第37話 >>>コンティニューしますか?


『以上が、おまえが歩むことになるひとつの未来だ』



 深い深い闇の中、椅子に座った独りの男

 ――――は、オレにそう語った。



「どうしてオレがそこにいるんだ?」


「哲学をするつもりはない。正体を明かそう。オレは死印に刻まれた、おまえ自身の記憶だ。魂と言い換えてもいい。名前が必要ならとでも呼べばいい」



 ドッペルと名乗ったオレ自身の鏡像は、「ふぅ」と長いため息をついた。

 姿形こそオレと同じだが、言動がどことなく年老いて見えた。



「こうしてオレに語りかけるのは、300回以上になるか。細かい数字は忘れた。どうでもいいことだからな」


「おまえは死印に刻まれた記憶と言っていたな。もしかしてオレは300回も死に戻りをしているのか?」


「そうだ。おまえは忘れているだろうがな」



 ドッペルは語った。


 周回を重ねるたび、オレはさまざまな終わりを迎えた。

 ユウキの闇堕ちエンドは斬死、圧死、溶岩落ち、ユウキといっしょに無理心中する終わり方もあったようだ。



「コジロウが修羅に落ちるルートは……。ああ、今し方経験したか」


「そうだな。オレはコジロウに後ろから刺されて……」



 ん……? 刺された? コジロウが得意とする居合い斬りではなくて?



「どうかしたか? 仲間に裏切られたのがそんなにショックだったか」


「それはそうだろう。せっかく背中を預けられると思ったのに」


「コジロウはそうは思っていなかった、というわけだな。強さを求めて妖刀に手を出した」


「そしてメイメイに操られた……」


「その通りだ。どのルートでも最後はメイメイによってオレたちは命を奪われる。覚えているか? すべてのはじまりを」



 ドッペルはそこで暗闇に映像を映し出した。

 そこに映っているのは、大扉の先にある書庫で日記帳を手に取るユウキの姿だった。



「オレが死印を宿すきっかけになった最初の周回。ユウキは扉の先で己の出生を知り、すべてに絶望した。そこに声をかけてきたのがメイメイだ」



 映像の中、ユウキは封印の間に向かう。

 そこで暗闇からメイメイが姿を現した。

 メイメイはユウキに漆黒の剣を手渡す。



「あの剣はオレを斬り殺したときに使った……」


「そうだ。コジロウをそそのかしたときは刀にしたようだが、本質は同じだ。死印で武器に呪いをかけて、ヒトの感情を操作したんだ」



 ユウキに漆黒の剣を渡したメイメイは、映像の中で優しく語りかける。



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『パーティーから追放したロイスくんが許せない? なら、ユウキちゃんの手で復讐しないとね。アナタにはその権利がある』


