第4話 紫の向こうは港町
紫海を抜けたヴィクトリアは、まばゆい太陽の光に迎えられた。目の前にエメラルドブルーの海が広がっている。はるか彼方に小さく陸地が見える、ヴィクトリアは海の上をまっすぐ陸地に向かって飛んでいくのだった。陸地が徐々に大きくなっていく。海に面した部分に港町が見えてきた。
港町は石造りの桟橋がいくつもある大きな港から、上っていくように白い壁に統一された建物に、青、赤、黄、オレンジ、ピンクなど様々な色に塗られた屋根が並ぶカラフルな街並み続く。
三つの尖塔を持つ荘厳な教会が、町の一番高い場所にあり、上から町を見守るように佇んでいた。
ここがロックたちが拠点を置く港町エッラ・アーツィアだ。町はリーティア大陸のリオティネシア王国の南東の海岸に位置し、王国最大の宗教であるアーリア正教会の本拠地で、紫海に世界が沈むまでは王国以外からも巡礼で訪れる信者が集まってきていた。魔導飛空船の開発により以前ほどではないが、訪れる信者も少しずつ回復していた。ちなみにエッラとはアーリア正教会の三代目の聖女、アーツィアは初代リオティネシア王のことで、二人はこの街の建築に大きく貢献したことでその名前が使われている。
ヴィクトリアは海を超え陸地へ入り、大きく町の上を旋回する。町を一周したヴィクトリアは、再び海へ戻って静かに翼を畳み桟橋のゆっくりと着水するのだった。
巨体を海に浮かばさせ、ゆっくりと桟橋へ近づく。港に居る作業員達が、慣れた様子でヴィクトリアが近づくを笑って手を振っている。
ブリッジの壁に桟橋に近づく様子が映し出させる。壁に映し出される光景を、真剣な表情で椅子に座ったアイリスが見つめている。ロックは椅子の斜め後ろに腕を組んで立っている。少し強く船体が揺れ壁に映る光景が桟橋だけに動かなくなった。ヴィクトリアが桟橋の手前で停止したのだ。
アイリスはホッと胸をなでおろし、ロックに顔を向けて嬉しそうに笑う。
「よかった。無事に着いたわね」
「おぉ。そうだな」
小さくうなずいたロックは、顎に手を置いて真剣な表情をする。アイリスはロックが答えるとすぐに前を向き真面目な顔をする。
「じゃあまずはクローネさんを聖騎士さん達に保護してもらって……」
前を向いてアイリスは腕を組み、船を降りて何をするか確認しだした。ロックはそれを見てアイリスの前に手を出した。
ロックの手に見向きもしないアイリス、彼女は集中すると周りが見えなくなる時がある。幼馴染である彼は当然そのことはわかっている。ニンマリと笑ったロックは静かにアイリスに背を向けた。忍び足でロックはブリッジの扉へ向かう。
「(ロックが行っちゃうわよ)」
「えっ!? 待ちなさい。私と一緒にクローネさんを教会まで送って行くのよ!」
ヴィクトリアの言葉に慌てて振り向き、ロックを止めるアイリス。ロックはビクッと体を一回だけ痙攣させ立ち止まり振り返る。
「いや…… 俺は……
「そっそう…… なら別にいいけど……」
両手を前にだして焦った様子でここに残るというロックだった。アイリスは特に疑うこともなく寂しそうにしている。
「(ダメよ。右ポケットに今日のレースの予定を持ってるわ。お小遣いは全部すったのにどうするつもりなのかしらね)」
「あっ!? こら!」
「ロック!!!」
椅子から立ち上がり眉間にシワを寄せ、アイリスはロックをにらみつけた。彼女はジリジリとロックへ近づいてくる。
彼の目の前に来て背を伸ばしロックをにらみ続ける。
「えっと…… その…… 報奨金もらえるだろ? だったら少し借金しても…… それに当たったらすぐに返せるし……」
気まずそうにアイリスからロックは顔背けた。ロックはクローネの身柄を助けた謝礼を当てにして、借金をしギャンブルをしようとしていたようだ。
「ジー」
顔をそらしたロックの体をひねって回り込ませ、アイリスは強引に彼と目を合わせた。
そしてアイリスは何も言わず黙ったまま、ジッとロックの目を見つめ自分の目を悲しそうな表情で目をうるませるのだった。ロックを潤んだ瞳のアイリスに見つめられた観念したように声をあげた。
