第34話 マリアドール
魔竜の洞窟の最深部、大扉の向こうには書庫があった。
その書庫のさらに奥。封印の扉を開くと――。
「ここがユウキが眠ってた封印の間か……」
奥の部屋にも魔法の明りが灯されている。
薄明かりの下、岩肌の地面の上には巨大な魔法陣が描かれていた。
壁には赤さびた鉄鎖が垂れ下がっている。ユウキの手足を縛り付けていた鎖だろう。
ユウキから聞いていた通りの光景だ。
傾国の魔女であるユウキは、この場所で長いこと眠りに就いていた。
だが――――
「この光景はいったい何だ……?」
オレは訊かずにはいられなかった。
壁に備え付けられた鉄の鎖はひとつだけではない。
目算でもおよそ10人分の鎖が等間隔に並べられている。
空席はふたつ。
残り8つの鎖には、人間の女性を模した人形が繋がれていた。
朽ち果てて四肢の一部が失われている人形もあるが、中には全盛期の姿を確認できる個体もある。
一糸まとわぬ裸の体に、くすんだ金色の頭髪を持つ人形。
背中には黒ずんだ入れ墨――鳥の翼を模した【死印】が彫られていた。
その姿はまるで……。
「この人形はユウキの姿を模して作られているのか?」
「わからない。こんな記憶、ボクには……」
オレの問いかけにユウキは一歩後ずさる。
「ふふふっ。よかったわね。死に別れの姉妹たちと感動の再会ができて」
「誰だ……っ!?」
突如、部屋の奥にある暗がりから女性の声が響いてきた。
ユウキを背中に庇い、盾をかまえつつ暗闇を睨みつける。
「やっほ~。ロイスくん。お久しぶり」
「メイメイ……?」
暗闇から姿を現したのは、ハイソーサラーのメイメイだった。
メイメイは妖艶な笑顔を浮かべて、気さくに手を振ってくる。
オレは警戒を緩めず、メイメイと対峙した。
「どうしてメイメイがここにいるんだ。魔竜の洞窟は教会の許可がないと入れないはずだ」
「怖い顔しちゃって。それが元メンバーに対する態度なの? アタシちゃん傷ついちゃうなぁ~」
オレが眉をひそめると、メイメイは軽口を叩きながら壁に繋がれた人形の方へ歩みを進めた。
「この洞窟は攻略済みなの。封印の間の結界が破れたことを知った教会が調査隊を派遣してね。アタシちゃんもサポーターとして同行したんだ」
「なんだって? そんな話聞かされてないぞ」
「でしょうね。教会をまとめる大神官はアタシちゃんのお友達だから秘密にさせていたの。けど、賢者が出張ってくるとは思わなかったわ。変に懐を探られる前に、こうしてアタシちゃんの研究室にご招待したってわけ」
「どうしてそんなことを……?」
「死印研究のためよ。この本に見覚えがないかしら?」
ユウキの問いかけにメイメイは頷くと、懐から一冊の本を取り出した。
「その本は……!」
「もういらないから返すわ」
メイメイはユウキに向けて、本を放って渡す。
ユウキは一歩前に出て、地面に落ちた本を拾い上げた。
「その本は魔女が大事にしていた日記帳よ。ユウキちゃんにとっては親の形見かしらね」
「親の形見? 何を言ってるんだ?」
メイメイは何をどこまで知っているのだろう。
不可解な状況だが、オレはメイメイから目が離せなくなっていた。
メイメイが発する言葉を聞いていると頭が重くなり、不思議と聴き入ってしまう。
一方のユウキは毅然とした態度で、日記を胸に抱きしめながらメイメイに問いかける。
「どうしてキミがこの日記帳を持っているんだ」
「調査の報酬として貰ったのよ。教会の連中は金銀財宝に目がくらんで本当のお宝に気がつかなかった。それがその日記帳と、この部屋に安置されていたお人形さんたちよ」
メイメイは含み笑いを浮かべ、繋ぐモノがいない空の鎖に近づく。
「ユウキちゃんの正体はわかっているわ。教会によって魔女の烙印を押され、3000年ものあいだ暗い洞窟に封印されていた可愛そうな女の子。そうでしょ?」
「そうだ。ボクはこの場所に鎖で繋がれていて……」
「果たしてそれは本当のことかしら?」
「え……?」
「ユウキちゃん。アナタ、封印される前後の記憶は曖昧なんじゃない?」
「どうしてそれを……」
「くすくすっ。やっぱりそうなのね。これで仮説は証明された」
ユウキの戸惑いを前に、メイメイは得心がいったように頷いた。
「ユウキちゃんの疑問に答えてあげる。アナタの記憶が曖昧な理由。それは後付けで得た記憶と知識だからよ」
「後付けの知識……?」
「書庫には死印やユニークスキル、呪いに関する研究資料もあった。ユウキちゃんもその日記で自分の生い立ちや、死印の授け方を知ったのよね」
