第22話 すべてを見抜くチートスキル


 カーラに案内されたオレたちは、街の郊外にある一軒家に向かった。

 家の中は牧歌的な雰囲気で、木製の家具が綺麗にレイアウトされている。

 ハーブのスパイシーな香りが充満しており、目眩を覚えるほどだった。



「適当に座るがよい」



 カーラはオレとユウキをテーブルに案内すると、パチン! と指を鳴らす。



「マ”!」



 すると、奥の部屋からエプロンを着けた小型のロックゴーレムが現れた。

 ゴーレムは3人分の紅茶と、クッキーを載せた皿を器用に運んでくる。



「ハーブティーと蜂蜜クッキーじゃ。遠慮せず食べろ」



 カーラはテーブルに就くと、運ばれてきたクッキーに手を伸ばす。

 一連の流れを眺めていたユウキは目を輝かせた。



「あれって岩巨人だよね。土属性の【精霊使役】で操ってるの?」


「左様。一人で暮らすには何かと難儀でな。ゴーレムに家事をやらせておる」



 椅子に座ったカーラは床に足が届いていなかった。

 エルフは総じて長寿の亜人種だが、その中でも若く見える。

 美味しそうにクッキーを食べるカーラの姿は、傍目はためから見ればただの幼女だった。



「突っ立ったままどうした? いらぬのか?」



 カーラは呑気にクッキーを食べていた。オレは首を横に振った。



「いらない。毒が入ってるかもしれないからな」


「まだ警戒しておるのか。安心せい。ワシがその気なら修練の場で不意打ちを仕掛ける」


「それはそうだが……」


「ロイスが警戒するのもわかるけど、ボクはカーラさんに話を聞きたいんだ」



 ユウキはテーブルに就くと、出されたクッキーに手を伸ばす。



「いただきます」


「あっ! せめてオレに毒味させろっ」


「大丈夫。美味しいよ、このクッキー」


「だ、そうだ。毒味役を買って出る忠誠心は立派じゃが、過保護すぎないかのう騎士殿?」


「……わかったよ」



 ここはユウキの意思を尊重しよう。

 オレはカーラと同じテーブルに就いた。



「単刀直入に訊く。どうしてユウキが魔女であるとわかったんだ?」


「ボクを知っている人間はもういないと思ったんだけど……」


「口で説明するより見せた方が早かろう」



 そう言ってカーラは片目をつむり、右目だけでオレを見つめた。



「【心眼】!」



 ――――――――――――――――


【ロイス・コレート】 20歳/男性


 ●冒険者ランク:ゴールド

 ●クラス:デュラハン(Lv5) ファイター(Lv30)


 ●能力値:【体力68】【反射49】【知覚41】【理知29】【幸運1】


 ●ユニークスキル:【死因回避】

 ●所持スキル:【シールドマスタリー】【ダークシールド】【闇の寵愛】【剣技/上級】【攻防の構え】【炎耐性】【刺突耐性】【水中呼吸】【水泳/中級】【電撃耐性】【聖属性耐性】



 ――――――――――――――――



 カーラが謎のスキルを発動する。

 改ざんしたはずのオレのステータスが空中に表示された。性別や年齢まで丸裸だ。



「くふふ。見えるぞ、おぬしの秘密が裏の裏までな」



 これには改ざんを手がけたユウキが驚く。



「どういうこと? 普通の人には隠しステータスが見えないはずなのに」


「これぞワシが持つユニークスキル【心眼】の能力じゃ」


「ユニークスキルだって……!?」


「ワシの右目は精霊と繋がっておる。精霊は自然の化身。相手のありのままの姿をこの目に映し出す。ようは嘘を見抜けるわけじゃな」



 カーラは自らの右目を指差す。

 翠色の瞳の奥には、翼の文様が刻まれていた。

 カーラの右目をのぞき見たユウキは息を呑む。



「それは! ならカーラさんは……」


「ワシは傾国の魔女の手で死印を刻まれた第一世代のエルフ。その生き残りじゃ」


「ボクと会ったことがあるの!?」


「あるぞ。とは言っても顔を合わせたのは一度きり。おぬしをエルフの森に招いて死印を授かったときだけじゃ」


「そうか。精霊の怒りを静めるために……」


「左様。おぬしから死印を授かったワシらは【精霊使役】を駆使して、精霊の暴走を食い止めた。それから森に結界を張り、篭もり続けて幾千年。傾国の魔女が封印されたと知ったのはその後のことじゃ」


