第17話 俺は雅希に好かれるだけでいい
週が明けた月曜日の朝。
学園に着いた私は、自分のクラスに行く前に、特進クラス2年生の教室に向かった。
「俺も一緒に行こーか」と言ってくれた途端、女生徒たちに“つかまった”忍はもちろん置いてきた。
だって忍を待ってたら確実に人(生徒)が増えるし、私も“つかまって”しまうかもしれないし。
それに朝のホームルームが始まる前に、「用」を済ませておきたい。
用自体はすぐ済むことだ。あとは「あの人」が来てるのを願うばかり・・・。
忍は途中で置いてきたけど、2年生の教室がある2階までは、銀兄ちゃんと一緒だった。
なぜなら高等部3年生の教室は、3階にあるからだ。
言ってみれば、銀兄ちゃんとは途中まで同じ方向だったから一緒だったに過ぎないのだけれど、2階に着いたとき、銀兄ちゃんは「俺がついて行ったほうがいいのか?」と私に聞いてくれた。
「ううん。一人で行く」
今は誰にも言ってない――プレゼントをあげる界人にも秘密にしていること――だから、なるべく一人でやり遂げたい。
「そっか」
「ねえ銀兄ちゃん」
「ん?」
「なんで銀兄ちゃんは、ほかのきょうだいみたいに“つまからない”の。銀兄ちゃんも十分カッコいいのに。実は私がいないときにいつも“つかまってる”の」
「俺は誰も寄りつかないように“結界”張ってるからな。おまえや誰かと一緒でも、そうじゃなくても、大体いつもこんな感じだよ」
「ホント!?」
「ウソ」「ちょっと」
「でも“俺は目的地までいつもスムーズに行ける“って”意図”はしている」
「意図?」と聞いた私に、銀兄ちゃんは頷いて応えた。
「あとは認識。人は自分が見たいと思うものだけ見える。そして人は、“自分がこうだ”と思ったことが“自分の現実”になる。だから一つの物事に対して、人の数だけ考えや意見があるってことだ」
「ふーん」
「だからまあ、“結界”は半分くらいホントだと言えるかもな」
「つまり、“結界”イコール“意図”ってこと?」
「近い表現って意味でなら“イエス”だ」
「意図と認識か・・なんか難しいね」
「そんなことないよ。分かればいたって単純だ」
「分かればでしょ」
「まあそうだが。おまえもっていうか、人間だったらみんなやってることだ」
「なんか銀兄ちゃんが言うと、自分がエイリアンになったような気がする」
「そう複雑に考えるな。じゃあ俺は自分の教室に行くよ。人が多くなる前に“用”を済ませるんだぞ」
「うん。ありがと銀兄ちゃん」
そして銀兄ちゃんが階段を2,3段上ったとき、後ろを振り向いて私を呼んだ。
「雅希」
「なに?」
「おまえは気にし過ぎ」
「え?」
「自分が思っているより他人は、自分のことを気にしてないってことだよ」
「また複雑なこと言ってる」
「あとはさっき言った“意図”と“認識”を忘れるな」
そう言って階段を上っていく銀兄ちゃんの後ろ姿を見送りながら、私は「うん」と呟いた。
特進クラスは階段側から向かって一番奥に教室がある。
今のところは“早い“と言える時間帯のせいか、生徒数はそれほど多くない。
必要以上に人が群がって来ないように、また余計な注目を集めないようにするため、私たち「高等部組」は始業時間よりもかなり早く家を出ていることも「意図」、なのかな。
プラス、なるべき人が通らない(少ない)ルートで自分たちの教室まで行ってるから、そのおかげで私たちが“朝つかまる”ことは、あまりない。
今日はいつもとちょっと違うルートを通ったせいで、忍はすぐつかまってたけど・・これも「意図」と「認識」なのかな。
なんて考えてるうちに、特進クラス2年の教室に着いた私は、開いているドアから教室内をのぞいてみた。
・・・まだ来てない。
やっぱり時間が早過ぎたかな。
後で出直そう。でも「後」って昼休みになるから人(生徒)多いし・・だからまだ人が少ない朝の、この時間帯に来たんだけど。
まあいいや。今ここでいろいろ考えても解決策は思い浮かばないし。
きよみ女史もまだ来てないようだから、ひとまず自分の教室に行こう。
