第23話 ステキな恋愛してる
「界人っ!」
「・・ナイス、しのぶっ」
忍からのパスを受けた界人が、またゴールを決めた。
これで界人はハットトリック達成だ。
試合が始まってまだ20分くらいしか経ってないのに、特進クラス男子チームはすでに5点獲得している。
それでも「よっしゃーあ!」「もう1点!」と言ってる特進男子チームは、まだ点を取り続ける気満々のようだ。
「すごいね、うちのクラスの男子チーム」
「めっちゃ強いじゃん!」と言う女子たちは、体育の授業内容が、いつの間にか男子のサッカー観戦に変わっていた。
女子担当の先生も自ら率先して男子のサッカーを観戦してるし、相手チームに当たる普通クラスの女子たちの全員が、特進男子チームを応援している有様だ。
「あ、またアレするんじゃない?」
よるちゃんの言ったとおり、特進クラス男子チーム全員が、試合を見ている女子たちのほうを向いてアッパーを繰り出すようなガッツポーズをしたので、3点目を取ったときから女子も一緒に「ボワン!」と言ってる。
その中には先生はもちろん、普通クラスの女子全員も含まれてるし。
「なんか2組のほうは、もう諦めてる感じするね」
「決して弱いわけじゃないんだけど、それ以上にうちのクラスの男子のほうがレベル高いってことか」
「相手が諦めてても、特進男子はみんなフルパワー全開でやってるし」
「しかも楽しそうにプレーしてる」
「うわ、容赦ない」と割り込み言った普通クラス女子の誰かに、「たとえ相手が諦めモードに入っていても、自分たちは手ぇ抜かずにプレーするってことと違いますか」とめぐりちゃんが返してくれた。
私もめぐりちゃんの意見に賛成だ。
「勝ち目がないから」と諦めてる相手に対して、なお点を取り続けようとする姿勢は、さっきの普通クラスの女子のコメントのように「容赦ない」とか「相手をくじく行為」に映るかもしれないし、実際そう捉えている人だっている。
その一方で、めぐりちゃんが言ったように、「相手が諦めていても、自分は手を抜かないでプレーする」と捉える人だっている。
つまり同じ一つの出来事に対して、見かたや捉えかたは人それぞれということだ。
そして私は、めぐりちゃんと同じような捉えかた(見解)をしている。それだけのこと。
だって「相手が諦めてるから自分も全力でプレーする気が失せた」より、「相手が諦めていても、自分は全力でプレーし続けること」のほうが、どんな状況下にいても自分のやる気を保ち続けるという意味では案外難しいことだと思うから。
それに、途中でやる気が失せたプレーをしたけど「それでも勝った」より、全力でプレーし続けて「圧勝した」のほうが、「楽勝の勝利感の喜び度合い」が違うような気がする。
おそらく特進クラス女子は、めぐりちゃんのような考えかた(捉えかた)をしてる人が多いと思う。
さっきナノカが言った「うちのクラスの男子のほうがレベル高い」の「レベル(の高さ)」は、そういう意味だと私は解釈している。
「キャーッ!魁くぅん!」「カッコイ~ッ!!」
「忍くんもすごくカッコいいよ~!」「神谷く~ん!こっち向いて~!」
「あっ、魁くんがこっち見た!!」「いや、今のは絶対ナツコを見てないよ」
「それでもいいのっ。魁くんは私の王子様だから!」
さらに言うなら、チームメイトが「もう勝ち目ないから」と諦めている中でも、自分は全力でプレーし続ける「相手チームのプレーヤー」が、一番強い精神力を持ってると思う。
たとえ「試合に勝つことはムリ」と分かっていても、それでもやる気を保ち続けることは、「勝っていても全力でプレーし続けること」よりもっと難しい気がするから。
今のところ相手チームは全員すでに、諦めモードに入ってるようだけど。
同じクラスの女子たちまで自分のクラスメイトを応援しないどころか、自分たちにとっては相手チームに当たる、いわば「敵」に声援を送ってるのもよく分からない。
負けてたら応援しないってことなのかな。
それだとプレーしてる側は、ますます諦めモードに入ってしまう気がする。
「なんか、すごいね」
「まるで自家発電できそうなくらい非常に熱心な“数々の声援”ですな」
