第7話 クズの使い道

「着いたよ」


 右を向いて笑うミーティア、彼女の視線の先にロックとアイリスがやや上を見上げながら立っていた。三人の前には一メートルほどの高さに石の壁に囲まれた、白く三本の高い尖塔をもち真っ青な屋根の教会が見える。教会は港から少し離れ町で一番高い場所にあり、町と港を見下ろすように建てられている。


「教会? なんだ。伝説の聖櫃アークでも見つかったのか」

「うるさい。つべこべ言わずに付いて来な」


 ミーティアは石のアーチで作られた門をくぐって中へ入る。アイリスとロックも彼女に続く。扉の向こうは大きな礼拝堂で、天井が高く二列に置かれた長椅子が並び。左右の壁はステンドグラスの窓で、陽の光を受け輝き礼拝堂を照らしている。

 一番奥には説法をする講壇が置かれているのが見えた。講壇の後ろには巨大な翼の生え、右手に十字架を持った人型の銅像が置かれている。この銅像はアーリアの天使と言われる教団の象徴である。たくさんの人が長椅子に座って祈りを捧げいる。三人は中央避け、壁際を歩いて礼拝堂の奥へ向かう。

 教会の奥は明るく照らされた礼拝堂とは違い、石がむき出しのの質素な狭い廊下で、松明で照らさないと足元が暗い。ミーティアは廊下を少し進み、大きな扉の前で立ち止まり扉を押して開けた。


「どうぞ。先に入りな」


 扉を開けてミーティアは中へ入ったところで、扉を押さえてで部屋の奥をさし二人を先に入れた。ロック達が中へ入る。部屋の中は広く、美しく装飾が施された机が置かれていた。入り口から遠い壁に小さな扉が見える。

 ここは誰かの執務室のようだ……


「あっ! いらっしゃーい」


 嬉しそうな女性の声がした、椅子に女性が座っておりロック達を見ると

 明るい茶髪に大きな丸い目に緑色の綺麗な瞳で、すらっと伸びた鼻に少し厚めのピンクの唇の優しそうな雰囲気の女性で、金色で縁取られた神官服を着ていた。

 二人は女性の姿を見て身構えた。ロックの横にいるアイリスに女性が抱きついた。


「あああああ!! アイリスちゃーん。相変わらずかわいいわね」


 なんとも言えない声をあげる女性は、存分に頭を撫でるとギュッと強く抱きしめる。


「フっフローラ様…… 苦しい」

「もう! アイリスちゃんったら! 恥ずかしがっちゃって! それとフローラ様じゃないでしょ。私のことは聖母マンマでしょ」


 女性はフローラという教会の聖女だ。慈悲深く優しい太陽の女性で、民からの支持が高く親しみを込めて、聖母と呼ばれている。

 なお彼女自身も聖母と呼ばれることに喜びを感じている……

 アイリスの顔がみるみる青くなっていく。


「ロっロック……」


 苦しそうな声をあげアイリスが、助けを求めて手をロックに伸ばす、途中で力尽きてガクッと手が下へさがる。慌てた様子でロックがフローラの手をつかんでアイリスから引き離そうとする。