と思って踵を返そうとした途端、早速、教室内にいた数少ない先輩生徒たちの注目を集めてしまったうえ、全然知らない男子の先輩たちが私のところに来てしまった。
その中の一人から、「神谷雅希嬢だよな?1年特進の」と言われた私は。反射的に一歩後ずさっていた。
なんでこの人は私のフルネームを知ってるんだろ・・・いや、それ以上に気味が悪いのは、「どうやってこの人は、私のフルネームを知ったのか」だ。
一方で、男子の先輩たちは、そんな私の様子に構うことなく、「どうしたの~?もしかして俺に用があるとか?」「いや俺じゃね?」「俺だってば」と、各自勝手に言い始めた。
・・・ホント、銀兄ちゃんがさっき言ったとおり、他人は私のことをそんなに気にしてない。
けどこの人たちが私をエロい視線で見ていることも確かだ。
とにかく、綿貫さんはまだ来てないし、今ここに用はない。
この人たちのことはもう放っておこう。
ここにずっといると気分が悪くなるのは確実だから。
まだ朝のホームルームも始まってないのに・・ううん。
今日はまだ、界人に会ってないのに。
界人に会う前から気分が悪くなって「保健室に直行」したくない。
まだ「俺だ」「俺だ」と言い合いしている先輩たちを、自分でも分かるくらい冷めた目で見ながら「失礼しました」と言って軽く礼をした私は、サッサと踵を返して階段のほうへ歩き始めた。
「な、なんだあれ。感じわる~」
「でも顔可愛いから俺は許せる!」「スタイルも良いしな」
感じ悪いのはどっちよ!気味も悪いくせに!100万倍悪いのはそっちでしょ!
どうやら私は先輩たちのエロい欲望に加えて、「怒り」の気まで受け取ってしまったらしい。
今回は頭痛じゃなくて、胃から胸のあたりにかけて「ムカつき」始めた。
「頭にきた」より「腹が立ってる」ということなのかな。
あ~、胃のあたりがムカムカする。まるで消化不良を起こしたみたいに。教室に着いたら浄化作用がある家のお水を飲んだ方がいいかもしれない。持参している天然塩も一つまみ加えて。
なんて考えながら、ムカムカしている胸の真下(おへそより10cmくらい上)あたりを左手で押さえて幾分うつむき加減で歩いていたせいか、ちょうど階段から上って来た人と、お互いに正面からぶつかってしまった。
硬い胸板におでこが当たってしまった私が、そのまま勢いづいてしりもちをつく前に、その人が私の両肘あたりをつかんで支えてくれた。
「おっと!ごめんね!」「すみません」
「俺が前をよく見てなかったから・・あれ。神谷さん?大丈夫?痛いところはある?怪我してない?」
「あ・・綿貫さんだ。私は大丈夫です。それに私が前を見てなかったからぶつかってしまったんです。すみませんでした。綿貫さんは大丈夫ですか」
「うん。俺は全然平気だから心配しないで」と綿貫さんは言うと、私の両肘あたりからさりげなく手を離した。
綿貫さんにはこういう風に相手を不快にさせないだけじゃなくて、気づかってくれる優しさがある。さっきの先輩たちとは全然違って。
もし私が綿貫さんと面識がなくて、さっきみたいにぶつかってしまっても、綿貫さんならきっと今と同じような対応をしてくれるはずだと簡単に想像できる。
「それより珍しいよね。こんなところで神谷さんと遭遇するのは」
「あの、石をオーダーしたくて」
「じゃあ俺を探してたのか。ごめんね、来るの遅くなって」
「いえっ全然。私が学園に来るのが早いんです」
「ここは邪魔になるから廊下に行こうか。そのほうが人も少ないし」
「はい」
人が多い場所が苦手な私を気遣いながらさりげなく人が少ないところへ誘導してくれる綿貫さんは、さすが「セレナ」の敏腕秘書だと感心していた。
けど・・なんだろ、この「あれ?」って感じ。違和感?かな。
俗にいう「ヘンな感じ」がしたのも確かだ。
それに・・・「神谷さん?」。
「あ、ごめんなさい。えっと、タンザナイトが欲しいんです。ブレスレットを作りたいと思って」
「ほう。タンザナイトですか・・。神谷さん、初めてだよね、タンザナイト注文するのは」
「はい」
