第2話 目覚めた場所は

 床と壁が木製でベッドと机がだけが置かれたシンプルな部屋。ベッドの上にはクローネが寝かされていた。


「うっうん……」


 仰向けに寝ているクローネの眉と口がかすかに動いた。気を失っていた彼女の意識が戻り目覚めようとしていた。目を開けたクローネ、ぼやけた視界にぼんやりと人の姿が見える。


「あっ! 起きたのだ!」


 嬉しそうに弾んだ声が少女の声がクローネの耳に届く。

 徐々にぼやけていた視界が鮮明になっていく。クローネが声のした方に視線を向けると、ベッドの横に丸い大きな黄色の瞳を持ち、鼻がやや丸く少し大きな口をして可愛らしい女の子が立っていた。

 瞳と同じ黄色で肩くらいまで髪をした彼女は、きれいに整えられた髪の間から丸いリスの耳と、腰の後ろから大きなリスのしっぽが生えてる獣人だった。女の子はクローネが目覚めて、嬉しいのか彼女を見ながらニコニコ笑っている。クローネは笑う女の子を見て、少し安心しゆっくりと体を起こした。


「えっ!?」


 体を起こしたたクローネ、兵士に破かれたはずの服がもとに戻っている。引き裂かれた胸の部分に右手を当て不思議な表情をするクローネ。元気な女の子はクローネの顔を見てすぐに口を開いた。


「服はロックが魔法で直したのだ。すごい魔法使いなのだ」


 胸を張って得意げに話す女の子、クローネは彼女に視線を向けた。


「ここは? どこでしょうか?」

「麗しのヴィクトリア号なのだ」


 ニコニコと笑って答える女の子、ここは麗しのヴィクトリア号という船の中のようだ。クローネは自分の胸に手を当て頭を少し下げ話しを続ける。


「私は教会の神官クローネと申します。あなたは?」

「ポロンなのだ。ここの船員で掃除と雑用担当なのだ」


 女の子は得意げな顔し、胸を張ってポロンと名乗るのだった。

 優しく微笑んだクローネは体の向きを変え、ベッドに座ったまま足を床に下ろす。

 座りなおしたクローネにポロンは笑顔を向けていた。クローネはポロンに微笑みを返して優しく声をかける。


「ポロンさん。私の船に乗っていた他の人のことは知っていますか?」

「ロックはクローネしか連れて来なかったのだ」

「そう……」


 うつむいて首を横に振ったクローネ。彼女は自分だけが助かったことに心を痛めていた。ポロンはクローネを見て何かを思い出した顔をした。


「さぁ行くのだ」


 クローネの右手首をつかむと、体を斜めして後ろを指でさした。

 手首を掴まれ困惑した様子で顔をあげるクローネ、ポロンが指した先には木製の扉が見えた。


「行くってどちらへ?」

「船長が起きたらブリッジへ呼ぶように言ってたのだ。だから来るのだ」


 笑顔でクローネの方を向いて答えるポロン、その一切の悪意のなく笑う彼女に、クローネは安心し少しだけあった警戒心が消えた。


「そうなのですか。わかりました。助けてもらったお礼もしないといけませんね」


 微笑んでうなずきゆっくりと立ち上がるクローネだった。

 背の低いポロンは手を上に向けクローネを扉へ引っ張っていく。扉を開けて二人は部屋の外へ出た。

 扉の外は薄い灰色で円形の管のような空間に板を貼った廊下だった。左右を向くと廊下の両脇に、四角い小屋が並んで建てられている。


「ここは通炎管つうえんかん廊下なのだ」

「つっ通炎管ですか?」


 首をかしげるクローネ、ポロンはニッコリと微笑んだ。彼女は通炎管という言葉だけを知ってるので意味は知らないのだ。


「こっちなのだ」


 扉から出て廊下の右を指さしたポロンは、クローネの右手を引っ張り連れて行くのだった。しばらく歩くと、廊下の円形の管のような壁の半分ほどがなくなり。天井が開けて広くなった。

 天井が開けて広くなった空間は、真っ赤なゴツゴツした肉のような質感に代わり、歯茎と巨大な牙が見える。


「えっ!? 牙…… ここってまさか……」


 雰囲気が変わった廊下に、顔を左右に動かして周囲の様子を見てつぶやくクローネ、すぐ廊下の二十メートルほど先に灰色の球体が見えた。廊下はその球体へと伸びていく。ポロンはクローネを球体の前へと連れて行く。