『でも、ボクは……』


『安心して。アナタならやれるわ。ユウキちゃんは魔女の生まれ変わりだもの』



 メイメイは甘く囁くと、ユウキの背中にある死印に触れる。



『チカラよ。相手を圧倒するほどのチカラがあれば何だって手に入る。居場所も。仲間も。もちろん恋人もね』


『コイ、ビト……』


『そうよ。ユウキちゃんの本当の力をアタシに見せて。そのためのにえならここにいくらでもある』



 メイメイが指を鳴らすと、封印の間に繋がれていた人形たちから魔力があふれる。



『【闇の寵愛】』



 メイメイが禁術を使う。

 魔法陣を通じて、ユウキに魔力が注がれて――。



『ああ、チカラがみなぎる……! そうだ。全部思い出した。ボクの存在こそが呪い。ボクはこの世を滅ぼすために生まれた魔女だ!』



 ユウキは漆黒の魔女服に身を包み、目を血走らせながら叫び声を上げた。



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 ―――――



「これがすべてのはじまりだ」



 ドッペルが手を上げると映像が途切れた。再び闇と静寂が戻る。



「メイメイは以前から魔竜の洞窟に目を付けていた。オレたちのパーティーに入ったのも奥にある封印の間が目当てだったんだろう」


「待ってくれ。最初の攻略時にメイメイは……」



 あれ? どうなったんだっけ。

 溶岩の間でユウキにパーティーメンバーが殺されたのは覚えている。

 だが、あれは誰だ? コジロウか。その記憶さえあやふやで……。



「酒場の裏手で絡んできたシーフを覚えているか? 死んだのはアイツだよ」


「は……? どうしてそこでシーフが出てくるんだ。名前も覚えてないようなヤツだぞ」


「一巡目。オレはメイメイに骨抜きにされて、結果的にコジロウの不信を買った。これでは攻略もままならないと、メイメイのご指名でシーフを仲間にしたんだ」


「なんだそれ。全然記憶にないぞ……」


「記憶が曖昧なのはメイメイに【魔魅了チャーム】をかけられていたからだ。記憶と意識を乱されたオレたちは、メイメイが抜け駆けしたのをとがめられなかった。シーフも一枚噛んでいてな。道中の食事に薬を盛られていたんだ」


「そうか。その間にメイメイは先に扉の向こうに入ってユウキを利用した……」


「死印の効果をその目で見て確かめるつもりだったんだろう。実験の結果、ユウキは闇落ちした。そこでオレの記憶は途切れて転生してしまう。だから、一巡目のユウキとメイメイのその後は知らない。伝説通り、本当に国を滅ぼしたのかもな」


「そんな……」


「【魔魅了チャーム】はメイメイが手に入れたユニークスキルだ。その効果は強力で、数百回ほどの人生を無駄にさせられた。最後の最後でメイメイの言葉に抗えなくなるんだ」


「そんなのどうしたら……」


「安心しろ。すでにフラグは回避している」



 ドッペルは肩をすくめると、オレの首を指差した。



「ユウキが首輪をつけてくれただろう? おかげで【魔魅了チャーム】の効果を抑えられている。いつもなら封印の間で会話を繰り広げた時点で魔法にかかり、言いなりになっている」


「首輪がなかったらメイメイの術中にハマっていたってことか」



 もしも酒場でメイメイの誘いを断らず、仲間にしていたら……。

 オレの思考が読めるのだろう。ドッペルは頷いた。



「そうだ。そしてまた後ろから刺される。蘇ってもメイメイに逆らえない。詰みだな。カーラも言っていただろう。死に戻りは精神攻撃や状態異常に弱いと」


「もしかして、カーラのところで修行したのもフラグを回避するため?」


「わかってきたじゃないか。そうやってひとつひとつ死因を潰してきたんだ。オレは死印に刻まれた記憶……【死因回避】スキルがヒトのカタチを取っているんだ」



 ドッペルはそう語ると自らの右手を見つめる。



「オレたちは何度も煮え湯を飲まされてきた。だから死に戻りの呪いを利用して、次のオレにバトンを渡すことにしたんだ。スキルは経験で得られるもの。魂が宿す戦いの記憶だからな」


「戦いの記憶……」



 ユウキと同じだ。

 ユウキもまた魔女の記憶と技術を人形に継がせて、千載一遇のチャンスを待った。



「オレのチカラはユウキを護るためにある。ここで目覚めなければ、ユウキはまた闇に落ちるだろう。だが相手は強大だ。また失敗を繰り返すかもしれない」



 ドッペルは椅子から立ち上がる。

 すると、周囲の景色が急に変わった。長閑な田園風景が広がる。

 綺麗な花畑の中心には、白いエプロンドレスに身を包んだユウキが立っていた。



『おかえり! 今日はロイスの好きなシチューにしよう。お肉もお野菜も入った具だくさんのね』



 ユウキは天真爛漫な笑みを浮かべ、手を振ってくる。



「これは……」


「見えているのはユウキと冒険に出かけず、田舎で暮らした場合の未来だ」



 ドッペルは眩しいものを見つめるかのように目を細め、それから目をそらした。



「周回を繰り返すうち、何人かのオレはこの未来を選択した。それもまたひとつの結末。誰も不幸にならない終わり方だ」


「なら……」


「そうだな。それでもいい。一部の耐性スキルは失われたが、ユウキの手を取ることを誰も責められない」



 ドッペルは首を横に振ると、田園風景と主のいない椅子。二つを指し示した。



「選べ。おまえの未来を」

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