「タンザナイトが高価な宝石の部類なのは、神谷さんも知ってると思うけど」
「はい。だから私が買えるのは2つが精一杯だと思うので」
「なるほど。ブレスレットすべてにタンザナイトは使わないということだね?」
「はい。アクセントとして使います」
「分かりました。それではタンザナイトを最低1つ、多くても2つ。ブレスレット用ということでいいかな」
「はい、お願いします。あと、粒はなるべく大きめのがいいです」
「承知いたしました。ご注文ありがとうございます。神谷さんに相応しい、良質でグレードの高いタンザナイトを仕入れるよう、オーナーには今日伝えておくけど、あいにく今母は石の買い付けに行ってて、最低でもあと1週間は留守なんだ」
「大丈夫です。12月までに買えればいいから」
「12月って今年の?」
「はい。プレゼントに」
「てことは、彼氏へのクリスマスプレゼント?」
「それも兼ねて」
「あぁそっか。タンザナイトは12月の誕生石でもあるんだよね」
「はい。だからまだあいつには秘密です」
「そっかそっか」と言いながら何度もうなずく綿貫さんは、ニコニコ微笑んでいる。
さっき感じた「何か」が、まるでなかったかのように。
だから私もそのときは一瞬だけだけど、そのことは忘れていた。
「魁くんは幸せ者だ」
「私、彼氏が“界人”だとは言ってません」
「けど分かるよ」
「え。そんなにバレバレ・・ですか」
「うーん、そうだねぇ、神谷さんとはつき合い長くて親しい友人にはすぐ分かるレベルだと思う。俺でも分かったくらいだから」
ということは、家族はもちろん(少なくとも忍にはバレてる)、クラスのみんなにもバレバレってこと・・・!?
でもいい。私は「素直になる」って決めたし、界人のことが好きっていうのは、全然やましいことじゃないし、悪いことでもないんだから。
それでも私は、閉じたあさり貝を開くように、「否定は・・・しません」とかろうじて言うのが精一杯だった。
素直になる私の道のりは、まだまだ遠い・・・。
軽く落ち込む私に、綿貫さんは「良かったね、神谷さん」と言ってくれた。
それで私はさっきの「何か」を思い出した。
「いずれにしても母さんには今日、連絡しておくね」
「はい」
「で、タンザナイトが入荷したら、神谷さんのところへ行くということで・・あっ、じゃあ宝石は、作り手の神谷さんより贈り主である魁くんに相応しいほうがいいのかな。そのあたりは母さんに任せるから、“彼氏のプレゼント用”っていうのも母さんに伝えていい?」
「あ・・はい、おねがいします。じゃあ」
「またね!」
手を振って私を見送る綿貫さんに一礼すると、私は自分の教室に急いで向かった。
もうすぐ朝のホームルームが始まるからでもあるけど、あの感じはそうだ。
なぜ私は綿貫さんと「正面からぶつかった」のか―――。
「魁界人氏、神谷忍氏の男子二名がいない今、特に神谷雅希女史にお伝えしておきます」
「なに、きよみ女史」
「“今朝、神谷雅希女史が綿貫雄馬氏に告白した”というウワサが、今日は2年生の間でもちきりなのですが」
「え」「“わたぬきゆうま”さん?って、なんか聞いたことある名前」
私は思わず箸を止めて、きよみ女史の顔をまじまじと見た。
「今朝のことがもうウワサになってるの?しかもウソのウワサが」
「反対に“綿貫雄馬氏が神谷雅希女史に告白した”というパターン逆バージョンのウワサもありますし、“すでに二人はつき合っている”という飛躍し過ぎた未来形のウワサまで登場しています」
「ふーん。みんな暇人だね」
「なんでも、お二人は“人気の少ないところでヒソヒソ話をしては、秘密を共有するように顔を見合わせて微笑んでいた”という“誰が証言したのか分からない信憑性ゼロのコメント”もありますが」
「“私が綿貫さんに2年の廊下で石の注文をしていた”という真実からは、確かにかけ離れてる」
「あっ!“綿貫さん”って、雅希ちゃんがいつも石を買ってる“礼子さん”の息子さん!」
「そうだよ真珠」
「やはりそうでしたか。宝石の注文でしたら大声で話すことではないですし(闇取引ではないですけれども)」「違う違う」「闇じゃないから」
