第8話 ドラゴンは王族御用達を目指す

 ロックとアイリスはクローネから話を聞く。

 彼女の父親である現国王オルドア・リオティネシアは不治の病に侵され余命いくばくもない。王の死による混乱をさけるため、第一王位継承権を持ったクローネの即位が決まった。

 だが、リオティネシア次期国王は戴冠にあたり、国家設立に尽力にした三人の承認を貰う必要がある、その三人とは教会の聖女、グルドジア族の族長、平原の守護神だ。クローネの話しを聞いたアイリスが口を開く。


「わかりました。ヴィクトリア号で彼らの元へ行くのがあなたの依頼というわけですね」

「はい」

 

 アイリスに向かってうなずくクローネ、二人の会話を聞いてロックは小さく息を吐いた。


「あのなぁ。俺達の船は物を運ぶ輸送船だぞ。そういうのは客船とか港に置いてある戦闘艦で……」

「ダメなんです!」


 ロックの言葉をすごい勢いでクローネが遮った。クローネは気分が高揚しているのか、頬を赤くし拳を握り肩を震わせている。それを見たガイルが、彼女の横に立ち代わりに話しを始めた。


「客船だったグレートアーリア号は紫海に飲まれた。それに…… ゲラパル二世は乗船している乗組員が全員がクローネ様の味方というわけではないのだ」

「おい…… それって……」

「あぁ。クローネ様の弟であるクロード様に王位を継がせたい者達がいてな。ゲラパルト二世も必ずしも安全というわけではないのだよ。だから護衛をつけて身分を偽り姫様を客船で運んだのだ」


 ガイルは首を小さく横に振っている。リオティネシア王国に現国王オルドアには二人の子供が居る。王女クローネと六歳のクロードだ。クローネの母親は彼女を出産後にすぐに亡くなり、クロードは新たに迎えた王妃リリシアとの間の子供で異母姉弟となる。


「なるほど…… 王位継承は複雑なのね。それで客船もダメ、戦闘艦もダメ、だから俺達の船ってわけか」

「はい。輸送船で王女が運ばれるなんて誰も思わないでしょう。それにあなた達の船なら紫水軍も退けられます。今回の旅にはうってつけの船なんです」


 呆れた顔でつぶやくロック、クローネは力強くうなずく。それまで黙っていたミーティアが口を開く。


「それであんたらどうする?」

「ヴィクトリアちゃんに乗せてあげて」

「そりゃあもちろんやるよね。うまく頼むよ!」


 ミーティアとフローラが依頼を受けるように懇願する。ロックは不満そうに口を尖らせ、二人の会話を止めるように手を横に動かす。


「やるわけ…… えっ!?」


 ロックの左腕の袖を誰かが引っ張った。ロックが視線を向けるとアイリスが笑顔を向けた。彼女の顔を見たロックに不安な表情をする。


「ちょっと二人で話させてもらっていいですか?」

「おい!」

「えっ…… どっどうぞ!」

「はーい。じゃあこっち来て」


 アイリスは手をあげてミーティアとフローラに声をかけた。ロックの背中を押し、二人で部屋の端っこへとやってきた。

 手招きしてロックに顔を近づけるように合図をした。ロックは背中をまるめてアイリスに顔を近づけた。近づくロックの顔は少し不満げだった。


「おい?! 相談ってこんなの……」

「いいから! どう思うか教えて?」

「危険だな。ヴィクトリアにクローネが乗ってることはすぐにバレるだろう。そしたら俺達も王妃達に狙われる。無事に三つの町を訪問できるか賭けだ。面倒だし俺はやりたくない」


