第5話 終わりから始まりへ

 剣を抜いた男は剣を構えた距離を一気につめて来た。男が動いた直後にロックの背負った剣が、自動で鞘から抜かれて彼の手におさまった。

 ロックの一メートルほど前まで来た男は、剣を持った右腕をひいて剣先をロックに向けた。銀色に磨かれた幅の広い剣が、ロックの胸を狙い鋭く突き出される。剣を見つめニヤリと笑ったロックは右手に持つ剣を強く握る。ロックの持つ剣の刀身がスッすらと青く光りだした。

 向かってくる剣に向かってロックは剣を振り上げた。鋭く伸びたロックの剣は男の剣とぶつかる。大きな音がしてロックの剣は男の剣を弾く。男の足は止まり右腕は斜め上に広げた姿勢になる。

 うっすらと笑みを浮かべる男、彼は弾かれることがわかっていのか、男は姿勢をなおすと手首を返してロックの頭に狙いを定め右手に力を込めた。だが……


「クッ!?」


 男の剣が急に重くなり、剣が沈み腕が引っ張られた。


「なっ!?」


 振り向いた男の顔が驚いて声をあげる。男の剣はロックの剣とぶつかった場所から、白く凍りつき氷の塊となっていた。氷は徐々に広がり徐々に下がって男が持つグリップまで広がってくる。慌てて剣を男は投げ捨てた。


「おっと! 動くな」


 声がして前を向いた男、フードの鼻先に前に銀色の輝くロックの剣が突き出された。男は身動きが取れなくなり、ロックの言葉に従うしかなかった。


「お前ら何者だ?」

「……」


 剣を突き出したまま男に問いかけるロック、だが男は黙ってまっすぐと自分に突き出された剣を見つめていた。


「簡単にはしゃべらないってわけ…… はっ!?」


 男は一瞬のスキをついてしゃがんだ。ロックが男を見失った。しゃがんだ男は両手で地面について、両足を上げ揃えた。そのまま体を伸ばし両足を勢いよく前にだしてロックの腹を狙い蹴った。

 両足がロックの腹へとめり込み、彼は苦痛に顔を歪めた。くの字に曲がった体は浮かび上がって放物線を描いて二メートルほど後方に飛んでいき地面に叩きつけられた。

 素早く立ち上がった男は、倒れたロックを見た彼はニヤリと笑う。だが…… カランカラン石畳みの道に虚しく音が響く。ロックが飛ばされた場所には彼の杖が転がっていた。


「なっ!? つっ杖……」


 必死に顔を横に振りロックを探す男だった。直後に男が影に覆われて足元が薄暗くなった。


「はっ!?」


 顔をあげた男の五十センチほど先に、ロックの足が浮かんでいた。さらに顔をあげ視線を、上に向ける男に笑顔で見下ろし手を振るロックが見えた。


「クソ!」


 叫ぶと男はロックに背を向けて逃げ出した。ロックは男の背中を笑顔で見ている、ただ笑顔で見つめるロックの目は冷たくまるで氷のようだった。ロックは左足を軽く動かす。動作に反応して彼の体が消えた。


「なんだよ。あいつ…… 頭領に報告して……」


 必死に走る男がつぶやく。だが、男の背後から声が聞こえてくる。


「残念だったな。俺は魔法使いだからな。空間転移くらい造作もないぜ」


 走りながら顔を横に向けた男の目にロックの姿が見えた。ロックは使ったのは視界の中に瞬時に移動する空間転移魔法、簡単に出来るような口調で彼は言ってるが高等な魔法で、高名な賢者でも使いこなせる者は少ない。


「はい。終わり」


 ロックは男の背後から斜め下に向かって、素早く二回剣を突き出す。一回目は男のふくらはぎの横を切りつけ、二回目は左のふ貫いた。


「うあああああ!!!」


 両足に走る激痛に男が声をあげた。男はバランスを崩し前に倒れた。


「あがが……」


 手をついて体を起こす男、ふくらはぎを切りつけられ立ち上がずに、手と膝をついたまま必死に前へ進む。

 ロックは男の行動をじっと見つめていた。そしてゆっくりとロックは、男を追い越して前に回り込み、剣先を男の鼻っ面に持っていった。


「うっ!」


 悔しそうに声をあげ男の動きが止まった。ロックは鼻先に突きつけていた素早く剣を振り上げた。男がかぶったフードが二つに割れて顔を覗く。男の髪と額をわずかにかすめたため、数本の髪が舞い彼の額から一筋の血が流れ地面に丸い点をつくる。

 悔しそうに上をむき男はロックを睨みつけた。


「誰の差し金だ。言わなきゃここで殺すぞ」

「……」


 ロックは男の額に剣を突きつけて、声を低くして脅すだった。

 しかし、男はロックの脅しに屈することなく、視線を上に向けたまま黙っている。


「だんまりか。教えてくれよ……」


 ロックは剣を引いて左手を開く。身代わりに使った際に地面に転がっていたロックの杖が飛んでいき彼の手におさまる。握った杖をロックは、自分の顔の前に持っていき、目の前で直線を描くように先端を水平に動かした。

