第3話 これで全員なのだ

「じゃあ、改めてこっちですよ」


 クローネを案内してブリッジの奥へと向かうアイリス。


「ここが船のブリッジです。普通の飛空船とは少し違いますが……」


 手でブリッジを指ししめるアイリス。ブリッジは小さな庭くらい広さの丸いドーム型の天井をした空間で、入り口のすぐ横が少し高くなっており、中心に肘置きのついた背もたれが赤い椅子が置かれていた。椅子の肘置きの脇には、木製の台の上にガラスボウルが置かれている。ガラスボウルは澄んだ水で満たされ、青く尖って先端が青く塗られた宝石が浮かんでいる。

 ブリッジの真ん中には部屋の壁から伸びた、たくさんの管がついた丸い台座の上に大きな水晶が輝いていた。水晶から出る光が椅子の正面の壁に外の風景と地図のようなものを映し出している。クローネは船のブリッジの入るは初めてで興味深げに眺めていた。


「あれは……」


 椅子の脇にあるガラスボウルをクローネが指さす。アイリスは嬉しそうにすぐに答えた。


「魔導羅針盤です。水は紫海を浄化した水で浮かんでいるのは青水晶ですよ。これで紫海の中でも正確に方位を示してくれます」


 アイリスが説明すると、小さくうなずくクローネだった。

 通常の羅針盤は紫海の中では役に立たない。紫海を超えるためには必ず魔導羅針盤を装備しないと自殺行為である。

 次にクローネは中心にある水晶に目を向けた。アイリスはクローネの視線を見て説明をすぐに始めた。


「あれはクリスタル投影機、紫海図と外の様子を映し出してくれます。ロックと私で作った魔導機関なんですよ」


 魔導機関とは魔力で動く機械のことだ。紫海で世界が分断されたことにより、最近になって急速に発展した。特に移動手段として魔導飛空船は、各国にとって物流や人流の生命線であり、開発競争が起きている。


「魔導機関…… でもこの中って……」


 少し間を開けてクローネは、意を決したようにアイリスに尋ねる。


「麗しのヴィクトリア号…… ううん。この船はドラゴンですよね? 外に牙が……」

「はい。世界でも二隻しかないエンシェントドラゴンを使ったドラゴンシップというものです。私の実家はドラゴンマスターなんです!」


 クローネの言葉にアイリスは、平然とうなずき自分の胸に手を当て話す。アイリスはドラゴンマスターという、ドラゴンの言葉がわかる特殊能力を持った血を引く人間だ。

 ドラゴンマスターの家は昔から、主従契約を結んだドラゴンを使役してきた。彼女も同様で幼い頃からドラゴンを卸す指導を受けている。


「お姉ちゃん! クローネさんに挨拶をしてあげて」


 壁に向かってアイリスが話しかける、クローネは彼女の行動に首をかしげていた。


「(はーい。よろしくねぇ。クローネちゃん)」


 クローネの脳内に声が響いた。驚いたクローネは両手で耳を触った。


「あっ頭に声が……」

「その声は私達の船である。ヴィクトリア・ローズ・ドラゴニアの声です。私が近くにいれば話しかけると応えてくれますよ」

「えっ……」

「話して上げてください。喜びますよ」


 唖然とするクローネに、アイリスは笑顔で天井を指す。クローネはヴィクトリアに声をかけた。


「わたくしはクローネと申します。よろしくお願いします。ヴィクトリア様」

「(よろしくね。あとね。ヴィクトリアなんて堅苦しいからお姉ちゃんでいいわよ。アイリスだって赤ん坊の頃から知ってておしめを……)」

「お姉ちゃん! もういいから!」

「(えぇ。やだぁ。自分から話しかけろって言ったのに…… じゃーね。クローネちゃん。また何かあったら呼んでねー)」


 頬を赤くしてアイリスは、慌てて会話を止めた。やや不満げにヴィクトリアはクローネに挨拶をして会話を終えるのだった。


「ふぅ…… まったく関係ないこと喋らないでほしいです。うん?!」


 小さく息を吐いたアイリスは、おもむろに手で腹を押さえクローネへ顔を向けた。


「お腹…… 空きませんか?」


 首をかしげて尋ねるアイリス、目が覚めて緊張していたこともあってか、特に意識してなかったクローネだが、言わらえると空腹感が襲ってきた。アイリスに同意しようと口を開くクローネ……


