第14話 船長は名物を食らう

 ロック達がサウザーについて二日後……

 ここはサウザー山岳魔物レース場だ。このレース場はサウザーの町の南東部に山を切り開き、平らに整地した場所にある。

 北側の山に向かって斜めに膨らんだ歪な楕円形をしたコース形状で、膨らんだところは山の傾斜により起伏が激しく、魔物を操る騎手の手腕が試される。魔物レースはほぼ毎日開催されており、そこそこの賑わいを見せていた。

 コースのゴール前の直線に、数百人が座れる木で組まれた、巨大な木製のスタンド席が設置され、その近くには屋台がたくさん並んでいる。

 屋台の一つに人が数人並び、中で大きな鍋を白いエプロンに三角巾をつけた、中年の女性がおたまでかき混ぜている。この屋台はサウザーレース場名物の鹿のトマト煮込みを販売していた。

 湯気の向こうでまた一人の客がトマト煮込みを求める。


「おばちゃん。鹿のトマト煮を一つ」


 慣れた様子で五デナ銅貨を、屋台の上に置きロックが女性に声をかけた。


「はいよ」


 女性は鍋の横に積み上げられて、木製の丸い皿におばちゃんはおたまで、中身をすくってよそる。皿には真っ赤なトマトのソースに、長方形に切られた鹿肉が三つ盛られる。

 慣れた手付きで女性は、器に盛られた刻んだパセリをつまんでかけ、木製のスプーンとフォークを皿につっこみロックの前に置く。ロックは皿を持つとこちらも慣れた手付きで、近くに置いてあったマスタードを皿のフチに塗り、笑顔で右手を上げる女性に背を向ける。クローネをサウザーに届けた翌日の昼過ぎ、ロックは初日の大敗を取り戻すべく早朝からレース場へやってきて少し遅めの昼食を買ったのだ。

 屋台エリアを抜けロックは、スタンド最上段へ向かう。レースは時間が経つにつれ盛り上がり、スタンド席も前面がほとんど埋まっていた。最上段は座っている人が、二人ほどでほとんどが空いている、ロックは最上段の端から一人分を開けて座り、右横に鹿肉が入った皿を置く。彼はポケットからレースに出る魔物が、書かれた出走表を取り出しコースに目を向ける。


「さて…… 次は…… 元祖天才ベテランのユカタンが…… えっ!?」


 ロックの視線が隣に向けられた。隣にはいつの間にかアイリスが座り、ニコニコ笑いながらコースを眺めている。

 彼女を見たロックの眉毛がかすかに動いた。


「騒がしい場所は嫌いじゃなかったのか」

「たまにはレースを見てもいいかなってね。うー! お姉ちゃんも広いけどこの開放感はないからねぇ」


 目の前にある広大なレース場を見たアイリスは、両手を組んで頭の上に背伸びをし、ロックの方を向いて微笑むのだった。ロックは頬を少し赤くし慌てて出走表をポケットにねじ込み前を向いた。


「ポロン達はどうしたんだよ? 置いて来たのか?」

「隣の村でお祭りをしてるんですって! お小遣い渡してそれに行かせたわ……」


 すっとロックは右手をアイリスに向けて差し出した。アイリスはチラッとロックの右手を見て彼に視線を向けた。


「なによ……」

「いやぁ。俺にも小遣いくれないかなぁってさ……」

「……」


 黙ったまま真顔でアイリスはロックを見つめている。穏やかな表情だが目は、明確に彼に対して軽蔑を向けている。


「わかったよ。ジョークだよ。ジョーク! ってもうレースが始まる! 後にしろ!」

「うん。終わったら少し話しをしましょう」


 急いで前をむくロックに、笑ってうなずくアイリスだった。

 ラッパの音がなり、魔物達がスタートラインへ並ぶ。今回のレースは猛獣系モンスターA4クラスという名前で、熊や狼や虎などの猛獣系の魔物が十四頭出走する。

 ゼッケンと鞍をつけた、魔物達の上に騎手が乗り準備が完了だ。

 魔物レースは種族に分けられ、さらに実力によってクラスが分かれる。書く種族でクラスをあげると、異種族混合のオープンクラスへと昇格できる。ちなみに操る騎手は全員モンスターライド免許を持ち、どんな魔物も乗りこなせるようにするための学校に通う。

