第10話 主砲発射!

 ブリッジから出たロックは扉の前で上を向いた。


「姐さん! 頼む」


 通炎管廊下の天井が開いたところへ、ヴィクトリアの舌がゆっくりとやってくる。細くまとまった舌は一メートルほどの幅になり、床の上数十センチほどの高さを保ちながら、ロックの足元まで伸びて来た。


「よっと」


 ロックは伸びて来た舌の上に飛び乗った。ヴィクトリアの舌はロックを乗せると上がっていく。

 舌に乗ったロックは、ヴィクトリアの口の先へと運ばれていく。

 口の前面に並ぶ牙の前で舌が止まった。ロックはポケットの手を突っ込んで耳栓を取り出して両耳に詰める。

 次にロックは左手を開く、すると背負っていた杖が飛んでいき、彼の左手におさまった。


「アイリスに準備が出来たと伝えてくれ」

「(はーい)」


 ヴィクトリアが返事をした。少ししてからロックの頭にまたヴィクトリアの言葉聞こえる。


「(大きく右に旋回するわ。揺れるからね)」


 うなずいたロックだった。大きく揺れて体が左にひっぱられる感覚がロックを襲う。


「(グレートアリア号が動いたわ…… 私を追いかけてくるみたいね)」

「そうか」


 ロックは左手を腰へ持っていく。彼のベルトにはフックがあり、そこに小さなランタンがかけられている。ランタンの前でロックが指を鳴らすと火がつき、ぼんやりとした青い光を放つ。このランタンには聖油が入っており、火が付けば浄火となって紫海の中でも活動ができる。


「よし! 急速旋回し砲門を開け照準はグレートアリア号だ」

「(りょうかーい)」


 激しく揺れて今度は体が右に引っ張られる。舌の目の前にある噛み合っていた牙に徐々に隙間ができ、外の光が差し込んできて薄暗かった口内を照らす。

 ヴィクトリアが口を開けた。麗しのヴィクトリア号の砲門は口で、砲はロックの魔法なのだ。口から流れ込んでくる霧は、ロックの周囲に来ると、ランタンの光でかき消されている。


「あれは……」


 グレートアーリア号の甲板に、二門の大砲が設置されており、その先端から鎖のついた大きな銛が顔を出している姿見える。


「ドラゴンアンカーか。動きを止めて船に乗り込んで来るつもりかよ」


 銛はドラゴンアンカーという兵器だ。その名の通りドラゴン討伐に使われる兵器で、魔導大砲から鎖付きの銛を打ち出して飛んでいるドラゴンの動きを止めるために使われる。


「(きっと乗り込んででも奪いたい物がこの船にあるのよ……)」


 ヴィクトリアの言葉にロックは振り返る。輸送船麗しのヴィクトリア号に搭載されている大事な荷物は……


「そうか…… 輸送船から貨物を奪うってことは沈められても文句はねえだろ」

「(えぇ。ぶちかましてやりなさい)」

「あぁ! 姐さん! 俺を前に出せ!」


 うなずいたロックは持っていた杖の先端を、グレートアリア号へと向け右手を杖にかざした。


「気高き氷の化身達よ。鋭き氷の刃になり我に仇なす者たちを……」


 ロックが詠唱を始めると杖の先端が白く光りだし、周囲に白い煙のような冷気が漂い始めた。


「(待って! 船長から攻撃の前に警告をだしなさいってさ)」


 ヴィクトリアがロックを止めた。杖を下ろし彼は不満そうに舌打ちをする。


「チッ。アイリスのやつ甘すぎだろ…… まぁいい。さっさとやってくれ」

「(はーい)」


 優しく返事をしたヴィクトリアが大きく口を開いた。


「愚かな魔物ども! 我は数百年の時を生きるドラゴン! 武器を向けているということは、我と戦う覚悟があるということで良いのだろうな!!」


 明るく優しく軽いいつものヴィクトリアとは違い、彼女は声を低くした威厳のある声で、グレートアリア号に向け警告を出した。その声は大きく凄まじい。声をだすことで動く舌の上でロックは、姿勢を保ちながら巨大な声量が発する振動に、吹き飛ばされないように踏ん張っていた。

 ヴィクトリアの口が半分ほど閉じられ、舌が牙の前に戻ってくる。


「(ふぅ…… これで止まればいいんだけどねぇ)」

「どうだろうな」


 グレートアリア号へ視線を向けるロック。直後の大きな音がして、ドラゴンアンカーの一つが発射された。撃ち出された銛は一直線にヴィクトリアをめがけて飛んでくる。

 銛は直径が三メートルはあろうかとくらいに太く、長さは十メートル近くあり、鎖も太く人が簡単にその上を歩けそうだった。

 ヴィクトリアはドラゴンアンカーに、反応し体を横にそらした、横を鎖の着いた銛が通り過ぎていく。前足で自分の横に伸びている、銛についてるチェーンをヴィクトリアが叩いた。銛は力なく紫海の中へ落ちて消えていった。

