第20話 今世の約束は、過去生から持ち越した約束でもあった
私はただ、「つい自分ちみたいに思っちゃって。ハハッ」「気が早ぇんだよっ」と言い合いしている父さんと界人を見ながら突っ立っていた。
なんで界人がうちの玄関にいるの?
しかもなんで父さんが、界人をうちに連れてきたの?
「・・き。雅希」
「あ。なに、父さん」
「おまえがいてよかった。界人に塩撒いてやれ」
「・・・うん」
「神谷家のルールその2。家出るときと帰ってきたとき、家にいるヤツに玄関で塩を撒いてもらう」
「塩?ですか」
「ああ。フツーの天然塩だから人体に害はねえよ。だが天然塩には邪気を払う作用がある。応急処置程度だがな」
「なるほど」
「でも帰宅したとき、夜遅かったり朝早過ぎたり、誰もいないときもあるから、帰ってきたときは基本、自分で塩を撒いてもいい」と説明する父さんに、界人は真面目な顔して聞きながら「はいっ」と返事をした。
「おまえは“まだ客人”だから、うちのヤツに塩撒いてもらうこと。誰もいねえと思ったから俺が撒いてやろうと思ってたが。やっぱおまえ、強運の持ち主だな」
「え。なぜに?」
「初めての“お宅訪問”で俺の娘に塩を撒いてもらえたからだよ」
「あぁなるほど~」
「いらっしゃい、界人。私は父さんが言った意味がよく分からないんだけど」
「ありがと雅希。なんかジンクスみたいなもんじゃねえの?“予定外に会えて嬉しい”っていう。そうでしょ?頼雅さん」と界人に聞かれた父さんは、界人の顔を2・3秒じっと見た後、クスクス笑いながら「まあそういうことにしとくか」と言った。
「それより父さん」
「なんだよ」
「なんで界人と一緒なの。ていうか、なんで界人をうちに連れてきたの」
「こいつが“うちに来たい”って言うから連れてきた」
「頼雅さんが最初に“うち来るか”って聞いてくれたんだよ。俺、雅希が家にいるって知らなかったし。だから来て良かった!ってあ、そうだ。俺まだ“お邪魔します”って言ってなかった」
「こういうのを“天然”って言うのか」と真顔で聞いた父さんに、私は「うん」と言って頷いた。
「頼雅さんまで俺を天然扱いしてる・・」
「それより父さん」
「なんだよ」
「まだ最初の質問に答えてない」
「あぁ、界人は俺のチームと一緒にフィジカルトレーニングを受けてるからな。一応ゴールデンウィーク中は毎日だが、こいつはまだ候補生だし、バイトあるって言ってるから午前中だけ・・・ん?もしかしておまえ、こいつから聞いてないのか」
「聞いてない」
「界人」「はいっ」
「てめえ、まだ雅希に話してなかったのか」
「え!だって今はまだ口外禁止って・・」「誰がそう言った。あぁ?」
「・・誰も言ってません」
「ったく。まあでも“話していいのはゼロ課の事を知ってる身近な関係者だけだ”ってーのは確かに言ってたからな。口が堅いという点は褒めてやる」
「ありがとうございますっ」
「ったく。俺が話すか、それともおまえから話すか」
「俺の事なので俺から話します」
「よし。じゃあひとまずそこで手ぇ洗うぞ」「はいっ」
キッチンに向かった二人の後ろ姿を見た私は、つい顔がほころんでしまった。
だって父さんと界人は、まるで親子みたいに仲良くしてるから。
それに二人はなんだか似ている。
鍛えている外見もだけど、まとう雰囲気と発している波動がとてもよく似ている。
力強くて優しくて、純粋な波動。
波動だけを視た(感じた)ら、「血のつながった父と息子」と言っても通用するんじゃない?というレベルだ。
そんな波動を持つ父さんが好きだから、私は界人に強く惹かれているのかもしれない。
「二人ともお昼食べたの」
「まだ食べてねえよ」
「じゃあ用意するね。界人も食べるでしょ」
「もちろんっ。やったぁ!雅希の手料理食べれるとか、やっぱ俺、今日は特に強運だ」
「あれは思いつきで言ったんだが・・こいつ、信じたのか」
「界人、その言いかたヘンだよ」
「え。どこが」
「この場合は“強運”より“ラッキー”とか“幸運”のほうが合ってる気がする」
「そうかあ?」
「どっちでもいいだろ。悪いこと言ってねえし」
「そうだね」
「あっさり引き下がった!」という界人のツッコミを聞きながら、今度は私がキッチンに行った。
そして二人はダイニングチェアに座った。
キッチンとダイニングの間は三分の二ほど壁で仕切られているけど、ほぼ続き部屋と言ってもいい。
