るドワーフや魔族なんかもいない。本当にエルフェンのみが住む世界で、だからエルフェンという呼び名の他にふつうに『ヒト』と呼ばれたりもする。


 エルフェンの特徴はカラフルな髪の色と、エルフのような長い耳。

 そして、なにより不老と長寿命だ。

 エルフェンは18歳くらいまではふつうに成長するけど、それ以後は成長も老化もせず外見は一切変化しない。そして寿命は200年くらいあり、寿命が来ると電池の切れた機械みたいに突然動かなくなって死ぬ。


 しかも素晴らしいのが、老化というものが存在しないせいで、年齢を重ねても身体能力が衰えたりしない。脳細胞も若々しいままなのボケたり、思考が硬直化して老害みたいになったりもしない。


 心身ともに若々しいままだ。


「なにそれ最高じゃん」


 ちなみに僕たち日本からの転生組は黒髪黒目で日本人的な特徴を持っているけど、不老長寿命などのエルフェンの特徴は持っていて、見た目が違うだけで種族的にはエルフェンだと考えられている。過去に日本から転生してきた人は何人もいたらしいから、そこは間違いないんじゃないかと思う。


 ……もっとも、外見的特徴が違うと偏見を生む、ってのは異世界でも変わらないらしい。

 僕たち日本からの転生者を『耳なし』『黒子』などと呼んで偏見の目で見る人もいる。だけど決して多数派じゃないし、目に見える形で迫害されているとかそんなことは一切ない。だから、まぁそういうもんだよね、と割り切ればほとんど気にならない範囲だ。


 それに、この世界の人達にはそんな事なんか気にならない良い点があると思う。


 僕は当初、この世界にもラノベなんかでよくあるスラム街みたいなものがあると思っていた。


 だけど、無かった。


 日本にはスラム街なんて無いけど比較的治安の悪い場所とかはあるし、多数ではないにしろ貧困で食べる物に困っているような人もいた。だけどこの世界にはそんな人はいない。

 この世界の人はみんな余裕があり優しく、困っている人がいれば無償で手を差し伸べてくれる。それにそもそも、食べる物が無ければ町の外に出て魔物を狩ってくれば食べ物を買うことが可能だ。子供でも武器を持ち作戦を練れば、角ウサギやはぐれゴブリンくらいなら比較的簡単に倒せる。僕たちが昨日戦ったオーガみたいな凶悪な魔物は、そうそう現れるもんじゃない。

 それに親のいない孤児とかなら、教会や領主様が運営している孤児院とかで面倒を見てもらえるのだ。


「ほんと、理想的な世界だよね」


 本当にそう思う。


 僕の前世は神木奏友だけど、この素晴らしい世界でカナト・ロアンとして生きていけることに喜びを感じていた。

 父のウェイス・ロアンは男爵家当主で、この世界では比較的裕福な方だ。決してお金持ち、という程じゃないけどお金に困ったことはあんまり無いと思う。


 僕の実家で使用人として働いていた侍従と侍女の娘であるファニはすごく慕ってくれているし、僕と同じく20年前にこの世界に転生してきたユキノとノアとも出会うことが出来た。

 三人と体の関係を持つことになったけど、僕のギフトのおかげで関係は良好だ。嫌な事ばかりで自分の居場所というものを感じられなかった前世と比べ、今生きているここが僕の居場所なんだと強く感じている。


 そんな事を考えていると、ギルドの受付嬢が戻ってきた。


「お待たせしました。査定が終わりましたので、証拠として預かっていた魔石をお返しします」


 提出していたオーガの魔石が返却されたので、受け取って腰の魔導袋へ入れる。魔導袋とは、見た目の何十倍もの体積の荷物がいられれる袋の形をした魔導具だ。

 この世界は面白い世界で、貨幣や紙幣は存在しない。魔物の体内からとれる魔石が貨幣の代わりとして使用される、物々交換と貨幣制度の中間のような世界だ。しかもこの魔石、貨幣代わりに使えるほか見た目も奇麗なので装飾品にも使われるし、魔導具の素材にだって使われる。あらゆる用途に使用される、この異世界の根幹ともいえる物質だ。


「それからオーガの鋼鉄の棍棒・角・牙の買取の査定をさせていただきまして、その値段から今回の依頼の仲介料と査定の手数料を引かせていただきます。残りがこちらの魔石となります」