「忍くんは元からこんな感じだけどさ、界人くんの人気ぶりもかなりすごくない?」
「でも雅希っ」「なに、ちなっちゃん」
「あんたは心配しなくていいのよ。界人くんにキャーキャー言ってる人たちって、例えるなら“アイドルに熱狂するファン”ってとこだから」
「つまりこれは“推し活”のようなものだと」「そのとおり!」
「“おしかつ”って何」
「簡単に説明すれば、ファンになったアイドルを応援すること。たとえばコンサート行って、この女子たちのように熱心で派手な声援を送るとか」
「応援小道具も必須だけど、界人くんは芸能人としてのアイドルとは違うからね」
「でもそのうちファンクラブ発足するかもよ」「ありえる~!」
「そのときはこの私が、マネージャーにならせていただきますから。雅希は引き続き、心配しなくていいからねっ」
「ちなっちゃん、実はやる気満々だ・・」「そういうの好きそうだもんねぇ」
「まだよく分かんない」「なにが」
「ファンを応援することのどこが“押し”なの」
「それはね、雅希。“推し”には“他の人にもおススメしたいくらいファンなんです!”という意味合いがあるからよ」
「“一押し”みたいな?」
「そっちの“押し”じゃなくて、“推薦する”の“推”の漢字ね」「ふーん」
「話がそれたけど、要するに界人くんにキャーキャー言う女子たちは、界人くんを恋愛対象としては見てないと、私は言いたかったのよ」
「あ、そう。私は心配してないけど」
「きたっ!この堂々たる態度!」
「これくらいのことで二人の愛の絆は揺らがないよね~」
「でもさー、雅希と界人くんがつき合ってるって知っててもなお、告白してくる男女、いるんでしょ?」
「うん。でもそれはしょうがないと思う。私自身は“誰と誰がつき合ってる”とか、そういうことには全然興味ないから、仮に誰ともつき合ってなくても無関心でいられるけど、“誰と誰”のうちの“誰”が、自分が告白しようと思ってるくらい好きな人だったら、やっぱりショックっていうか・・少なくとも無関心ではいられないじゃないかなって、界人とつき合い始めてからそういう風に考えられるようになった。私としてはすごい心境の変化だと思うんだけど」
「雅希ちゃん大人だー」「達観してる」
「界人くんとつき合い始めてからの雅希はなんていうか・・“丸くなった”、とでもいうのかなぁ。相変わらずツンデレなんだけど」「そうなの」
「分かる!“ツン”の度合い柔らかくなった、みたいな」
「そーそー。雅希ちゃんって元々クールビューティー系なんだけど、そこに“乙女チックな可愛らしさ”が加わった、的な」
「つまり、“キレイ”と“美人”に“カワイイ”も加わったんだね」「それ最強どす」
「あぁ、恋愛には無関心だったイケ
「ついに“評論家”にまで発展した!」「しかも“自称”つき」
「さすがちなっちゃん!“自他ともに認める”でも全然いけるよ!」
「そのうち“恋愛スペシャリスト”とか名乗りそう・・」「すごいありえる!」
「やっぱりこれも“恋愛事”なんだよね」「そうよ雅希っ!」
「ていうか、ポイントはそこか」「そういうことにしとこうよ」
「なんか、界人くんとつき合い始めてから雅希に界人くんの天然パワーが伝染してない?」
「“似たもの夫婦”の原理かな」「真珠も結構天然入ってるね~」
「でもそれ、言えてると思うよ。つまりお互いがお互いに影響を与え合ってるってことだよね。良くも悪くも」
「そういうこと。だから雅希は今、とってもステキな恋愛してるってことよ」
「じゃあ・・界人も今、ステキな恋愛してるってことになるのかな」
「キャーッ!あの雅希が照れてる~!」「しかも雅希が言ったセリフとは思えない~!」
「めっちゃカワイイぃ~!!」「もし私が男だったら絶対惚れてる!」
「そうだよ雅希。界人くんってすっごくイイ男ってことだね。あのツンデレ雅希をここまで素直にさせちゃうんだからっ」
・・・言うんじゃなかった、いや。
言う「とき」と「場所」を言う前に考えるべきだった・・・。
でも、仲良くしているクラスメイト全員(今は女子だけ)から、私だけじゃなくて界人のことも褒めてもらったことはとても嬉しい。
だから私の顔は、自然とほころんでいた。