「あぁ!! わかった。わかった。アイリスと一緒にクローネを送って行く。それでいいだろ?」
「はい」
悲しげな表情から笑顔に変わったアイリスは嬉しそうにうなずく。
「じゃあクローネさんを呼んで来るからね。お姉ちゃん。ロックが逃げないか見張っててね」
「(はーい)」
天井を向けて声をかける、アイリスに愛想よく答えるヴィクトリア。アイリスを見送ったロックは不満そうに、口を尖らせて天井をちらっと見て地面を軽く蹴る。
「クソ! 姐さんめ。もう少しだったのに!」
「(いいじゃない。アイリスのために一緒に行ってあげなさないよ)」
「あいつだってガキじゃねえんだから教会くらい一人でいけるだろ」
天井を見ながら叫ぶロック、ヴィクトリアが少し間を開けてから答える。
「(違うの。なんか嫌な予感がするのよ。だからお願い)」
「チッ! ……」
さっきまで軽い口調ではなく、真剣なトーンになったヴィクトリアだった。ロックは舌打ちをすると腕を組み壁に背をつけた。しばらくしてアイリスを迎えるためにブリッジを出ていった。
ブリッジを出てすぐにアイリスがクローネを連れて戻ってきた。三人はブリッジから出て廊下の扉の前に立つ。
「ポロン達は?」
「先に降りてますよ」
「そうか。姐さん! 頼む!」
真っ赤で薄く細長く、先が尖った柔らかい棒状の物が、廊下の上から伸びて来た。三人が立っている足元にそれが止まった。
「ほい」
慣れた様子でロックは足元に止まった赤い物に乗った。クローネは首をかしげて足元を見つめている
「これは……」
「ヴィクトリアの舌です。これに乗って船の乗り降りをするんです」
そういうとアイリスもロックに続いて舌に乗った。振り返りクローネに向かって笑う。
「さぁ乗ってください」
舌に先に乗ったアイリスがクローネに手をのばした。クローネはゆっくり腕を伸ばし、彼女の手をつかんでヴィクトリアの手に乗った。少し柔らかい舌は乗ると少し足元が沈む。今まで感じたことのない足の感触にクローネは戸惑っていた。
アイリスはクローネと入れ替わった、舌の先からアイリス、クローネ、ロックの順に乗っている。
「ひゃっ!」
舌がゆっくりと上に動き出した。声をあげたクローネは腰が引けアイリスの肩に手をかけた。彼女は首を動かして怯えた様子で周囲を確認していた。
ヴィクトリアの口は開いたままで、口の奥に日差しが差し込んでいるのが見える。さらに奥は真っ暗で何も見えない。クローネは光を追っていき、真っ暗な口の奥に目がとまった。
彼女の視線は真っ暗で不気味な空間にそのまま視線が固定された。ロックは口の奥を見つめるクローネに向かって、右の親指で口の奥を指さし口を開く。
「間違ってもそっちの奥に行くなよ。姐さんのうんこになりたいなら別だけど」
「はっはい!」
背筋を伸ばして返事をするクローネ、ロックは彼女の様子を見て笑うのだった。
ゆっくりと舌が前に出ていく、かすかに香っていた潮の香りが強くなる。開いたヴィクトリアの口の縁に見えていた、牙と牙の間から眩しい太陽が差し込み三人を照らす。
眩しくてクローネは思わず手で顔を覆った。指の隙間からわずかに、四つの桟橋にいくつもの倉庫や、港湾事務所の建物が並ぶ港町ならでわの光景が見える。
ヴィクトリアの舌が完全に外に出て桟橋の先端へ向かう。桟橋には先に降りていたポロンとコロンの二人が立っていた。
そっと舌は桟橋の先へ付けられた。舌の先の位置は桟橋の二十センチほど上で少し段差がある。
「とうちゃーく」
舌からポンと飛び降りたアイリスは、嬉しそうに両手を広げて桟橋に着地する。彼女から少し遅れて、クローネとロックが桟橋へ下りた。桟橋に立ったクローネは、港の光景をジッと眺める。
桟橋に下りたアイリスは、コロンとポロンの前に行き声をかける。
「じゃあ後をお願いね」
「任せるのだ」
「いってらっしゃいませ」
静かに頭を下げるコロンと、胸を叩いて返事をするポロンだった。ポロンの手には甲の部分に、青い宝石がついた手袋がはめられていた。
