第18話 私が見えてる私の風景が好き

「ホントに界人はそれだけでいいの」

「うん。今はそれだけで十分だ」


私は界人の目を2・3秒見て確認した。

・・・本当に界人は、私に好かれることだけ望んでる。シンプルに、純粋に。


「そんなの簡単、っていうより“自然”なことじゃない」

「キャーッ!雅希ちゃんも何気にサラッと告白返ししてるぅ!」

「え。今のがそうなの」「まーのツンデレきたぁ!」

「だから私、ツンデレなの」「自覚しろ」「あ、そう」

「ところで。今日は男子お二人、ともに少々時間がかかりましたね」

「撒くのに苦労した」

「忍~、まるで俺たちが逃亡犯みたいな言いかたしてるぞ」

「当たらずとも遠からず的。きよみ女史、そろそろ次の場所に移ったほうがいい?」

「今月一杯かゴールデンウィーク明けまでは、ここでも良いかと」

「何の話?」「お昼ごはんを食べる場所の話です」

「昼メシくらいは落ち着いて食べたいっしょ?だから“追っ手”がすぐには目ぇつけないような穴場的スポットを、きよみ女史が見つけてくれてんの」

「そうだったんだ」「ありがとう、きよみ女史!地獄感謝しますっ!」

「いえいえ。私はあなた方よりも先輩なので、学園のこともあなたがたより知っているから場所探しを引き受けたまでのことです。落ち着いてお昼を食べることができる場所候補はまだありますので安心して告白されつつ、存分に逃亡してください」「結論そこかよっ!」

「でもさ、いっつもこんな感じだったら食べる時間が少なくなるよなぁ」

「少なくなるのは食べる時間だけじゃないでしょ」

「あ、そうだよな」「やっぱり界人くんは天然だ・・・」

「ところで俺、さっき2年のセンパイから妙なウワサ聞いたんだけど」「実は俺も」

「きた」「結局、あなた方がいてもいなくても同じでしたか」

「何、どゆこと?」

「忍たちが来るまで、私たちもその“ウワサ話”をしてたところ」

「ウワサの内容は十中八九同じかと思われます」「だよね」


私たちの周囲が一瞬、シーンとなった。

一瞬とはいえ、このメンバーで場がシーンとなったのは珍しいことだと言えるかもしれない。

その沈黙を破ったのは、ウワサに出てくる“登場人物”の、私自身だった。


「界人はウワサが気になる?」

「ウワサはホントじゃないって俺は分かってるから気にしてないよ。けど“全然気になってない”って言えば、ぶっちゃけそれはウソになるってところかな」

「そりゃそーだよなー。あることないことごちゃごちゃ混ざった話が独り歩きしながら拡散してくのが“ウワサ”ってもんだし」

「・・・今朝、私は綿貫さんに用があったの。石の注文をしたかったから」

「そうなんか。俺はてっきりきよみ女史に会いに行ったとばかり思ってたぜ」

「きよみ女史はまだ来てなかった」「神谷雅希女史のおっしゃるとおりです」

「ふーん。でも珍しい、てか初めてじゃね?まーが自分から石を注文しに行ったのって」

「えっ?じゃあ雅希ちゃんはいつもどういう風に石を買ってるの?」

「礼子さんが仕入れた石を見に行って、その中から気に入った子がいたら買うって感じ。だからそうだね、確かに私から特定の石を注文したことはないかも」

「てかそーいうんは“ない”ってんだよ。“かも”はいらねえの」

「あ、そうだね。とにかく、最初は教室に行ったんだけど、綿貫さんはまだ来てなかったから、一旦自分の教室に戻ってたところで綿貫さんと鉢合わせして。だから2階の廊下で石の注文を済ませた。これが真実だよ」

「マジでウワサってさ、ほぼウソでできてるな。俺が聞いた内容で当たってたのは“綿貫さんと雅希”っていう人と、”2階の廊下“の部分だけだ」「俺も界人と同意見」

「要するに、人と場所の一部だけですね」

「それで真実味が増すから怖いんだよねぇ」

「しかもそれが広がるごとに真実からかけ離れていくってパターンがほとんどだから、恐ろしいんだよなぁ」

「“ありそうでない”話が“なさそうである”話にすり替わる瞬間、果たしてその話は嘘か、それともまことなのか(ナレーション風)」

「そういえば今朝の、綿貫さんに会う前だけど、銀兄ちゃんが言ってた。“人は自分が見たいと思うものだけ見える。そして人は、自分がこうだと思ったことが自分の現実になる”って」

「深い!」「でも的を得た真実だよな」「言えてら」

「神谷銀河氏のおっしゃるとおりです。それゆえ一つの物事に対する考えや捉え方は人の数だけ存在するからこそ、誰かにとっての嘘は、他の誰かにとっては真になり得るのでしょう」