「ではお二人が“抱きしめ合っていた”という“ドラマチックに脚色されたロマンスあふれるウソの証言”は」
「綿貫さんと私が正面衝突して、綿貫さんが私の腕を支えてくれたから、私はしりもちつかなくて済んだ・・あ」
「どうしましたか、神谷雅希女史」
「私、最初に特進クラスの教室に行ったんだ。そのとき男子の先輩に、“神谷雅希”ってフルネーム言われて。私はその先輩と面識ないし、名前すら知らない人だから、ちょっと・・ううん、正直言ってかなり気味悪かった」
「雅希ちゃんが言いたいこと分かる。自分は全然知らない人から突然自分の名前を呼ばれたら、私でも警戒するよ」
「あ、そっか。この場合、“気味悪い”って“警戒心”とイコールなんだ」
「そうですね。まあ神谷雅希女史の場合、この学園の理事長とは親戚関係であるという事実から、ある意味公的な有名人と言いますか。もちろん、この学園内に限定されますが。ですので残念ながら、この学園内で神谷雅希女史ご自身は面識がなくても、神谷雅希女史の名前を存じている人は多いと思います。それでも佐渡真珠女史がおっしゃるとおり、自分は見ず知らずな人から自分の名前を正確に言い当てられると、誰もが警戒心を抱くのは当然の事でしょう。いずれにしても気持ちの良いものではありません。むしろ警戒心を抱くことは自然の摂理だと思います。その点、綿貫雄馬氏の場合は、神谷雅希女史よりも公の度合いが少し重く、かつ強いとでも申しましょうか」
「あぁ、綿貫さんの父親は政治家だもんね」
「確か次の都知事選に立候補するっていうウワサがあるって言ってたよね」
「お二人のおっしゃるとおりです。ですから綿貫雄馬氏も、おそらく見ず知らずの人から名前を呼ばれることがあるでしょう。そのときは警戒心を抱きつつ、今の時期は特に“次期都知事の息子”としてそつのないふるまいをしながら、無難に愛想よく有権者に応える必要があるのかもしれません」
「それでかな」「なにが?」
「私、綿貫さんと“正面”衝突したって、さっき言ったでしょ」「うん」
「そのとき私は、名前のことでムカムカしてたから前見てなかったんだ」
「なるほど。つまり、そのとき“綿貫雄馬氏も前方不注意だった、だからお互いに、正面から衝突した”と、神谷雅希女史は言いたいのですね?」
「そのとおり」
あのとき綿貫さんは、「何か考え事をしていたから」、前方不注意だった。
さらに言うと、「前方不注意になるくらい、深刻に」綿貫さんは考え事をしていた。
だから私たちは「正面」からぶつかった。
綿貫さんは一体何を考えてたんだろ。それも「深刻になるようなこと」を―――。
「ねえきよみ女史」
「なんでしょう、神谷雅希女史」
「今日の綿貫さんの様子、どうだった?なんかおかしな素振りとか見せてなかった?」
「いえ。いたって普通に、いつもの綿貫雄馬氏らしくふるまっていますが」
「そっか。ならいいけど・・あ。忍来た」「界人くんも来たよ!」
「二人ともおつかれさま~」
「ホント、疲れた・・」「腹減った!」
「モテる男子は大変だねぇ」
「俺は “モテたい”とか“人気者になりたい”とか全然思ってないってーの」
「忍と同じ。俺は雅希にモテたいだけだし」
「界人」「ん?」
「その言いかたはおかしいよ」
「え?どこが」
「“モテる”っていうのは、複数の人から好かれるときに使う表現でしょ」
「えぇ?そうなのか?じゃあなんて言えばいいんだよ」
「雅希だけに“好かれたい”、じゃない?きよみ女史はどう思う?」
「確かにこの場合、対象は1人ですから“モテたい”よりも“好かれたい”のほうがしっくりくる表現かと」
「ついに界人くんが何気にサラッと告白したのに、やっぱり天然な感じにまとまってる・・・」「同感」
「分かった。じゃあ改めて」と界人は言ってコホンと咳ばらいをすると、「俺は雅希に好かれてるだけでいい」と言ってくれた。
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