「おい! フローラ! 離れろ。アイリスが死んじまうぞ」

「だから! 聖母だって!!」

「どうでもいいだろ! そんなの!」

「そっそんな…… どうでもいいって…… あっ!」


 ショックを受けた表情をするフローラ、スキをついたロックはアイリスから彼女の手を外し引き離す。

 引き離れたアイリスを、名残惜しそうに見つめるフローラだった。しかし、彼女はめげずに今度はロックの方を向いた。


「じゃあ次はロック君!」

「俺はいいからやめろ! 氷漬けにするぞ!」


 両手を広げてロックに抱きつこうとするフローラ、ロックは背中の杖に手をかける。


「チェ! もう聖母の言う事きかないやんちゃさんなんだから。いいこ。いいこ」

「はぁぁぁ……」


 ロックを愛おしそうに微笑むフローラは頭を撫でようと手を伸ばす。彼は抱きしめられるよりはマシだからか、素直に撫でられながら大きくため息をつくのだった。


「終わったみたいだね」


 扉を押さえていたミーティアが声をかける。ロックとアイリスは彼女を睨む。この惨状を予期したミーティアが、先に二人を通したことに気づいたのだ。


「あー! ミーティアちゃーん!」


 フローラはミーティアを見ると抱きついて頭をなで始めた。


「こっこら! あたしはあんたより年上……」

「いいのよぉ。遠慮しなくて! 大人になると甘えられないもんねぇ」

「わっ!? やめ……」


 聖母マンマの愛は無限なのだ。もちろん例外なくミーティアも対象になる。ロックにとアイリスに、中途半端な愛しか注げなかったフローラは、思う存分ミーティアを満喫する。

 当然、彼女を助ける者はいない。抱きしめられ撫でられ頬ずりされるミーティアを見て、ロックとアイリスは満足そうにうなずくのだった。数分後……

 ニコニコと満足そうに笑うフローラの前に、ロックとアイリスト生気の抜けたミーティアが並んでいる。


「それで…… 俺達への依頼というのはなんですか。聖女フローラ!」

「キッ!」


 ロックの顔をにらみつけるフローラが、ブツブツとつぶやきはじめる。


「はぁ…… もうこの子は…… 聖母の愛情をもっと注がないと……」

「あっあの…… フローラ…… あたし達に依頼した話しを……」


 声を震わせてミーティアが、フローラに話しをするよに促す。

 どうやらミーティアが、受けた仕事の依頼人はフローラのようだ。


「あらごめんね。わたくしったら! クローネちゃん! 入って来て」


 奥にある扉に向かって声をかけクローネを呼ぶフローラ。ゆっくりと扉が開いてロック達の前にクローネが姿を表した。

 アイリスとロックの前に来たクローネは頭を下げすぐに頭をあげる。真面目な顔で二人を見た彼女を静かに口を開く。


「アイリスさん、ロックさん…… わたくしを運んでください」

「「えっ!?」」


 クローネは自分を運んでほしいと二人に告げた。突然の彼女からの要望に驚くアイリスとロックだった。すぐにフローラがクローネに続き口を開く。


「そう。依頼はクローネちゃんをヴィクトリアちゃんに乗せて、北の山岳都市サウザーへそれから西の平原の古都サリトールへ行って、最後に王都リオポリスへ行ってもらいたいの。簡単でしょ?」

 指を降りながらフローラが依頼内容を告げる。都市を回って王都へクローネを届けほしいと言うものだ。ちなみに彼女があげた都市三つは、リオティネシア王国の主要都市だ。全ての都市は紫海によって分断されているが、ヴィクトリア号なら運ぶことは容易だ。


