第23話 地獄のブートキャンプでレベル上げ


 カーラの家でお茶をしたあと、オレたちは裏の畑につれてこられた。



「こんなところに来て何をするんだ? 芋でも掘るのか?」


「掘るのは芋ではない。地脈に眠らせておいた魔道具じゃ」



 カーラは木の杖で地面を叩く。すると――



 ズズズズズ……!



 音を立てて、地面から巨大な石壺が姿を現した。

 壺は一軒家ほどの大きさがあり、正面にはドアもついていた。



「これは蠱毒こどくの壺と言ってな。大量の虫を入れて最後の一匹になるまで戦わせるのじゃ」


「どうしてそんな残酷なことを……」


「これも強い精霊を得るため。勝ち残ったものを大地の精霊に昇格させて使役するのじゃ」


「エルフっていつもこんな風に精霊を作ってるのか……」



 森の奥で竪琴を奏でて、きゃっきゃっうふふしてるイメージがあったんだが……理想と現実は違ったようだ。



「どうしてボクたちに壺を見せたの?」


「ロイスのためじゃ。【心眼】を通して見たぞ。おぬしの持つユニークスキル、【死因回避】の効果も知っておる」


「【心眼】の賢者さま相手に隠し事はできないか」



 いきなり核心を突かれてオレは肩をすくめる。



「その通り、オレは死んで蘇ってを繰り返してる。そのたびに新しい耐性スキルも覚えるんだ」



 そこまで口にして、この状況が大変まずいことに気がついた。



「ひとつ質問だ。蠱毒に使う虫って猛毒持ちだったりする?」


「よいことに気がついたな。猛毒、麻痺毒、おたふく風邪に下痢、それから石化もあるぞ」


「よしわかった! 帰ろうユウキ。今日は朝まで抱きしめちゃうぞ」


「ほんと? やった~!」


「ゴム蔵」


「マ”!」



 ユウキの肩を抱いてその場を離れようとしたら、突如現れたロックゴーレムに両腕を掴まれてしまった。



「は、離せっ! これは罠だ!」


「安心せい。壺の中に特殊なこういた。香の効果で意識が薄れ、痛みや恐怖、飢えや苦しみも感じなくなる。中毒性があるのがちょっとアレじゃが」


「待て! 絶対にそれ危ないヤツだろ!」


「ゴム蔵。ロイスを壺に放り込め」


「マ”!」


「ええい。こんなところにいられるか! オレは帰るぞ!」



 オレは全力でロックゴーレムの拘束を外そうとするが。



「うるさいヤツじゃのう。くらえ! 【スリープクラウド】!」



 カーラが掲げた杖が妖しく輝き、周囲に催眠ガスが漂い始めた!



「い、意識が……」


「【死因回避】の弱点は、死に至るほどではない中途半端な攻撃をまともに食らうことじゃ。ダメージも受けない状態異常魔法は盾でも防げぬしな」


「くっ……!」



【ホーリーレジスト】があれば状態異常も防げる。

 だが、オレはパラディンからデュラハンになった。状態異常を防ぐ術はない。



「ワシがおぬしの弱点を克服してやろう。これも恩返しじゃ。魔女を護る騎士はより強くあらねばならぬ」



 抗おうにも強烈な睡魔には勝てない。

 やがてオレは深い深い眠りにつき、気がつけば――



 ――――――――――――――――

 ――――――――――――

 ―――――――――

 ―――――



「は……っ!? オレは今までいったい何を……!?」


「大丈夫、ロイス?」


「ユウキ……」



 目を覚ますとオレは壺の外におり、ユウキに膝枕をされていた。

 上体を起こして周囲を窺うと、カーラが畑の下に壺を戻しているのが見えた。



「これでよしと。上質のエサを与えられて虫たちも喜んでおる」


「おいカーラ! なんて真似をしやがったんだ。毒虫の壺に放り込むなんて!」


「落ち着け。おかげで多くの耐性スキルを得たじゃろう?」



 ――――――――――――――――


【ロイス・コレート】 20歳/男性


 ●冒険者ランク:ゴールド

 ●クラス:デュラハン(Lv15) ファイター(Lv30)


 ●能力値:【体力81】【反射56】【知覚50】【理知36】【幸運1】


 ●ユニークスキル:【死因回避】

 ●所持スキル:【シールドマスタリー】【ダークシールド】【闇の寵愛】【剣技/上級】【攻防の構え】【炎耐性】【刺突耐性】【水中呼吸】【水泳/中級】【電撃耐性】【聖属性耐性】【頑強】【苦痛軽減/体】【苦痛軽減/心】【毒耐性/上級】【病毒耐性】【麻痺耐性/上級】【石化耐性】【催眠魔法耐性】【睡眠魔法耐性】【虫の知らせ】