 レースは進んでいく。ロックはゼッケン十番の頭の角が生えた白い体毛で、青い縞模様が入った虎型の魔物であるホワイトタイガーに賭けている。ゴールの向う正面で、十番は魔物の集団の外側を追走している。


「まだだ…… そうだ! そこだ! まくれーーーー!!!」


 十番が外から前へ向かう。そして第三コーナーから最終コーナにかけて先頭に立つのだった。数分後……


「馬鹿野郎! 最後まで残せ!!!! このやろう。金返せ!」

「別にユカタンさんはあなたにお金を借りたわけじゃないでしょ……」

「うるせえな!」


 膝を叩いて不満そうするロック、アイリスは彼を見つめて首をかしげ不思議そうな顔をする。


「しかし…… いろんなレース場で見てるけどあなたここが一番馴染んでるわね」

「オーランドじゃ賭博は違法だからな。ここは学生時代から通う常連だぜ」


 右手の親指を立てて笑うロックにアイリスは首を大きく横に振った。ロックは魔法学院時代に、オーランド魔法王国からここまで通っていた。もちろん学費を全てすったのもこのレース場である。


「もう…… 学生が賭博に通うのは違法よ!」

「はいはい。そうですねぇ。でも、もう学生じゃありませーん」


 ロックは舌を出して、おもむろにベンチの右横に置いてあった、木製の皿を自分の膝の上に乗せる。アイリスはムッとした顔をし、ロックの膝に視線を向けられる。


「この!」

「あっ! こら!」


 アイリスが素早くロックの膝から皿をひったくった。フォークを鹿肉の一つをさして自分の口に持っていく。彼女は大きく口を開けた肉にかぶりついた。

 大きな鹿肉の塊だったが、一口で強引に彼女は自分の口の中に肉をおさめた。頬を膨らませて肉を噛むアイリスは至福の表情を浮かべていた。


「もぐもぐ…… うまー! シチューもいいけどトマトの酸味があって塩気がきいた煮込みも最高ね…… それにマスタードがあうーーーー! でも、なんですぐに食べないのかしら熱々の方が美味しいのに……」

「お前な一口でいくなよ。ちょっとずつ食べて……」

「いいの。いいの。気にしないで」

「ったく! っていうか全部食うなよ! 俺の分を残してとけ!」


 目を大きく見開いて驚いた顔で、ロックを見つめるアイリスだった。もう私のだよねとアピールするアイリスに、ロックは観念して鹿肉のトマト煮込みを全て彼女に渡すのだった。

 嬉しそうに肉を頬張るアイリス、横で不満そうにするロックだった。


「それで何の用だ? まさか本当にレースを見に来たわけじゃないだろ?」

「もぐもぐ…… ミーティアさんから返事が来たわ……」


 ロックの顔が真剣な表情に変わる。アイリスは砂蛇と指揮権を、調査してもらうためミーティアに連絡をとっていた。


「ずいぶんと速いな」

「うん。伝書ブルーオウルは転送で紫海を超えられるからね。往復半日ですむわ」

「おい…… 伝書ブルーオウルって…… ミーティア怒るだろ……」


 手紙のやり取りは手懐けた魔物に、浄火を持たせて紫海を渡らせるのが主流だ。中でも青いフクロウの姿をした、ブルーオウルは非力だが賢く転送魔法が使え、紫海を簡単に超えられる確実に速く手紙を運搬してくれる。もしろん料金はそれなりにする。


