第33話 魔竜の洞窟再び(イージーモード)


 攻略難易度A級ダンジョン、魔竜の洞窟。

 洞窟の奥には、目もくらむような金銀財宝と共にダークドラゴンが眠っているとされている。


 洞窟の最深部は、崖下に溶岩が渦巻く危険地帯となっていた。道中も危険な罠な強力なモンスターで溢れており、生半可な覚悟ではたどり着けない。

 だが、オレはすでに一回最深部まで到達している。



「次の曲がり角、ファイアードレイクが5匹くるぞ!」



 火山岩で構成された天然の洞窟の奥。

 オレたちは曲がり角で待機して大トカゲ型のモンスターを待った。



「ユウキ。今のうちに氷の魔法を武器に付与してくれ」


「了解! 【アイスエンチャント】!」



 ユウキがオレとコジロウの武器に属性付与魔法をかける。

 そうとは知らず、曲がり角から姿を現したファイアードレイクたち。



「参る……!」



 先手必勝、見敵必殺はコジロウの得意とする戦法だ。



「――――【壱ノ太刀イチノタチ】!」



 俊足の居合い斬りスキルが発動。

 瞬時にファイアードレイクたちの懐まで飛び込む。



「【半月斬】」



 抜刀居合い斬りによる範囲攻撃が炸裂。

 5匹のファイアードレイクは一瞬にして首を斬られ、氷魔法の追加効果で胴体が氷漬けになった。



「他愛もない」



 コジロウは刀を振ると、付与された氷魔法を解除。刀を鞘にしまった。



「他に敵の姿はない。周囲のモンスターはあらかた退治したようだ」



 コジロウと合流したあと、オレは盾を下げて警戒を解く。

 一歩遅れてユウキがオレたちに合流した。



「お疲れ様。さすがコジロウさんだね。たったの一撃で敵を全滅させるなんて」


「ユウキ殿の援護魔法のおかげでござるよ。火蜥蜴は高い再生能力を持っておるからな」


「ロイスの指示がよかったんだよ。再生される前に氷漬けにすればいいって教えてくれたのもロイスだ」


「近づく前に敵の正確な数まで把握しておられたな。それも【虫の知らせ】の効果でござるか?」


「そういうことだ。それとユウキのおかげでもある。この洞窟はユウキの古巣だからな」


「魔竜の洞窟の正体は、魔女を封印するための遺跡だったわけでござるな」


「そうなるね。元々あった溶岩窟を利用して封印の間を作った……と書物に書いてあったよ」



 ユウキはどこか自信なさげに苦笑を浮かべる。


 前世のオレたちはユウキを追放した。

 結果、オレとコジロウとメイメイの3人で魔竜の洞窟に挑んだ。


 しかもオレがメイメイに骨抜きにされたことで、コジロウはオレを軽蔑。

 パーティー間の空気は最悪になった。

 そんな状態のまま、最深部で闇落ちしたユウキと遭遇したのだ。全滅するのは当然だ。


 だが、今回はメイメイはいない。

 コジロウとの仲も良好で、かつて魔竜の洞窟に住んでいたユウキもそばにいる。



「昔の記憶は曖昧だけど、封印の間への道順は覚えてるから安心して。少し時間がかかるけど、トラップのない安全な道を選べば危険も少ない」


「ああ。急ぐ旅でもない。慎重に進もう」



 警戒をしつつ魔竜の洞窟を進むオレたち。

 道中でオレは、カーラに言われたことを思い出していた――――




 ◇◇◇◇



 それは水晶の洞窟でのクエストを終え、街に戻ろうとする前日の話だった。

 カーラに呼び出されたオレは、月光が差し込む裏庭に向かった。

 カーラは青い月を見上げながら、何でもないことのように問いかけてくる。



「ロイスよ。もしもユウキが終わりを望んだらどうする?」


「終わり……?」


「長く生きておるとな。ふとした拍子に死を意識することがある。大抵は寂しさからくるものじゃ。孤独を感じ、己の余生に意味を見いだせなくなる」


「……カーラもそんな経験をしたのか」


「ふふっ。心配してくれるのか? ワシはもうとっくに思春期を終えておるから安心せい」



 カーラは苦笑を浮かべて、夜露に濡れる月光草を見つめた。



「じゃが、ユウキは封印が解かれてからまだ数年しか経っておらぬ。今が思春期真っ盛りなのじゃよ。自分探しを始めたのが何よりの証拠。そんな時、失われた故郷に思いをはせれば心寂しくもなるじゃろう」


