第19話 「ただいま」「お邪魔します」

私の誕生日を聞いた途端、「マジ!?」と聞く界人に、私は頷いて応えた。


「俺たち誕生日同じなんだー。すっげー嬉しいなぁ!あ、雅希は何時ごろ生まれたか知ってる?」

「11時台くらいだったかな、午前の。分までは覚えてない」

「俺は真夜中の12時台に生まれたんだって。だから24日になってすぐっていうか、間もなくってところだから、俺のほうがおまえより少しだけ年上だなっ」

「界人は自分が年上のほうがいいの」

「どっちでも嬉しい」「あ、そう」

「じゃあさ、雅希もやっぱ俺みたく、友だち呼んで誕生会したことないだろ」

「ない」

「やっぱり!?そして家族でクリスマスを兼ねて誕生日を祝うってパターンじゃね?」

「そうだね。私の誕生日はお母さんの命日でもあるから、お祝い自体はあんまり盛大にしないっていうか・・どうしたの、界人」

「え。いや・・今おまえ、“お母さんの命日”って言った?」

「うん。12月24日はお母さんが亡くなった日でもあるんだ」

「あ・・・ごめん。俺・・」

「界人は知らなかったんだから。むしろ私のほうが謝らないと。ごめんね界人。余計な気を使わせて」


やっぱり。思ったとおりの反応だった。

「自分の誕生日がお母さんの命日でもある」なんて言われたら、どう言ったらいいか分からないだろうし(とっさに言葉が出てこないと思う)、どういう態度で接したらいいのか、界人じゃなくても戸惑うよね。


いつの間にか私たちより数メートル先に行ってた忍が「お~い!」と呼びかけたのをきっかけに、「界人、教室に戻ろう。もうすぐ授業が始まる」と私は言った。


「あ?ああ。雅希、俺・・」

「いつか知られることだから、界人には近いうちに話しておこうと思ってた。今は時間ないから後でちゃんと話す」

「うん。雅希」

「なに」

「ありがとな」


界人から想定外の言葉をもらった私は、眉間にしわを寄せて「なんで」と聞いた。


「俺が言いたかったことをおまえが言ってくれたから」

「どの部分が界人の言いたかったことなの」

「おまえから“今”、話を聞きたいけどさ、今はホントに時間がないっていうのが現実だから。だったら話を聞くのは“後”しかないだろ?」

「うん・・・そうだね」と言いながら気持ちうつむいた、そのとき。


界人が私の手をそっと握ってくれた。


「界人は・・嫌な気分にならなかったの。自分の誕生日とお母さんが亡くなった日が一緒だって聞いて」

「嫌っていうよりビックリした。でもしょうがないじゃん。誕生日と命日が一緒になったのは、結果としては偶然に過ぎないわけで、自分で操作してやったことじゃないんだからさ、おまえが気に病むことじゃないだろ」


あ、そうか。

私は気に「して」たんじゃなくて、気に「病んで」いたのかもしれない。

それこそ界人が言ったとおり、自分でこうしようと思ってやったことじゃないのに。

やっぱり忍がよるちゃんちで指摘したように、お母さんが亡くなったのは私のせいだと、心の奥底レベルで思い込んでる部分があるのかな。私のせいではないという「真実」に反して。

それとも・・それとも私は、お母さんを「責めてる」・・・?


「おまえが話したくなったら俺に話してくれればそれでいいよ」

「・・うん」

「俺は雅希のそばにいるからな」

「・・・ありがとう、界人」


やっぱり界人は強い男だ。

これくらいのことでは動じないどころか、私を気にしてくれているだけじゃない。

界人は私がかけてほしい言葉を言ってくれた。


ありがとう、界人。私のそばにいてくれて。














結局私は界人にお母さんが亡くなったときのことをちゃんと話さないまま、時は過ぎていった。

その間、いつもどおりに日常生活を送る日々が続く。

平日は学園に行って、休日は家で過ごす。

毎日料理をして、家や庭を掃除をして、家族の洗濯物をたたんで体を動かしながら、武術やヨガや石を使ったアクセサリー作りをして、体だけでなく精神も鍛えて集中力を養う。

一方で、中間テストに向けて勉強したり、あれば宿題を済ませたり。

また、新しい料理のレシピを考えたり、今までのやりかたを改善してみたり、好きな石の図鑑(父さんからの誕生日兼クリスマスプレゼントだ)を読んで、頭を鍛えて活性化させることも怠らない。

そんな私の日常は、「すごく平凡」で、「変わり映えのない」という言葉がよく似合うと思う。

でも私の暮らしの中に、家族や数少ない友だちだけじゃなくて、「魁界人」という「大切な彼」が身近に加わってからは、たとえそれがすごく平凡で、変わり映えのない一日だとしても、私にとってはかけがえのない、愛おしい日々だと思えるから不思議だ。


