第35話 魔女VS魔女
メイメイは口元をつり上げて笑うと、オレに手を差し伸べてきた。
「ロイスくん。アナタが欲しいのよ」
「からかってるのか?」
「ひどいわ。アタシちゃんはいつだって本気よ。ロイスくんのこと気に入っていたんだから」
メイメイは露出の多い魔女のローブを脱ぎ捨てる。
露わになった裸体……その腹部に刻まれた死印を撫でた。
――――ふわり。
漆黒のローブがメイメイの身を包んだ。
背中には大きな蝙蝠の羽が生え、頭には山羊のような角が生える。
その姿はまるで、魔装具を召喚したユウキの姿に似ていた。
「ほら見て。素敵なドレスでしょう? アタシちゃんも死印を手に入れたの」
「いったいどうやって……? ボクはキミに触れたこともないのに」
「死印の実物は人形に刻まれている。過去の研究資料は書物にまとめられていた。エルフによって死印のコピーが可能なのは実証されている。サンプルとデータが揃っているのだもの。後は実験を重ねてモノにするだけでしょ」
メイメイはニヤリと笑うと、パチンと指を鳴らす。
「【シャドウゲート】」
メイメイが魔法スキルを発動した。
部屋の奥の暗がりが、陽炎のようにゆらりと揺れたかと思うと――。
「うぅぅ…………ああぁぁ…………」
漆黒の全身甲冑に身を包んだ騎士や、虚ろな目をした神官兵が姿を現した!
その数はおよそ20人。いや、それ以上か。
暗闇に目をこらせば、無数の赤い目が闇の中からこちらを覗き込んでいた。
「彼らから生気を感じられない……。まさかアンデッド化してる!?」
「なんだって……!?」
「死印研究の過程で生まれた死者の騎士団に、疲れも老いも知らない闇の神官団よ。顔は冴えないけど素敵でしょ? 文句も言わず働いてくれるわ」
「死印を付与して呪いを広めたのか……。なんてことを」
オレとユウキはメイメイを睨みつける。
しかし、メイメイは悪びれた様子もなく肩をすくめた。
「誤解しないでほしいんだけど、彼らは喜んでその身を捧げてくれたのよ。これまで多くの権力者が不死不老を追い求めて大金と時間を費やしてきた。それは教会の連中も変わらない。永遠の命を授けると言ったら自ら裸になって踊ってくれたわ」
メイメイは虚ろな目をした神官の頭に手を添えると。
――――ぐしゃり。
指先に力を込めて神官の頭を潰してしまった。
「ぐ、がが……っ」
だが、神官は死なない。
上顎ごと頭が潰され、ヒキガエルような声を漏らしながらも生きていた。
「あははは! 見てコイツの無様な姿。これでも教区をまとめる大神官だったのよ。難癖をつけて報酬をケチったから実験体にしたの。理性を失うギリギリまで母親の名前を叫んでいたかしら。神の名前じゃなくてね!」
メイメイは血で塗れた指先を舌で舐めとると、恍惚とした表情を浮かべる。
「ふふっ。美味しいわ。死印を宿したときから喉が渇いてしょうがないの。ユウキちゃんは理由を知ってる?」
「それがキミに課せられた【吸血鬼化】の呪いだよ。キミはもうヒトであることをやめている。その乾きが癒やされることは永遠にない」
「あらそう。ま、お酒を飲むのと変わらないからどうでもいいけど」
メイメイは本当にどうでもいいと言わんばかりに首を振る。
「このチカラを使えば、王でさえアタシの前にひざまづくでしょう。不死の兵士を量産すれば大陸を手中に収めるのも夢じゃない。どう、ロイスくん。アタシちゃんと来ない?」
「どうしてオレなんだ? 他にも強いヤツはたくさんいるだろう」
「謙遜しちゃって。ロイスくんらしくないわよ? 以前のキミなら素直に自分の才能を認めていたのに」
メイメイは苦笑を浮かべると、オレの全身を舐めるように見つめてくる。
「匂うわ。ロイスくんの内側から漂う死印の薫りが。死なずの呪いを受けた『不落』の騎士。死者の軍団を率いるのにこれ以上の適任はいないでしょう」
