第16話 人が薄く視える

「楽しかったね」

「おうっ。まーも気分悪くなることなかったしな」

「よるちゃんちは良い気だもん。部屋中キラキラの粉が降ってた」


たまに私は、物がキラキラ輝いて視えたり、部屋(空間)にキラキラした粉みたいなものが降っているのを視ることがある。

そのキラキラ(している粉)の正体は、純粋な高い波動だ。

「キラキラ」には、その場を浄化してくれる作用もあるみたいで、キラキラしている部屋にいると、私は絶対と言っていい確率で、気分が悪くなることはない(ただし人が少ない場所に限るけど)。


「忍はキラキラ視えた?」

「うんや。俺は視たことない。けど確かによるんちは良い気だったなー。たぶん場所(家)だけじゃなくて、長峰家の人たちを護ってる“存在”も大きいと思う。ご先祖様だけじゃなくてもっと強力な。ありゃあ何の神様だろうなぁ?七福神の・・大黒天か布袋さんか、もしくは座敷わらしか」

「個人的には座敷わらしがいい」

「“個人的には”とか、“がいい”って、それまーの願望じゃん!」と言う忍を私は無視して「それによるちゃんちには妖精もいる」と言った。


「俺のツッコミは無視かよ」

「私が忍にツッコむ係だもん」

「なんだそれ。まあでも、確かに庭とか部屋に置いてる植物がイキイキしてたよな!」


植物や生花がイキイキと育っている場合、妖精がそれらを育てる手助けをしてくれている可能性が高い。

植物や生花は、元々瑞々しくて鮮度の良い、純粋なエネルギーに満ちているので、室内に生花を飾ったり、観葉植物を育てたり、庭に緑を植えると、その場を浄化したり活性化してくれる効果がある。

そして妖精は、植物を育てることが元々大好きなこともあるけど、植物を育てることでイキイキしたエネルギーをお互いに与え合って受け取り合っている。


だから風水等ではよく「部屋にはドライフラワーではなく、生花を飾りましょう」と言われるし(ドライフラワーには「瑞々しくて新鮮なエネルギー」がないため)、「観葉植物を育てること」は、誰もがよく知る開運をもたらす行動の一つだ。

でも、ただ観葉植物を育てることだけやって、ほかのことはおろそかにしているままだったら、開運することはもちろんないと思うけど。


「もしよるちゃんが結婚したら、あの広い家に住む人はますます減っちゃうね」

「婿が同居すりゃいいじゃんか」

「あ、そうだね」


なんて忍と話しているうちに、私たちはよるちゃんちのマンションから外に出ると、いち兄ちゃんが待っててくれていた。

「一兄ちゃん」こと神谷一護かみやいちごは忍の実兄であり、私たちが住んでいる神谷家では一番年上の子でもある。


「おっす!パーティー楽しかったか?」と一兄ちゃんに聞かれた私は頷いて応え、忍は「うん」と答えた。

「よしよし。この辺車停めるとこがなかったからちょっと歩くぞ~、の前に。雅希」

「なに」

「俺のブラウスは」

「・・・あ。忘れた」


そういえば私、シナモンロールを作るときにブラウスを脱いでからそのままブラウスを着てなかったせいか、ブラウスの存在自体をキレイに忘れてしまってた。


「忍、持ってないの」

「なぜに俺が?」

「預かっといてって頼んだでしょ」

「俺のせいかよ!?」

「はいはい、きょうだい同士の可愛い言い合いはそこまで~」

「私、ブラウス取ってくる」と言って踵を返すと、よるちゃんちのマンションのほうへ引き返し始めた。


私の背後では、「すぐ気づいて良かったな~」「てかブラウス脱いだまま放置だったらさ、結局俺の借りなくても良かったんじゃね?」という“兄と弟の会話”が聞こえて、ついクスッと笑いかけた、そのとき。

私の顔と動きが止まった。


あれ・・・?今の・・何。


「・・・ったぁ。雅希がまだ近くにいて。っておーい、まさき―」


さっき私が“視えたもの”、もしくは“現象”が何だったのか。

ウソか幻か、単に目の錯覚だったのかよく分からないまま、私は反射的に後ろを振り返った。

それでもやっぱり私には、さっきと同じように“視える”。

ということは、これって「現実」なの・・・?


