第21話 また人が薄く視えた
結局界人がうちを“訪問”したのは、ゴールデンウィーク初日だけだった。
でもいい、一度だけでもうちに招き入れたことで、界人は私の生涯のパートナーとして正式に認められたんだから。
しかも界人をうちに招いたのは私の父さんで、父さんは界人を「自分の娘の未来の夫」と認めてくれているだけでなく、界人のことをすでに「家族の一員」として受け入れてくれている。
元(過去生では)ホントの親子だっただけあって、二人は今世でも「父と息子」のように仲が良い。
「ねえ界人」
「ん?」
「界人は私と一緒になったらうちに住むことになるけど、それでもいいの」
「全然いいよ」
「うちは家族人口多いけど」
「俺、大人数の中で賑やかに暮らすのは慣れてるし」
「そうなの」
「うん。ほらうちの両親、宮城に移ってから“みんなの家”を運営してるだろ?」
「あ、そうだったね」
「施設の子たちと同居はしてなかったけどさ、俺もときどき手伝いに行ってたから。そういう意味で大家族と同居することは慣れてるよ」
「そう」
界人のご両親がアメリカから宮城に引っ越して、「みんなの家」の運営を始めたのは、父さんの元上司だったナツノさんの要望があったから。
それがきっかけで界人は「ゼロ課」という存在を知って興味を持ち、将来はゼロ課で働きたいと思うようになった。
だから界人は、高等部の入学式で私と9年ぶりに再会する「前」に、父さんとすでに再会を果たしていただけじゃなく、宮城に住んでたときから、私には内緒で連絡を取り合っていたのだ。
入学式の日、倒れた私を保健室に運んでくれたときには「二人とも」そういうそぶりを全然見せなかったくせに。
父さんと界人が仲良いのは、「元親子」だったからだけじゃなかったんだ。でも・・・。
「界人はいいの」
「何が?」
「父さんと同居するだけじゃなくて、仕事も一緒なこと」
「別に俺はいいけど。ってことはさ、もしかしたらおまえより頼雅さんと一緒にいる時間のほうが長くなるんじゃね!?」
「確定でしょ。だから色々気を使うことになるんじゃない?」
「かもな。まぁそれでもどうにかなるよ。俺が気を使うってことは、頼雅さんだって俺に気を使ってくれてることになるわけだし。それにおまえも言ってたじゃん。“一緒に住んでる家族なら、お互いに仲良くしたいと思う”ってさ。俺もおまえと同意見」
「よく覚えてたね、歓迎会で言ったこと」
「そんなすげー前の話じゃねえ・・よな」
「歓迎会したのは“もう”一ヶ月くらい前になるよ。なんか、“まだ”一ヶ月くらいしか経ってないって気もするけど。ヘンな感じ」
「そうだよなぁ。時間経つのが早えから、日にち過ぎるのもめちゃ早く感じるけど、ときどき“まだこれだけしか経ってないのか”って思うときもある」
「だよね」
「けど俺、今は早く時間が経ってほしい。早く時間が経って、早く月日が流れていって、そして早く・・大人になりたい」
最後のほうはボソッと呟くように言った界人の「たぶん独り言」の部分まで、私にはちゃんと聞こえていた。
だから私も「独り言」のように呟き返した。
「私も」って。
そしたら界人が私の手をつないでくれた。
界人の手は(手だけじゃないけど)私より大きくて温かい。
つながれているのは手だけなのに、界人の優しさで全身包み込まれてるみたいに心地良い。
「大丈夫か」
「うん。界人の読みどおり、人が少ないから気分悪くないよ。それに界人が手つないでくれてると落ち着くし」
「そっか。良かった」
こうして歩いてる私たちは、はたから見たら「
なんて思ってるうちに、目的地の店に着いた。
どこで服を買うか検討した結果、「
TAKUのシャツ類は形や色の種類が豊富だし、サイズ展開も豊富だから、私みたいな「痩せてるくせに胸はデカい女」の体型でも服を「選んで」買うことができる。
・・というのは、うちの女性陣の中で一番オシャレな未久おばちゃんと、現役モデルの誠叔父さん(父さんの弟。誠叔父さんは6人兄弟の末っ子だ)情報およびアドバイスだから「確実」と言える。