「そうだな。ユウキが生きていた時代は3000年以上前だ。知り合いもカーラしかいなくて……」


「彼女が不安に思っておるのじゃ。彼氏としてすべきことはわかるな?」


「エッチ……とか?」


「それもよかろう。ユウキは好き者じゃしな。それもまた幸せのひとつのカタチじゃて。先に進むことばかりが人生ではない。休んだっていいのじゃ」



 カーラは青い月を見上げながら眩しそうに目を細める。

 まるで孫の笑顔を見つめる老婆のように。



「進むか、立ち止まるか。選び取るときが必ずくる。その時になって慌てぬよう、今からよく考えておくのじゃな。おぬしが始めた””の終わらせ方を……」



 ◇◇◇◇



「着いた…………」



 捜索を開始してから5時間後。

 やがてオレたちは洞窟の最深部、溶岩の間にたどり着いた。


 細い天然の陸橋の先に大扉が見える。

 道の両脇は崖になっており、地下を灼熱の溶岩が流れていた。



「この場所にいい思い出はないな……」



 何もかも懐かしい。そして胸が苦しい。

 オレはこの場所でユウキは戦い、命を落とした……。



「ここは覚えてる。間違いない。間違いないけど……」



 ユウキはふらり、と一歩前に出る。



「一人で行くな。扉の向こうにダークドラゴンが潜んでるかもしれないんだぞ」



 前世では扉の内部に入れなかった。

 ダンジョンの構造からも扉の奥にボスが潜んでいる可能性が高い。



「ダークドラゴンはいないよ。アレが目覚めているのならこの世はとっくに終わっている……」


「あっ、おいっ!」



 ユウキは人の話を聞かず、ブツブツと呟きながら歩みを進めてしまう。



「敵の気配はござらん。拙者たちも続きましょう」


「わかった」



 オレとコジロウはユウキの後を追いかけた。

 大扉に近づいてみると、扉の間にわずかな隙間が生まれていることに気がついた。

 すでにユウキは中に入ったようだ。続いて扉の中に入る。



「こいつはすごい……」


「圧巻でござるな。この書物の量、まるで王立図書館のようでござる」



 入って驚く。中はまるで図書室のようだった。

 壁一面に本棚が敷き詰められており、入りきれなかった分厚い本が無造作に床に放置されている。


 光の精霊が宿った魔石を使っているのだろう。

 蛍光色のランプが天井にぶら下げられており、部屋の中は薄明かりで包まれていた。



「この扉は……」



 ユウキは本棚にも目もくれず、書庫の奥にあるもう一枚の扉の前で立ち尽くしていた。

 鉄の扉には魔法陣が描かれており、中央と四隅に魔石もはめ込まれている。

 だが、効力を失っているのか魔石はくすんで魔法陣も消えかかっていた。



「ユウキ」


「ロイス……」



 オレが声をかけると、ユウキはゆっくりと首を曲げてこちらを振り向いた。



「奥の部屋に何かあるのか?」


「この奥にはボクが封印されていた結界がある。そのはずなんだけど……」



 ふらり。

 ユウキは急に目眩を起こしたように、よろけてしまった。



「ユウキ……!」



 咄嗟に近づいてユウキの体を支えた。

 それで気がつく。ユウキはかなりの熱をもっていた。



「はぁはぁ……」


「すごい熱だ。どこか涼しいところに運ぼう」


「ううん。それより先に進もう。そうだ。前に進まなくちゃいけないんだ。ボクは……」



 ユウキは額に脂汗を浮かべながら扉に手を伸ばす。ユウキの意思は固いようだ。



「わかった。けど無理はするなよ。辛かったらすぐオレを頼ってくれ」


「ありがとう。ロイスがそばにいてくれるなら百人力だよ」


「外は拙者が警戒しておくでござる。お二人はどうぞ中へ」


「頼んだ」



 コジロウを書庫に残し、オレはユウキに肩を貸しながら奥の扉へ向かった。

 封印されていたようだが、魔法も解けており鍵も開いている。



 ギィィ…………。



 ゆっくりと音を立てて中に入る。するとそこには――

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