第25話 つき合いやすいかにくいかは、俺が決める
特進クラス2年の綿貫雄馬さんが、ある日突然学園を欠席した。
その日から、週末をはさんだ数日後、綿貫さんは突然学園を退学した―――。
綿貫さんと(元)同じクラスのきよみ女史情報によると、綿貫さんが欠席し始めた日から“退学”するまでの数日間、綿貫さんは学園には来ていない。
つまり綿貫さんは欠席し続けたまま、突然学園をやめた。
そしてこれもきよみ女史情報だけど、綿貫さんが突然欠席するまで、「綿貫さんの様子がいつもと違うように思えた」とか、「体調が優れないようだった」とか、「倒れた」といった異変は全然なく、突然欠席するまでは、いつもどおりの「尽くされたい男・クラスナンバーワンのふるまいをしていた」そうだ。
でも・・・私が界人にプレゼントするために石の注文をしようと思って、綿貫さんに会いに行ったあのとき、綿貫さんの様子は確かにヘンだった。
ほんの僅かだけど違和感を感じた。
それにあのとき私と「正面衝突した」・・ということは、「綿貫さんも」、前をよく見てなかったことになる。
つまり前方不注意になるくらい、考えごとにふけってた・・・。
あのとき私が感じた僅かな違和感って、一体何だったんだろう。
綿貫さんの何に対して「あれ?」って思ったのかな。
要するに、「いつもの綿貫さんらしくない」と思ったから、「あれ?」って違和感を感じたんだよね、私は。
「“いつもの綿貫さんらしくない“ってことは、”優しくない“・・違う。”不親切“・・も違う。”温厚“、じゃない・・・・・・」「雅希」
「・・あ。ごめん。でも綿貫さんのことが気になる」
「なんでおまえがそこまで気にする」
「綿貫さんと正面衝突したときに感じた違和感。あれは“苛立ち”とか“怒り”だったのかもしれない。少なくともあのとき綿貫さんは“温厚”じゃなかった。ほんの僅かで一瞬だったけど、心が“乱れてた”。なんていうか、“イライラ・モヤモヤ・ムカムカ”してる感じ。でもそのとき私も、知らない人からフルネーム呼ばれたり、“感じ悪い”とか言われてイライラ・ムカムカしてたから気づかなかった・・」
「つまり、それは雅希自身の“イライラ”だと思ってたから、綿貫さんの感情を受け取ってたことに“すぐ気づくことができなかった”ことを、おまえは気にしてんのか?」
「そうだよ!だってもし私がそのときに気づいてたら、そのときすぐに“どうしたんですか?”って一言声をかけてたら、もしかしたら綿貫さんは退学しなかったんじゃ・・・」
「さあな。そうかもしれねえし、それでも綿貫さんは学園辞めてたかもしれね。実際起こんなかったから分かんねえじゃん」
「そーそー。“現実として起こること”は、“自分が選んだ可能性”から作られてるって原理、まーは忘れてね?要するに、“仮定の現実”からは“仮定の未来を予測すること”くらいしかできねえってことっしょ?」
「うん・・・そうだね」
忍の言うとおりだ。
「もしこうしていれば」という仮定からは、「こうなっていた“かもしれない”」という仮定の結果を予測することしかできない。
「自分を責めちゃダメだよ、雅希ちゃん」
「そうだぞ雅希。綿貫さんが学園辞めたのは、絶対におまえのせいじゃないから」
「佐渡真珠女史および魁界人氏のおっしゃるとおりです。おそらく綿貫雄馬氏とは神谷雅希女史より多く実際に会っていた(元)クラスメイトの私でさえ、綿貫雄馬氏の“異変”に気づかなかったのです。それなのに、神谷雅希女史が自責の念に駆られてしまったら、(元)クラスメイトとしての私の立場は一体どうなりますか」
「てかさ、綿貫さんは誰にも――つき合ってる彼女にすら――悟られる素振りを見せてなかったんだろ?んなのまーが気づくわけねえじゃんか」
「・・・あ」「今度は何だ」
「まリア充に聞いてみる」
そうだ。綿貫さんとつき合ってるクラスメイトのまリア充(安倍まりあ)なら、綿貫さんのことで何か知ってるかもしれない。その後の展開とか。
