第6話 面倒は向こうからやってくる

 照りつける太陽の日差しが眩しい、昼過ぎの潮風が香るエッラアーツィアの港。

 港の桟橋にあまり見ない、水色の船体の魔導飛空船が係留されていた。魔導飛空船は突撃用に船首が白い精霊銀で強化され、中央部に並ぶ十を超える魔導大砲が装備されていた。この魔導飛空船はリオティネシア王国の戦闘艦ゲラパルト二世だ。ゲラパルト二世のすぐ横の桟橋で、ヴィクトリアは目を閉じて静かに待機をしていた。

 ヴィクトリアがいる桟橋の目の前に、レンガ造りで壁が白く塗装された、オレンジの三角形の屋根の三階建ての倉庫がある。

 ここはアイリス達が使う港の倉庫兼事務所だ。一階が倉庫で二階が事務所と従業員の宿舎となっている。


「ここにお願いします」


 倉庫の中で帳簿を持った、コロンが指を指した。ロックとポロンが木箱を抱えてやってきて、コロンが指示したスペースに下ろした。

 クローネを聖騎士へと渡して三日後が過ぎ、ロック達は普段と変わらずに仕事に追われていた。


「ふぅ。これで最後だな」


 大きな木箱を床に置いて額の汗を拭うロックだった。


「緊急でキプにジェリー銅なんて…… なにかあったのでしょうか」


 積み上げられた箱を見てコロンがつぶやく。キプはエッラ・アーツィアの西にある町で、周囲を砂漠に囲まれ近くには、グラダード諸侯連合という国との国境がある。

 エッラ・アーツィアの北側に、聖油の原料であるジェリー銅の産地であるタナラコム鉱山がある。ロック達は定期的にジェリー銅をリオティネシア全土へ運んでいる。


「さぁな。キブは国境に近いから戦闘艦が外にあったし戦争でもはじめるんじゃねえな」

「嫌だなぁ…… 一年前にやっと帝国との戦争は終わったのに……」


 木箱に手をかけながらロックがコロンに答える。コロンはさらに不安そうな顔をする。

 ただ、二人の会話を聞いていたコロンは首をかしげた。会話の意味がよくわかっていないようだ。彼女はおもむろにロックの足元に来て全然関係ない質問をする。


「ロックはなんで魔法で木箱を運ばないのだ? すごい魔法使いなのに変なのだ」

「そりゃあ魔法でも出来なくはない。でも、俺は魔法使いであり剣士だからな。荷物運びをすることで体を鍛えてるんだ」


 ポロンの質問に腕を曲げて盛り上がる筋肉を魅せるロックだった。


「おぉ! さすがなのだ。意識が高いのだ」


 感心して拍手してポロンは、ロックを褒めている。褒められたロックは首をかしげる。


「なんか…… 嫌だな…… 逆に馬鹿にされてるような……」

「ふふふ。そんなことないですよ。ポロンはロックのことを褒めてますよ」

「あぁ…… そっそっか」

「すごいのだ! できる魔法使いなのだ」


 さらにポロンはロックをほめる彼は、やはりなっとくが出来ないのか首をかしげる。すぐ後ろでコロンは二人のやり取りを見て微笑んでいた。


「ほらほら、二人とも早く報告に行かないとアイリスさんが待ってますよ」


 コロンが倉庫の奥にある階段を指さした。三人は倉庫の二階へ上がる。

 倉庫の二階には事務所がある。荷物を高くつめるように二階はフロアの半分は一階と繋がった吹き抜け構造で、事務所は階段を上がるとある廊下を一メートルほど進むと、扉もなく廊下の横に広い空間に設置されている。

 事務所は廊下から離れた壁際に、黒い大きな机と椅子、右手の壁に本棚と小さな戸棚が並んで置かれてあり、机の前には二人がけの椅子が、向かい合わせ置かれた小さなテーブルがある。

 左手の壁には扉があり、扉の横にはフックにかけられたエプロンがある。扉の向こうはキッチンとなっている。事務所を超えて廊下をさらに進むと階段があり三階へいける。三階にはそれぞれの寝室とアイリス専用の小さな倉庫がある。

