第21話 魔女と賢者


 コジロウはペコリと頭を下げると、修練の場を後にした。

 その後ろ姿を見届けたあと、オレはユウキに訊ねた。



「どうしてコジロウを引き留めたんだ? アイツとは馬が合わないだろうに」


「ロイスが言ったんでしょ。仲間を見棄てないって」


「確かに言ったが……」


「あのまま放っておいたら、コジロウさんは修羅に堕ちるよ」


「なんだって……?」


「死印を扱ってると見えるんだよね。その人の負の面みたいなものが」



 ユウキは遠い目をして、コジロウが吹き飛ばされた際に破壊された瓦礫を見つめる。



「コジロウさんは最強を求めていた。けど、無能だと見下してたボクに破れてそのプライドはズタボロだ」


「それはそうかもな」


「去り際こそブシドーって感じだったけど、内側にモヤモヤしたのを溜め込むと思う。ボクにもそういう経験あるからね。ロイスならその後を知ってるんじゃない?」


「闇落ち……か」


「力を求めて闇に堕ちるのは定番パターンだ。だから引き留めたの。冒険の途中で暴走したコジロウさんに襲われたら大変だもん」


「そこまで考えていたのか。コジロウに同情したわけじゃないんだな」


「そんなことしたら余計にプライドを傷つけるでしょ。こういうのは適度な距離を保たないと」



 気がつかないうちに立っていた死亡フラグを折ってくれたようだ。

 闇落ちしたコジロウを放置してパーティーが瓦解。

 そういう未来もあったのかもしれない。



「ロイスにもコレをあげるよ」



 ユウキはコジロウに渡したブレスレットをもうひとつ召喚した。



「この魔装具には呪いを弾く効果がある。死印による呪いには効果がないけど、呪殺じゅさつ魔法とか魅了魔法とかなら防げるよ」


「ありがたい」


「それとも【死因回避】でスキルを覚えた方がいいかな」


「無駄死にはごめんだ。装備で防げるならスキルを覚える必要もない」



 それに死ぬときは死ぬほど痛い。ダメージも残る。

 アイテムひとつで苦しみを回避できるなら越したことはない。


 オレはユウキからブレスレットを受け取った。

 だが、ブレストレットにしてはサイズが大きい。まるで首輪だ。



「なあこれ、サイズ間違ってないか?」


「ロイスのために調整したら大きくなったんだ。首輪にはボクの魔力を注ぎ込んである。【闇の恩寵】の効果でいつでも魔装具を召喚できるよ」


「おお。それは便利だな」


「試しにつけてみて」



 言われるままに首に装着してみる。すると――



 ――――



 音を立てて首輪がぴったりとハマった。



「おいこれ、外せないんだが!?」


「ふふふ。引っかかったね。これでロイスがどこに行ってもすぐに呼び出せる」



 ユウキは妖しく目を輝かせると、まるで猫の顎を撫でるようにオレの首輪を撫でた。



「コール機能があると説明したよね? 首輪が光ったら急いでボクのところに戻ること。いいね?」


「戻らなかったら?」


「お仕置きしちゃおうかな」


「お仕置き!?」


「くすくすっ。なんて冗談だよ」



 ユウキは楽しそうにウインクを浮かべると。



「ボクの元に戻らないなんてありえない。ロイスだって愛しの彼女に寂しい思いをさせたくないもんね。ね?」


「お、おう……」



 ユウキの圧が怖い。たぶんこれ浮気防止装置だな……。



「おまえが傾国の魔女と呼ばれていた理由、なんとなくわかった気がする」


「どういう意味?」



 ユウキは素でやっているのだろう。キョトンとした表情を浮かべていた。

 確かにユウキは闇落ちしやすい性格をしている。

 オレがそばにいて守護まもらなければ……!



「くふふ。ワシも同感じゃな」


「……っ!? 誰だ……!?」



 どこからともなく女の声が響いてくる。



「無自覚に人を堕落させ、束縛し、利用する……。まさに魔女の如き所業」


「おまえは……!?」



 声は修練の場の天井から聞こえてきた。

 見上げるとそこには――



「自己紹介がまだったな。ワシの名はカーラ。人はワシを【心眼しんがん】の賢者と呼ぶ」



 エルフ耳の幼女カーラが宙に浮かんでいた。

 カーラは滞空の魔法を解くと、ふわりと地面に足を付けた。



「まずはおめでとう。よくぞあの天剣のコジロウを倒した。試験を監督する身として、ユウキのランク昇格を認めよう」


「コジロウはおまえの代理だったのか」



 オレはユウキを背中に庇いながら、カーラと対峙する。



「左様。ダークプリースト相手に救護試験を課しても意味がない。故にコジロウをけしかけた」



 カーラは手にしていた古木の杖を使い、オレの後ろに控えるユウキを指し示す。



「結果は上々。ユウキが隠し持っていたスキルを発動させ、真の姿も解放させた。ワシの知る傾国の魔女の姿そっくりじゃ」


「カーラさん。ボクのことを知ってるなら教えてほしい」


「ユウキ……!?」



 ユウキは一歩前に出ると自分の胸に手を当てる。



「ボクは目覚める前の記憶が曖昧なんだ。ボクはどこで生まれたの? どうして死印を操れるの? どうしてボクは……」


「ふむ……。ここで話をするのも何じゃな」



 カーラは修練の場に設置された女神像を見上げたあと、オレ達に背を向けた。



「ついてまいれ。おぬしらの疑問に答えてやろう」

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