第22話 好きな人を愛することは恥ずかしいことじゃない
なんで・・どうして私は人が「薄く視えるときがある」んだろう。
それも私が見た人全員じゃないし、毎日その現象に遭遇もしてない。今のところは、だけど。
さっきの女の人の場合はトイレの照明加減のせいでそう見えた「ような気がした」・・?
いや違う。
あれ以来、ずっとあの現象に遭遇してなかった――つまりさっきのが二回目だ――から忘れてたけど、初めて薄く視えた宅急便のおじさんは「外」にいたから、明かりがどうとかっていう話じゃないはず。
そしてその現象に遭遇する場所や時間も「突発的」だから、予測するのは不可能・・・。
「・・・き。おーい・・雅希?どうした。気分悪くなっ・・」
・・・あの女の人を追いかけて、私はどうするつもりだったんだろ。
仮に女の人を見つけたとして、それから私は・・・どうすればいいの?
分からない。
この事実にショックを受けた私は、咄嗟に界人に抱きついていた。
そして界人は、突然自分に抱きついた私を、なんの躊躇もなく、その逞しい体で難なく受け止めてくれた。
「気分悪くなった?」と私に優しく聞く界人の低い声が、私に少しずつ落ち着きを取り戻してくれるけど、まだしゃべりたくない。
だから私は、「ううん」と言う代わりに、界人の胸板に顔を埋めたまま、顔を小さく左右に振って否定した。
「なんか怖いもんでも見たのか?」という界人の問いかけにも顔を左右に振って否定したけど、「じゃあ嫌な目に遭ったのか。おまえ震えてるじゃん」と言った界人の声は、さっきよりもさらに声が低く、そして硬くなった気がする。
それにさっきよりも優しさが減った分、怒りの感情が少し加わってるようだ。
けど私が界人の怒気を受け取ってしまって気分が悪くならなかったのは、その直前に受けたばかりの心理的なショックのほうが大きかったことと、界人は私に対して怒っているんじゃないことが分かってるからだ。
でも、その問いかけに対しても、私が顔を左右に振って否定したことに安心したのか、「座ったほうが良くね?」といってくれた界人の声は、また普段通りの優しい低音に戻っていた。
「そこに座っても俺に寄りかかってていいんだぞ?」
「・・もぅ少しだけでいいから、このまま・・」
「俺は全然いいよ」
ちょうど界人の左の胸板あたりに私の右耳が当たってるせいか、界人の心臓の鼓動をハッキリ感じることができる。
規則正しくて安定したリズムを刻むその音を聞くたび、落ち着きを取り戻していく私は、安心して目を閉じた。
「今日のデートで確信したこと、その1。おまえはピンク色が好き」
「うん。界人」
「ん?」
「ありがとう」と言おうとした私は、息を吸って、吐いて・・そう言わなかった。
「雅希?」と言う界人の低い声が、私の頭上から聞こえる。
素直になろう。
もっと自分の気持ちを素直に伝えていいよね?
「好き」
そう私が言った途端、私を受け止めてくれている界人の腕に、より少しだけ、力がこもった。
「・・・ずるい」
予想外だった界人の「コメント」に、思わず私は界人に抱きついてる状態で、界人の顔を見上げた。
「なんで“私が”ずるいの」
「おまえに先越されたから。俺が先に“好きだ”って言おうと思ってたのに。“確信したことその2”で」
「どっちが先でもいいじゃない。競争じゃないんだし」
「それもそうだな」
顔を見合わせていた私たちは、クスクス笑っていた。
でも不意に笑いを止めたのは、界人が先だった。
「雅希」
「・・なに界人」
「愛してる。俺・・おまえのこと、“好き”以上に愛してる」と界人に言われて、私は涙声で「・・・ずるい」と返すのが精一杯だった。
「えーっ!?なんで俺がずるいんだよー。こういう告白は、男の俺が先に言うもんだろ?」
「競争じゃないって言ったばかりでしょ」
「俺は競争してる気ねえもん」
「それに私は競争がずるいって言ってるんじゃないの」
「じゃあ何が、どうして、“俺がずるい”になるんだよ」
「こういう公共の場所で、いきなり告白することがずるいって言ってるの。人気が少ないからまだいいけど・・・」
「誰かに聞かれたら恥ずかしい?」と界人に聞かれた私は、顔を左右に振って否定した。
「好きな人を愛することは恥ずかしいことじゃないもん」
「・・・やっぱおまえのほうがずるい」
「なにそれ」
また私たちは顔を見合わせて、クスクス笑った。
その後また告白し合い・・はしなくて、私たちはすぐそばにあるベンチに腰かけた。
「落ち着いたか」
「うん。父さんに連絡する」
「俺さっき頼雅さんにメッセ送っといた。あと15分くらいで来るって」
「そう。ありがと。ねえ界人」
「ん?」
「さっきのこと、父さんには言わないで。念を受け取って気分が悪くなったんじゃないから」
確かに今は、人が薄く視える突発的現象に対して、どうしたらいいのか分からない。
薄く視えた人に何を聞けばいいのか・・。
そもそも薄く視える人自身にとっては、それこそ突拍子もないことだし、私だけがそう視えてるんだから、その人自身に「自覚症状」なんてないはずだ。
そんな人(たち)に対して「実はあなたのことが薄く視えるんですけど」なんて言ってしまったら・・・別の意味で怖いし、私や界人の将来が、いろいろ面倒なことになるのは確実だろう。
第一人が薄く視えるという「意味」だって分からない。私自身も、薄く視える人自身も、お互いに。
「ホントに頼雅さんに言わなくてもいいんだな?」
「いい。大丈夫」
今のところ分かるのは、何かが私の身に起こってるということと、これは私の霊力に関することだということくらい。
だからこそ、父さんには言ったほうがいいのかもしれないけど・・・今は誰にも言いたくない。
父さんや叔父さんたちも対処法は知らないと思うし。
ましてやその現象を「完全になくす方法」なんて、果たしてあるのかどうか・・。
でも、突然始まった現象だから、終わりが来る(止む)のも突然かもしれない。
・・・というのは私の淡い期待に過ぎないかな。
はぁとため息をついた私を、界人は自分の肩に寄りかからせた。
「俺は何があってもおまえのそばにいる」
「・・うん」
私は界人に護られている。
そして界人は私を護ってくれている。
ただ私のそばにいてくれる、それだけでいい。でも・・・。
「もうおまえから離れないし、俺は離れたくない」
「ありがとう界人。もう少し」
「ん?」
「もう少し、界人を頼ってもいい?」
「“もう少し”じゃなくて“もっと”俺を頼れっての。今は全然足りねえよ」
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