 球体の前で止まったポロンはクローネから手を離した。球体には金属の二枚の扉がつけられていた。元から開いていた半円の穴に金属の扉を無理やり取り付けたようで、サイズが合ってなくずれて少し開いている。


「ブリッジはここなのだ……」


 ポロンはうつむいて苦しそうな表情をした。クローネはポロンの様子がおかしいことに気づき声をかける。


「どうしたの?」

「うー! トイレ! ここで待ってるのだー」


 クローネの手をはなしたポロンは、走って廊下を戻っていってしまった。取り残されたクローネ、どうしていいかわからず不安そうな表情を浮かべる。


「……」

「!?」


 球体の中から声が聞こえた。クローネは慎重に扉に近づけ両手をついて、隙間から中を覗き込む。扉の隙間から立っているロックの姿が見えた。横を向いた彼はジッと前を向いている。


「一人しか助けられなかったね……」

「諦めろ。もう俺が乗り込んだ時点で瘴気が蔓延してた。一人でも救えただけもうけもんだよ」

「そうだけどさ……」


 ブリッジにはロック以外にも誰か居るのか会話が聞こえて来た。声からして若い女性で、声は小さくか細い感じがする。ロックが首をかしげている。


「なんだ? 暗い顔して…… はっ!? まさか寄り道したから報酬が減るのか? だったら船に戻って死体を焦ろうぜ。少しは足しになんだろ」

「ロック! ダメだよ。そんな泥棒みたいなことしちゃ。それにうちは健全経営ですから! 少し寄り道したくらいじゃ傾きません!」

「はいはい。ジョークだよ。相変わらずかてえな」


 右手をあげて横に振っていい加減に答えるロック。彼はすぐにいたずらにかわいく笑うと両手を胸の前で合わせた。


「なぁ。報奨金をもらったら折半して……」

「ギロリ……」

「うっ……」


 甘えたような声をだすロックだったが、話相手に睨まれたようで気まずそうな顔をした。


「もう今月のお小遣いなくしたの!?」

「仕方ねえだろ。あのレースは鉄板だったんだよ! なのに…… クソ!」


 不満そうに口を尖らせるロックだった。ロックは捕獲され調教された、動物や魔物が走る賭けレースが好きで、暇さえあればレース場にいきギャンブルに興じている。


「外れたら鉄板じゃないじゃない…… もう。しょうがないわねえ。一割で我慢しなさいよ」

「サンキュー」


 呆れたような女性の声が聞こえる。話しを聞く様子からロックと話相手の女性は親しいようだ。

 クローネは興味津々と言った様子でロックと女性の会話に聞き入っていた。背後から誰かが近づくのに彼女は気づかなかった。


「おまたせなのだ」

「っ!?」


 戻ってきたポロンがクローネに声をかけた。急にポロンに話しかけられたクローネは、驚いて手をついていた扉を押してしまった。

 音を立てて扉が開き、クローネの姿がブリッジにいるロック達の前にさらされる。


「あっあの……」


 必死になんとか誤魔化そうとするクローネの、二メートルほど先にロックが立って、彼の前に一人の女性が立っていた。

 女性は鼻が高く丸みを帯びたタレ目に、青くきれいな瞳の上に黒縁のメガネをかけ、胸くらいまでの長さの青い髪をサイドテールにしていた。

 服装は茶色の靴に白いソックス、ふくらはぎくらいまで覆う青いロングスカートの上は、裾の少し長い丸いボタンがついた襟の白い水色の上着を羽織り、腰の辺りにベルトのついた革の鞄を肩から下げていた。背が低く幼い容姿で年齢は十歳くらいに見えた。

 ロックはクローネを見てニヤニヤと笑い、前にいる女性は心配そうな表情をしていた。


「おぉ! クローネさんが扉を開けてくれたのだ」


 ポロンがクローネの背後から声をかける。少し頬を赤くしてうつむくクローネだった。


「フッ。神官も盗み聞きなんかするだな」

「うっ……」

「もうロック…… ごめんなさい。無神経な人なんです」


 女性が前に出てロックを諌めて、クローネに申し訳なさそうな表情をした。彼女はクローネの前に立つと、スカートの裾をつかんで頭を下げた。


「私は輸送船麗しのヴィクトリア号船長。アイリス・ノームと言います」

「俺はロック。船の護衛だ」


 ロックと一緒に居たのはアイリスという。年齢は二十歳。ロックとアイリスは同じ町の出身で幼馴染だ。二人から自己紹介を受けた、クローネは顔をあげて少し慌てた様子で応える。