「すごいね、きよみ女史。銀兄ちゃんも似たようなこと言ってたよ。もしかしてきよみ女史って、銀兄ちゃんと似た者同士なのかな」

「どうでしょう。私はそこまで地獄的に頭脳明晰ではありませんが」

「いやあホントにマジで、銀兄ちゃんは神谷家の中でも別格中の別格に頭キレッキレに良いからなぁ」

「そんなに“銀兄ちゃん”は頭良いの?」

「うん。初等部からずーっと学年トップを維持してる」「自他ともに認める天才」

「マジで!?」「すごいね」

「銀兄ちゃんは努力し続けてるもん」

「そー。ただ“天才”って言われるだけて終わりじゃねえの。“天才”って言われる結果を現実にするための努力は惜しまない。銀兄ちゃんってそーゆー人だよ」

「サラッとやってるように見えるけど、サラッとやれるようになるまではストイックにやる、みたいな」

「あ~、それ痛いほどよく分かる~。そこんところはきよみ女史と銀兄ちゃんって似てんじゃね?」

「つまり、自分が好きなことに愛着を持ち、ときにはストイックに究めようとする姿勢が神谷銀河氏と似ている、ということでしょうか。神谷忍氏」

「うん。そーゆーこと。銀兄ちゃんは将来宇宙飛行士になるって決めてるからな。そのための努力は惜しまない。体と頭と心を鍛えるトレーニングは楽しんで、ときにはストイックにやってる」

「そうですか。好きなことに情熱を傾けつつ心血を注ぐ人には好感を持てます」

「分かる!そういう類の“凝り性”な人って、カッコイイよね」

「たとえば飛鳥さんとか」「うんっ」

「神谷忍氏も当てはまりますね」

「俺が?」

「はい。神谷忍氏の場合は、絵画に関して“凝り性な人”だと言えるのでは?」

「確かに言える」「そうだよね」

「その点も忍がモテる理由の一つなのかもしれないね」

「は。なぜにそうなる」

「だって、絵とか漫画のことを話すときの忍はカッコよく見えるもん」

「俺は言い寄ってくる女子どもに、絵とか漫画のことは話したことないけどー?」

「好きなことに打ち込んでるときの人はみんな、カッコよく見えるからね」

「俺とまーの論じてる点がビミョーにズレてるじゃん!」

「いつもどおりの雅希で俺はホッとした」

「そこはホッとするとこじゃないってのっ」


忍と界人と私、三人のやりとりを見聞きしていた真珠が、ニコニコしながら「なんか、いいよね。私は好きだなあ、“私が見えてる私の日常風景”が。とっても幸せ」と言った。


「佐渡真珠女史の意見に、私も地獄賛成・賛同します」

「あ~あ、もう昼休みが終わるって今日も激早っ」

「そろそろ教室に戻りますか」「はーい」「しゃあねえけど」

「今日もいい天気だねぇ。のどかで」

「午後の授業がまだありますが」

「“嗚呼、きよみ女史によって現実に引き戻された“の巻~」

「何それ。新しい漫画のタイトル?」「んなわけないっしょ!」


そうして私たちみんなそれぞれ会話をしながら教室に戻っている道中で、界人が私を呼んだことで、自然に私たちは二人並んで歩く形になった。


「雅希」

「なに、界人」

「中間テストが終わる前の日、服買いに行こうよ。街中とか店も人が少ない時間帯だと俺は睨んでるんだけど」

「あ。確かにそうかもしれない。慶葉って他の高校とテストの日をずらしてるって聞いたことあるし」

「うん。それにテストはあと一日残ってるから、長居できないって前提つきで行けばサッサと用事終わらせることもできんじゃね?」と言う界人の顔を、私はまじまじと見た。


「もしかして界人、この週末のあいだずっと服買いに行くプランを考えてくれてたの」

「いやいやずっとじゃないけど・・うん、考えた。おまえにとってこれが最善なプランじゃないかと俺は思う」と言う界人に、私は頷いて同意した。


「ありがと。あのね、界人」

「ん?何」

「石、あの・・綿貫さんに注文した石」

「あぁうん」

「その子は界人にあげる用のだから」

「え?」と言った界人が止まったので、私も立ち止まった。


「雅希。それってまさか、俺へのプレゼント・・ってこと?」と恐る恐る聞く界人に、私は頷いた。


「クリスマスと誕生日を兼ねて。界人にはまだ秘密にしておこうと思ったんだけど、もうヘンなウワサが広がっちゃったから今言っといた方がいいと思って」

「・・・ありがとな、雅希。俺、今すっげー嬉しい!ってあーっ!」

「どうしたの」

「俺、まだおまえの誕生日知らないってことに今気がついた!雅希の誕生日はいつっ!」


・・・やっぱりこういう状況で「言わない」、っていうわけにはいかないよね・・。

勢い込んで聞いた界人を伏し目がちに見ながら、私は軽く深呼吸した。


自分自身にも「勢い」をつけるために。

自分の誕生日を言いきるために。

そして、覚悟を決めるために。


私はもう気にしてないけど、たぶん界人に余計な気を使わせてしまうかもしれないから。 


「雅希?どうした」「・・・12月」「え?」

「12月、24日。界人と同じ日だよ」

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