第7話 無能と追い出したボクくんは女の子でした


 朝、目が覚めると半裸の女の子――ユウキが鏡台の前で髪をかしていた。





 思わず叫び声を上げると、ユウキは白い布で自らの体を隠しながらジロリとオレを睨む。



「いまさらでしょ。それとも昨日のこと覚えてないの? ボクたちあんなに愛し合ったのに」


「愛し合った……だと……!?」



 驚愕の展開にくらり、と目眩を覚える。


 確かにユウキはたまに女の子っぽい表情を浮かべることがあった。

 体も華奢で、胸を隠すようにダボダボなチュニックを着込んでいた。

 けど、まさかこんなにも大きなおっぱいをしていたなんて!



(驚くのはそこじゃないか……)



 まだ気が動転している。

 オレは深呼吸をして状況を整理することにした。

 冷静に思い出してみよう。昨日は確か…………。



 ◇◇◇◇



「着いたよ」


 ユウキはオレを伴い、酒場の2階にある空き部屋へ向かった。

 酒場の二階は宿屋になっており、金を払えば誰でも使える。

 ユウキはオレの懐から銀貨の詰まった袋を奪い、何食わぬ顔で代金を支払っていた。



「うぃ~、ひっく……」



 部屋に到着する頃には、オレは完全に酔っていた。

 こうして振り返ればわかる。ユウキが水だと言って飲ませたのは酒だった。



「よいしょっと」



 ユウキはオレをベッドに転がすと、上着を脱がせてきた。

(え? いきなりですか)



「すごく汗掻いてる。脱がすね……」


「うぅ~ん…………」



 酔って意識が混濁しているオレは為す術なく、ユウキに上着を脱がされてしまった。露わになる鍛え抜かれた上半身(自画自賛)。

 すると――



「もう我慢できないっ!」



 ――――ガバッ!



 ユウキは目を爛々と輝かせると、オレの上にまたがった。

(なんて大胆!)



「ロイスがいけないんだよ。期待させるようなことを言うから……」



 ユウキはオレが抵抗できないのを良いことに、胸板へ指を這わせてきた。

 つつつ……と指を動かして、胸の上で何やら文字を書いている。



「ふぅ、熱い……。ボクまで体が火照ってきたよ」



 ――――ぱさり。



 ユウキも上着を脱いだ。ユウキは胸にさらしをまいていた。

(さらしを胸に巻くと、ブラジャーよりもきつく絞まります)



「んしょ…………」



 ユウキは艶めかしい声をあげて、さらしを解く。

 さらしの下に隠されていた豊満な胸部が露わになった。

 服の下で蒸れていたのか、滑らかな谷間にうっすらと汗が浮かんでいた。

(ここはよく覚えている……)



「驚いた? でも、驚いたのはボクも同じだよ。まさかボクの秘密を知ってたなんてね」



 ユウキは胸を隠すことなく、オレの前にすべてをさらけ出して微笑む。

 それからオレの手を取り、自分の胸に触らせた。

(え……? 本当に? それは覚えてない。いいな、過去のオレ……!)



「う、う~ん……」


「言ってもわからないか。かなり泥酔してるもんね」



 ユウキはオレの手を解放すると、今度は前屈みになってオレの胸板に舌を這わせてきた。



「キミはいつもボクを護ってくれたよね。それがパラディンの仕事だとわかっていても、ボクだけのナイトができたみたいで嬉しかった。だからボクもロイスのために頑張ろうとした」



 ユウキはうっとりした表情でオレの胸に頬をすり寄せる。



「でも、そんなボクをキミは見棄てようとした」



 急にユウキの声のトーンが変わる。目の色も一瞬で紅く染まった。

 ユウキはオレの喉に両手を添えてくる。まるで首を絞めるように。



「無能だと言われて悔しかった。それ以上に自分が情けなかった。どうしたらいいかわからなくなって、頭が真っ白になって。もしもあのまま追放されたら、ボクはきっと……」


「ユウキ……」


「あ……っ」



 オレがぽつりと名前を呼ぶと、ユウキは我に返ったように手を離した。

 紅かった瞳も元の碧眼に戻る。



「ごめんね。でも、大丈夫。ボクは満たされている。ロイスはボクと一緒にいたいと言ってくれた。それが本当に嬉しかったんだ……」



 ユウキは心の底から嬉しそうに微笑む。

 記憶の中の光景だが、そこに邪悪な意思はなく、嘘をついているようにも見えなかった。

(少なくともオレにはそう見えた)