 杖が動くことによってロックの目が、男の視界から一時的に消えすぐにまた見えるようになった……


「お前は誰だ? 誰の命令でここに来た? 我に答えよ」


 男の視線に映るロックは瞳の奥が赤くひかり声はさらに低くなった。ロックの目を見た男は、頭を抱え苦しそうな表情をする。

 これはイビルアイズという幻惑魔法だ。赤い目を見た者に相手に恐怖を与え、従属させ精神の自由を奪う。赤い目の光に、従属させられた者は、使用者の言葉に逆らえなくなる。


「さぁ! 言え! お前は何者だ! なぜここにいる!!」


 言葉を強めるロック、男はさらに苦しそうに、表情を浮かべ頭を抱える。


「うう…… おっ俺の名前は…… うがああああ!!」

「クソ!」


 顔を上げた男は苦しみ、口の横から血を流し叫び声を上げ仰向けに倒れた。男は倒れたまま動かない。動かない男を見たロックは杖を下ろし、地面を杖の先で軽く叩いた。彼の目の赤い光が消えた。ロックは剣と杖から手を離す。杖と剣は勝手にロックの背中へと戻っていく。倒れた男の横にしゃがんで男の首筋に手を当てる。男はすでに息絶えていた。


「口封じの呪いか…… プロの仕業だな……」


 男から手をはなしたロックが小さくつぶやいた。


「きゃーーーーー!!!」


 通りの先で声がした。ロックが声がした方に視線を向けると頭巾を頭に巻き、黒のスカート履いた中年の女性が肩を震わせロックたちを見ていた。女性はすぐに振り向いて駆け出していったしまった。


「ちょうどいい。聖騎士を呼びに行ってくれるだろう。じゃあこっちはこっちで……」


 ロックは男の死体に手を伸ばし懐をまさぐりだした。


「なっ何をしているんですか?」


 駆け寄ってきたクローネがロックに声をかける。ロックは振り返りクローネの方を見た。


「尋問だよ。さっさとしねえと聖騎士の野郎が来ちまうからな」

「もう死んでるのに…… 尋問なんて」

「死体は黙ってるとは限らないんだぜ。アイリス! 手伝え」


 手招きしてアイリスを呼ぶロック、アイリスはクローネと一緒にロックの元へとやってきていた。


「はーい」


 返事をしたアイリスはしゃがんで手慣れた感じでローブの袖や裾をめくる。二人の行動にクローネは唖然とするのだった。


「ロック! これを見て!」


 アイリスが男の左腕を持ち上げる。

 前腕の内側に二本のクロスした剣の前で、緑の体にオレンジのラインが入った蛇が、口を開けた入れ墨がはいっている。


「剣に蛇の入れ墨か…… ゲオボルト帝国砂漠地域の風習だよな」

「えぇ。幸運を招くミナミオオガラガラ蛇よ」


 ロックに顔を向けて小さくうなずくアイリスだった。ロックは真面目な顔で顎に右手の親指と人差し指で挟むような格好をする。

 ちなみにゲオボルト帝国はロック達が住む、リオティネシア王国の西側と国境を接している国だ。かつては何度も戦が起きた両国だが、現在は互いに紫海により領土が分断され、戦争どころではなく良好な関係が続いている。


「帝国のやつらがなんでここに……」

「どうでしょうね。帝国の仕業に見せかけるためかもしれないわ」

「そうか。確かに…… おっと…… もうこれくらいかな。やつらが来たみたいだ」


 なにかに気づいたロックが立ち上がり、教会へと向かう通りの先に視線を向けた。

 通りの先に鎧に身を包んだ人間が近づいて来ていた。鎧を身につけた人は三人で、二人は鉄製なのか灰色だが、先頭の一名だけは鮮やかな水色の鎧に身を包んでいた。

 アイリスも立ち上がりロックのすぐ後ろに立つ。ロックはちらっとアイリスに視線を向けた。


「さすがに近いと聖騎士達も速いな」


 鎧を着てこちらに向かって生きている人間たちは聖騎士団という、リオティネシア王国に所属する騎士団の騎士達で、彼らは港町エッラ・アーツィアの治安維持と防衛を担当している。


「そうね。でも、その前に…… はい!」


 手をロックに向けて差し出した。すぐロックはアイリスが手を出した意味を理解した。


「なっなんだよ……」


 とぼけた表情をするロック、優しい表情だったアイリスは眉間にシワを寄る。


「さっき取った彼の財布を出しなさい」


 ロックが尋問の際に男の財布を、かすめとったのをアイリスは見逃さなかったのだ。幼馴染で彼のことを、知り尽くしている彼女なら造作もないことだが。


「しっ知らねえな……」

「わかるわよ。ロックの考えることなんて! 早く出しなさいよ!」


 前に手をだして詰め寄るアイリス、彼女の気迫に押されたロックは観念し、ポケットに忍ばせた男の財布を取り出した。手のひらに置いた革の袋で、少し重たい財布を名残おしそうに見つめるロック。