 机でアイリスが帳簿を整理していた。アイリスはロック達が事務所に来ると気づいて声をかける。


「あっ! お疲れ様。全部運び込んでくれた?」

「おう。終わったぜ。そっちは?」

「うん。もうこっちも終わるよー」


 ロックの笑顔でうなずいて返事をするアイリスだった。


「よし! なら腹も減ったし飯にしようぜ」

「減ったのだ!」


 ポロンが即座にロックの言葉に反応し両手を上げ、楽しそうに返事をする。コロンとアイリスは二人を見て微笑んでいる。


「じゃあ今から用意をしますね」


 事務所の壁にかけられたエプロンへ向かうコロン。しかし、ロックがすぐにコロンを止めた。


「いや。コロン。今日は外に食いに行こうぜ」


 右手の親指で外を指し、外食へ行こうと誘うロックだった。彼の提案にアイリスが同意する。


「そうね。明日からは少し長めの航海になるから町で美味しい物を食べて行きましょう」

「なら決まりだ! 今日は俺がみんなに奢ってやるぜ」


 得意げに胸を叩いて奢ると宣言するロック、ポロンが驚いたように口を開け彼を見つめている。


「あら? 珍しいわね……」


 ロックの行動に首をかしげるアイリスだった。少し考えてから彼女は戸棚に視線を向けた。なにかを確信しアイリスはポロンの前に来た。そして小声で彼女に問いかける。


「ポロン。戸棚にいっぱいお菓子があったけど誰に買ってもらったの?」

「ロックなのだ! 昨日ロックの代わりに休憩せずに働いたご褒美なのだ」


 アイリスはポロンの回答を聞くとうなずき。ロックはまずいと言った顔をする。確信をえたアイリスは、ロックを見つめながら前に立って彼の顔を覗き込む。


「ロック…… 仕事サボってレース場に行ったわね?」

「しっ知らねえ。なっなにかの間違いじゃねえかな……」

「正直に言わないと来月のお小遣いゼロよ!!!」


 手を横に置い子供を叱るような口調でアイリスはロックを問い詰める。


「うっ…… あぁ。行ったよ。悪かったよ。でも勝ったんだよ! だからみんなに還元するんだろ」

「ふーん。はい」


 右手を上に向けたアイリスはロックの前に差し出した。


「なっなんだよ」

「没収よ! 仕事さぼってレースなんかに行って! もしすってたらどうするつもりだったのよ! だから全部没収!」

「チッ!」


 ロックは舌打ちしただけで、ベルトに付けていた金貨袋をアイリスの手のひらに置いた。没収に素直に応じるロックの行動をアイリスは不審に思いジッと見つめている。金貨袋を手においたロックの表情は、神妙な面持ちだったが口元はなくうっすらと笑っていた。

 アイリスは彼の表情を見逃さない。


「これだけのわけないわよね。全部だしなさい」

「げっ!? なっなんで……」

「長い付き合いですからね。あなたの行動はわかります。ほら! 全部だして!」

「まっ待て! これは次のレースの資金でも……」


 全てを見通し金貨袋をつかんだ右手を、さらに前に突き出すアイリス。ロックは言い訳をするしかできなかった。


「いいわよ。来月のお小遣いはいらないのね?」

「あぁ! もうわかったよ!」


 観念したロックはポケットに手を突っ込んみ、隠し持っていた金貨袋をアイリスの手に乗せるのだった。


「さぁ。みんなでご飯を食べに行きましょう。今日は私のお・ご・りよ」

「おぉ! すごいのだ」

「アイリスさん。ありがとうございます」


 金貨袋を掲げるアイリス、ポロンとコロンが彼女をたたえる。


「ふっふーん」


 アイリスは胸を張り、勝ち誇った顔でロックを見つめ鼻息を荒くする。


「おっ俺の金なのに…… クソ!」


 恨めしそうにロックはアイリスを睨むのだった。


「邪魔するよ」


 振り向くと事務所と廊下の境目にドワーフの女性が立っていた。

 身長はポロンと変わらず低く。耳は尖った目は丸く瞳は明るい黄色、鼻はやや低く顔立ちはかわいらしい。地面にすれすれまで伸びた長いオレンジ色の髪を一つに編み込んでいる。

