第39話 フラグ回収/折れない魂


(ここで終わらせる……)


 オレはオレだ。ユウキもユウキだ。他の誰でもない。

 オレは首輪に指で触れて、アイツのぬくもりを確かめた。



(あたたかい……ユウキのチカラを感じる)



 死印に宿る魔力は魔法陣で削がれていたが、完全に奪われたわけではなかった。

 ユウキの魔力を奪うのに必死で、オレの方まで気が回らなかったのだろう。



(わかってるよ。この時のために細い糸を繋げてきたんだからな……)



 体に宿る死印。

 そこに眠る”今までのオレ”が急き立ててくる。



「行くわよコジロウくん」


「…………」



魔魅了チャーム】で操られているのか、コジロウは何も答えない。

 メイメイは気にした様子もなく、気絶しているユウキの体を抱えて歩き出す。



「まだ終わりじゃない。コンティニューだ!」



 オレは最後の気力を振りしぼる。

 左腕にラウンドシールドを、右手にクリスタルソードを手に立ち上がった。



「あら? お早いお目覚めね」



 オレの行動を予見していたのか、メイメイは余裕ぶった態度を崩さない。

 ユウキの首に爪を立てて一歩下がった。



「ここは用心棒さんに頑張ってもらおうかしら」



 メイメイが手をかざすと、コジロウの持つ妖刀の刀身に死印が浮かび上がった。



「【魔魅了チャーム】」


「があぁぁっ!」



 死印から黒い光があふれ出し、コジロウの全身を包み込む。

 黒い光はコジロウの体を蝕み、血管を浮かび上がらせる。

 コジロウは白目を剥いて口に牙を、頭に角を生やした。

 その姿はまるでオーガだ。



「コジロウに何をした!」


「妖刀に宿る死印を活性化させたのよ。鬼人化……修羅道に堕ちたコジロウくんにお似合いの呪いだわ」


「ぐぅ、ああぁ……っ!!」



 コジロウは獣のようなうめき声をあげ、妖刀を両手で握る。


 だが、まるで成っていない。

 コジロウの得意技は抜刀による居合い斬りだ。

 死印で能力値を向上させたとしても、”天剣”には遠く及ばない。



「死なない程度にロイスくんの四肢を切り落としなさい。二度と立ち上がれないようにね」



 メイメイの足下の影が広がり床や壁、天井を覆う。

 元々薄暗かった部屋がさらなる深い闇に包まれ、メイメイの姿も闇に消える。



「【シャドウゲート】か……!」



【シャドウゲート】は闇属性の転移魔法だ。

 地脈を利用して、影と影の間を行き来する。

 不死の騎士を暗闇から召喚したのも【シャドウゲート】の効果だろう。

 オレはクリスタルソードを構え、周囲を包む闇に問いかける。


「コジロウ。おまえが求めていた最強は、不意打ちで人をあやめる卑怯者の剣なのか?」


「……っ」



 闇の向こうから息を呑む声が聞こえる。

 言葉は届くようだ。その反応だけで答えは十分だった。



「何を言っても無駄よ。コジロウくんは自ら望んで修羅に堕ちた。人は弱い生き物。だから強者が導いてあげないとね!」



 闇の中からメイメイの声が響く。

 それが戦いの始まりの合図だった。



「――【闇ノ太刀ダークスラッシュ】」



 まばたきをする暇もなく、闇の中からコジロウが姿を現す。

 背後ではなく真っ正面から……!



「やっぱりおまえはそういうヤツだよな!」



 左腕に装備していたラウンドシールドのギミックを発動。

 大盾モードに変形させて、【ダークシールド】をかけた。



 ――――ガギンッ!



【ダークシールド】で魔属性の攻撃の威力を大幅に減少。

 不落の大盾で【闇ノ太刀ダークスラッシュ】を受け止める。

 そして右手に持っていたクリスタルソードを放り投げた。



「コジロウ、破れたり!」


「……ッ!?」



 オレは空いた右手で、コジロウの腕を掴むと。



「【闇の寵愛】!」



 ――――ヴンッ!



 オレの胸に黒い魔法陣が浮かび上がる。

 膨れ上がった魔力は、コジロウが腕につけている魔法の輪っかに注ぎ込まれた。

 次の瞬間――――。



 ――――ズシャン!