「それなら何も知らなくてもしかたないね」


「役に立てなくてすまぬな」


「ううん。昔の自分を知ってる人に会えただけでも嬉しいよ。おぼろげな記憶の中でしか自分の過去を確認する術がなかったから」


「ユウキ……」



 ユウキは寂しそうに俯いた。オレはそんなユウキの手を握る。



「安心しろ。オレがそばにいて見守り続ける。オレは死なない。世界が終わるその日まで、ユウキの笑顔を覚えてる」


「ロイス……」



 手と手を取り合い見つめ合うオレとユウキ。

 カーラがジト目を向けながら咳払いをした。



「あ~、こほん。お二人さん。睦言むつごとなら余所でやってくれ。ウチのベッドは狭い」


「あはは……。ごめんなさい」



 さすがのユウキも人前では羞恥心が芽生えるようだ。

 苦笑を浮かべて手を離した。



「しかし驚いたぞ。天気占いをしておったら、3000年前の恩人が彼氏とイチャついておったんじゃからな」


「彼氏だなんてそんな。ロイスはただの旦那ですよ」


「そこは彼氏を否定するところじゃないのか……」



 いい加減このノリに慣れてきた。

 ユウキのことを憎からず思ってるのは本当だからな。



「本物か試すために罠を仕掛けたが邪魔された。その後も警戒されておったからの。コジロウに話を持ちかけて腕試しをしたのじゃ」


「そういうことか……」



 オレはユウキの代わりに、カーラの仕掛けた罠に引っかかったわけか。

 本物の魔女なら即死級の罠でも防げるだろう。そういう判断だったわけだ。



「ユウキを教会に突き出すのか?」


「そのようなことはせぬ。教会によって魔女の烙印らくいんを押されたが、ワシらエルフから見れば世界を救った恩人じゃ。エルフは受けた恩を忘れない。ワシはおぬしらの力になりたいのじゃ」



 カーラはそこでユウキに頭を下げた。



「ユウキ・マリアドールさま。エルフ族を代表してお礼を言います。そして謝罪を。肝心な時に助けになれず申し訳ありません」


「謝らなくてもいいですよ。カーラさんはボクが封印されたの知らなかったんでしょ? ボクに関する情報は教会がすべて封印しちゃいましたから」



 ユウキは苦笑を浮かべてカーラにクッキーを差し出す。



「それよりこうして昔の知り合いとお茶ができるのが嬉しいです。今日はお誘いありがとうございました」


「ユウキさま……」



 カーラは感じ入ったように声を震わせると。



「ならもう遠慮はいらぬな」



 急にくだけた感じになり、差し出されたクッキーをパクパクと食べ始めた。



「ふぃ~、肩こった。慣れないことはするもんじゃないのう。ゴム蔵、肩もんで~」


「マ”!」


「あんたな。急に態度が変わりすぎだろ」



 カーラはゴーレムに肩を揉ませていた。

 オレが呆れて突っ込むと、カーラは「ぶーぶー」と唇をとがらせた。



「え~? でも、ユウキはもう気にしておらぬのじゃろ~? な~?」


「そうだね。ボクも堅苦しいのはキライだから。カーラさん……ううん。カーラとお友達になりたいな」


「よいぞ。この歳になると知り合いも少なくなってな。残った若者はワシを賢者と呼んでヨイショと持ち上げるから壁を感じておったのじゃよ」


「わかる~。ボクも魔女時代に壁を作られてね。ずっとひとりぼっちだったんだ」


「カカカ! それって封印の洞窟のことじゃろ~!」


「それな~!」



 ユウキとカーラはブラックジョークで盛り上がっていた。

 さすがにあの会話には入れない。オレも壁を感じてた。



(……よかったな。ユウキ)



 いまはユウキに友達ができたことを喜ぼう。

 エルフにかけられた長寿の呪いは、こうして二人が出会うためにあった。

 そう思うだけでも、どこか救われたような気分になった。




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