 革のブーツに革の腰巻きに、銀色の胸当てをつけ腰巻きと胸当ての間から鍛えられた褐色の肌の腹筋がのぞく。

 女性を見たロックが思わず叫ぶ。


「げっ!? 邪魔するなら帰れ!」

「こらロック! もうごめんなさい。ミーティアさん。どうぞこちらへ」


 アイリスがロックを制して、ドワーフの女性を中に招き入れた。

 ドワーフの女性はミーティア・グバル。三十五歳。紫海物流連盟エッラ・アーリア支部の支部長だ。

 紫海物流連盟とは紫海航行可能な輸送船を、所有する船乗りの集まりで、航海の安全情報の共有や輸送依頼の受付管理等を行っている。

 招き入れられたミーティアは、腕を組んで不満そうにしているロックの前で、立ち止まり呆れた顔をする。


「ったく。あんたは相変わらずだねぇ」

「ふん。どうせろくでもない仕事を持ってきて今すぐ取りかかれって言うんだろ? わかってんだよ」


 ミーティアはニッコリと笑う。ロックは首を横に振った。彼女はしょっちゅうロック達に難しく面倒な依頼を割り振るのだ。


「うー。それは嫌なのだ! 今はお昼ご飯の時間なのだ」

「ロック! ポロンもそんなこと言わないの」


 アイリスは二人を諌めて、ミーティアに頭を下げる。


「おや。昼ごはんまだだったのか? じゃあ一緒に行こう。おごるよ!」

「そうなのか!? 行くのだ!」

「おい! こらポロン!」


 ミーティアは振り向いて手招きをする。ポロンは嬉しそうに彼女に続き、コロンは慌ててポロンを追いかける。


「行くしかないわね」

「あー。嫌な予感しかしねえ」


 顔を見合わせたアイリスとロックは、諦めた表情でミーティアに付いていくのだった。

 港から出て十分ほど歩くと、ロック達は鍛冶屋や道具屋が並ぶ町の中心街へとやってきた。そこには放射状に道が伸びた、円形の交差点がありその中心に食堂がある。食堂は交差点の中心に沿うように、白い壁に赤いとんがった屋根をした円形の建物だ。

 中は中心に円形のキッチンがありキッチンをカウンターが囲み、さらに四人がけのテーブル席がキッチンとカウンターを囲むように配置されている。

 料理人の作業が見えてポロンが喜ぶので、アイリス達はここをよく利用していた。席についたロック達、アイリスとロックが並んでミーティアが向かい座る。ポロンとコロンは隣の席に二人で座った。注文が終わり料理を待つ間、ロックがおもむろに口を開く。


「それで…… あんたが来たってどうせろくなことじゃないんだろ?」

「あぁ。その通りさ。依頼していたキプへの積荷の件。あれは他に任せるからキャンセルだ」

「はぁ!? 急ぎの便だろ? 今更キャンセルなんかできないぞ!」

「大丈夫。別の船がちゃんと運ぶ。キャンセル料も出す。だからこれは決定だ。いいね?」


 顔をあげ怖い顔で念を押すミーティア、ロックはその迫力に少したじろいだ。しかし……


「ダメよ」

「あっアイリス? なんで……」


 毅然とした態度でアイリスはミーティアの依頼を拒否した。断られると思ってなかったミーティアは、驚き困惑しアイリスは彼女に構わず淡々と話しを続ける。


「私は船長です。船に載せる物を聞いいてないのに引き受けるわけには行かないわ。ミーティアさん。積荷の詳細を教えて」


 真顔でジッと見つめるアイリス、ミーティアは小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。


「はぁ。わかったよ。ここじゃな話せないから食事が終わったら一緒に来るんだ」

「はい」


 ニッコリと微笑んでミーティアに答えるアイリスだった。アイリス達は食事が終わると、ポロンとコロンを先に帰し、三人でどこかへと向かうのだった。

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