第2話 無能を追放したらザマァされました


 【魔竜の洞窟】の最深部にあたる溶岩の間にて、オレとユウキは対峙する。

  崖の下を灼熱の溶岩が流れている。足を滑らせたら即死だろう。



「ゴミはきちんと捨てないとね」



 ユウキは邪悪な笑みを浮かべて、パーティーメンバーの死体を崖の下に蹴り落とした。



「ユウキ! 自分が何をしてるのかわかってるのか!? 仲間をその手にかけるなんて」


「あれれ~? おかしいな。ボクを追放したのはロイスだよねぇ」



 ユウキは血塗られた片手剣をオレに向けて構える。

 元々黒かった刀身が、仲間の血でさらに赤黒く染まっていた。



「キミとボクは敵同士だ。かける情けなんてない!」


「くっ……!」



 ユウキは本気だ。漂う気配でわかる。

 オレは右手にブロードソード、左手に聖騎士の盾を構えた。



「あはは! 出た出た。ロイスお得意の【攻防の構え】」


「この構えを覚えてるならわかるだろう。おまえに勝ち目はない」



【攻防の構え】は盾で身を守りながら、隙を見て武器で攻撃するというシンプルな戦闘スキルだ。

 シンプルだからこそ破りにくく、長期戦にもちこめば体力差でオレに軍配が上がる。



「ふふふっ。それはどうかな。試しにボクのステータスを見てみなよ」


「なんだと……!?」



 何かの罠だろうか。

 だが、ここでユウキの能力を把握できるのは大きい。

 オレはユウキのステータスを閲覧することにした。



 ――――――――――――――――


【ユウキ・マリアドール】


 ●冒険者ランク:ブロンズ

 ●クラス:ダークプリースト(Lv99)


 ●能力値:

  【体力645】【反射809】【知覚1188】【理知1421】【幸運8】

 ●所持スキル:

  【ダークエンチャント】【ダークビーム】【ダークスラッシュ】【シャドウゲート】【闇の寵愛】【魔法属性付与/神話級】【武具強化/神話級】【錬金術/上級】【感知魔法/上級】【回復魔法/上級】【オートヒール】【身体強化/上級】【オールレジスト】


 ――――――――――――――――



「な、なんだこのデタラメな能力値は……!?」


「これがボクの本来の力だ。真の力を解放したらこうなったんだよ」



 ユウキは漆黒の剣を構えると、魔法属性付与スキルを唱えた。



「【ダークエンチャント】!」



 ユウキがスキルを使うと、その背中に黒い光の翼が一瞬だけ浮かび上がった。

 黒い羽が舞い散り、その羽がユウキの持つ剣に吸収されていく。



 ――――



 虫の羽のような音が鳴り、ユウキの黒剣は闇の光に包まれた。



「魔属性の魔法を刃に付与したのか……!?」



 魔法知識がないオレでもわかる。

 あの剣に桁違いの魔力が込められている……!



「魔属性が付与された武器には聖なる加護を打ち破る効果がある。パラディンにとっては悪夢みたいなユニークスキルだね」


「ユニークスキル……!?」



 風の噂で聞いたことがある。

 ユニークスキルとは、常人では習得不可能な特殊なスキルのことだ。

 種類や効果はさまざまだがその力は絶大で、この世の理を根本から覆すらしい。



「これこそが本来のボクの力だ! 【ダークエンチャント】さえあればボクは最強だ。誰もボクをバカにしない。誰もボクをひとりぼっちにしない……! あははははははっ!」



 ユウキは漆黒の剣を手にしながら、タガが外れたように高笑いをあげた。

 その言動もその力も、明らかに普通ではない。


 能力値を比べたらオレとユウキの力の差は歴然だ。

 だが――



「ユウキ、おまえは危険だ。ここで止める!」



 オレは盾と剣を構えたまま、ユウキに突進した。

 パラディンとして、闇の力を宿した人間を放っておくわけにはいかない!



「正義感だけは一人前だね。勇者になったつもりかな? 来なよ。仲間のところに送ってあげる」


「舐めるな!」



【ダークエンチャント】の効果で、聖騎士の盾の防御を貫いてくるだろう。

 だが、前線での戦いはオレに一日の長がある。武具と能力値の差は経験で補える。

 非戦闘職であるプリーストが相手なら……!



「舐めるなだって……?」



 ユウキは小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと。



「それはこっちのセリフだよ!」



 漆黒の剣を振った。

 技術も何もあったものではない。

 ただ、上から下に振り下ろしただけ。



 ――――ズバアアァァッ!!



 たったそれだけで聖騎士の盾は真っ二つに切り裂かれ、オレは鎧ごと断ち切られた。



「ぐああああああぁぁぁぁぁっ!」


「あははは! ざまぁぁぁみろ! 悔しい? ねえ? いまどんな気持ち?」



 ユウキはオレの返り血を浴びながら、ニタリと口元を歪めて微笑む。



「無能だと追い出したザコに手も足も出ないなんて。本当、だらしないねぇ聖騎士さま?」


「ぐぅ……っ!」


「力だよ。身分もランクも関係ない。圧倒的な力でねじ伏せれば誰も文句を言えなくなるんだ。今ならわかる。どうしてこの力を封印していたのか……」



 無造作に剣先で地面を削りながら迫るユウキ。



「さあ、トドメだ。命乞いでもしてみるかい?」


「だ、誰が……っ」



 オレは意識をもうろうとさせながら、それでも顔を上げてユウキを睨み付けた。



「残念だなぁ。ボク専用の奴隷にして飼ってあげようと思ってたのに。これでも気に入ってたんだよ、キミのこと」


「そいつは知らなかった。覚えておくよ。次があったらおまえに優しくする」


「次……? はっ! そうだね。次があればボクによろしく伝えてよ。今度は間違えないようにってね!」



 ユウキが漆黒の剣を振ると、刀身から黒い光刃が放たれた。



「【ダークスラッシュ】!」



 回避は不可能。防御も無意味。



 ――――ズガァァァンッ!



 放たれた光刃が爆発。

 衝撃でオレは吹き飛ばされて、崖下に落下した。



「ロイス・コレート、キミをこの世から追放するっ! あはははっ! あはははははははっ!」



 ユウキが崖の上で高笑いを浮かべる。

 その姿も、あっという間に小さくなった。



(どうしてこうなったんだろう……)



 迫る死の瞬間を前に、オレの頭には後悔ばかりが浮かんだ。

 いまさら後悔しても遅い。そんなことはわかっている。


 けれど、もし人生をやり直させるなら。

 そのときは心を入れ替えて仲間のために尽くすと誓おう。


 ああ、それと――



「死ぬ前にもう一度、カモメ亭の豚バラ定食が食べたかった……」



 ――――――――――――――――

 ――――――――――――

 ―――――――――

 ―――――



「え……っ!? いまなんて?」


「は………………???」



 ふいに目が覚める。

 気がつけばオレは酒場にいて、ユウキと一緒にテーブルを囲んでいた。

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