「“まリア充”とは」「俺たちのクラスメイトで綿貫さんの彼女」
「忍くんも知ってたの?」
「もちよ。でも安倍ちゃんもよくは知らねーんじゃね?」
「その可能性は高いと思うけど、私より知ってると思うから一応聞いてみる」
「あ、そ」
急いでお弁当を片づけた私は、立ち上がって「みんな」と言った。
「ありがとう。私は先に教室に戻るね。きよみ女史、また明日」
「ごきげんよう、神谷雅希女史」
駆け足で教室に戻り始めた私を呼ぶ、界人の声が聞こえる。
と思ったら、界人はすぐ私に追いついて、私の腕を掴んだ。
「雅希っ!」
「なに界人。私急いでるんだけど」
「俺もおまえと一緒に行く」
「なんで」
「俺はおまえの“彼”だから」
端的に凝縮されたシンプルな界人の返答ぶりに、私は「・・・分かった」と言うしかなかった。
実際は嬉しくて、とても心強いと思ってるのに。やっぱり素直じゃない、私は。
少しほころんでしまった顔を隠すように私がうつむいたとき、界人がそっと手をつないでくれた。
「ったく。おまえはもう忘れたのか?」
「・・・忘れてない」
界人を頼ること。今より「もう少し」だけ。
大体自分から界人に「頼っていい?」って聞いておきながらこれだもん。
ホント私って・・素直じゃない。
「界人」「ん?」
「私とはつき合いにくいでしょ」
「・・は?」
「受信機体質でツンデレで、全然素直じゃなくて・・ううん、素直に“なれない”私って、全然つき合いやすくないよね」
「つき合い“やすい”とか“にくい”とか、そういうの俺には関係ねえよ。てかおまえとつき合いやすいかにくいかは、“おまえ”じゃなくて“俺”が決める」
「ふーん・・。それで界人は私とつき合いやすいの、それとも・・つき合いにくい」
「うん・・・」で言葉が止まった界人を、私は思わず仰ぎ見た。
なぜかニコニコ笑ってる界人に、私は「それで終わりなの」と聞いた。
「え。俺・・」
「じゃあ“つき合いにくい”ってことじゃない」
「いやそうじゃないって!」
「手離してよ!」
「離さない」「界人・・・」
「おまえのことはもう離さないって、俺が決めたことはおまえも知ってんだろ」
「・・・知ってる」
私は界人の胸板に頬を埋めた。
「雅希はつき合いやすいときもあれば、つき合いにくいときもある。俺はそれでいいと思う。やっぱ人には感情の波ってもんがあるからさ、“ずーっとつき合いやすい”ってーのはあり得ねえと思うし。だから俺だってつき合いやすいときもあれば、つき合いにくいときだってあるはずだ。おまえは“つき合いやすい俺だけ”が好きか?」
「ううん。界人のことは全部好き」
「俺も同じ。どんな雅希も俺は好き以上に愛してる。だからさ、おまえは俺のこと、もっと頼って。俺は、おまえが傷つくような感情をおまえには向けないから」
「・・・うん」
「それからおまえは素直に“なれない”んじゃなくて、素直になることに“慣れてない”だけじゃねえの?でもおまえは十分素直だと俺は思うけどなぁ。たぶんツンデレの“ツン”が邪魔してんのかもなっ」
「なにそれ。やっぱり界人も私がツンデレだって・・」
・・・ウソ。なんで・・・。
「・・・雅希?」
「・・あ、ごめん。近江先生がいたから」
「あぁ、2年特進担任の」
「それで思い出した。まリア充に聞きに行かなきゃ」
「そのために俺たちは、みんなより早く教室戻ってるとこだったんだよなー」
・・・この周辺には今、私たちのほかに何人かいる。
距離はかなり離れているけど、それでもやっぱり「近江先生だけが薄く視える」。
これで薄く視えた人は三人目。
そして間接的でも(近江先生に教えてもらってる科目はない)知ってる人が薄く視えたのは、今回が初めてだ。
この意味は一体何なんだろう。少なくとも良い気はしない。
だからとりあえず今は・・近江先生だけが薄く視えることに、何より界人が薄く視えないことに、私はホッとした。
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