「ところでさ、次はクラスのみんなで花火大会行こうって話だけど」
「あぁ、あれはやっぱ止めといたほうがいいんじゃない?」
「そうよね~、やっぱ花火大会っていうのはカップルで行くデートスポットだから」
「雅希は界人くんと行くんでしょ?」
「行かない。私は人多い場所苦手だから」
「あ、そうだったね」
「確かに花火を見に来る人は大勢いるから、雅希にとっては鬼門だよね」
「残念!雅希の浴衣姿見たかったのになぁ!」
「トトさま、それ完全に男目線のコメントだよ」「しかもアヅチが言いそうな」
「そっか。私じゃ役不足ってことだね」「ちょっと違うけど」
「まぁでもさ、花火大会はあと2ヶ月くらい先の話だから、行くかどうかは後で話しても良くない?男子も交えて」
「そうだね~」「賛成!」
界人は花火大会に行きたいかな・・お弁当を食べるときにでも聞いてみよ。
と、私は頭の中にメモした。
そのとき、いつの間にか私の隣にいたクラスメイトのまリア充(安倍まりあ)が、私を小声で呼んだ。
「ねぇ雅希」「なに、まリア充」
「あのさ、ちょっとヘンなこと聞くけど」「うん・・」
「最近、雄馬くんと会ったか連絡取ったりした?」
「ゆうまくん・・・?って誰」
「えっ、そう来た!?」
「まりあが言ってるのは綿貫雄馬さんでしょ、特進2年の」
「あぁ、綿貫さんのこと。私、“綿貫さん”って呼んでるから名前知っててもすぐには思い浮かばなかった。えっと・・そういえば、あのときから綿貫さんとは会ってないな」
「“あのとき”って?」
「ウワサになったでしょ、一時期」「うん」
「もちろんウソのウワサだったけど、あのとき私、石を注文するために綿貫さんと会って、それ以来綿貫さんとは偶然でも会ってない」
「じゃあ最近雄馬くんから連絡来たか、雅希から雄馬くんに連絡してみた?」
「ううん。私は綿貫さんの番号知らないし、綿貫さんも私の番号知らないから」
そういえば、あのとき私が注文した石はどうなったんだろ。すっかり忘れてた。
でも私のほうは12月までに買えればいいから・・それより今はまリア充だ。
「そっか・・・。まあ一応聞いてみようと思って聞いてみただけだから、“やっぱり”っていうのが本音だけど」
「なんでまリア充が綿貫さんのことを私に聞くの」
「雅希は雄馬くんと交流あるから。もちろんあのウワサはウソだって知ってるよ!だって私・・雄馬くんとつき合ってるから」
「あ。そうだったの」
「ていうか、うちのクラスで知らないのはたぶん雅希だけだよ」
「え。そうなの」
「雄馬くんのことは子どものころから知ってた。ていうのも父親同士が交流あったからさ」
「お父さんたち政治家だもんねー」
「うん、そのつながりで。まぁそれから徐々に仲良くなって、ていう定番のパターンになって」
「つまり幼馴染から恋人同士へ発展」「そういうこと」
「分かった。けど綿貫さんがどうかしたの」
「実は・・昨日から雄馬くんと連絡取れなくて。今日は学園にも来てないみたいだし。気になって今朝雄馬くんちに行ってみたんだけど、まさかの門前払い扱いされてしまったのよ」
「え?」「それマジで!?」
「まりあちゃんと綿貫さんがつき合ってるってことは、綿貫家の人たちも知ってるんでしょう?」
「うん。少なくても雄馬くんのお母さんとお姉さんは知ってる」
「それは確かにヘンだね」
「ごめん。私はまリア充ほど綿貫さんとは仲良くしてないし、会ってもいないから力になれない。けど2年特進の人と昼休みに会うから、綿貫さんのこと聞いてみる」
「ありがとう、雅希」
体育の後が昼休みだったので、私はすぐきよみ女史に綿貫さんのことを聞いてみた。
「綿貫雄馬氏は本日欠席です」
「そう」
「おそらく初めてのことではないかと」
「なにが」
「綿貫雄馬氏が欠席したことです」
「ふーん。理由聞いてる?」
「いえ、何も」
そのとききよみ女史は、そう答えた。
けれど翌週――正確にはそれから3日後――、きよみ女史はこう言った。
「綿貫雄馬氏は学園を退学したそうです」と。
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