「リオティネシアをほぼ一周するんですか…… それなら」

「ダメだ」


 様子をうかがつようにアイリスがロックの顔を見た。彼は即座に首を横に振り拒絶した。ロックの言葉に彼へ視線が集中する。


「なっなぜです? わたくし一人を運んでもらえばいいんです」


 自分の胸に手を置いて尋ねるクローネ、ロックは彼女を見て静かに口を開く。


「クローネ…… お前は何者だ? うちの船は緊急時以外、素性の知らない人間は乗せられねえ。これは船長の命令だ」


 ロックはわからない物を乗せないという、アイリスの言葉を借りクローネに問いかけ、彼女をじっとにらみつけるように見つめている。


「私は…… 神官です。これはフローラ様のお仕事を……」

「ふーん。ただの俺があんたとあった部屋は神官が使うにしては豪華だったよな。それに町に連れて来た時に現れた賊の矢はお前に向けられた。どういうことだ?」

「そっそれは……」


 返答に詰まるクローネだった。うつむくクローネ、ロックは彼女から視線を外し、部屋の奥の扉に顔を向けた。


「それと…… 奥の部屋にいるやつも出てこい」

「えっ!? どうして……」


 動揺するクローネにロックは得意げな表情をする。


「俺は魔法使いだからな。魔法でなんでも分かるんだ。早くしろ! 教会だからって俺が血なまぐさいことしないと思わないことだ」


 扉に向けて叫ぶロック、静かに扉が開いた。


「王国親衛隊……」


 部屋の中から磨かれた一人の男が出てきた。

 男は背が高く褐色の肌にスキンヘッドに頬に傷を持ち、目つきは鋭くおでこには少しシワがある年齢は四十歳くらいだろう。

 彼は白く輝く鎧に身を包み、金の柄がついた剣を腰にさしている。鎧の胸にはリオティネシア王国の紋章である青い鷲の紋章が描かれている。

 この鎧は王族警護を担当する親衛隊の証である。男はロックの前に立つと見下ろしている。上から下までロックを眺めた男は不機嫌そうな顔をする。


「貴様がロックか…… なんだただの小汚い魔法使いじゃないか」

「なんだ!? 死にてえのか?」


 拳を握り男の前に差し出すロック、男は怪訝な表情をうかべ彼を見た。


「ガイル! やめなさい!」


 クローネが男を制止した。男は黙ってクローネに頭を下げ、ロックに体を向けたまま下がる。


「申し訳ありません。ロックさん。彼はガイル。リオティネシア王国親衛隊第二師団の指揮官です」


 ロックはガイルを睨みつけている。クローネの言葉にアイリスが反応する。


「親衛隊の師団の方が居るってことは…… クローネさんって王族の方なんですか?」

「はい。私はクローネ・ジェリー・リオティネシアと申します。リオティネシア王国第一王女です。わけあって神官の振りをしていました。申し訳ごぜいません」


 右手に手をあてクローネは自分が王族であることを告げる。アイリスは少し驚いた様子で、ロックは特に表情を変えず面倒そうなかおをする。


「その第一王女様のお前が俺達みたいな場末の輸送船が必要なんだ?」

「お前…… 無礼な! 言葉を慎め!!! 下民め!」


 ロックを怒鳴りつけるガイル、目をつむってアイリス、ロックは平然として笑っている。彼の態度に拳を握ったガイルがロックをにらみつける。


「ガイル! やめなさいと言ってるでしょう」

「いえ。クローネ様。私はやはり納得ができません。このような不埒なやから姫様がご一緒など……」


 先ほどより少し強めの口調でクローネがガイルを止める。しかし、ガイルは引き下がらずに、首を横に振ってロックの前に立ち彼をにらみつける。


「なんだ。不埒とはおっさんは俺の何を知ってるってんだよ!」


 ロックの言葉を聞いたガイルがすぐに反応する。


「知っておるぞ! ロック・コーラー! 貴様はクローハーツ魔法学院をトップの成績で入学し途中で退学させられた。学院史上最大の汚点と言われてるのをな!」

「えぇ!?」


 クローハーツ魔法学院とは、中立国オーランド魔法王国に設立された、優秀な魔法使いを育成するための学校だ。高難度の入学試験を突破した子供達に、八年から十年にも及ぶ指導が行われる。卒業生は魔法使いとして出身国に戻り、医療や魔導機関研究や軍など様々な分野で活躍する。

 ロックはその魔法学院に、トップの成績で入学し、六年目の途中で姿を消した。驚くクローネにガイルが、ロックに向け強い口調で確かめる。


「今の話に間違はないな!?」


 クローネが心配そうにロックを見つめていた。


「あぁ。間違いねえね。あと間違いってほどじゃねえが…… 入学後も成績は常にトップだったぜ」


 親指をたてて得意げに笑うロック、横でアイリスはどうしようもないと言った顔で、おでこに手を当てて目をつむり首を横に振った。悪びれもしないロックの態度に彼を睨むガイルだった。得意げな顔でロックが小さく首を横に振る。


