第13話 山岳都市サウザー到着

 壁のようになった紫色の不気味な霧の中から、ゆっくりとヴィクトリアが出てくる。広げた翼や足に紫の霧をまとう、ヴィクトリアの目に映ったのは一面の雪景色だった。

 雪原が広がるはるか先に巨大な山が連なっている。夏でも山頂に雪を残すこの山々はガイゼル山脈と呼ばれ、リオティネシア王国の北の外れに当たる。山脈の向こう側は、万年雪に閉ざされるオーランド魔法王国がある。

 ガイゼル山脈で三番目に高い、サウザ山の頂上から尾根に沿って、東西に分かれた都市が見えてきた。都市は屋根に四角い灰色の石作りの家が並び、頂上にはエッラ・アーツィアと同じ三つの尖塔を持った砦が見える。

 ここがロック達の目的地、リオティネシア王国の山岳都市サウザーだ。ヴィクトリアが大きく旋回し、尾根の北側へ移動する。細長い尾根に沿って作られた町を、横目に見ながら頂上へ向かって行く。

 頂上ほど近い東側の尾根から、大きくせり出した岩崖がある。数キロ平方にわたる大きな岩がけの上部は、切り出され平坦に聖地されている。平坦にされた部分をさらに幅百メートル、長さいくつか長方形に掘り下げられ、そこに飛空船が停泊している。

 この岩崖が山岳都市サウザーの港だ。二年前までは麓の雪原に港はあったが、停泊後に荷物を引き上げるのに最悪数日要することがあったので町の近くに建築された。

 ヴィクトリアは慣れた様子で開いている長方形の一つに自分の体を収めた。顔をあげた口を開けヴィクトリアが舌先を伸ばす。舌にはアイリス、ロック、ポロン、コロン、クローネと全員が乗っていた


「一番乗りなのだ」

「あっ! 待ちなさい」


 真っ先にポロンが下り、コロンが彼女に続く。下りたポロンに一人の男が近づいて声をかける。


「こんにちはお嬢ちゃん」

「おぉ! モグラさんなのだ!」


 桟橋に当たる岩の上に、二足歩行の毛むくじゃらのモグラ顔の男性が手を上げていた。ポロンがモグラ人間を見て驚いたようだ。


「だからポロン…… あの人はグルドジア族さんですよ。すいません」

「いいよ。いいよ。モグラなのは事実だし……」


 優しくポロンの手を撫でる港の船員。そうグルドジア族は人型のモグラ獣人だ。顔の特徴はみな同じでグルドジア族の同士では見分けつくが、人間で見分けをつけるのは困難で体毛の模様で服飾品などで見分けるが最悪は尋ねる。

 リオティネシア王国は、リーティア大陸に東西南北にまたがる、広大なリオティネシア平原が国土の大半となっている。

 長年にわたり平原は小国が乱立し、は常に血が流れる状況だった。リオティネシア王国初代国王アーツィアは平原を統一するため、各国で虐げられていた少数民族との協力関係を築いた。

 アーツィアの平原北部平定に協力したのが、長年に渡り奴隷として虐げられていたグルドジア族だった。モグラ族である彼らは攻城戦の際に、地中から敵陣内に切り込み多大な成果をあげた。

 その働きに敬意を払い、リオティネシア王国建設後はグルドジア族の族長は、北部地域を統括する権利を与えられた。


「じゃあお姉ちゃん。いってきまーす」

「(いってらっしゃい)」


 アイリスとクローネがポロンに続いて、下りて最後にロックが舌から下りた。桟橋の右手に視線を向けるクローネは、横にそれて立ち止まった。


「サウザー…… 久しぶりに来ました。相変わらず綺麗……」


 桟橋から尾根に沿って並ぶ町と、その下に広がる雪原の風景は美しくクローネは思わず称賛を口にする。

 立ち止まっていたクローネを追い抜いたロックが振り返った。


「行くぞ。さっさと終わらせるんだからな」

「はい。まずは頂上の砦へ向かいます」


 笑ってうなずくクローネだった。アイリスは先に下りたポロンとコロンに声をかける。


「クローネさんと頂上の砦に用があるからポロンとコロンは荷物を下ろしてくれる」

「わかったのだ」

「おまかせください」


 三人はポロンとコロンを残して港を出た。雪が薄っすらとつもる町の中を、三人は頂上へ向かって歩く。

 サウザーがある山の頂上が見えて来た。頂上では五メートルほどの高さの城壁が、南北に町を分断していた。城壁には二箇所ほど町の人が行き来するための小さな門が設置され、真ん中に巨大な城の三本の尖塔を持つ砦が建っている。