「そうだ。ボクは目覚めてすぐ隣の書庫に篭もってこの日記帳を読んで……」
「そうそう。よく覚えているじゃない。忘れん坊なユウキちゃんにしては上出来よ」
メイメイは手を叩き、どこか小馬鹿にしたようにユウキを褒める。
「アタシちゃんも同じよ。魔女が残した日記と人形を教会に持ち帰り、死印に関する研究を始めた。それでわかったわ。この封印の間に眠るお人形さんたちの正体が」
「人形はユウキと関係があるのか?」
「もちろん」
オレの問いかけにメイメイは頷く。
「傾国の魔女のチカラを畏れた教会は、彼女に関するすべての資料を集めて魂ごと封印したの。魔女はその状況を逆手に取ってある賭けを行った」
「賭け……?」
「洞窟の結界は強固で破れそうにない。だから己の魂を”次の自分”に移し換えて、結界の効力が切れる数千年後のチャンスに賭けたの」
「次の自分ってまさか……」
「そのまさかよ。壁に繋がっているお人形さんは”傾国の魔女マリア”の姿を模して作られた魂の容れ物なの」
「魂の容れ物……うつろな人形……そうか、ボクは」
メイメイは肩をすくめると、額に脂汗を浮かべているユウキに視線を向けた。
「ここまで言えばわかるでしょう? ユウキ・マリアドール。アナタは魔女マリアの姿を模して造られたホムンクルスなのよ」
「ユウキがホムンクルスだって……!?」
「【死印付与】の真価は、魂とチカラの継承にこそある。魔女マリアは死印に魂の情報を書き込み、人形に付与することで転生を繰り返していたの」
「ならユウキも……?」
「ユウキちゃんはこの封印の間に残されていた最後のホムンクルスよ」
メイメイはそう言うと自らの頭を指差した。
「けれど、転生呪法は未完成だった。魂を移すたびに記憶がリセットされてしまう。また依り代として造り出したホムンクルスの体は虚弱で、老いるのも早いという欠点があった」
メイメイは頭を差した指をパチンと鳴らして、論文を発表する学者のように語りを続ける。
「そこで魔女は自分の記憶や想いを日記に記し、死印に関する研究を魔導書としてまとめて次の自分に託した。老化衰弱の欠点は人形に不老の呪いを施すことで解決した。命の長さより若さを選んだのでしょう。同じ女として気持ちはわかるわ」
自説を展開して悦に入っているのか、メイメイの語りは止まらない。
「何度目になるかわからない転生の結果、ユウキちゃんが生まれた。本来なら次の自分を生み出すために限りある生と魔力を費やすことになるんだけど、今回だけは状況が違った」
「そうか。経年劣化で封印の効力が切れて……」
「その通り。教会との根比べに勝った魔女はようやく外に出られたのよ。おめでとう」
ようやくメイメイの発表会が終わる。
締めは人を馬鹿にしたような笑みと拍手だった。
「外に出た名無しのお人形さんは、たまたま見つけたプリーストの遺体から装備と身分を拝借。『ユウキ』という人間の名前を得て、人里に下りたってわけ。後はわかるでしょう?」
「冒険者として生活を始めて、オレと出会った……」
「滑稽なのはユウキちゃんが自分を本物の魔女だと思い込んでいたことね。自分に都合の悪い記憶……この封印の間にある姉妹たちの存在を消した」
「違う。ボクは……」
「違わないわ。アナタは生まれて初めて見た外の世界に感動して過去から目を背けた。嘘で自分を塗り固めて新しい自分になろうとしたのよ。けど、青い鳥はどこにもいなかった」
「そ、それは……」
メイメイの言葉責めに、ユウキは苦しそうに頭を抱える。
オレはユウキを庇うように前に出て、メイメイを睨みつけた。
「魔法使いってのはどうしてそう話が長いんだ? おまえの目的はなんだ? ユウキを追い詰めて何がしたい」
「ふふっ。ロイスくんはせっかちね。ベッドの上でも早かったものね」
メイメイはクスリと口元をつり上げて笑うと、オレに手を差し伸べてきた。
「ロイスくん。アナタが欲しいのよ」
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半妖の少年退魔師。登録者数=霊力のチート能力に覚醒して最強配信者として鬼バズる。~モンスターを式神にしてダンジョンマスターに成り上がります~
◇ジャンル:現代ファンタジー
◇タグ:ダンジョン/配信/男主人公/最強/高校生/ハーレム/成り上がり/カクヨムオンリー
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