「オレが騎士団の団長に……?」
「ロイスくんは英雄になるために冒険者になったのでしょう。アタシちゃんならキミの夢を叶えてあげられる。今からでも遅くないわ。お人形遊びなんてやめてアタシちゃんの元に戻ってきて」
血塗られた手を差し伸べてくるメイメイ。
だが、答えはとっくに決まっていた。オレは首輪を指差して啖呵を切る。
「断る! オレはユウキにこの首を捧げてるんだ。他の誰のモノにもならない!」
「ロイス……」
ユウキはオレの背中にしがみつく。
オレは不落の大盾を構え、クリスタルソードを引き抜いた。戦闘開始の合図だ。
「メイメイ。おまえは危険だ。ここで止める!」
「くすくすっ。相変わらず正義感だけは一人前なのね。けど、アタシちゃんにも女としてのプライドがあるから」
メイメイが片手を上げる。
周りに控えていた不死の騎士が聖剣を、神官たちが聖なる加護が宿った槍をかまえた。
「ロイスくんを捕らえなさい。人形は壊してかまわないわ。魔石さえ無事ならそれでいい」
「ぐぅぅ…………アア……っ!」
メイメイの命令に従い、騎士たちが盾をかまえながら突進してきた。
【シールドバッシュ】によって、こちらの体勢を崩そうというのだろう。
「やるぞユウキ!」
「もちろん!」
オレとユウキは同時に魔装具を召喚。
オレの装備が漆黒に染まり、ユウキは魔女の姿に変身する。
ユウキはプリズムワンドを掲げると補助魔法を使った。
「全部乗せだ! 【
――――ヴゥン!
オレの持つクリスタルソードに、魔属性の魔法が付与される。
洞窟へ潜る前に、ユウキは補助魔法の組み合わせコンボスキルを開発していた。
【
クリスタルソードと不落の大盾を装備しているからこそできる、多重強化バフコンボだった。
「くらえっ!」
体は不死身でも、装備は教会が支給した聖なる装備だ。
【ダークエンチャント】が見事にハマり、騎士が持つ聖なる加護を突き破る。
――――ズバアアァァッ!!
鎧ごと断ち切られた騎士は、断末魔の叫びをあげることもなく絶命する。
だが…………。
「うぅぅう…………」
アンデッドと化した騎士は肉を切られ骨を砕かれても、何度でも立ち上がる。
「それならこれでどうだ! 【エリアヒール】!」
ユウキがプリズムワンドを地面に突き刺す。
――――キュィン!
不死の騎士たちの足下に聖なる魔法陣が浮かび上がった。
本来なら魔法陣の範囲にいる人間を癒やす回復魔法だが――。
「ぐがが……っ!」
聖なる力を注ぎ込まれたアンデッドたちは、まるで雷を浴びたかのように一瞬にして体が灰となり消えた。
――――シュゥゥン!
後方に控えていた闇の神官が光魔法を使用する。
遠距離から高熱の光線魔法を放つが。
「無駄だ!」
オレは不落の大盾をかまえて光の魔石を活性化。
放たれた光線魔法を魔石で吸収した。
「いまだ! ヒール! ヒール! ヒール!」
騎士や神官の攻撃をオレが受けて、隙を見てユウキが回復魔法で浄化する。
慌てた神官が今度は闇の魔法弾を放つが、それも不落の大盾にはめ込まれた魔石で吸収する。
「ふぅ~ん? 【
「いつまで高みの見物を決めてるつもりだ。もう詰んでるぞ」
メイメイは部下がやられても余裕の表情を崩さない。
オレは右手にクリスタルソード、左手に不落の大盾を構えてメイメイに迫る。
「ふふっ。出たわね。ロイスくんお得意の【攻防の構え】」
「この構えを覚えてるならわかるだろう。おまえに勝ち目はない。大人しく投降するなら命は取らない」
「あら、お優しいこと。さすがは元聖騎士さまね」
メイメイはニヤリと口元を歪める。
「でも、残念。詰んでるのはそっちよ」
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