第9話 再び紫海の中へ
日が沈んだ港は賑わっていた昼間と違い、薄暗く灯台の灯りだけが煌々と輝きひっそりと静まり返っていた。
ロック達はミーティアが手配したダミーの支援物資を、ヴィクトリアの貨物室に運び込んでいた。
クローネが回る一つの町につき支援物資は五十個ほどあった。アイリスとロックが桟橋まで支援物資を運び、コロンが桟橋からヴィクトリアの舌に乗せる。ヴィクトリアが舌で物資を通炎管廊下まで運び、クローネとポロンが舌から物資を下ろし、通炎管廊下を貨物室まで運んでいた。
最後の木箱をクローネとポロンが、二人で持って貨物室へ入る。
貨物室はドーム型の巨大な空間で、入り口の脇に縄や小さな壺が置かれた木製の棚がある。また、貨物室の天井の近くには青く光る二メートルくらいの、巨大な尖った透明に輝く石が浮かんでいる。この石は竜宝玉といい放たれる光はヴィクトリアの体を、突き抜け周囲を照らし紫海の瘴気を払ってくる。
ポロンとクローネは木箱をかかえ、貨物室の左手の奥の壁際へと向かう。そこにはすでに運ばれた木箱が、二段に積み上げて置かれていた。
木箱の大きさは高さと幅が五十センチくらいで、奥行きが一メートルで少し細長い。二人は二段に木箱を積み上げて並べて置いていた。
並べられた木箱の床に等間隔でフックが打ち込まれている。よく見ると壁にもフックがある。
「あそこのに上に置くのだ」
「はっはい」
「せーの! なのだ!」
ポロンと息を合わせてクローネは、木箱の上に木箱を乗せた。
「はぁはぁ……」
箱を置いた直後にクローネは、息があがり座り込んでしまった。汗を拭うクローネ、座り込んだ彼女の短いスカートからピンク色の透けたレースがついた下着が見えたが、今はそんなこと気にならないほど疲れていた。ポロンは平気な顔でポケットに、手を突っ込む。
「後は全部の箱にこれを貼って荷物を縄で固定するのだ」
ポケットから数枚のカードを出すポロンだった。クローネにはポロンが出したカードにかすかに見覚えがあった。
「これは…… この間靴に貼ったカードですね」
「うん。これを貼って縄で縛れば揺れても大丈夫なのだ」
靴と同じようにヴィクトリアがどの姿勢で飛んでいいように、魔法のカードを貼り付けさらに縄で床に固定するのだ。
「私が縄で固定するのでカードを貼って欲しいのだ」
「えっ!? わっわかりました……」
ポロンはカードをクローネに渡すと、入り口の棚まで走っていく。棚から彼女の手におさまるほどの、小さな蓋のついた壺を持っていくる。
「はい。のりなのだ」
クローネはポロンから差し出された壺を受け取った。小さな壺にはのりが入っており、蓋を開けのりを取り出し、カードにのりをぬって木箱に貼ればいいのだが…… クローネはカードとのりが入った壺を持ったまま考えこんでいる。王女である彼女はのりを使ったことがないのだ。作業を始めないクローネにポロンが首をかしげた。
「どうしたのだ?」
「ごめんなさい。どうやればいいのか。わからなくて……」
「おぉ! 見てるのだ」
申し訳なさそうにするクローネにポロンは優しく笑ってすぐに手本を見せる。ポロンは壺の蓋をあけ中ののりを手にとって塗って貼り付ける。その様子を背後からクローネが見ていた。
カードを貼り付けると、ポロンは振り向いて笑った。
「こうすればいいのだ。わかったのだ?」
「はい。あっありがとう。助かりました」
「えへんなのだ」
少し得意げな顔し、ポロンは縄で荷物を固定する作業に戻る。クローネも魔法カードを貼り付ける作業をするのだった。
しばらくして…… 二人の作業が終わった。
「これで準備完了なのだ。私は荷物の見張りがあるのでアイリスに連絡して来てほしいのだ。ブリッジに居るのだ」
「わかりました」
うなずいてクローネはブリッジへと向かうのだった。ブリッジへとやってきたクローネ、扉を開けて中へと入った。