「でもでも、そんなに優しくされたらさ。ボクも期待しちゃうじゃないか。それがいけないことだとわかっていても、誰にも渡したくなくなる」



 ユウキは何かを否定するように首を横に振る。



「だからいいよね? 一緒に堕ちよう」



 ユウキは頬を赤く上気させながらオレの胸に両手を添えて――



「【闇の寵愛ちょうあい】……!」



 魔属性の魔法スキルを使用した。




 ――――



 羽虫の羽ばたきのような音が鳴り、オレの胸に黒い魔法陣が浮かび上がる。



「やっぱりだ。キミも【】を宿してるんだね。ボクもなんだよ。見て……」



 ユウキは大きな胸を揺らすと、近くにあった鏡台に背中を向けた。

 白くて肌さわりの良さそうなユウキの肩甲骨。

 そこに浮かんでいるのは、オレの胸に浮かんだのと同じ鳥の翼のような黒い痣だ。



「ボクたちおそろいだね。きっと体の相性もピッタリだ。キミにならボクも本当の自分をさらけ出せる……」



 ユウキは「はぁはぁ」と熱い吐息をもらすと――――



「このまま一緒になろう……」




 ◇◇◇◇





 一部始終を事細かく思い出したあと、オレは思わず叫んだ。

 なんだかんだあって未遂に終わると思ったのに、本当に一線を越えていたとは!



「思い出してくれた?」


「残念ながらな」


「残念とは酷いな~。ボク、本当に嬉しかったんだからね」



 ユウキは頬を赤く染めて、そっぽを向いてぽつりと呟く。



「はじめてはロイスって決めてたんだ。ボクを受け入れてくれてありがと」


「お、おう……。どういたしまして……」



 オレはまったく記憶にないけどな……!


 だが、照れたように微笑むユウキを見ていたら怒る気はまるで起こらなかった。

 後悔もない。守護まもらなければならないという使命感が心に宿る。



「まさかオレに魅了の魔法をかけたのか?」



 オレの問いかけにユウキは子供っぽく唇をとがらせる。



「ぶ~! そんなことするわけないでしょ。ロイスとは対等でいたいもん」


「酒に酔わせて襲っておきながらよく言うな……」


「まんざらでもなかったくせに。本当は抵抗できたのにしなかったでしょ。一晩共にしたんだからそれくらいわかるよ」


「うっ……」



 回想の後半はダイジェストでお送りしたが、確かにオレはユウキを受け入れていた。

 女の子だとわかる以前、男のユウキが相手でもコイツを護りたいと心から思っていた。



「どうして性別を隠していたんだ?」


「冒険者に成り立ての頃、最初に声をかけてきたパーティーがゲスを極めたような連中でね。慌ててギルドに報告したから難を逃れたけど、あの出来事がトラウマになってたんだ」


「そういう話はよく聞くな」



 冒険者は資格試験にさえ合格すれば、ゴロツキや盗賊、傭兵くずれでもなれる。

 たちの悪い冒険者は、初心者を騙して身ぐるみを剥いだりもするらしい。



「だから男の子のフリをすることにしたんだよ。おかげでロイスのパーティーに入れた。キミも困ってたみたいだからね」


「そうだったな」



 ユウキとの出会いを思い出す。


 一人ではまともなクエストを受けられず途方に暮れていたところに、ユウキが自分から声をかけてくれたのだ。

 嬉しかった。初めてできたパーティーメンバーを大切にしようと心から誓った。


 けれど、多くのクエストをこなすうちに、いつの間にかユウキを思う気持ちは消えていた。

 効率と結果を重視して、能力値でメンバーの価値を判断。

 ユウキをパーティーから追放してしまった……。



「ずっと正体を隠すつもりでいたけど、ロイスにはバレてたでしょ? だから意を決して告白したんだ」


「あ~…………」



 昨日の酒場での会話を思いだす。

 オレはユウキが隠し持っていたユニークスキルを「秘密」と言っていたのだが、ユウキは女であることがバレたと思ったのか。



「後悔はない。ロイスと出会えてよかったよ。これはもう運命だよね。おかげで自分を取り戻せる」


「どういう意味だ?」


「それはね……」



 オレの問いかけにユウキは髪をかき上げて、窓から吹き込んできた風になびかせる。

 すると、短めだった金髪が腰の辺りまで一気に伸びた。


 白いシャツ一枚だった服も、まるで風に溶けるように消滅。

 どこからともなく黒い外套が現れて、ユウキの身を包み込んだ。


 外套の下には、黒と桃色を基調としたミニスカートの魔術師の服を着ている。

 何より特徴的だったのが、背中にぴょこっと生えているコウモリの翼だった。





 ユウキは悪戯が見つかった少女のようにウインクを浮かべた。

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