「それではクローネさん、ロック、行きましょう。聖騎士団は教会の横ですよ」
町の一番上にある教会をさしたアイリスが桟橋を港へ向かって進む。クローネがすぐにアイリスを追いかけ、ゆっくりとロックは二人の後に続く。残った二人をちらっと見たクローネ。
「ポロンさん達は一緒じゃないのですか?」
「はい。すぐに貨物室から荷物を下ろさないといけませんから」
「えぇ!? 二人だけで大丈夫なんですか?」
「ふふふ。心配ないですよ。ポロンがしている手袋は力を三倍にする
クローネに得意げな笑みを浮かべるアイリスだった。クローネは呆然と彼女を見つめていた。
「心配するな俺とアイリスが作った魔法道具だからな。ポロンとコロンだけ荷降ろしは十分だ」
「はっはぁ」
たくさんの人と物でごった返す、にぎやかな港を三人は抜けた。
港と出てまっすぐ進むと道が二股に分かれる。左手に行くと宿屋や雑貨屋などの商店が並ぶ通りで町の西門へ通じている。右手に向かうと住宅街で教会方面へと続く。
教会へ向かう通りへ入った三人。ここは港へ向かうとおりと違い人の往来は少なく閑散としている。
ふとロックは顔を上げ前を見た。通りの右手の建物の壁に目深にフードの被った人間が居る。フードから出た顎にひげが見えるのでおそらく男性だろう。
「町中なのにずいぶんと重装備だな…… 冒険者には見えないが……」
フードの男はコートの下に鉄の胸当てと、二の腕の部分に鎖帷子が見え腰に剣をさしている。男が立つ壁の真上にある窓が一瞬だけピカっと光った。
「チッ! 姐さんの予想が当たっちまったか……」
左手を広げて小走りで前に出るロック、背負っていた杖だ彼の左手に飛んでいき握られる。ロックはアイリス達の前に立った。急に前に出てきた彼にアイリスが驚いて声をかける。
「どうしたの?」
「アイリス、クローネ、俺から離れるなよ」
ロックは二人に叫んで、杖の先端を上に向けた。男が立つ二階の窓が割れる音がして、矢が飛び出してロックたちに向かってくる。
「白きバラはその冷たき棘で全てを凍えさせる! フローズンローズ!」
杖の先端から細長い棘の生えた、白い冷気のバラの茎が伸び矢の周りに渦を巻き飛んでいく。冷気は矢を通りすぎ矢が放たれた建物の二階の割れた窓から室内へ入っていった。
ロックが使ったのは水魔法フローズンローズ、中級の水魔法で冷気で作られた白いバラが近づくもの全てを氷らせ、白い氷の花を咲かせる。
「うわああああ。腕が…… 腕がああ!!!」
両腕が白く凍りついたフードをかぶった男が、叫びながら窓から体を出した。腕には白い冷気のバラの茎が巻きつき、何本もの白い氷のバラの花が咲いている。必死に両腕を振ってバラの茎を払う男が、しかし…… 白い冷気は腕から肩、胸、首へと上っていく。
「あががが……」
凍りついていく体は自由を失い地面へと落下した。白い冷気の茎は、男の重さに耐えきれずに途中で切れた。
パリーンというガラスが割れるような音がして、地面に男が叩き付けられた。男の両腕はバラバラに砕け散り、白い氷のバラの花びらが宙を舞うのであった。
男は頭から血を流し目を開いたまま、うつ伏せに倒れていた。だんだん肌が白く霜で覆われて、血も氷って真っ白になった男はもう動かない。
「ふぅ…… 狙いは……」
息を吐きロックは、ゆっくりと杖を下ろす。杖が出た白い冷気は氷となって、矢は氷のバラの中に浮かんでいた。
ロックは矢じりの方向を目で追っていく……
「なるほどな。狙いは…… あいつか」
「??」
ロックの言葉に首をかしげるアイリスだった。クローネは何が起きたのかわからず呆然とロックを見つめていた。
「じゃあ片付けますか」
前を向くロック、剣を抜いたフードの男が構えるのが見える。杖で軽く地面を叩くロック、同時に氷が消えて凍っていた矢が落ちて砕け散った。ロックは右手を開いて腕を下げたまま前に向けた。
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