 正直に依頼を受けたくないと告げるロックだった。


「そうよね。私もそう思う。でも私達が無事にクローネさんを連れて帰れば…… 麗しのヴィクトリア号は王族御用達に……」


 一旦ロックに同意したアイリスだが、王族御用達とつぶやいた直後にうっとりとした顔に変わった。


「あぁ。王族御用達…… いい響き。やりましょう! ロック!」

「はっ!? そんな理由かよ」

「そうよ。悪い? これで他のドラゴンマスター達を見返すことが出来るのよ!」

「お前……」


 必死な様子のアイリスを、ロックは悲しそうに見つめ黙ってしまった。黙ったロックにアイリスは不満そうに背中を軽く叩く。


「あんたねぇ。いつも当たらないレースに賭けるくせになんで乗ってこないのよ」

「なっ!? 当たらなくねえよ。それになレースは金はなくなるけど命まで取られねえよ」


 眉間にシワを寄せるロックを見たアイリスは笑った。


「大丈夫。うちには優秀な護衛が居るんだから! はい決まり。船長命令よ!」

「おい! 最初から命令するつもりだったろ…… 何が相談だよ」


 背中を伸ばしたロックは、腕を組み大きく鼻で息をして不機嫌そうにするだった。


「だって…… ロックならわかってくれるって…… 思ったから」

「あぁ! もう好きにしろ! どうなっても知らねえからな!」

「わーい。ありがとう。ロック大好きよ」

「はいはい。ったく」


 両手を組んで笑うアイリス、ロックは右手を振りながら適当に返事をし、背を伸ばし不満そうに腕を組み壁によりかかった。

 返事を聞いたアイリスはクローネに顔を向けた。


「クローネさん! 私達がやります! 二つの都市を回って無事に王都へお連れします」

「あぁ! 良かった。よろしくお願いします」


 嬉しそうに頭をさげるクローネだった。ガイルはクローネの後ろで苦々しい顔をしていた。腕を組み壁にロックは静かに部屋の様子を眺めていた。


「明後日の早朝に戦闘艦ゲラパルト二世は山岳都市サウザーへと向かう。貴様らはその後に我々を追いかけて出港しろ」


 ガイルが王女の移送について、アイリスに指示をだした。アイリスはうなずく。


「わかりました。慣れてもらうためにもうクローネ様を私達の倉庫にお連れしますね」

「なっ!? 姫様をそのような下賤な者の場所に宿泊させるわけにないだろ!」


 怒鳴り声をあげるガイル、アイリスは思わず目をつむった。


「ガイル! 構いません。もう巡礼は始まったのです。一緒に向かいます」

「うむぅ……」


 手をガイルの前に出して制止し、アイリスの提案を受け入れるクローネ。


「じゃあ少し待ってくださいね」


 アイリスはクローネを待たせ、ミーティアとフローラの元へ行きなにやら話しを始めた。話が終わるとロックとアイリスとクローネは三人で港へと戻るのだった。

 その帰り道で…… ロックが一歩前を歩き、アイリスとクローネが並んで進む。意を決した表情でクローネがアイリスに口を開いた。


「あっあの! ポロンさんとコロンさんには私の身分のことは秘密でいいですか。知ってる人間をなるべく増やしたくないので……」


 申し訳なさそうにするクローネ、アイリスはすぐにうなずいて返事をする。


「わかりました。あの二人は私の大事な船員で家族みたいなものです。必要だと私が判断したら伝えます。いいですね?」

「はい。かまいません」


 うなずくクローネにアイリスは優しく微笑むのだった。

 三人は港にあるアイリスの倉庫へと戻ってきた。ポロンとコロンを呼んだ。アイリスとクローネが並ぶ、前に二人が来て並ぶロックも彼らと一緒に並ぶ。


「キプへの仕事はキャンセルになったわ。私達に山岳都市サウザー、平原の古都サリトール、王都リオポリスを回ることになったわ」

「承知しました。それで積み荷は?」

「教会からの支援物資よ。後でミーティアさんが持ってきてくれるわ」


 アイリスがいう支援物資は嘘ではなく本当に運ばれてくる。教会で最後にミーティアにダミーでの仕事を、依頼するようにアイリスは手配していた。


