第12話 指揮権

 槍をふりかぶったまま迫ってくるベリーチェ、ロックは彼女の姿を真顔で見つめていた。ベリーチェがロックの頭を狙い鋭く槍を振り下ろした。ロックの目に十字の刃先が鋭く、自分へと迫ってくるのが見えた。彼は両手に力を込めた。

 大きな音が響いた。ロックは両腕を、あげ剣と杖をクロスさせて、槍を受け止めていた。ベリーチェを見て余裕の顔をするロック、だが、ベリーチェはそんな彼を鼻で笑う。


「ふん! 無駄よ! はああああ!」


 十字の刃先が赤く光って炎がロックに向けて吹き出した。うねりを上げながら真っ赤な炎がロックに迫ってくる、彼の体は赤く照らされ頬にジリジリとした熱さが頬に伝わる

 迫る炎を見てロックは笑う。炎がロックを包み込む直前で、ロックの体が消えた。彼の体はベリーチェの二メートルほど前に現れた。空間転移魔法で移動したようだ。

 ベリーチェはロックの動きに素早く反応する。


「無駄って言ってるでしょ!」


 叫びながら右足を前に出してベリーチェは、ロックに向かって槍を突き出した。ロックは右足を引いて体をそらし槍をかわす。


「チッ!」


 ベリーチェはすぐに槍を引く。そして間髪をいれずにまた突き出してくる。突き出された槍をロックは、今度はそっと左足を引いて体をそらしてかわす。槍はロックの胸の前を通り過ぎていく。


「この! この!」


 すぐに槍を戻したベリーチェだった。彼女は眉間にシワを寄せ、必死の形相で何度も槍を突き出した。


「もうあんたは終わりなのよ! 諦めなさい」


 槍を突き出しながらベリーチェ、ロックは体をそらしたり横に移動して、槍を何度もかわし続けた。

 十数回ほど槍を突き出し続けるベリーチェだった。スタミナが切れたのか彼女のロックを狙う槍の鋭さがなくなってくる。

 このまま彼がベリーチェを制圧することはたやすい…… はずだった。

 槍の鋭さが鈍ったのに油断したのか、ロックは槍をかわすタイミイグがずれた。十字に広がった槍の刃の一部が、ロックの左脇腹をえぐるように突き抜けていった。ロックは脇に激痛と急速に左腰の当たりが暖かくなっていくのを感じる。ついにロックを捉えたベリーチェは嬉しそうに笑う。


「グッ!」


 激痛に苦痛に顔を歪めるロック、左手の握力が急速に失われ手を開いていく。

 地面にロックの杖が転がった…… ロックは素早く左手でえぐられた脇腹を押さえ、膝をつきそうになるのを甲板に剣を突き刺して支える。


「クックソが…… グフ!」

「はぁはぁ…… もうまもなく傷口から炎が広がるわよ。終わりね!」


 槍の石突を地面につけ、勝ち誇った顔するベリーチェだった。ロックは左手で脇腹を押さえながら苦しそうにしている。

 なんとか頭を上げ苦痛に顔を歪めながら、ベリーチェに声をかけるロックだった。


「クッ…… そうか…… 最後に教えてほしい」

「いいわよ。どうしたの?」


 ロックの願いに簡単に応じるベリーチェだった。うつむいたロックの口元がかすかに笑う。


「おっお前は…… なぜ紫水軍と一緒に居れるんだ?」

「いいわ。あれよ」


 体を斜めに方向け、左手でグレートアーリア号の真ん中にある巨大なマストをさした。

 マストの手前に棒につけられた、紫色の長方形の旗がなびいていた。旗には翼を開いた隼のマークが描かれている。


「あれは指揮権よ。私が頭領からもらったの。あの旗がある限りこの船は私の物なの」


 旗を見つめ、得意げな表情を浮かべるベリーチェだった。


「指揮権…… 頭領…… そうか。お前達は蛇に入れ墨をしてる……」

「あら? よく知ってるわね。そうよ。私たちは砂蛇。砂漠に巣食う毒蛇よ! さぁ。そろそろ炎がお前を……」


 ロックを見ながら左拳を握り笑うベリーチェ、ガントレットの端にかすかに蛇の尻尾の入れ墨が覗く。彼女は心の底から勝ちを確信していた。ここから自分が負ける可能性など微塵も感じなかった。