未久おばちゃんは声優が本職だけど、未久おばちゃんのお母さん(栄二叔父さんと結婚する前に亡くなってる)が昔モデルをしていたそうだ。
未久おばちゃんがファッションセンス良いのは「血筋」なのかもしれない。
未久おばさんの息子の一人である一兄ちゃんも、モデルのバイトしてるし(でも一兄ちゃんは声優を目指していて、声優養成所に通う費用稼ぎのために、モデルのバイトをしている。栄二叔父さんも声優だし。これもやっぱり血筋なのかな)。
だから一兄ちゃんのファッションセンスも悪くはないと思う。
少なくとも私が服を借りれる対象になるくらいのセンスはある。なんて、ファッションセンスのない私が言うのもなんだけど。
それにしても広い。全店舗、こんな感じなのかな。
でもTAKUは衣類だけじゃなくて、雑貨や小物、食品や飲料とかも売ってるマルチなお店だから・・。
初めてこの店舗の「TAKU」を訪れた私は、思わず顔を左右に動かして、広い売り場を見渡そうとしていた。
「えーっと、“Ladies”はこっちだな。行こ、雅希」と界人は言いながら、私とつないでいる手を軽く引っ張って合図した。
「あ、うん。ねえ界人」
「ん?」
「界人はこの店、来たことあるの」
「今日で二回目。いつもはうちに近いほうのTAKUに行ってるよ」
「ふーん。そっちのTAKUもこんな感じなの」
「“こんな感じ”って?」
「広いの」
「そうだなぁ。こっちのTAKUのほうが品揃え豊富な気するけど、まあどこも似たようなもんじゃね?」
「ふーん。私一人で来てたら迷子になりそう」「じゃあおまえが慣れるまでは俺必須な」なんて言ってるうちに、私たちは“レディース”のコーナーに到着した。
「今日は何買う予定だ?」
「えっと、ズボン類。ジーンズとか」
「よし。じゃあそこから物色開始だな」
界人に見守られながらズボン類を見た結果、私は紺色に近い藍色のジーンズ1本と、同じような色をしたワークパンツ1本を選んだ。
「これとこれにする」
「決めるの早いな。って雅希、ちょっと待てよ。どこ行くんだ?」
「レジ」
「いやいや。買う前に試着しよう。な?サイズ合わなかったらどうすんだよ」
「さっき鏡の前で合わせてみたけど。それじゃダメ?」
「ダメっていうか、それだけじゃ不十分だって」と界人が説得しても、私の顔はまだ、ムスッとしたままだ。
「特にズボンは実際着てみないと、サイズが合ってるかどうかは分かりづらいから」
「・・・」
「それに、仮にサイズは合ってたとしても、実際に着てみないと自分に似合ってるかどうかまでは、ただ鏡の前で合わせてみただけじゃ分かんねえだろ?だから“試”しに“着”てみる必要があるんだよ」
「・・・」
「今はまだ人少ないから大丈夫。試着室まで俺も一緒に行くから」
ここまで説得されたら応じるしか・・しょうがない。
いちいち納得してしまうことを界人は言うし。
それに、私はまだ、気分悪くなってないし。
界人から、「雅希?」と問うように名前を呼ばれた私は、渋々と言った感じで「・・分かった」と言った。
10はある試着室のカーテンは、すべて開いていた。
その中の、出入口に一番近い部屋を私は選んだ。
そこを選んだいたって単純な理由は、そのすぐそばに、「待ち人用の椅子」があったから。ただそれだけ。
制服のキュロットだけを脱いで、買う“今のところは予定の”ジーンズを試着した私は、試着室の白いカーテンを開けて「界人」と呼んだ。
「待ち人用の椅子」に座って待っててくれたのだろう、界人はおそらくそこから立ち上がると、私のところへ来てくれた。
「どうかな」
「似合ってるよ。サイズは合ってるか?」
「うん。でもなんかタイトな感じしない?」
「俺が見た感じはそんな風に見えねえけどな。おまえはタイトな感じがするのか?」
「しないけど。“タイトな感じ”っていうよりなんていうか・・足のラインがハッキリわかる気がするんだけど」
「そちらはスリムタイプのジーンズですので、足にフィットするようなデザインになっております~」
試着しているお客が他にいなかったからか、いつの間にか「試着室の番人役」の店員(見た目20代くらいの若い女性)が私たちのところへしれっとやって来て、試着談義に参加していた。