「わかったのだ。でも、クローネさんはどうして居るのだ? 一緒に来るのだ?」

「そうよ。クローネさんは教会から修行のために船員として一緒に仕事をするように言われてるの。ポロン、仲良くしてあげてね」

「わかったのだ。任せるのだ」


 歯を見せニカっと笑いポロンは胸を叩く。クローネは彼女に向かって優しく笑う。笑っているクローネをアイリスは下から上に眺める。


「それと…… クローネさんには着替えてもらいますね」

「えっ。あっ! はい」


 アイリスは神官服ではクローネが目立つため着替えをするように指示をする。意図を理解したクローネはすぐにうなずいた。


「なんで着替えるのだ?」


 首をかしげてポロンは何気なくたずねる。突然の質問にアイリスは少し動揺する。


「えっ!? 船員として一緒に仕事をするからよ。それに神官服じゃ動けないでしょ! ほら! 案内してあげて」

「おぉ! そうなのだ! わかったのだ。こっちなのだ!」


 ポロンは倉庫の奥の階段を指さし、クローネを連れて行くのだった。ホッとした様子のアイリスに今度はコロンが口を開く。


「キプへの荷物はどうするんですか? 急ぎって話でしたけど……」

「大丈夫。ミーティアさんが別に船を手配して運ぶわ。そのために倉庫の鍵も貸してあるからね」

「了解したいました」


 コロンが返事をする。アイリスは小さくうなずく。

 少ししてからポロンと着替えの終わったクローネが戻って来た。


「ポッポロンさんとあなたと同じ服は本当にないの? わたくしこのような丈の短い服は……」

「うん。私のは子供サイズしかないのだ」

「そうなのね…… もう……」


 クローネは恥ずかしそうにポロンの後ろに隠れるように歩いている。彼女は神官服から黒のつま先が丸い靴で、灰色と白の縞模様の太ももまで靴下を履き、黒のミニスカートに灰色の長袖シャツの姿に変わっていた。この格好はエプロンをつければコロンと同じだ。ロックが歩いてくるクローネを見て笑った。


「おぉ! よく似合ってるぞ」

「やめてください!」


 かがんで手を後ろに回して、恥ずかしそうにスカートの裾を押さえるクローネだった。


「おーい! 持って来たよー」


 倉庫の入り口からミーティアの声がした。


「はーい。コロン、ポロン、お願いしていい? 倉庫には入らないから外に置いてもらって」

「はい」

「わかったのだ」


 二人が倉庫の入り口に向かって小走りで向かう。ミーティアの他に十人ほどの作業員が居て、倉庫の前に大きな木箱がいくつも置かれていく。ポロンとコロンが作業員に指示し、倉庫の前に木箱を置かせていた。

 クローネが倉庫の入口に視線を向けた。横にロックとアイリスがやってきて作業を見つめる彼女に口を開く。


「あれを受け取ったらすぐにヴィクトリアに積み込んで夜中にサウザーに出発します」

「えっ!? ゲラパルト二世の後を追うんじゃ……」


 驚くクローネにアイリスは真顔で答え、横でロックがうなずく。


「申し訳ありません。あの荷物はすぐに届けろって言われてるんですよ」


 いやらしく笑うアイリス、仕事の期限には余裕がある。彼女はガイルのロックへの態度が、気に入らず元から出し抜くつもりだった。また、敵が紛れ込んでいる、ゲラパルト二世の後に続くのは航路がばれて、危険なのでそれを回避したいという思惑もある。


「それでは計画が……」

「大丈夫だろ。味方ばかりじゃないって言ってたのはあのおっさんだ。気にすることねえだろ」


 腕を組んで笑ってうなずくロック、彼はクローネの手をつかんで倉庫の入り口を指さした。


「ほら! 俺達も手伝うぞ。受け入れたらすぐに姐さんに積むんだからな」

「はっはい」


 クローネを連れてロックは、コロンとポロンの元へと向かうのだった。

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