そこには椅子に座って真剣な表情で、壁に映る海図と外の光景を見つめるアイリスが居て、彼女の横には寄り添うにしてロックが立っていた。クローネは二人に近づき声をかける。
「あの…… 荷物の積み込みが終わりました」
「わかりました。ありがとうございます」
「お疲れさん」
丁寧に答えるアイリス、ロックは適当に右手をあげ、クローネに返事をした。二人は顔を見合わせてうなずく。
「では…… 輸送船麗しのヴィクトリア号は山岳都市サウザーに向けて出港します。少し揺れるので気をつけてください」
「はっはい」
クローネはブリッジの壁に手をついて体を支える。
少し揺れた後、壁に映っている町の景色がゆっくりと離れていく。やがてヴィクトリアが向きを変え海の景色にへと変わった。
ヴィクトリアが翼を広げ浮上すると、また揺れて壁の景色はゆっくりと、海から空へと変わり上下左右に激しく動く。
しばらくして壁に見える、景色が空だけになると揺れもおさまった。クローネは壁についていた手を離す、映し出されている空の景色を見つめ胸に手を当て目をつむるのだった。
一時間ほどが経過した、ヴィクトリアは紫海へと入っていた。
「ロック。少し代わりをお願いします」
「あぁ」
紫海に入ってすぐにアイリスは、ロックに声をかけ椅子から立ち上がる。
「クローネさん、私と一緒に来てください」
「はっはい」
アイリスはクローネを連れてブリッジを出ていった。
廊下を進んでアイリスはある扉の前で立ち止まり開けた。そこはクローネが、救助された際に寝かされたいた部屋だ。
「どうぞ。この部屋を使ってください」
「わかりました」
アイリスに促されて部屋の中へ入るクローネ。アイリスも一緒に入って扉を閉めた。
「隣はポロンとコロンの部屋で、ロックと私の部屋は向かい側にあります」
クローネに船内のことを説明するアイリス、前回乗船時に大まかな説明はしてあるが、今度はクローネは船員と同じ扱いなのでより細かく伝える。
「知ってるとは思いますがトイレは廊下を進んで右です。トイレの向かいはお風呂ですね」
「お風呂…… あるんですか?」
クローネが風呂があることに驚いているようだった。客船でもない魔導飛空船に風呂があるのは珍しいのだ。
「はい。魔石から出た水を魔導ボイラーで温めていつでもお湯が新しくて温かいんですよ。しかも、ウィンドパワー装置もあるのでジャグジーにもできます…… 船の中なのでお風呂も狭いですけどねぇ」
「すっすごいですね。お城にあるお風呂よりもすごいです」
「ですよねぇ。なんかコロンがこだわるんですよ…… 私とポロンなんか適当でいいんですけどねぇ」
呆れた顔をするアイリス、クローネは微笑んでいる。
「お風呂の順番はポロンとコロンと話あってくださいね。私とロックは基本的に夜中に使うんで」
「えぇ!? ええええええ!?」
すごい驚いた顔をするクローネ、アイリスは首をかしげた。
「何を驚いてるんですか? 私なんか変なこと言いましたか?」
「だっだってロックさんとアイリスさんが一緒に風呂に入ってるんですよね? ポロンさん達も居るのにさすがにそれは……・」
「ええええ!? ちっ違います! なんで二人で一緒に二人で入るんですか! もちろん順番で入りますよ」
顔を真赤にして必死に答えるアイリスだった。
「(あはははっ。残念だけどまだそんな仲じゃないのよ。じれったいでしょ?)」
「お姉ちゃん! もう勝手に話しを聞かないでっていつも言ってるでしょ!」
「(ふふふふ)」
ヴィクトリアが会話を聞いていて口をはさんでくる。アイリスは顔を真っ赤にしたままヴィクトリアに怒る。
「ごめんなさい。わたくしったらロックさんとアイリスさんは恋人同士かと…… だから一緒にお風呂に入るのかなって……」
「(わかるー! 二人の距離感ってじれったいのよねぇ。でもねぇまだ恋人には遠いのよぉ。たまに手を繋ごうとかお互いに頑張ってるみたいだけどねぇ。さっさとくっついちゃえばいいのに……)」
「お姉ちゃん!!! ロックとはただの幼馴染ですから!!!」