 首を横に振ったロックはヴィクトリアに声をかける。


「やはり無駄だったな。主砲発射の許可を船長にもらってくれよ」

「(大丈夫よ。さっき聞いといたから警告が無視されたら撃っていいって)」

「了解」


 ロックはうなずくと杖を再びグレートアリア号に向け右手を杖にかざす。


「気高き氷の化身達よ。鋭き氷の刃になり我に仇なす者たちを……」


 ロックが詠唱を始めると、先ほど同じようにロックの杖の先端が白く光りだし、周囲に白い煙のような冷気が漂い始めた。

 集められた冷気が徐々に杖の先端へと集約していく。


「貫け! アイスキャノン!!!」


 杖から白い一筋の光が出てグレートアリアへと向かっていく。

 光は口から出た直後に大きくなっていき、直径に二十メートルほどの円筒形に代わった。白い光は一気にグレートアリア号を包み込んだ。

 すぐに白い光は消えてグレートアリア号の姿が見えてくる。姿を現したグレートアリア号は、甲板にあったドラゴンアンカやマストや翼は凍りつき、真っ白になっていた。ロックが放った魔法はアイスキャノン、集約した冷気を放出して相手を一瞬で凍らせる上級魔法だ。

 この魔法は以前、グレートアリアを助けた際に、紫水軍の船にはなったものだ。今度は自分達を襲うグレートアリア号に同じ魔法を使ったロックは、どこか奇妙な感じを受けたのだった。凍りついたグレートアリア号を、見てロックが満足そうにうなずく。


「(ふぅ。アイスキャノンの冷たさが歯にしみるのよねぇ……)」

「諦めろ。俺は氷の魔法使いだからな」


 ロックは少し間を置いてからさらに口を開く。


「ってか。姐さんはただ単に年取っただけじゃねえ?」

「(なっ!? うるさいわね! 私はまだ百七十歳よ! 人間でいうなら十七歳なの! 十七歳!)」

「はいはい」


 適当に面倒くさそうに返事をするロック、彼の態度はヴィクトリアの機嫌をさらに損ねる。


「(もういいわよ。今度から名前を言うときヴィクトリア・ローズ・ドラゴニア、十七歳ですって名乗るから)」

「やめろよ。俺とアイリスが恥ずかしいだろ」

「(何が…… えっ!?)」


 大きな音がして振り返った。グレートアーリア号の船首から、半分ほどの霜がはがれ、ドラゴンアンカーを撃ってきた。

 直後にドンっという衝撃音がして船体が激しく揺れた。銛がヴィクトリアの肩の辺りに突き刺さった。ヴィクトリアは鎧をつけているが銛はいとも簡単に鎧ごと貫いた。


「姐さん! 大丈夫か?」

「(えぇ。こんなのなんとも無いわよ)」

「すまねえ。俺が仕留めそこなったみたいだ」

「(仕方ないわよ。任せてすぐにこんなの外して…… うっ!?」


 苦しそうな声をあげるヴィクトリア、ロックはすぐに彼女に声をかける。


「どうした?」

「(銛の先に毒が塗ってあったみたいね。体がしびれて来ちゃった……)」

「おいおい大丈夫かよ?」

「(大丈夫よ。時間が経てば良くなるわ。でも見て!)」


 視線を前に向けるロック、グレートアーリア号の甲板に魔物たちが集まってる姿を見えた。


「(このままじゃ鎖を伝って乗り込まれちゃうわ)」

「チッ!」


 舌打ちをしたロックは、難しい顔をして対策を考えていた。すぐに何かを思いつきヴィクトリアに尋ねる。


「姐さん首は動くか?」

「(えぇ。平気よ)」

「俺をグレートアリア号に向けて吐き出せ! こっちから乗り込んで殲滅してやる」


 ロック単身でグレートアーリア号に乗り込むつもりのようだ。


「(でっでも…… 紫海に飛び出すなんて……)」

「心配するなよ。俺は飛べるしいざとなったらドラゴンアンカーの鎖で帰ってくるさ」

「(わっわかったわ。じゃあ行くわよ)」

「あぁ頼む」


 うなずくロック、すぐにヴィクトリアは大きく息を吸い込んで顔を少し上に向けた。

 口を少しだけ閉じて大きく息を吐いてロックを吐き出した。

 勢いよくロックはヴィクトリアの口から飛び出した。青い光の浄火のランタンを付けた彼は紫海の霧を払いながら、猛スピードでグレートアリア号へと向かって飛んでいく。

 紫海の海に一筋の線を描いていく、ロックは途中で目をつむり左手に持った杖を、自分の胸の前に持ってきて両手でつかみ目をつむる。


「厳格なる冬の女神よ。安寧を享受し春を待つ愚か者どもにさらなる試練を与えよ……」


 目を開けるロック、彼のグレートアリアの甲板が、目の前に迫って来っていた。

 ロックは左足を軽く動かす。彼の靴には船員達に浮遊魔法が、書かれたカードが貼れている。体が浮かび上がり足が下に向く。

 直後にロックは甲板に着地して大きな音を響かせる。

 瘴気に侵された紫色の皮膚のオークやサイクロプスや、ウォーウルフなどの魔物や人間が突如あらわれたロックに視線を向けた。持っていた杖の先を、ロックは勢いよく甲板へと叩きつけた。


「コールドテンペスト!!」


 ロックの叫び声が響く。周囲の空気が一瞬にして、氷点下まで下がり、冷たい風が甲板を吹き抜けて行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る