キッチンにいてもダイニングにいる人たちの話声は聞こえるし、逆も言える。
「うわぁ、キレイにしてますねー。床はピカピカだし、柱とかツヤ光してる!」
「俺の娘が毎日掃除してくれるおかげだ」
「好きなの。一人で黙々とできる単純な作業が。それに拭き掃除って、拭くだけキレイになるって効果が目に見えるでしょ。単純な作業をしてるだけなのに。そういうのも好きなんだ」
「なるほどなぁ。なんか筋トレと似てるな」
「かもね。トレーニングの後だったらお腹空いてるでしょ。すぐ用意するから」
「こいつの言う“すぐ”って、ホントすぐだから」
父さんが言ったとおり、私は5分ほどで三人分のお昼を用意した。
朝作った豚汁は温めただけだし、ごはんは具(梅干)を挟んで握っただけだし、ブロッコリーはゆで終えてたから、この中ではたまご焼き作りに一番、時間がかかったと思う。
「いっただっきまーす!・・・んん、あったかいたまご焼きもウマい!」
「よく噛んで食えよ」「ふぁーい」
「父さんと界人のほうがホントの親子に見えるね」
「だろうな。過去生ではホントに親子だったからな」
「ホント?」「マジですか!?」
「ああ。もちろん、俺がおまえの父親で、おまえが俺の息子だった」
「へえ。じゃあ俺って、過去生でも男だったんですね」
「ツッコむところはそこなんだ」
界人は「浄化」って聞いても驚かないどころか普通に受け入れてたし、父さんと、世間話をするように、「過去生」の会話をしてる。
やっぱり天然だから?なのかな。
とにかく全然引いてないのは、「さすが界人」って言えるかも。
「おまえは自ら志願して激戦地に行っちまって親だった俺より早死にした、親不孝な息子だったんだぞ」
「それは・・すいませんでした」
「ま、そういう時代だったからな。しょうがねえよ」
「そういう時代って?」
「健康な若い男子はみんな戦場に駆り出されてた時代だ。本人の意思には関係なく」
「そう」
「だから界人」「はい」
「おまえがまだ幼いガキのとき、いじめっ子どもから殴れてたり蹴られても、なんも仕返しをせずにただ耐えてたのは、おそらく過去生からの“持ち越し”だ」
「“過去生からの持ち越し”?ってことは、カルマというやつですか」
「カルマというより“課題”のほうが近いな。おまえが今世で人と争うことを好まず、誰かと戦うことを極力避けているのは、過去生での戦争体験が影響してると言っていい。つまり、過去生での戦争体験を通して相手を傷つけることに対する恐怖心や、戦争を行うことに対する罪悪感を、今世に“持ち越した”ってことだよ」
「はぁ」
「要するにおまえは、“相手を傷つけるくらいなら、自分が傷つくほうがまだマシだ”と考える傾向が強いってことだな」
「あ、確かに・・俺、そう思ってた」
「だから言ったでしょ、界人は昔から強かったって。相手より自分のほうが腕力強いって分かってたから、もし自分が殴り返したり蹴り返したら、相手に大怪我させてしまう。だから傷だらけになっても一切仕返しはしなかったんだよね」
「だからと言って、おまえや忍が界人の代わりに“仕返し”する必要はなかっただろーが」
「私の腕力なんてたかが知れてるもん。それに忍はあのころから自分の手や腕を怪我するような“危険なこと”はしてなかったし」
「じゃあおまえ一人で仕返ししてたってことじゃねえか」
「そんなことない」
「実は一番とばっちり受けてたのは忍だったのか・・・。ようやく明るみに出た衝撃の事実ってやつだな、こりゃ」
そうだ。界人は昔から強かった。
痛みに耐える強い意志と腕力、そして優しい心の持ち主だ。
「(4歳から6歳の)界人くん」が、いわゆる肥満児だったのは、たぶん脂肪が衝撃や痛みを和らげる「クッション」みたいな役割を果たすためだったのかもしれない。実際役に立ってたのかは分からないけど。
界人をいじめてた子たちは、ボコボコにすることで「勝った」という優越感を抱いてたかもしれないけど、実は界人のほうが「負けたようで勝っていた」。
だってあのときから界人は、自分の「主義」と「意志」を貫き通していたんだから。
そして界人はそのことに気づいてた――。
「ちなみに、そのときもおまえたちは恋人という関係でつながりがあった」
「え。そうなの。じゃあ過去生の界人と私は結婚・・」
「までは残念ながらできなかった。こいつが戦死したから」