「空いたのだ!」


 ブリッジの扉の前で大人しく待っていたポロンがクローネよりも速く声をあげた。入り口に顔を向けたアイリスが呆れた顔をする。


「もう…… ポロンじゃ無いわよ。クローネさんに聞いたのよ」

「だって私もお腹が空いたのだ。もう夕ご飯なのだ!」


 ポロンは不満そうに腹を擦って空腹を訴えた。一度空腹を訴えだしたポロンは、しばらく大人しくならないことは長い付き合いのアイリスにはわかっていた。仕方なくアイリスはポロンの訴えを了承する。


「はいはい。わかりました。じゃあみんなで食堂に行こうか」

「わーいなのだ」

「じゃあ。クローネさんこちらへどうぞ」

「急ぐのだ!」


 扉を手で指してクローネを案内するアイリス、扉の前ではポロンが手を大きく動かして二人を手招きしていた。

 外へと出た三人、先ほど同じ管の天井がなくなった廊下が見える。廊下に出たクローネがアイリスの方を向いた。


「そういえば…… 紫海を進むのにヴィクトリアさんに浄火じょうかってどうなっているのでしょうか?」


 浄火とはオリーブ油とジェリー銅と言われる、赤い鉱石を砕いた混ぜて出来る聖油を燃やして出来る、青い聖なる炎でその光は紫海の瘴気を払うことが出来る。紫海で後悔するためには、魔導飛空船と浄火は紫海を進むために必需品だ。

 クローネが乗っていた、グレートアリア号も船内や船外に絶えず、浄火の火を灯し航海を行っていた。ヴィクトリア号の内部に、青い浄火の光がなかったので、クローネは疑問に思いアイリスに尋ねたのだ。


「廊下の先に貨物室として使ってるヴィクトリアの火炎袋があるんです。そこにある竜宝玉がヴィクトリアの中と周囲の瘴気を払ってくれるんです」


 アイリスは廊下の向こうを指して答えた。クローネは静かにうなずいた続いて質問をする。


「あの火炎袋とか通炎管って……」

「ドラゴンが吐く炎を使うための器官ですね。ちなみにブリッジは次期火炎胱じきかえんこうっていう続けて炎を吐くために一時的に貯めておく器官です」

「火炎って…… 危なくないんですか?」

「ヴィクトリアはフォルテドラゴン不良品で生まれつき炎が作れないんです。私たちはその器官を借りてヴィクトリアを輸送船として運用しているんです」


 クローネは真面目な表情でアイリスの話しを聞いている。ドラゴンの子供の中には一定の割合で、フォルテドラゴンと呼ばれる能力を持たない個体や体の一部が欠損した個体が生まれる。

 フォルテドラゴンは生まれてすぐにドラゴンに捨てられる。正常なドラゴンはプライドが高く人間と主従契約を結ぶのは難しいが、フォルテドラゴンは捨てられたドラゴンのため契約は容易である。

 そのため半人前のドラゴンマスターは、フォルテドラゴンと契約をすることが多い。


「早く行くのだ! お腹空いたのだ!」


 立ち止まって会話している、二人をポロンが呼んだ。


「あぁ。ごめんなさい。行きましょうか。他の質問は歩きながらでも」


 アイリスが手を前にだして、クローネに歩くように促す。二人は並んで歩き出す。ポロンはアイリスの手を引っ張りながら少し前を進む。


「通炎管廊下は首を通って胴体へ向かいます。並んでいるのは船員と来客用の部屋と作業場とかですね。通炎管の先のお腹の舌に火炎袋があって貨物室と手前には食堂が……」


 歩きながら説明をするアイリス。彼女の言葉にクローネが反応する。


「首…… あっあの! ヴィクトリアさんが動いたら私達は転がって落ちたり……」

「大丈夫ですよ。ちょっと靴の中を見てください」


 言われたクローネが立ち止まって靴を脱ぐ。アイリスとポロンも立ち止まってクローネの行動を見ている。黒い靴のそこに一枚のカードが貼り付けられていた。カードには文字と山や鳥のような絵が組み合わせて描かれてたい。