「私はクローネともうします」


 嬉しそうにニッコリと微笑むアイリス、彼女の横でロックは静かに見守るように立っている。クローネは二人の顔を交互に見て首をかしげた。


「二人は親子……」

「違うわよ! 幼馴染! 私は二十歳で彼と同じ年できちんとした大人なの!!!!」


 クローネの言葉にアイリスが素早く反応した。先ほどまでにこやかだったアイリスが、眉間にシワを寄せ、クローネの言葉を遮りにらみつける。さらにロックも彼女に続く。


「そうだ! 俺も二十歳だ! じじいじゃない!」

「もっ申し訳ございません。わたくしったら失礼なことを……」


 アイリスと同じようにロックは、不満そうに眉間にシワを寄せ不快な表情を浮かべる。アイリスとロックの反応にたじろぎながら、慌ててクローネは謝りしょんぼりとうつむいてしまった。

 幼い容姿のアイリスト中年の風貌のロックは度々親子に間違われる。二人はそれがなによりも嫌だった。


「いじめちゃダメなのだ」


 クローネと二人の間に入ったポロンはロックをにらみつける。ロックは呆れた顔で首を横に振る。


「ったく…… まぁいい。アイリス船長。後はよろしくな」

「ふぅ。クローネさん。麗しのヴィクトリア号へようこそ」


 腕を組んでポロンに背を向けたロックだった。小さく息を吐いたアイリスは笑顔を作ってクローネに声をかけた。


「私たちは近くにある港町エッラ・アーツィアへ向かっています。そこであなたを教会の聖騎士にあなたを保護してもらうことになると思います。よろしいですか?」

「構いません。私もエッラ・アーツィアへ向かう途中でしたから」

「よかった。じゃあ、船を案内しますね。どうぞこちらへ」


 体を斜めにしたアイリスは、クローネをブリッジの中へ入るように促した。アイリスに促されクローネは前に出て、麗しのヴィクトリア号のブリッジの奥へ向かうのだった。

 ブリッジの奥へ向かう途中、クローネはロックの前で立ち止まった。彼の方を向いたクローネは静かに頭を下げた。


「ありがとうございました。あなたが来てくれたからわたくしは……」


 クローネに礼を言われたロックは、面倒くさそうに首の裏に手を回し、顎でアイリスを指した。


「礼ならそっちに言え。俺は面倒だから首を突っ込むなって言ったからな」

「そうなんですか……」


 そっけない返事に少し寂しそうにするクローネだった。ロックは顎に手を置いて下から上へ、舐めるように彼女を見つめてニヤリを笑う。


「まぁ…… あんたのかわいい下着と大きな胸が見えたから少し得はしたかな」

「……!!!」


 頬を真っ赤にしてうつむくクローネだった。クローネの反応に舌を出して笑うロック、彼はクローネを恥ずかしがらせてからかっているようだ。


「こら! ロック!!!」


 二人の少し前に居た腰にアイリスが振り返り、目を吊り上げ、腰に手を当てて怒った顔でロックを叱りつける。


「おぉこわ! じゃあ俺は先に食堂に行ってるぜ」

「待ちなさい! クローネさんに……」

「じゃあな!」


 アイリスが止めるもロックは背中を向け、ぶっきらぼうに右手をあげ、小走りでブリッジから出ていったしまった。


「もう…… ごめんなさい。無神経な人で……」


 呆れた顔でロックが立ち去るのを見つめた、アイリスはクローネの近くまでやってきて声をかける。彼女はロックの代わりにクローネに謝るのだった。


「でも、本当は違うんです。お礼を言われて恥ずかしいから照れ隠しをしてるだけなんです」

「そっそうなんですか? 私にはとても……」


 必死にロックをフォローするアイリスだった。クローネはロックの態度や様子から、アイリスの言葉を信じられずに居た。


「はい。それにロックは……」


 自信を持ってうなずいたアイリスは、少し間を開けて言葉を続ける。


「船の他の人を助けられなかったことを後悔してます。だからあなたの礼を受け取れないって思ってるんです」


 喋り終わりクローネの方へ振り返るアイリス、クローネに向けた彼女の顔は屈託ない笑顔で満ちていた。

 アイリスの笑顔にロックのことはまだ半信半疑だったが、クローネはこの二人の間にとても厚い信頼があるのを感じるだった。

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