 一瞬の稲光の後、コジロウは漆黒の武者鎧に身を包んだ。

 同時に、コジロウに宿っていた禍々しい黒い光が剥がれ落ちる。

 鬼のような角や牙も内側に引っ込み、コジロウは元の姿に戻った。



「ハッ……っ! 拙者は今までなにを……!?」


「そんなっ! 【魔魅了チャーム】が解除された……!?」



 コジロウは握っていた妖刀の柄から手を離す。

 これにはメイメイも驚愕の表情を浮かべていた。



「作戦成功だ」



 その隙を突いて、オレは地面に落ちた妖刀を壁際に蹴飛ばす。

 死印が刻まれた呪いの武器だ。何が起きるかわからない。



「拙者のこの姿はいったい?」


「【魔魅了チャーム】をユウキの力で上書きしたんだ。頭がスッキリしただろ?」



 オレは状況がわかってないコジロウを庇うように盾をかまえ、メイメイと対峙する。


 ユウキの腕輪には呪いを解除する効果がある。

 オレの魔力を分けて魔装具を召喚、腕輪の効果を高めた。



「面目ない。拙者がふがいないばかりに……」


「終わったことは気にするな。これもユウキを救うためだ」



 オレはそこで地面に落ちていた、ユウキのポシェットを拾う。

 中にはレッドハーブが入っていた。

 洞窟に向かう前、ユウキに持たせていた非常用の回復アイテムだ。

 使い慣れない闇の寵愛を発動させたので、魔力が空になっている。

 オレはレッドハーブをかみちぎって、無理やり体力と魔力を回復させた。



「オレも首輪のおかげでメイメイに操られずに済んでいる。浮気防止装置みたいなもんだが……」



 オレは首輪を指差して苦笑を浮かべる。



「ユウキはコジロウも大切な仲間だと言っていたよ。だから腕輪を渡した。修羅堕ちしても戻って来られるようにな」


「拙者はやはり未熟でござるな。恩を仇で返すことになろうとは」



 コジロウは腰に差していた二本の刀のうち、残った脇差しを引き抜いた。



「だが、おかげで目が覚めた! 拙者が往くは人道! 臆病者とさげすまされようとかまわぬ。ロイス殿たちのように人を護るために刀を振るいたい!」


「それこそ天剣のコジロウだ!」



 コジロウもまた戦っていた。

 心の中で【魔魅了】に抗っていたのだ。


 だから、刺突で不意打ちを仕掛けてきた。

 オレに【刺突耐性】があると知っていたから。


 だから、真っ正面から斬りかかってきた。

 オレなら攻撃を受け止められると信じてくれたから。



(ここまでは“経験”したことがある)



 ドッペルから引き継いだ【死因回避】には、操られたコジロウとの戦いの記憶もあった。腕輪の効果もあり今回は作戦が上手くいった。

 だが、この後――――。



「友情ごっこは終わり? おひねりでもあげた方がいいかしら?」



 遠くから様子を窺っていたメイメイは、やれやれと首を横に振った。



「いらねぇよ。黙ってユウキを置いていけ」


「それはできない相談ね。自律稼働しているホムンクルスは貴重よ。死印研究の役に立つ」


「ロイス殿、ご注意を。闇の中から死者たちが姿を現しました」



【シャドウゲート】を通じて、アンデッド集団が闇から湧き出てくる。

 こっちは魔力切れの瀕死のデュラハンと、刀を失った武士崩れの二人だけ。

 多勢に無勢だ。形勢は圧倒的に不利だが……。



「コジロウ。オレの剣を使ってくれ」



 オレはクリスタルソードをコジロウに渡した。



「ロイス殿は?」


「オレにはこれがある」



 オレは笑みを浮かべ、魔石が埋め込まれた大盾【不落】をかまえる。


 別の周回による記憶では、魔力切れを起こしたオレはアンデッド軍団にやられてしまう。しかし、それも対策済みだ。

 レッドハーブの効果に加えて、””が手に入れた【自動回復】スキルが発動。体力と魔力が回復していく。



「よし……! チカラが戻ってきた!」



 死印の効果は封じられるが、死ななければどうってことはない。



「不思議でござるな。絶望的な状況なのにロイス殿がいると負ける気がせぬ」



 コジロウは漆黒の武者鎧に身を包み、クリスタルソードと脇差しを両手にかまえて不敵に笑う。



「当然だ。不落のロイスが隣にいるんだからな!」


「調子に乗っていられるのはそこまでよ。いきなさい、アタシの可愛いお人形さんたち!」



 メイメイは死者の軍団に号令を出すと、ユウキを抱えて暗闇の中に消えた。



「いくぞ、コジロウ。フォーメーションAだ!」


「承知!」



 オレは盾をかまえて突進を仕掛ける。

 コジロウが後に続いた。



「ガアアアアアアアッ!!!!」



 不死の騎士や神官が行く手を阻むが、コイツら程度では相手にならない。

 攻撃を大盾で防いで、背後に控えるコジロウに声をかける。



「今だ!」



 攻撃が止んだタイミングでコジロウが躍り出て、敵陣に切り込む。



「【新月斬】!」



 ――――ズバァァァ!



 コジロウは両手に持った剣と刀を振るい、攻撃範囲にいるすべての敵を一瞬でほふった。コジロウの猛攻は止まらない。



「闇ノ太刀・乱舞!」



 クリスタルソードと脇差しに魔力を注ぎ、妖刀なしで【ダークスラッシュ】を乱れ撃つ。騎士と神官は聖なる加護を破られ、次々に死滅した。



「うぅう……アアアアッ!!」



 だが、アンデッドの彼らは痛みを感じない。何度でも蘇る。

 顎を砕かれても、足をもがれても……!



「どうするの? 回復魔法が使えるユウキちゃんはいないわよ」



 暗闇の向こうからメイメイの勝ち誇った声が聞こえる。



「勝利を確信したな。おまえの負けフラグは立った!」

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