 ロック達は城壁にそって砦へ向かう。砦は城壁に囲まれ木製の門が設置されている。扉の前でグルドジア族の衛兵が槍を持って立っている。クローネは振り向いて、ロック達に頭を下げた。

 グルドジア族の衛兵は、クローネを見て慌てた様子で、門の中へと入っていった。

 すぐに貴族が着るようなきらびやかな服を着た、グルドジア族が衛兵を引き連れロック達の元へとやってくる。


「ここでお待ちください」


 クローネはロック達を制止すると、出てきたグルドジア族の元へ向かった。なにやら話しをしたクローネが、振り向いてロック達の元へと戻ってきた。


「ここからはわたくし一人で大丈夫です」

「えっ!? でも……」


 心配するアイリスにクローネは微笑む。


「大丈夫ですよ。王族のしきたりでグルドジア族の族長に会う時は護衛も入れずに一人で行かないといけないんです。砦の向こうはグルドジア族の自治領域で問題を起こせば彼らの信頼を失います」


 サウザーは頂上の砦を堺に東側をリオティネシア王国、西側をグルドジア族が治めている。特に西側はリオティネシア王国の文化の影響が少なく、法律も彼らの法が適用される完全な自治地域だ。王族が族長に会いに一人で出向くのは、リオティネシア王国のグルドジア族への信頼と誠意を示すためだ。クローネは話しを続ける。


「そんなことになれば王位継承自体ができなくなりますから、彼らも手出しは出来ないはずです」


 クローネの話しを聞いたアイリスは、納得できたのか心配そうな表情から、穏やかな表情になり小さくうなずく。


「わかりました」

「はい。戴冠の挨拶は三日ほどかかります。終わったら皆さんに連絡をしますからそれまでは皆さんはご自由にお過ごしください」


 頭を下げたクローネは振り返り砦へ向かって歩く。出てきたグルドジア族はロック達に頭を下げる。

 アイリスとロックはクローネが砦の中へ入るまで見送った。


「じゃあな」


 振り向いたロックが歩いてアイリスから離れる。アイリスは彼の背中に声をかける。


「ロック! どこ行くのよ?」

「これからクローネが戻るまでは自由行動だろ? 勝手にやらせもらうよ」

「そうね。私もやることがあるから! 宿はいつものとこよ」


 右手を軽く上げて返事をするロックだった。すぐにアイリスは道を戻って港へ向かうのだった。港に戻ったアイリス、桟橋ではポロンとコロンが、ヴィクトリアの横で待っていた。

 二人の元へ来たアイリスが優しく微笑む。


「お疲れ様。荷物は?」

「下ろし終わって引き渡しました」

「すごいじゃない」

「はい。ポロンが頑張ってくれました」


 うなずいてコロンがポロンに手を向けた。ポロンは胸を張って笑った。


「えっへんなのだ」

「偉い」


 アイリスはポロンの頭を撫でる。ポロンは嬉しそうに目をつむっている。


「そういえばロックはどうしたのだ?」

「どうせここのレース場でしょう。あいつがいくとこなんて…… まぁいいけどね。居場所はわかるし、どうせお腹が空いたら宿に戻ってくるでしょうし…… でもさぁ!!!」


 ロックの話しをするアイリスは、先ほどは笑顔で了承したのものの、砦の前で置いて行かれたのが寂しかったのか、ポロンを撫でる力が徐々に強くなる。


「痛いのだ!」

「あぁ。ごめん」


 限界を超えたポロンが嫌がって頭を離す、アイリスはすぐに謝るのだった。頭を押さえるポロン、アイリスは気まずそうにしていた。コロンがポロンの肩を軽く叩き彼女の頭を撫でるのだった。

 ポロンの頭を撫でながらコロンがアイリスにたずねる。


「すぐに出港しますか?」

「ううん。クローネさんが教会の仕事があるみたいなの。三日かかるみたいだからその間は休みよ」


 二人の会話を聞いていたポロンが両手を上げた。


「おやすみなのか? やったのだ」

「そうですね。何をしましょうか?」

「うー…… まずはお腹が空いたのだ!」


 両手で腹を撫でるポロン、アイリスは彼女を見て微笑む。


「じゃあお昼にしましょう! ここの名物の鹿のシチューを食べに行くわよ」

「おぉ! 行くのだ! 食い尽くすのだ」

「食べ過ぎはだめですよ! 二人とも!」


 片手をあげて勇んで港を出るアイリスとポロン、二人の後を叫びながらコロンが追いかけるのだった。クローネが戻るまでの三日間、ロック達はそれぞれ自由に過ごすのだった。

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