「でも、追い出されてはねえな。学費をレースですっちまって二ヶ月くらい払わないでいたら怒鳴られたから自主休学中だ」

「なっ!? 貴様…… それは本気なのか」

「おうよ! だってよ。うまくいったら学費が倍になるんだぜ。勝負はするべきだろ」


 得意げな顔をするロックの背中をアイリスが軽く叩く。


「こら! ガイルさんが言ってるのはそういうことじゃないのよ。それにそんなこと自慢気にいうことじゃないでしょ。だいたいそれが原因であなたは親から…… ううん。国からも勘当されてるでしょ! まったく……」


 あまりにひどいロックの論理にアイリスが止める。ロックはクローハーツ魔導学院では成績優秀者だったため、国から学費の全額援助を受けていたが、その学費の一部をギャンブルにつっこみ負けて首が回らなくなり、アイリスの元へ転がり込んだ。その後、護衛として彼女の業務を手伝い現在に至る。

 ロックとアイリスの会話ににガイルとクローネは唖然としていた。フローラとミーティアは苦笑いをしていた。 


「あっ! でも、大丈夫ですよ。滞納した学費はうちで働かせて返済しましたから! あと、給料も生活費は私が管理して彼にはお小遣いしか渡してませんから!」


 慌ててアイリスがガイルとロックの間に入り込み、現在はロックの金を全て管理しているので大丈夫だと告げるのだった。

 ガイルは前に立つ小さなアイリスを見下ろし睨みつけた。


「何が大丈夫だ!!! こいつはただのクズではないか!!! こんなやつを姫と一緒に居させるわけにはいかん!!!」


 さらに大きな声で怒鳴るガイル、あまりの迫力に周囲に気まずい空気が流れる。

 しかし、怒鳴られたアイリスは、平然をした顔でガイルに向かって微笑む。


「そうですね。紫海に沈む船から、あなたの大事な姫様を助けたのは誰なのか理解できない、いい加減な頭ならやめた方がいいですね」

「なっ!?」


 アイリスの言葉は丁寧だが、ガイルがロックを見くびってるのを、馬鹿にしたような口調だった。彼女はクローネに向けて静かに頭を下げる。


「では、クローネさん。やはりこの話はなかったことに……」

「貴様!」

「まっ待ってください! ガイル! 黙りなさい!」

「うっ……」

「お願いします! 待ってください!」


 必死にアイリスにすがるクローネ、しかし、アイリスは黙って首を横に振り、ガイルに鋭い視線を向けるだけだった。

 懇願するようなクローネの視線がロックに向けられた。視線に気づいた彼は、面倒くさそうに肩をすぼめて両手を上に向けた。長い付き合いのアイリスが一度決めたら動くことがないことをロックは理解しているのだ。

 もちろん幼馴染であるロックは、この状態の彼女を懐柔する手段を、知ってるが面倒なのでやる気はない。


「そんな…… どうしたら……」


 オロオロするクローネにフローラが助け船を出す。


「アイリスちゃん。クローネちゃんのお話だけ聞いてちょうだい」

「嫌ですよ」


 口を尖らせてそっぽを向くアイリス、クローネは彼女の態度にしょんぼりとうつむく。フローラは小さく息を吐いた。


「そう…… 残念だわ。話しを聞いてくれたら港のカフェにあるイチゴジャムロールケーキをおごろうと思ったのに」


 食べ物でつろうというフローラに、ガイル、クローネ、ミーティアが呆れた顔をした。しかし、フローラの言葉にロックがだけが嫌そうな顔をした。アイリスはフローラの言葉に即座に反応する。


「よし! 聞きましょう! ロック! ほらお姫様に失礼なこともう言わないのよ!」

「おい…… チッ! わかったよ。ほら話せ!」


 目を輝かせアイリスはクローネの話しを聞くことを了承した。クローネに向けて拳を握ってドヤ顔をするフローラだった。


「ありがとう。ふぅ……」


 大きく息を吸い込み息を整えたクローネが静かに話しを始めるのだった。

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