 ――――――――――――――――



「見てみろ。これで【ホーリーレジスト】がなくても状態異常は怖くない。死を繰り返したことでレベルと能力値も上がっておる。実に効率的なレベルアップ方法じゃな。ワシ、天才かも」



 カーラは空中に表示したステータスを消すと、腕を組んでウンウンと頷いた。



「しかし、おもしろいのう。ワシらから見たらおぬしは前と何も変わっていない。じゃが、確実にレベルは上がっている。壺に放り込んで1日経ったら無敵の戦士が完成しておった」


「1日も経っていたのか」



 体感としては数秒たらず。寝ている間にすべて終わっていた。

 まったく覚えていないが、毒で死んで蘇って……を繰り返すうちに壺の中にいる毒虫の状態異常攻撃に耐性がついたのだろう。



「香を焚いて正解じゃったろ。あのような地獄、まともな精神では耐えられんからの」


「礼なんて言わないからな……」



 いくら死なないからって、毒虫が詰まった壺に生きた人間を放り込む発想が怖い。

 ユウキはどう思ってるか知らないが、オレはカーラと友達にはなれそうになかった。



 ◇◇◇◇



「おぬしらにはこれから水晶の洞窟へ向かってもらう」



 修行の疲れもあって、オレはカーラの家で一晩眠った。

 翌朝、カーラはオレたちをリビングに呼び出した。



「水晶の洞窟はここより南東に二日ほど進んだ場所にある」



 カーラはロックゴーレムが出したハーブティーを飲みながら、テーブルに地図を広げた。



「水晶の洞窟はワシが管理しておる古代遺跡じゃ。管理とは言っても、迷い人が中に入れぬよう入り口に結界を張っておるだけ。中には魔物がウヨウヨいるぞ」


「どうして洞窟に挑戦しないといけないんだ?」


「ユウキをゴールドランク冒険者に推薦するためじゃよ」


「……っ!」



 カーラの言葉にユウキは息を呑む。



「シルバーランク昇格試験と同じく、ゴールドランクになるには2つの試験を突破せねばならん」


「モンスター退治。それと試験官との勝負に勝つことだな」


「左様。今回はその二つを一度にこなしてもらう。水晶の洞窟の最深部にはボスモンスターがおる。そいつを倒して魔石を回収するのが試験クリアの条件じゃ」



 そう言ってカーラは、地図に書かれた洞窟の入り口を指し示した。



「見事魔石を持ち帰ってくれば、冒険者ギルド特別顧問であるワシがユウキをゴールドランクに推薦してやる。悪い話ではなかろう?」


「確かに魅力的な提案だ。ゴールドランクになるにはギルドの推薦も必要だからな」



 オレがゴールドランクに昇格できたのはクエストで活躍して、『不落のロイス』の二つ名が広まったからだ。

 コジロウもその卓越した剣技で『天剣』と呼ばれていた。

 ゴールドランク冒険者になるには、名実ともに己のチカラを示さなくてはならないのだ。



「ブロンズからゴールドへ一気に駆け上がるにはこの方法しかない。ワシもギルド役員じゃから不正は見過ごせぬ。ユウキにはきちんと実力を証明してもらいたい」


「ボクなら大丈夫。頼れるパートナーもいるからね」


「オレも参加していいのか?」


「かまわぬ。パーティーメンバーを集めるところから試験は始まっておるからな。もちろんソロで挑戦してもよいが?」


「そんなのダメ。ロイスとダンジョンデートしたい!」


「デートって……。これ昇格試験なんだけど」


「くふふ。物見遊山ものみゆさんで攻略できるほど水晶の洞窟は甘くないぞ」



 カーラは意味深に笑うと、懐から人形を取り出した。

 人形はカーラの姿をして作られているようだ。



「ダンジョンを潜る際はこの人形を持っていくがよい」



 カーラがテーブルに人形を置くと、人形は自力で立ち上がった。

 短い足をテコテコと動かしてユウキの前で向かい、ペコリとお辞儀した。



「なにこれ可愛いーーーー!」


「この人形は【精霊使役】で動かしておるワシの分身じゃ。精霊が宿っておるので魔力いらずで自立稼働が可能。ワシとの念話だけでなく、ちょっとした魔法も使えるぞ」


「おお。それはすごい」


「【心眼】を通して人形とワシの目をリンクさせておる。クエストに挑戦しておる間の言動も審査の対象となる。寄り道ばかりするんじゃないぞ。ワシが視ておるからな」


「ちぇっ。それじゃあロイスとイチャイチャできないじゃん。オープンなところで身も心もオープンになろうとしたのに」



 子供のように頬を膨らませるユウキ。オレは人形の手を掴んでカーラに感謝した。



「ありがとうカーラ。この人形大切にする!」


「うむ。喜んでくれてなによりじゃ」



 ユウキの愛はときに激しい。

 クエスト攻略中は、監視の目があるくらいでちょうどいいだろう。



「支度を済ませたら、さっそく水晶の洞窟に出発じゃ!」

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