私に関わる例のウワサを周囲が広めてヒソヒソ話をしていても、私自身は気にならないし、界人も気にしてない。

だってそれはウソだと、当の本人と界人が知っているから。

もちろん、家族やクラスメイトや数少ない私の友だちも、ウワサはウソだと知ってるし、もう一人の当の本人である綿貫さんだって知ってるはずだ。

とにかく、ウワサに関して私は何も言及しなかったし、いちいち否定をすることもなければ、「真相はこうです!」とわざわざ言うこともしない(私は目立つことや注目を集めることが嫌いな受信機体質だってことを忘れちゃいけない)、完全放置の完全無視を決め込んだ。

石の注文をして以来、私は綿貫さんと会ってないからホントのことは分からないけど、たぶん綿貫さんも、私と同じような態度を取ったと思う。

だからか、ウソのウワサはすぐ広まったけれど、止んだのも早かった。


界人にお母さんのことを話さないのは、話したくないから話さないんじゃない。

(辛過ぎて)話せないから話さないのでもない。

今はまだ、話すときじゃないと思うから話さない。それだけ。


界人にお母さんのことを話すのは、プレゼント――私の手作りブレスレット――を渡すとき。それが界人に話す相応しいタイミングだと思うから。


そうこうしているうちに、今日からゴールデンウィークが始まった。

親がお金持ちの子が多く通う慶葉学園では、ゴールデンウィークくらいの休み期間中、国内外にプチ旅行か、家族が所有する別荘へ行く人が多い。

梅雨前の春の終わりという今の季節は、確かに避暑地的な場所では快適に過ごしやすいだろう。

私も過去何度かゴールデンウィーク期間中、じいちゃんの別荘で過ごしたことがある。

オカルト小説家だったじいちゃん(父さんのお父さん)は、別荘で小説を執筆していたこともあったし、たまにフラりと出かけては、そこで数日から1・2週間くらい過ごしていたこともあった。


(三年前にじいちゃんが亡くなった)現在も、その別荘は売ったり取り壊すこともなく、そのままの形で所有している。

じいちゃんがこよなく愛した場所(別荘)だからという理由もあるけれど、そこも私が住んでる家と同じく「神聖で良い気が巡る場所」だからだ。

高い霊力を持つ人にとって、そういう場所は安心して過ごせる場所になるし、何よりその「神聖さ」とか「良い気」を絶やさずに「巡らせ続ける」ためにも、私たちでその場を保護や調整をしたり、定期的に浄化もする必要がある。

だからといって、私が住んでる家みたいに、「神谷家の家族や親せき等の関係者か、生涯のパートナーになる人だけが中に入ることを許される」というような厳しいルールは、別荘にまで設けてはいない。

「別荘」というだけあって辺鄙なところにあるせいか、元々人気や人の出入りは少ないほうなので、「人」によって邪気が持ち込まれることは、ほぼないと言っていいから。

それに「別荘」だから、誰も住んでいないときもある。

でも場所が離れているから、神谷家の誰かがしょっちゅうチェックしに行くわけにもかないので、別荘の管理は他の人に委託している。

実はお母さんの両親、だから私にとっては母方の祖父母(二人とも亡くなった)が、じいちゃんの別荘を管理していた時期もあったとじいちゃんから聞いたとき、私が「縁」と「つながり」を感じたのは言うまでもない。

お母さんはきっと、父さんと出会って結婚することが決まっていたんだ。

もし短い生涯を終えることになることが分かっていたとしても、私のお母さんならきっと、それでも父さんと結婚する人生を、迷うことなく選んでそうするって決めただろうな―――。


そういう理由からなのか、じいちゃんは私に別荘を遺してくれた。

でも私はまだ未成年ということもあって、今のところは父さんが、別荘の所有者兼管理責任者代理になってくれている。

まあそれでもじいちゃんがまだ生きてたときみたいに、別荘は家族全員で使っているのが実状だけど、家族みんなじいちゃんの別荘(じいちゃんが亡くなっても、ときどき「じいちゃんの」別荘と言ってるときがある)で過ごすことが好きだから、父さんも私も、それで全然構わない。


今年のゴールデンウィーク期間中は、武臣たけおみ叔父さん家族がじいちゃんの別荘で過ごすことになった。


武臣叔父さんと清良きよらおばさんから「雅希ちゃんも一緒に行かない?」と言われたのはもちろん嬉しかったし、妹や弟(本当はいとこ)から「まーねえちゃんもいっしょに行こうよー」と可愛く誘われたときは、さすがに一瞬「行こうかな」と心が揺らいだけど、結局家に残ることを私は選んだ。