必死にヴィクトリアとクローネに向かって叫ぶアイリスだった。
「はぁはぁ…… まったく……」
肩で息をしながら起こった顔のアイリスの様子にクローネは気まずそうにうつむいていた。
「でも、ちょうどいいわ。クローネさん!」
「はっはい?」
「船内で人を呼ぶときはお姉ちゃんに話かけてください。相手に伝言してくれたり場所を教えてくれます」
「そっそうなんですか?」
「(うん。よろしくね)」
アイリスはヴィクトリアの声を聞くと眉間にシワを寄せた。
「さっきみたいに勝手に会話に混ざって余計なこということもありますけどね……」
「(もう…… そんなに怒らないでよぉ)」
「うるさい! べー!」
天井に向かって舌をだすアイリスだった。少しして落ち着きを取り戻したアイリスはブリッジに戻ろうとする。
「それじゃあ。サウザーまでゆっくりしてください。大体二日くらいで着くと思います」
「あの! なにかお手伝いできることはありませんか? 皆さんが働いてるのにわたくしだけ何もしないなんて……」
「うーん。手伝いといっても…… ブリッジ業務は私とロック以外は出来ないですし…… 料理はコロンが……」
難しい顔して考えるアイリス、クローネは不安そうに彼女を見つめていた。
「わかりました。ポロンの手伝いをしてもらいます」
「はい」
嬉しそうに笑うクローネ、アイリスはすぐにヴィクトリアに声をかける。
「お姉ちゃん! ポロンを呼んでください。たぶん貨物室にいると思う……」
「(ちょっと待って! 少し後回しにしたほうがいいみたいよ。アイリス! ブリッジに戻って! 正体不明の船が私の前に居るの)」
「えっ!? わかった!」
アイリスは急いでブリッジへと走って行く。
ブリッジに戻ったアイリス、ロックは外の景色が映る壁を見上げ難しい顔をしていた。
近づくアイリスの気配を察した彼は振り返った。
「来たか。クローネは?」
「部屋に居るわ」
「ならよかった。あれを見ろ」
クローネの存在を確認してから、ロックは壁をさしてアイリスに見るように伝えた。視線を上に向けアイリスは、外の光景と正体不明の船の姿を見た。紫の霧の中から姿が見えたのは白く流線型の船体に翼が生えマストにプロペラが回転した船だ。アイリスはつい最近この船を目撃している。
「あれは…… グレートアリア号じゃない!?」
「そうだ。しかも紫海の真ん中に浮かんで停泊してるみたいだ」
「紫水軍が動いてないなんて……」
現れた船はグレートアリア号だった。紫水軍は正気を失った魔物や人間の集団で見境なく船を襲う。そのため獲物を求めて常に動き回り、一箇所にとどまってることなど殆どない。
「さてどうする?」
グレートアリア号から、視線をアイリスに向けロックがたずねる、彼女は顎に手を当て真剣な表情をして何かを考えていた。
「えっと…… お姉ちゃん! このまま前進すると私たちは紫水軍にぶつかる?」
「(このまま飛べばすれ違うくらいの近距離ね)」
「わかった。面舵いっぱいで相手を避けて!」
「おい!? 逃げるのか?」
ロックの問いかけにアイリスは首を横に振った。逃げるために右へ反転するのではなく、彼女はあることを確かめたいのだ。
「ううん。相手の出方を探るの。お姉ちゃんを追ってきたら……」
「俺達が狙いってわけか」
「そう」
大きくうなずいたアイリス、彼女はグレートアリア号が停泊して自分たちを待っていたのか確かめるつもりなのだ。
「でも、それはそれで問題かもだけどね……」
「そうだな。紫水軍を誰かが操ってるってことだからな……」
アイリスに顔を向けたロックに彼女は優しく微笑む。
「今は気にしなくていいわ。ロックは砲門へ向かって! 耳栓を忘れないでね!」
「あぁ。ちゃんと持ってるよ。任せろ」
右手の親指を立て返事をしたロックは走ってブリッジを後にしたのだった。
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