「え。ちょっと雅希?どうした・・」「あ~っとわりいなよるっ。わざわざブラウス届けてくれて。サンキューなっ」

「あ・・・ううん、別にいいけど・・・。雅希、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。んじゃまたっ」「ちょっと待て」

「は。兄ちゃん何。今じゃないとダメなんか」

「ダメだ。どうも。俺は神谷一護。忍と雅希の兄です。ただいま大学一年生、ときどきモデルやってます。よるちゃん、キミの本名は?」

「え・・・っと、長峰美夜子、ですけど・・」

「キミが“ながみねみやこ”か・・ん、分かった。じゃあミヤコちゃん、今日はこれでバイバイなっ。日を改めてまた会おう」


そう一兄ちゃんは言うと、私たちは再び、車を停めているほうへと歩き始めた。

「・・・・・はい?なんで?」というよるちゃんの呟く声を背後で聞きながら。


「よーし、家に帰るかー。雅希は?」

「・・・大丈夫」

「そうには見えんが。手貸したほうがいいか?」

「一人で歩ける」

「それよか急にどーしたよ。さっきすれ違った宅急便のおじさんをガン見してたようだけど。知り合いか?」

「いや絶対違うっしょ。全然そんな感じじゃなかったじゃん」

「・・・なんでもない」

「それも違うと思うけどー?」

「言いたくないなら言わなくてもいいけどさ、一人で抱え込むんじゃないぞ。俺らとか、おじさんおばさんたちがそばにいるってことは忘れるなよ」

「・・うん。ありがと一兄ちゃん」

「いやいや。礼を言うのは俺のほうだって。おまえらを迎えに来たおかげで、今日は俺の記念すべき日となった!」

「なんだそれ」

「おまえらも知ってるっしょ?俺の“霊力”」

「えっ?じゃあまさか、よるが一兄ちゃんの・・・?」

「おうよ」

「マジーッ!?」「マジでマジよ。ちげえねえ!」


一兄ちゃんと忍の二人が盛り上がってる間、私はただひたすら、さっき視たこと(もしくは現象)を考えていた。


・・・なんで私は“宅急便のおじさんだけ薄く視えた”んだろ・・・。






結局その日、私が“薄く”視えた人は、宅急便のおじさんだけだった。

それにどうやら私だけ、人が薄く視えることがあるらしい。

でも薄く視えるのは見る人全員じゃないし・・・どんな意味があるんだろ。全然分かんない。


(特定の)人が薄く視えることはちょっと気味が悪いけど、私はまだ誰にも――父さんにも――話さないことにした。

現時点では全然知らない宅急便のおじさんただ一人だけだったし、またおじさんと偶然すれ違うことはないと思うし。たぶんだけど。

それに万が一、再びすれ違っても同じおじさんか分かる自信もない。

顔立ちとかほとんど覚えてないし。薄かったから・・・。


私が自分の部屋(前はじいちゃんの部屋)で考え事をしていたとき、スマホのコール音が鳴った。

「界人」と表示されている画面を見て、「普段は極力無表情」な私の顔の中でも、目や眉のあたりに微妙な動きがあった。


番号を交換し合った日からほぼ毎晩、界人とはメッセージのやりとりをしている。

最初にメッセージを送ってくるのはいつも界人だけど。

学園でも会っておしゃべりして一緒にお昼を食べて、クラスも同じで一緒に勉強して。

一日のうちの三分の一くらいは確実に一緒に過ごしているのに、それでもメッセージで「会話」することが・・・界人とならあると、このとき私は気がついた。

でも「会話」とは言っても、「今日は楽しかった」とか「おやすみ」とか、ホントに簡単なやりとりしかしてないけど。


それでも今日に限ってなんで界人は、わざわざコールしてきたんだろ。メッセージじゃなくて。

よく考えても分からないので、ひとまず私はスマホコールを受けることにした。


「もしもし」

「雅希。今電話しても大丈夫か?」

「うん。二次会は終わったの」

「終わった!」


二次会は飛鳥さんのカフェ「シャーデンフロイデ」で開催された。

忍と私は不参加だったけど、ほとんどが「二次会行く!」と言っていた。


「楽しかったようだね」

「うん!すげー楽しかった。来てくれた女子たち全員、飛鳥兄ちゃん見た途端にキャーキャー騒いでさー」

「特にちなっちゃんがすごかったんじゃない?」

「“カッコよすぎて鼻血出る~!私の免疫越えてる~!”って何回言ってたかなー」と聞いた私は、思わず笑ってしまった。


「飛鳥さん、アイドルみたい」

「アヅチは兄ちゃんに“ぜひ俺を弟子にしてしてください!”とか、わけわからんこと言ってた」

「アヅチは自分のキャラをよく理解できてるよね」

「そうだな!いっつもみんなに散々ツッコまれて笑い取ってるし。アヅチってさ、何気にクラスの人気者だよな」

「あいつは場を明るくして盛り上げることができる天才だから。みんなに好かれるキャラだけど、私はアヅチにプロポーズされても結婚はしない」

「ダメだっ!」

「なにが」

「おまえはもう・・“先約済”、だろ」と界人に言われた私は、分かっているけど聞き返した。


「誰と」

「俺と!」


『たまには界人にデレデレ甘えて頼ってやれよ』

『なんで私が』

『知ってるくせに。いくらあいつがイジられキャラでも、ずーっとツンだけってのはかわいそうっしょ。ほかの子に盗られたらどーすんのー?』


忍が言ったように、いつもツンツンしてばかりだったら、ほかの子に“盗られる”かも・・・なんて不安になったわけじゃない。

でも確かに、たまにはデレデレ甘える・・って私はそんなキャラじゃない!