父さんに親指をさされた界人は、私に「ごめん」と言って謝った。
「戦地に行く前、おまえたちは結婚する約束まではしてたけどな」
「つまり過去生の界人と私は婚約までしていた仲だったの」
「そう。しかし“戦争から無事戻ったら結婚しよう”という約束は果たせなかった。おそらくそれも、過去生からの“持ち越し”だろう」
「そっか・・」
界人は、というより誰も、基本的に過去生のことは覚えてない。
過去生を覚えている状態で生まれ変わっていたら、記憶が混乱してしまう。
それでも界人は今世“でも”、私と出会ってくれた。
今世では「幼馴染」から、お互いに惹かれあって、今世でも「恋人」という関係になった。
過去生では戦場に行くことで、今世で幼かった界人は引っ越したことで、界人と私は一旦離れ離れにならざるを得なかったけれど、それでも今世では再会することができた。だから・・・。
過去生で果たせなかった「約束」を、今世では果たすんだ。
「あ」
「どうした雅希」
「今世の界人“も”私にプロポーズしてくれた」
「マジか」「
「父さんも“分かってる”くせに」
「だから界人をうちに連れてきたんでしょ」とまでは言わなかった。
代わりに私は父さんに「ありがと」と言った。
父さんも、私たちがゆくゆくは結婚することを認めてくれてるから。
もし「結婚という手続き」までしなくても、私たちは事実上、結婚したも同然の関係だ。
もちろん現段階では「婚約したも同然」の関係、とでも言ったらいいのかな・・とにかく今、界人と私が「つき合ってる恋人同士」なのは事実。
今世では(でも?)そういう絆でつながってるのは間違いない。
「それより界人は私に言うことがあるんじゃないの。プロポーズのほかに」
「あっ、そうだった!えっと。俺、将来ゼロ課で仕事するって決めたんだ」
「・・・もしかしてそれがこっちに戻ってきた理由だったの」
「違う!ってかまあそうだけど。でもそれ“だけ”じゃないって意味では絶対違う。俺はおまえと結婚したいからこっちに戻ってきた。それが最大の理由その一。ゼロ課に入りたいっていうのは、おまえと結婚することよりもそんなに大事じゃないっていうか・・・」
「ふーん」「そうか」
「いやそうじゃないです!けどなんていうか・・俺、頼雅さんと一緒に仕事したいし、ゼロ課っていう仕事の内容も興味あって。もちろん“興味がある”ってだけでやっていける仕事じゃないっていうのは分かってます。だからこそ、今から体と精神を鍛えてもらって、できる限り長くゼロ課で置いてもらいたい、俺を使ってもらいたいと思ってます」
「今からな」「はいっ」
「おまえが警察の道を選ぶってのは、やっぱ過去生の影響だろうな」
「今度は刑事として拳銃を持つってこと?」
「まあそういうことだ。武器の使いかたに限らず人とどういう形で“戦い”“争う”か。ま、今世のおまえは最善の方法を選んでんじゃねえの?」
「ありがとうございます、お
「俺をそう呼ぶのは10年早過ぎんだよ」
「すいません!つい。でも俺、もう15なんで、あと10年も待てないです」
「あぁ?じゃああと3年待てや」
やっぱり界人は天然だ。
思わず私がクスっと笑ったとき、「ところで雅希」と父さんが言った。
「なに、父さん」
「おまえは今度、こいつと二人だけで服を買いに行くんだって?」
「そのつもり」
「そうか。で、なぜ父さんは、こいつからその“事実”を聞いて知ったんだろうな」
「まだ私が父さんに言ってなかったからでしょ」
「だよな。で?行くのか」
「うん。行きと帰り、父さんが私たちを送ってほしいな。たぶん人が少なめでもさすがに私、電車やバスには乗れないと思うから」
「おまえなぁ、そんな大事なことを日にち迫ってから頼むなよ。こっちは予定調整する必要があるだろ?」
「ごめん。父さんが無理ならほかの叔父さんたちに頼むけど」
「調整するよ。万が一無理なら
「ありがと」
「へえ。頼雅さんって、娘には超甘いんですね」
「超“優しい父親”だ」「はいそうですねっ」‘
「それで、俺は送迎役なだけで、店までついてかなくてもいいんだな?」
「たぶん大丈夫。界人が一緒だから」
「そうか」
「頼雅さん、俺、雅希を全力で護ります」
「護れるのか」
「俺の魂に誓って、全身全霊かけます!」
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