「早く渡す!」

「チッ…… せっかく小遣いが増えたと思ったのに…… ほらよ」


 不満そうに舌打ちをしてロックはアイリスの手のひらに財布を置いた。


「まったく油断もすきもない」


 アイリスの言葉にロックは、口を尖らせて不満そうにする。


「いいじゃねえか。もうあいつらには必要ねえだろ!」

「ダメよ。ちゃんとこれを聖騎士さん達に渡して権利分だけもらうの!」

「頭硬すぎだろ…… はぁ」


 下をむいてロックはため息をついた。


「何があった!」


 声がしてロックが顔をあげると聖騎士達が目の前に立っていた。先頭の男は短い金髪に高くスラッとした鼻に切れ長の目に右が緑、左が青の瞳を持った端正な顔立ちの青年だった。

 ロックは水色の鎧に男に手をあげにこやかに挨拶をする。


「よぉ。ウイリアム。ご苦労!」


 水色の鎧を着た聖騎士の名前はウィリアム。リオティネシア王国が誇る聖騎士団一員で、エッラ・アーツィアの治安維持責任者である。


「ロック…… また君か。今度は何をしたんだ?」


 冷静な口調でウィリアムはロックに問いかける。町で何度か乱闘や喧嘩を、起こしてるロックは彼とは顔見知りだ。もちろんロックの身元を引き受けるアイリスもウィリアムとは面識がある。

 ロックは体を横に向け男の死体が見やすいようにする。


「何もしてねえよ。見ての通り賊に襲われただけだ」

「まったく……」


 男の死体を見るウィリアム、死体の向こう側に立っている、クローネに彼の視線が向けられた。


「こちらの方は?」

「紫水軍に襲われていた船から救助した方です。ちょうど聖騎士さんに保護の依頼をしようと連れて来たんです」


 ウィリアムの質問に答えるアイリスだった。クローネはウィリアムに向かって頭を下げた。


「クローネと申します」


 顔を上げたクローネの見たウィリアムは、目を大きく見開き驚愕の表情を浮かべる。


「えっ!? あっ!? あぁ!!!!」


 ものすごい驚き声をあげるウィリアム、あまりの驚きようにロックが思わず声をかける。


「どうした?」

「なっ何でもない!」


 慌ててロックの方に顔を向け、首を大きく横に振ったウィリアムだった。ウィリアムの行動に首をかしげるロックだった。

 胸に手をあて息を整えるウィリアムだった。


「とにかくこちらの方は我々がちゃんと保護するから心配しなくていい」

「そうかい。よかったな。クローネ」


 ロックに向かって微笑みうなずくクローネだった。ロックはウィリアムに顔を向けた。


「じゃあ俺達はもういいな」

「あっあぁ…… 気をつけてな。報奨金は後で部下に届けさせる」

「えっ!? あぁ。そうか。頼んだ」


 ウィリアムが右手を上げ、ロックに答えると連れてきた二人に指示を送る。


「お前たち! 彼女をお連れしろ!」


 二人はクローネの左右を歩き、挟んで大事に彼女を連れていく。


「良かったですね。クローネさん」

「はい」


 目の前を通るクローネに声をかけるアイリス、クローネは返事をして立ち止まり二人の前に立った。


「アイリスさん。ロックさん。ありがとうございました。ポロンさん、コロンさんにもよろしく言っておいてください」

「あぁ。よかったな」

「またね」


 クローネは笑ってうなずくと、騎士二人に連れられて教会へ向かうのだった。


「ここは封鎖する。お前たちも早く帰れ」

「あぁ。行こうか。アイリス」


 ロックはアイリスを連れて港へ戻る。途中で両手を頭の後ろに持っていき視線を上に向けた。


「なーんか。おかしいな」

「どうしたの?」


 首をかしげてロックに尋ねるアイリス、ロックは振り返りクローネが去った教会へと続く通りを見つめる。


「いや。いつものウィリアムなら問答無用で尋問に俺を連れていくはずなのに……」

「そんなに尋問をうけたかったの?」

「違う! 気になっただけだよ。」


 必死に答えるロック、その様子を見たアイリスは思わず笑顔になる。


「ふふふ。冗談よ…… まぁあの人達が狙ってたのってクローネさんだから何か関係があるんじゃない?」

「気づいてたのか?」

「私だって危険を伴う船の船長だよ。矢が誰を狙って撃たれたかくらいわかるわよ」

「ははっ。そりゃそうだな。悪かったよ……」


 笑顔でチラッと背後を見た、彼はクローネの正体を気にしているようだった。ロックの動きに気づいた、アイリスは少し不機嫌な顔をする。


「もういいじゃない。刺客が私達を狙ってなきゃもう終わりよ。さぁ! 仕事が残ってますから早く戻るわよ」

「あぁ。でも…… なんかなぁ」


 アイリスは港の方角を指差しあるき出した。ロックは不思議そうに首をかしげすぐに振り返り、アイリスの後を追いかけ、ヴィクトリアやポロンが待つ港へと急ぎ足で戻るのだった。

 グレートアリア号から神官クローネを救い、聖騎士へと引き渡し彼らの役目はここで終わった…… はずだった。

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