「あぁそうだよね。彼とデートするから」

「しない」

「あらそうなの?部活とか習い事があるのかしら」

「ううん。バイトとトレーニングするって言ってた」

「わたしまー姉ちゃんのカレシみたかったなあ」

「そのうち会えるよ、頼良らいら

「武臣叔父さん、私本人を差し置いて勝手に話を進めないでくれる」

「雅希ちゃんの彼、外見も内面もすっごいイケメンなんでしょー?」

「誰から聞いたの」「忍くん」「あいつ・・」

「と、頼雅らいがさんから」

「え?父さん?」

あらたも言ってたよ」

「あ・・そう」


少なくとも界人に会ったことある人(家族)はみんな、界人のこと「外見内面ともにイケメン」だと認めてるんだ。良かった。

それに嬉しい・・。


つい顔がほころんだ私を見た武臣叔父さんは、「やっぱり雅希ちゃんはツンデレだよね。じゃあ行こうか」と言った。


「行ってきまーす」「まーねえちゃん塩まいてー」「はいはい」

「気をつけてね」「ありがとう雅希ちゃん。行ってくるね!」

「雅希ちゃん」「なに、武臣叔父さん」

「いつか界人くんを家に連れておいで」

「そうよっ!あぁでも私がいるときにして!雅希ちゃんが選んだ男だから悪いヤツじゃないってことは分かるけどね、やっぱりここは私がしっかり“見て”あげないと」

「カワイイ姪の彼を“視る”のは僕の役目だよ、清良」

「私はボーイフレンドを“チェック”する係なの」

「違いが分からないんだけど」


私も分からないよと思いながら、じいちゃんの別荘に出かける武臣叔父さん家族を見送った。

朝の家事はひとまず終わったし、お昼に近い時間だけどひとまず休憩しよう。

自分用にカフェインレスのオーガニックコーヒーを淹れた私は、ダイニングでそれを飲むことにした。

椅子に座った途端、ホゥついた息は、疲労から来たんじゃなくて「至福のため息」というやつだ。

コーヒーの芳醇な香りがそれに輪をかけている。


もし界人を家に連れてきたら、界人はきっと居心地悪いだろうな。

家族みんなの視線と注目を集めてしまって。

父さんは界人のことを「イケメン」と認めてくれてるけど、それでも私の父親として、界人を見る目はいつも以上に鋭くなるだろうし。それこそオーラで威嚇し、視線で射殺いころしそうなくらいに(警察の仕事に就いてる父さんは、そういうのが得意中の得意分野だ)。

でも・・私は界人と結婚するつもりでいるし、界人もそのつもり・・・だと思う。

たぶん、いまだに、まだ。

それとも界人は、まだそこまで考えてないかな・・・たぶん考えてないよね。

だって私たちはまだ15歳だし。そもそも今はまだ結婚できる年齢に達してない!という現実を忘れちゃいけないよ、私。

それに界人がプロポーズをしてくれたのは、私たちが6歳の時だったってことも忘れちゃいけない。


私は積もった雪を集め持つように、雪のように真っ白なマグカップの横を持った。

マグカップはまだ温かい。カップの中に四分の三ほど入っている黒に近い焦げ茶色のコーヒーからは、まだ湯気が立ち上っているくらいに。

試しに一口飲んでみると、ちょうど飲みやすい温度になっていた。

暖かいコーヒーが体の中を通っていくのを感じる。いい気持ち・・。


もちろん界人が私にプロポーズしてくれたことを覚えてるし、「私にまた会うため」に、こっちに戻ってきてくれた。今度はご両親と離れ、単身で。

それでも・・まだ15歳の高校1年生だからこそ、界人には選択肢がある。

「顔良し・ガタイ良し・性格良し」な界人は、学園内(と、おそらく外)でモテまくってる男だから、つき合う彼女は自分で選ぶことができる。ていうか、彼女候補はたくさんいるだろう。私よりも選択肢は広いはず。

いまだに毎日告白されてるのがその証拠だ。


TAKUのコーヒー、美味しいな。濃過ぎず薄過ぎなくてちょうどいい。

私はまた何口かコーヒーを飲んだ。


私の場合、綿貫さんのときは即ウワサになったのに。

まあそれは、ニセ・ウソ・ガセネタだったうえに、すぐ消えたけど。

でもあのウワサが広まったときくらいから、界人と私は「比較的堂々とつき合ってる」のに、私たちの関係は全然ウワサにならないどころか、界人と私はいまだに告白されてるのが現状って・・・なんでだろ。

改めて考えてみると不思議だよね・・。


私はマグカップに入っていたコーヒーを、一気に飲み干した。


もしかして私、銀兄ちゃんが言ってた「意図」が間違ってる?

それとも「認識」のほう?

いや、どっちも間違ってるのかな・・・。


私がどっち?どっちも?と考え込んでたとき、玄関のドアが開いた音と「ただいまー」という声が聞こえたので、出迎えるために私は玄関へ向かった。


「おかえり父さ・・・」

「おう。雅希いたのか」


・・・なんで。


「雅希。ただいま~」

「“ただいま~”ってなんだよおまえは」

「えっ、違った?じゃあなんて言えば・・」

「“お邪魔します”だろーが。今はまだ」

「あぁそっか!」


なんで界人が私の家の玄関に立ってるの。

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