「えっ!?」


 ロックの左手が青白く光った。同時に脇腹の傷が塞がり血が止まった。同時に右手に握っていた甲板にさして剣を抜く。

 彼の体が消えた。瞬時にベリーチェの前に現れたロック、膝を曲げ体勢を低くしていた彼は下から剣を振り上げた。

 振り上げた剣はベリーチェの右手のサラマンダーガントレットにあたり、大きく彼女の右手を大きく右上に弾いた。右手から槍が放り投げられるようになり、槍は回転しながら飛んでいき数メートル離れた甲板の上に突き刺さる。

 直後にロックの姿が消え、彼はまたベリーチェの前に姿を現した。彼はすぐに左手を地面に転がった杖に向けると、一瞬で杖が彼の手に戻った。

 そのまま持った杖で、ロックは甲板を軽く叩いた。叩かれた甲板から白い冷気が走ってベリーチェの足元へ向かっていく。

 ロックの動きにベリーチェは、まったく反応できずにただ呆然と見送っていた。


「なっ!? なんで……」


 ベリーチェの足は白く氷ついた。驚いた彼女が足をあげようとするが靴底が凍りつき離れない。


「あっ足が…… 何よこれ!」

「グランドアイス。敵の足を凍らせて動きを止める魔法だ。威力を上げれば全身を凍らせることも出来る」


 もう一度ロックが杖の先で甲板を叩く。冷気がベリーチェの足首まで凍りつかせる。驚くベリーチェをロックは笑っている。彼女はロックの様子にあることに気づいた。


「あんた…… まさかわざと……」

「あぁ。そうだ。あんなんで勝てると思ったか? お前たちから情報聞き出すためには負けたふりするしかなかっただけだ」

「なっ!?」


 町でクローネを襲った刺客は尋問した際に死んでしまった。ベリーチェもおそらく同じようになると考えた彼は、わざと負けて情報を聞き出そうと考えたのだ。


「こんなもの!」


 ベリーチェが両手を足に向けた。炎が両手から吹き出し、凍った足元に吹き付ける。

 だが…… 炎を吹き付けられても氷ついた足は溶けない。それどころか地面から拭き上げる冷気は炎をかき消していたいく。


「なっなんで…… サラマンダーの炎なのに…… 溶けないのよ!」


 必死に炎を吹き付けるベリーチェが叫ぶ。ロックはその姿を見ながら笑っている。


「そりゃあ。下級魔法とはいえ俺の全魔力を込めてあるからな。借り物のサラマンダーごときじゃ溶けねえよ」


 ロックに視線を向けるベリーチェ、彼女顔は悔しさがにじむ。ロックは小さく首を横に振って真顔になった。


「そのまま炎を履き続けたとしても、ゆっくりと時間をかけてお前の体は凍りついていく。このゴールドアリア号とともに紫海に沈むがいい」


 両手から杖と剣をはなしたロック、剣と杖は彼の背中へと戻っていった。ベリーチェの顔が青くなる。

 もう勝負は終わったのだ。圧倒的なロックの勝利によって……

 ピキピキと音がする。グランドアイスによって凍りついたグレートアリア号が傾いていく浮力を失い傾いていく。ベリーチェは足首まですでに凍りつき、徐々にふくらはぎへと冷気は迫っていく。