「これは…… 札? カード」

「ロックが魔法紙で作られたカードです。そのカードには浮力操作の魔法がかかってるんです」


 魔法紙とは世界樹の孫と呼ばれる、木を原料に作る紙で微弱な魔力を有している。精霊言語を使って、魔法使いがで呪文を書き込むと、魔法が使用できるようになる。


「それを付けていると足が床から離れないのだ」

「だから仮にヴィクトリアが急に顔を上げたりしても平気ですよ。あと家具も全て床や壁に固定してあるので安心です」

「そうなんですね」


 感心したような声をあげ、クローネは靴を履き直す。


「でも、気をつけてくださいね。本とかコップとかは固定してないので……」

「アイリスはよくジュースを部屋に持ち込んで本の上にこぼすのだ」

「こら! ポロン! 余計なこと言わないの」


 ポロンは笑って少し早め歩き出す。彼女を追いかけるようにアイリスが動く。靴を履いたクローネが二人を追いかけようとした。アイリスは振り返った。


「船内の飲食は基本的に食堂のみですから! 守ってくださいね」

「はっはぁ……」


 アイリスがクローネに声をかける。クローネは呆然と返事を返すのだった。三人は通炎管廊下を進んで行くのだった。しばらく廊下を進むと大きな金属の扉が見えて来た。扉の手前に高さ三メートルほどで、横に十メートルで、奥行きが五メートルほどの細長い建物が見えてきた。建物の扉は手前にあり、アイリスは扉の前で立ち止まり、金属の扉を手で指した。


「あの扉の向こうが貨物室です。お客様の荷物がありますのでクローネさんは立ち入り禁止です」

「わかりりました」

「そして…… ここが食堂でーす!」


 嬉しそうにアイリスは建物の扉を開いた。開いた扉の中から香ばしくいい香りが漂ってくる。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 クローネは扉を開けて先にクローネを通す。クローネは食堂の中へと入った。

 食堂は建物と同じように細長く、左手の壁に四角いテーブルがくっついて二つに縦列に並んでいる。各テーブルには三人ほどが座れる長椅子が、備えつけられている。並んだテーブルの奥には木の壁があり、掲示板と右手に小さな入り口が見えた。

 入り口からかまどと天井に吊るされたフライパンが見える。どうやら壁の向こうはキッチンとなっているようだ。入り口から見て手前のテーブルに、ロックがいて長椅子に足を投げ出して座っている。彼のテーブルにはたっぷりタルタルソースと野菜が添えられ、コンガリと揚がった白身のフライと酒が置かれている。