「ありがとう」


 受付嬢が差し出してきたいくつかの魔石を受け取り、それも魔導袋へ。


 さて、これでギルドに来た要件は終了した。

 これからどうしようか、良さそうな依頼があれば受けるか、もしくは昨日依頼をこなしたばかりだから買物にでも出かけてゆっくりしようか……。


 そんな事を考えていると、受付嬢が続けて言う。


「それと、カナトさん達のパーティーに受けていただきたい依頼があります」

「へぇ? 珍しい。なんだろう?」


 思わず尋ね返す。


 僕たちはB級パーティーとなったけど、B級パーティーってのはそれほど貴重な存在って訳じゃない。どんな小さな町にだって数パーティーは絶対にいるし、B級ともなればどのパーティーも安心して依頼を任せられるだけの実績と信頼を兼ね備えている。

 だから、わざわざ僕たちを指名して依頼が出されるなんてのは、とても珍しい事なのだ。


「実は、南の丘で見たことの無い格好をした一行を目撃した者がいまして、その調査に行って欲しいのです。その一行というのがですね……」


 受付嬢はそこで言葉を切ると、僕・ユキノ・ノアと順に視線を巡らせ、少し声をひそめて言った。


「おかしな格好をした『耳なし』の一行だというのです」


 ……それは確かに、僕たち向けの依頼だね。



◇◇◇◇◇



「わたし達以外の日本人なんて初めてだねぇ~~」


 依頼のあった耳なし――元日本人らしき一行を見たという南の丘へと向かう道中、ユキノがにこにことしながら言った。


「ニホンジンかぁ、カナト様たちと同じところから来たっていう。楽しみだよ、どんな人なのか!」


 ファニも楽しみにしてくれているみたいで、くるくると回りながら嬉しそうだ。

 僕もユキノとノア以外の日本からの転生者がいるなら会ってみたい。前世には嫌な思い出しかないけど、前世で食べた物や、好きだったアニメやゲームの話をするのは嫌いじゃないんだ。そんな話を一緒にできる人が増えるのは嬉しい。


 だけど、何事か考えていたノアが真面目な顔で言う。


「……耳なし、と聞いて日本人だと決めつけていいんでしょうか? 他の種族や、転生者だとしてもアメリカ人、とかいう可能性は無いんでしょうか?」

「それは無いんじゃないかな? この世界でエルフェン以外の種族がいたという記録は無いし、伝承なんかで聞いたことも無い。過去に耳なしと言われていた人について調べたこともあるけど、全員黒髪黒目の日本人的特徴だったよ」

「……そうですよね。すみません、変なこと言って」


 苦笑して謝るノアに、「いいって」と笑い返す。

 聞いた事をそのまま受け取ってしまいがちなユキノやファニと違って、物事を立ち止まって考えられるのはノアの良い所だと思う。


「見えたよぉ~~? あれじゃない?」


 ユキノの声に、視線を前へ戻す。


 そしてそこにいた一行を見たとたん、驚きで心臓がどくん、と高鳴った。


 黒髪黒目の四人の日本人。

 女性一人男性三人の四人組で、全員40~50代くらい。

 そう、この世界のエルフェンの外見は全員18歳前後の姿をしている。


 ――つまり、この世界に40~50代くらいの外見の人は存在しない。


 そして、彼らは紺色のスーツに身を包んでいた。

 この世界にもスーツと言えるものはある。貴族に仕える執事などが身に着けている衣服がそれだ。だけどそれは前世で言うところの燕尾服のような外見で、シルエットが太くぼたっとしていて全体的に野暮ったい。


 だけど、彼らの着ているスーツは


 ――前世の百貨店の紳士服売り場で売られているようなピシッとしたビジネススーツ。


 混乱で頭がぐるぐるする。

 これらが意味するところは、彼らは僕たちみたいな日本からの転生者じゃない。


 ――なんらかの手段で日本から来た人たち。


 そんなバカな?!


 彼らがこちらに気付いた。

 先頭にいたスーツを着た50代位の女の人が、手に持っていたスーツケースを地面に置くとズボンのポケットからを取り出す。


 そう、それは明らかにスマートフォンだった。


 彼女はスマホに向かって何かを喋ったあと、スマホを持ったままこちらに歩いてくる。


 そして、僕たちに向かって言った。


「はじめまして。私は日本国内閣府、異世界拉致問題対策本部所属、外務省参事官、日向明子と申します。一緒に日本に帰りましょう」

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