「やだ…… やだ…… なんで……」


 沈む船に凍りつく体、恐怖で体を震わせるベリーチェだった。彼女の両手から炎が消え、代わりに足の間から透明な液体が垂れてくる。


「はははっ! 炎でとけねえのに小便かけても溶けねえだろ」


 煽るように笑うロック、悔しさと絶望でベリーチェの頭の中は破裂しそうだった。ベリーチェの視界の端がぼやける恐怖で彼女は泣いていたのだ。


「まぁせいぜい。全身が凍るまでせいぜい頑張れよ」


 ベリーチェに背中を向けて歩き出すロックだった。涙に滲む視線にロックの背中に向けてベリーチェは叫ぶ。


「やだ…… いや! 助けて!」


 歩きを止めたロック、振り向いた彼は肩をすぼめて両手を上に向けた。


「足の感覚まだあんだろ? 靴とズボンを脱げば抜け出せるぞ」

「えっ! そうだわ!」


 ズボンを脱ごうとベリーチェは腰に両手を伸ばす…… しかし、ガントレットをつけた手ではうまく脱げない。

 彼女は両手のガントレットを外して甲板に投げすてた。急いでズボンをつかんで勢いよく下ろした。


「えっ…… おっおい」


 ロックはベリーチェから視線を外した。


 彼女は慌てて両足を氷漬けになった、服と靴から抜くとマストへ向かって走っていく。


「わっ! わっ」


 慌てて滑って倒れたベリーチェ、尻をこちらに向けている。しかしすぐに立ち上がり、マストの前にあった旗を抜てロックを睨むとまた走った。ベリーチェは甲板のヘリの手すりに上って振り返る。


「おっ覚えてなさい! 絶対に殺してやるから!!! くしゅん! わっわああああ!」


 くしゃみをすると同時にバランスを崩し、ベリーチェは指揮権の旗とともに紫海の中へと落ちていった。


「大丈夫かな…… まぁいいか」


 ロックはつぶやくと甲板のベリーチェを凍らせた辺りに戻っていく。


「サラマンダーガントレットか…… それにあの旗……」

 

 つぶやきながらロックはサラマンダーガントレットとある物を広い上げた。

 ロックはヴィクトリア号へと戻った。時間が経って動けるようになった、毒が抜けたヴィクトリアにより、ロックが戻るとほぼ同時にドラゴンアンカーは外された。

 サラマンダーガントレットを左脇に抱え、ブリッジへと戻って来たロック、彼は椅子に座るアイリスの横に来た。


「お疲れ様。どうだった?」


 ロックに気づいたアイリスは椅子を横に向け声をかける。


「あぁ。かわいい美少女の出迎えを受けたぜ。砂蛇ってやつだ。あいつら指揮権ってのを使って紫水軍を従えたらしい」

「その子はかわいそうにね。せっかく霧の中を待ってたのに来たのがおっさんじゃねぇ」

「うるせえよ」


 不満そうに口を尖らせるロックに、アイリスはニッコリと微笑む。彼女の顔が真剣な表情に変わった。


「でも…… 砂蛇に指揮権ね。とりあえずミーティアさんとフローラに連絡して少し調べてもらうわ」


 小さくうなずいてアイリスは淡々と返事をした。ロックは彼女が驚いかないことが意外だった。


「驚かないのか? あいつらの中に人間が居て紫水軍を指揮してたんだぞ」

「うーん。紫水軍がヴィクトリアを狙って追いかけて来たからしね…… それにいくら何でも二度の航海で二回も紫水軍に合うなんて運が強すぎよ」


 顎に指を当てて答えたアイリスは、ロックの方に顔を向けて笑う。紫水軍は紫海の中に多数の数が居るが、一回の航海で出会う確率は三割程度で、遭遇しても襲われる確率は一割もない。