でもこの人から「嫉妬」や「ひがみ」といった気や念を私は受けてないから、この人はTAKUの一店員として純粋に、服のアドバイス等をしに来ただけなのだろう。
「あ、そうですか」
「おまえはこういうタイプのジーンズ好きか?」
「うん・・・動きにくいって思うくらい窮屈じゃないし。まあいいかも」
「すげー他人事っぽく言った」
「お客様はとても足が細いうえに、ラインもおキレイでいらっしゃいますので、もう一段階スリムなタイプのジーンズもお似合いだと思いますよ~」
「どうする?着てみるか?」
「ううん、いい。これ以上“スリム”だったら落ち着かない」
「だそうです」
「承知いたしました~」
「じゃあ次の着る」
「俺はそこで待ってるからな」「うん」
スリムタイプのジーンズを脱いで、次のワークパンツを履いてる間、「彼女です」「すごくお似合いのカップルですね!」「そうですか」「彼氏さんは彼女さんを優しくリードされて、とても頼もしく見えますよ」という二人の会話がカーテン越しから聞こえて、私の顔がついほころんでしまった。
結局私は、次に着たワークパンツと、ズボンの試着を終えた後に物色して見つけたピンク色の半袖Tシャツ2枚を買った。
ワークパンツを選んだのは、スリムタイプのジーンズより「ワイドなデザイン」だったから。動きやすいのはもちろん、制服みたいに足の中でも腿あたりのラインがパッと見、分からないのは気分的にも落ち着く。
それに両サイドのポケットは深めだから使いやすそうだし、膝近くのあたりにもポケットがついてるのは便利だ。そこを使うかどうかは別として。たぶん使わないと思うけど。
「未久おばちゃんと誠叔父さんが言ったとおりだった」
「なにが?」
「Tシャツ。色とかデザインとか、種類がいっぱいあったから、私でも選ぶ余地があったもん。これSサイズなのに窮屈な感じしないし」
「どうやらおまえにとって“窮屈じゃない”と“便利”は、服選びの重要なポイントらしいな」
「そうかも。でもこのワークパンツ、ポケットがたくさんある分、洗濯したら乾きにくいっていうデメリットもあるんだよね。そこまで考えてなかった」
「実際洗ってみないと分かんねえだろ。俺もそれのメンズ持ってるけどさ、今んとこ一日干しときゃ乾いてるよ」
「それならいい。出かけること自体ほとんどないし」「結局そこかよっ」
「それに界人とおそろいだから」「・・・色も同じだからな」
「ふーん」と私は言いながら、“私も”少し、照れていた。
「界人」
「ん」
「帰る前にトイレに行っておきたいんだけど」
「じゃあ俺も行っとくか」
というわけで、迎えに来てくれる父さんを待つ間、私たちはトイレに行くことにした。
なんかこれって「デートっぽくないデート」っていうか「これこそ実用的」って言うべきなのか。
まあ・・「現実的」、だよね。
自分で行き着いた結論がちょっとおかしくて、つい顔をほころばせながら手を洗っていた、そのとき。
私と同じく「用」を終えてトイレから出てきた女の人が、私の隣の水栓で手を洗い始めた。
そのこと自体は別におかしくない。むしろごく普通で当たり前のことだ。
でも・・・隣にいるから自然と見えてしまう、鏡に映っているその女の人の顔が、私にはどうしても「薄く」視えてしまうのは、「ごく普通で当たり前」だと絶対に思えない・・・。
ていうか、これは「絶対におかしい現象」だよね。
だって鏡じゃないほうの「本体」も、(チラ見して確認した)私には薄く視えてるし。
本体が薄く視えるから、鏡にも同じように薄く視えて(映って)るってことだよね。
でもそれ自体がすでに普通じゃない。絶対におかしい現象だ。
自動的に止まった水を合図に、私の後から出てきた「おそらく私だけが薄く視える女の人」のほうが、私より先に行ってしまった。
・・・そうだ、ここで呆然と突っ立っててもしょうがない。
私はその女の人を追いかけるように、速足でトイレを後にした。
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