「大丈夫よ。足が出た費用は後で王国に請求するから! これから手紙の内容を見て……」


 ロックはアイリスとの会話で、休暇が終わる雰囲気を感じた。残りのレースを楽しみたい彼は、強引に話しを終わらせることに決めた。


「しっかりしてるぜ。わかった。じゃあ後で確認するよ」


 ニッコリと微笑んだアイリス、空になった木製の皿を置き、ロックの手首をつかんだ。


「ダメに決まってるでしょ! ほら! 早く来る」

「おいおい。これからのレースが熱いんだ!」

「はぁ!? 仕事優先よ! ほら早く来なさい。鹿肉の煮込みもなくなったし未練はないでしょ」

「いや…… 俺は食ってない……」


 ロックの手首をつかんだまま、キッという顔でにらみつけた。観念したロックは両手で拝むポーズをする。


「わかった! でも、魔券まけんだけは買わせてくれ! 頼む」

「ふぅ。いいわよ。五分で終わらせてね」


 懇願するロックに呆れた顔してアイリスは手首をはなす。ロックは嬉しそうにスタンドを下りて行く。彼はスタンドを横断して屋台と反対側の方へと向かっていく。


 魔物レースは一着になる魔物を予想し、配当金をもらうギャンブルである。魔券まけんとは小さなカードで、予想した勝ち馬と掛け金を記載してある。レースの予想があった場合に魔券と配当金を引き換える。正式名称は勝利魔物投票券しょうりまものとうひょうけんで略して魔券まけんという。

 ロックが向かった屋台の反対側のスタンドの横には、カウンターがありそこで魔券まけんが売っているのだ。十五分ほどしてロックが戻り、二人はレース場を後にするのだった。

 二人は港に停泊しているヴィクトリアのブリッジへとやってきた。

 椅子の横に置かれた台の上には、開封された封筒と手紙が置いてある。これがミーティアからアイリスに送られた手紙のようだ。アイリスは手紙を持ってロックに渡す。ロックは手紙を受け取り目を通す。


「砂蛇はグラスダート諸侯連合の傭兵…… 帝国の西から同じ砂漠に流れたってわけか」


 グラスダート諸侯連合とはリオティネシア王国南に広がる、ダクラマン砂漠にある少数部族の連合国家だ。リオティネシア王国とグラスダート諸侯連合は、ダクラマン砂漠の国境線を巡って度々紛争が起きている。


「なんで国境問題で揉めてるグラスダートが王妃に協力するんだ」

「まぁここで次期国王に恩を売って王国との関係を良くして置きたいんでしょう。もしくは連合の部族の一部が勝手に協力してるのかもね」

「リオティネシア王国の後ろ盾があれば諸侯連合での発言力もますってとこか」


 アイリスは小さくうなずいた。ロックは手紙に目を戻して読むのを再開する。


「指揮権についてはわからないか……」

「えぇ。そっちはフローラ様の方で教会や王国の古い記録とかを調べてもらえるみたい」

「どうだろうな…… 俺も魔法学院の図書館で紫海を調べたことがあるが指揮権なんて聞いたことないぞ」

「そうよね…… 紫水軍を支配下におけるなんて……」


 難しい顔をするアイリス、ロックは手紙を読みながら笑った。


「最後のガイルに謝れってのは断る」

「はははっ、だよねぇ。大丈夫。出発時間を私が勘違いしたことにして謝っておくわ」


 当初の予定では麗しのヴィクトリア号は、戦闘艦ゲラパルト二世の後に続くはずだったが、二人の独断で勝手に出港した。そのことでミーティアとフローラに、ガイルから苦情がいき謝っておくようにと手紙に記載されていた。


「そういや…… ゲラパルト二世はまだなのか? 俺達の少し後に出港したんだろ?」

「さぁ。きっとゆっくり進んで少しでも敵の目を引き付けるつもり何じゃない?」

「なるほどな。それならあのハゲも少しは出来る男だったんだろう」

「まっそれならいいんだけどねぇ」


 首をかしげて遠くを見つめ、少しさみしげな表情をするアイリスだった。手紙を読み終わったロックは、折りたたんでアイリスの前に差し出す。アイリスは手紙を受け取った。


「俺達はどうする?」

「変わらないわ。出来ることはクローネさんを無事に王都へ届ける。それだけよ」

「わかった」


 ロックはアイリスの言葉に力強くうなずくのだった。その直後……


「(二人ともグルドジア族の人が来て呼んでるわ。外に出て来てちょうだい)」

「儀式が終わったのかしら?」

「(違うわ。クローネちゃん居ないもん)」

「えっ!? わかった。ロック! 行きましょう」


 アイリスの言葉にロックがうなずく。二人はヴィクトリアに呼び出され、ブリッジを出ていくのだった。

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