 アイリスはクローネを狙う者たちが、紫水軍を操っていたことをある程度予想しており、ロックの報告はそれに確信を足すだけで驚きはなかった。

 平然と答えるアイリスの反応に、ロックはつまらなさを覚えたが。彼女の洞察力さ感の鋭さには、彼自身も幾度となく助けられたことがありすぐに納得する。


「そうだな。俺もクローネに髪の毛でももらったらレースで勝てるかな」

「はぁぁぁぁ!? 無理よ。あなたは日頃の行い悪すぎだから!」

「なっ!? 失礼な! 別にいいだろう。お守りだよ!」

「良くないの!!!」


 眉間にシワをよせアイリスがロックに向かって叫んだ。ロックはアイリスの反応の驚く。


「ったく…… なんでクローネさんなの…… 私だって……」


 腕を組んで口を尖らせて、ぶつぶつと文句をいうアイリス、ロックは面倒くさそうに右手で頭をかく。


「ほらよ。土産やるから機嫌なおせよ」

「えっ!?」


 ガントレットを二つを揃えてアイリスに差し出した。両手を伸ばしてロックからアイリスはサラマンダーガントレットを受け取った。


「これは……」

「サラマンダーガントレットというらしい。紫水軍を操ってたやつが付けてた。砂蛇って奴らのてがかりだと思って持ってきた」

「へぇ…… わかったわ。これも調べて見ましょう。疲れたでしょ? もう休んで…… ってなにこれ?」


 ガントレットの間に水色の布のような物が挟んであった。アイリスはガントレットを膝の上に乗せ布を引っ張り出した。両手で布を広げると、それはわずかに湿った青字に白の水玉模様の女性用のパンツだった。


「パッパンツ?!」

「あぁ。履いてもいいぞ。でも…… お前に似合うかな。そんな派手な柄」


 顔を赤くするアイリス、ロックは首をかしげながら肩をすぼめて笑う。


「履かないわよ! 他人のパンツなんて!! しかも湿ってるし…… これどうしたのよ? まさか盗んで来たんじゃないでしょうね?」

「足を凍りつかせたら敵が脱いでいった。それだけだ」


 ベリーチェは凍りついた足を引き抜くために、ズボンを下ろした際にパンツまで下ろしていた。ロックはサラマンダーガントレットとパンツを一緒に回収していた。ロックの言葉んアイリスは呆れた顔をする。


「まったく…… 早く捨てて来なさいよ。汚いわね」

「いや…… こうする。コンパクトスペース」


 左手で杖を持ったロックは呪文を唱えながら、ガントレットと杖を軽く叩く。ガントレットとパンツが消えた。

 ロックが使ったのはコンパクトスペースという魔法だ。この魔法は杖の中に物を収納する魔法で、旅をする魔法使いが荷物を減らすために編み出した。

 杖の格によって収納できる数が決まり、取り出す際は収納した順番の数字を杖で描く。高齢になって物忘れがひどい魔法使いは何を何番目に収納したかメモに残すことがあったりする。


「保管するの?」

「あぁ。どうせまた来る。その時に返してやるのさ」

「はぁ。性格悪いわね」


 ため息をつくアイリスにロックは、恥ずかしそうに頭をかくような動作をする。


「そんなに褒めるなよ。じゃあ疲れたから少し休んで来る」


 杖を背中にしまいロックは、アイリス背を向けて適当に右手を上げ歩き出す。歩く彼の背中をアイリスは見つめていた。


「待って!」


 椅子から立ったアイリスが走ってロックの背中のベルトをつかんで止めた。そのまま左脇腹の裾をめくりあげた。

 ロックの脇腹がアイリスの目の前にさらされる。ロックの脇腹は彼が回復魔法で動けるようにだけしたのか、わずかに傷が残りシャツの裏にわずかに血が付いていた。


「やっぱり怪我してる! ほら座って! シャツを脱いで」

「大丈夫だ。一人で出来る」

「ダメ…… お願い…… これくらいさせてよ……」


 ギュッとロックのシャツを掴み、上をむき涙目になるアイリスだった。ロックは彼女を見て小さくうなずいた。


「あぁ。じゃあ頼む」


 ロックはそう言うとアイリスが座っていた椅子に座るのだった。

 出港直後に紫水軍の襲撃を受けたヴィクトリア号だったが、その後は特に問題なく山岳都市サウザーへと到着するのだった。

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