 三人が食堂に入ってくるを見るとロックは右手をあげた。


「よぉ! 来たか! おーい! 客だぞ!」


 キッチンに向かって声をかける。三人はロックが座っている手前のテーブルを避けて奥に座る。一番奥の席にクローネが座り、隣にポロン、向かいにアイリスが一人で座った。


「いらっしゃいませ」


 キッチンの出入り口から誰かが出てきた。

 出てきたのは黒のつま先が丸い靴に、灰色と白の縞模様の太ももまで靴下を履き、黒のミニスカートに、白いエプロンの下に灰色の長袖しゃつを着ていた。

 クローネは出てきた人物を見て、驚いて思わず声をあげる。 


「えっ!? ポロンさん…… いつの間に着替え……」


 キッチンから出てきた人は、服が違うがポロンと瓜二つだったのだ。


「私はここに居るのだ!」

「えっ!? そっそうよね……」


 クローネの横で手をあげるポロンだった。混乱して二度も二人の顔を見るクローネ、アイリスは笑顔で口を開く。


「二人は双子なんですよ」

「はい。わたくしはコロンと申します。この船の料理担当です。よろしくお願いいたします」

「そうなんですか…… 申し訳ありません。わたくしったら取り乱して……」

「いいえ。よくあることですから。大丈夫です」


 落ち着いた様子で、ニッコリとクローネに微笑むコロンだった。ポロンはクローネの方を向く。


「これで全員なのだ」

「えっ!?」

「あぁ。この船の船員ですよ。私とロックとコロンとポロンの四人なんです」


 アイリスの言葉を聞いたクローネは少し驚いた顔をした。船長のアイリス、護衛のロック、雑用係のポロン、料理人のコロン、輸送船麗しのヴィクトリア号の船員は以上の四名だ。ヴィクトリアと同じくらいの飛空船は百名以上の乗員を必要とするが、この船は魔導機関とヴィクトリアの意志で動くので船員は少なくてすむ。

 コロンはすぐに真面目な顔をするとアイリスの方を向いた。


「アイリスさんはロックさんと同じガリアンフライで良いですよね?」

「うん。お願いね」

「ポロンはパンケーキですよね?」

「うん! 生クリームとフルーツたっぷりが良いのだ」

「はいはい。わかりましたよ」


 うなずいてコロンはポロンの頭を優しく撫でた……


「わっわたくしも!」


 勢いよく手を上げるクローネ、みんなの視線が彼女に集中した。

 視線を受けた彼女は顔を真っ赤にしてうつむきはずかしそうにする。


「あっ…… いえ…… 好きなんです…… パンケーキ……」

「一緒なのだ!」

「そうですね。一緒ですね。わかりました。すぐにお作りいたしますからお待ちください」


 嬉しそうにするポロンと微笑むコロンに、クローネはホッとした表情を浮かべる。三人の様子を見たアイリスは、後ろを向いてロックの向かいの席へ移動した。


「クローネさんはいい人そうでよかったわ」

「あっあぁ……」


 生返事をするロック、彼はテーブルの上に一枚の紙を置いて真剣な表情をしていた。


「何やってるの?」

「明日のレースの予想をしてるんだよ! 報奨金があるしな」

「もう…… ほどほどにね。それに報奨金だって絶対にもらえるわけじゃないんだかね。なかったらロックのお小遣いはなしだからね」


 念を押すようするアイリス、ロックは少しムッとした表情をした。


「わかってるよ。予想してるだけだ。もう小遣いねえんだから」

「まったく……」


 呆れた顔をしたアイリスは自然に、ロックが食べていた白身魚のフライに手を伸ばした。


「おっと! お前のは後から来るだろ! 我慢しろよ」


 アイリスの手が白身魚のフライに触る直前に、ロックは皿をもちあげて彼女の手を回避した。


「ケチー!」


 お預けを食らい不満そうにベーと舌を出したアイリス、それを見たロックはフォークで白身魚のフライを突き刺して、タルタルソースがたっぷり付けて見せつけるように口へ運ぶ。

 カリカリとした衣の奥に、ふっくらとした白身が口のなかで混ざり合い至福の食感が歯に伝わる。さらにフライのタンパクな味と、濃厚なタルタルソースのこってりした味が混ざりあい、舌が喜び彼は思わず声をあげた。


「んまー」

「ぶぅ! ロック嫌い!」


 頬を膨らませて腕を組むアイリスだった。その後、ロックはアイリスが怒ると面倒なので、小さく切った一切れをフォークで彼女の口へ運んだが、それをポロンに見られて残りの身の七割を失うことになる。


「ふふふ。賑やかねぇ。お客さんなんか滅多に乗らないからみんな嬉しいのよねぇ」


 翼を広げて紫の霧に囲まれた中を飛ぶヴィクトリア、彼女は目を少し上げながら、わずかに笑っているような表情をしていた。麗しのヴィクトリア号は、港町エッラ・アーツィを目指して紫海を進む。

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