けど、たまには素直な気持ちを界人に伝えてもいいじゃない。

って思ったのは、今日二度も未来のビジョンを視た(二度とも一瞬だったけど)せいで、少し弱気になってしまってるからかもしれない。最初のビジョンが「若くして病死」だったから・・。

そして私は次(二度目)のビジョンを選ぶと決めたんだ。


だから・・いいよね?私。


「・・うん」

「え?何?雅希。よく聞こえなかったからもう一回言っ・・」「ほかの男にプロポーズされても断り続ける」

「雅希。それって・・・」「おやすみ」


・・・やっぱり私、素直じゃない。

スマホ通話を切った後でしみじみそう思ってしまった私がハァとため息をついたとき、メッセージの受取音が鳴った。


『もう忍からジーンズ借りるの禁止』


私は思わず自分のスマホ画面をガン見しながら、「え」と呟いた。

もしかしてこれ・・白虎が言ってた「カップルのお約束」・・?


『次からは俺が貸すから。雅希が着ていいのは俺のジーンズだけってことで。いい?』


やっぱりそうだ。

私は顔をほころばせながら、界人に返事をタイプして送信した。


『界人のジーンズもサイズが合わない』


私自身にその気は全然ないけど、他の男の人たちに「セクシー」だと思われるのは嫌だ(エロい気を自分から招いてるようなものだ)から、やっぱり外出用の服は買ったほうがいいのかな。わざわざ休みの日に外出することはないけど・・あ、メッセ来た。


『じゃあやっぱ一緒に服買い行こ』という界人からの返事に、私はハァとため息をついて、返事を打った。


『私と一緒に外出するにはいろいろ制限がついてくるから。止めたほうがいい』


受信機体質の私は、人が多い場所には行くことができない。

人の気や念を受けまくった結果、必ず気分が悪くなるし、ひどければ倒れてしまうこともある。

だからショッピングモールみたいな「買い物をする場所」はもちろん(「買いたい」「欲しい」という購買欲や所有欲はかなり強力だ)、映画館や美術館や水族館や動物園、コンサートやスポーツ観戦とか、カップルや夫婦が普通にしてる「お出かけデート」は無理。私にはできない。


もしかして私は、無謀なことに挑戦しようとしてたのかな。

界人と一緒に・・なんてやっぱり無理なことかもしれない。

相手は界人に限らず、誰も・・。

そもそも受信機体質の私は恋愛に不向きなんだから。

と思うと、ちょっと悲しくなってきた、そのとき。

界人から返事がきた。


『制限つきでもいい。俺は雅希についていく。そして俺は、おまえを護る。だからおまえにとって一番最善な方法で服買いに行こう』

「・・・ばか」


選んだのに。「可能性は選べる」って分かったのに。

界人と私にとって幸せな未来の可能性を選ぶって、私は・・私が決めたのに。

界人だってそう決めてるはずなのに。


もう凹むなんて。私のバカ。

私が選んだ生涯のパートナーは、“これくらいのこと”であきらめるような男じゃないでしょ?私が先に挫折してどうするのよ!

と自分で自分を励ましている間に、また界人からメッセが来た。


『いつ行くとかは来週あたりから決めよう。な?』


・・・やっぱり界人は強い男だ。

それに私にとって界人は、浄化のような作用がある人でもあることを忘れてた。

だからと言って、界人と一緒に人が多い場所に行っても、気分が悪くなることに変わりはないと思うけど、それほどひどくはならないような気はする。

今はそれだけで十分だ。


私はまた、顔をほころばせながら返事を打った。

さっきまでの悲しさや落ち込みはもう消えて、今の気分はとても軽くて晴れやかだ。


『界人、ありがとう。』までタイプした私は、少し間を置いてまたタイプを打って送信した。


『界人、ありがとう。おやすみ🍀』


私たちにはハートよりも四つ葉のクローバーのほうが似合ってる。

そんな私の意図が界人にも伝わったのか、界人も『おやすみ🍀』と返事をくれた。

伝えたいと思うことが相手に伝わることって嬉しい・・そうだ。


今年は界人に誕生日プレゼントを贈ろう。

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