第10話  ほかに好きな人がいるからキミとはつき合えない

「きよみ女史のお弁当は茶色が続いてるね」

「致し方ありません、神谷雅希女史。ただいま“あさりの佃煮のとき”なので」

「ん?“あさりの佃煮のとき”?って何?きよみ女史の食ブーム?」

「かれこれ二年ほど前から私が黄泉の国のヨミと書き、そして清い女と書いてキヨメと読む、黄泉清女というペンネームで漫画を描き、作品を発表していることは、以前お話ししたことがありますね?佐渡真珠女史」

「うん。“冥途カフェ 三途ノ川”でしょ!早速読みました!絵に躍動感があって、表情もリアルでとても上手なのはもちろん、ストーリーがとっても面白いです!“冥途”カフェっていうくらいだし、地獄好きなきよみ女史が描く漫画だから、てっきりホラーモノかと思ったんだけど」

「全然怖くないでしょ」

「そうなの!怖いどころか最後のシーンはいつもじいんとくる。心温まるストーリーだよね。グイグイ惹きこまれていく感じで。早く次のお話しが読みたいなあ」

「どうもありがとうございます、佐渡真珠女史。私にとって“グイグイ惹きこまれる”は、地獄嬉しい誉め言葉です。それでただいま、最新話を描いている最中でして」

「まさか最期の晩餐に“あさりの佃煮”が出るの?」

「その通りです、神谷雅希女史」

「それは大変だね、きよみ女史。ほら、栄養が偏らないようにたまごやき食べて」

「ありがとうございます、神谷雅希女史。あさりの佃煮はまだマシなほうです。それにようやく納得のいく“最期のレシピ”が出来上がりましたので、あさりの佃煮にまみれた拷問攻めにあうことはもうありません。そこで神谷忍氏」

「ん?」

「今週末もアシスタントをお願いしたいのですが、ご予定は?」

「ごめん。土曜日は朝から夕方くらいまで予定入ってしまった」と忍は言いながら、きよみ女史にミニトマトを1コあげた。


「それも食べときなよ。栄養バランス」

「ありがとうございます、神谷忍氏」

「明後日の土曜日、特進クラスの親睦会兼真珠と界人の歓迎会をすることになったの」

「ああ、なるほど。それが“予定”なのですね?神谷忍氏」

「そゆこと。パーティー終わったらアシ行こうか」

「いえ、結構です。そちらの祝宴が何時に終わるか、定かではないのでしょう?」

「うん。でもきよみ女史一人で大丈夫か?時間足りないんじゃねえの?」

「その点は大丈夫です。むしろ神谷忍氏に来てもらうほうが、時間が足りなくなるかもしれません」

「なんで」

「あなたがいると、いろいろなことに気を取られてしまうからです」

「えー!?きよみ女史がいっつも細かい注文多いからじゃねえの!?」

「そうですね。あなたは描くことが地獄上手なうえに、描かれるほうも可能な“両刀”ゆえ。ときにそれが諸刃の剣となるのですよ、神谷忍氏」

「は?」

「要するに、あなたは“血も滴る”レアな逸材ということです、神谷忍氏」

「いや待って、きよみ女史。俺ますます意味分かんなくなったんだけど」

「忍には分かんないの?」

「分かんねえよ!そういうまーには分かるんか」

「うん。褒めてるんでしょ?忍のこと。地獄的表現がたくさんあったじゃない」

「あ・・・マジ?きよみ女史」

「端的にまとめれば、まあそういうことです。ところで。その祝宴会の主賓の一人である魁界人氏は。今日はお休みですか?」

「ううん、学園には来てるよ」

「さっきこっちに来る途中で女子生徒につかまってた」

「朝に引き続き」

「そういう忍だってここに来る途中で告白されたじゃない」

「まー、今それ言うなよ!俺を置き去りにしたくせに」

「他人の恋愛沙汰には干渉しない主義だから。ね?真珠」

「うん」

「真珠ちゃんまで!?」

「忍くんなら一人で切り抜けることができるよ!」

「そっか・・・なるほどなあ」

「それよりさあ、界人くん大丈夫かな。お昼食べる時間なくなっちゃうよ」と真珠が言ったタイミングで、界人がようやくここに来た。


「遅くなってごめん!・・・あ。みんな食べてたんだ。良かったあ」

「誰も界人のこと待たないよ」

「にしてはまー、まだ食べ終わってねえじゃんか。俺より早く食べ始めたってのに」

「私は食べるペースが遅いの。界人、たまごやき食べる?」

「もちろん!やったー!ちゃんと俺の分も作ってくれてたんだ。ありがとう、雅希ぃ!いっただっきまーす!」

「魁界人氏。地獄ご満悦な表情をしていますね。まるで今日一番のごちそうを食べているような」

「ん!・・・きよみ女史の言うとおりかも・・あぁでも、飛鳥兄ちゃんが作ってくれる弁当もマジ美味いけど」

「飛鳥さんってキャラ弁作るのも上手なんだろうな」

「雅希ちゃんそこ!?」

「てか、雅希はキャラ弁作ったことねえの?」

「ない」

「どうして」

「作れるようなキャラ知らない」

「“銀警”はどーよ」

「ダメ。難し過ぎるし、私には絵の才能ないから」

「なるほど」

「即答ってところがおまえらしいな」

「“私らしい”ってどういう意味なの」

「ん?っと、“潔い”って意味」

「そう」

「雅希も早く食べろよ。箸止まってるぞ」

「あ・・うん」

「んじゃこの辺で~、そろそろ朝のお題の続き、からの締めに入りましょっか~!界人っ」

「ん。何、忍」

「今朝といいさっきといい、おまえはいつも告白されたとき、どう言って断ってんの」

「“掘り返し”来たっ!」

「え・・・それ言わなきゃダメか」

「もち!」

「じゃあ、忍が先に答えてくれたら俺も言う」

「マジで?」「マジで」

「じゃあ」と言った忍は、コホンと咳ばらいをすると、おもむろに口を開いた。


「“ほかに好きな人がいるからキミとはつき合えん”と」

「へえ。ストレートに断るんだ。忍なのに」

「まー、それどういう意味だよっ」

「意外」「それは私も思った」

「真面目、なのですね。神谷忍氏」

「うーん・・てかストレートに言わなきゃ相手に通じねえのよ。俺の“誠意”と“真意”が」

「ストレートに言ってもほとんどの場合、通じてねえけど」

「界人の呟き、俺にはよーく分かる!それマジで、そのとーりなんだよっ!んじゃあおまえはいつもなんて言ってんの。今後の参考に・・・」

「おまえと同じだから。参考にならんですまんっ」

「うーむ・・・。こうなったらまーっ!」

「なに」

「おまえの断り文句、俺らに教えて!」

「えっ?雅希もよく告白されてんのか」

「まーは“神谷の女”だからなっ、モテるに決まってんだろ?」

「そっか・・・。雅・・」「教えることはない」

「えー?そう言わずに頼むよー。なっ?このとおり!」

「だから、忍たちに教えてあげられるようなことを私は言ってないの。だから教えようがない」

「またずいぶん略したな」

「うん。でもさ、好きになった人に告白までするということは、それだけその人のことが好きってことでしょ」

「うん」

「だから“他に好きな人がいるからつき合えない”って言われても、すぐには受け入れられないんじゃない?その“断り”を」

「逆に言うなら、もしその断りをあっさりと受け入れられるようならば、その人の好きだという想いは“まだ浅い”ということですね?神谷雅希女史」

「そう」

「なるほど~」「そうだよね~」

「ホント、雅希ちゃんときよみ女史の言うとおりだと思うよ」

「だから、自分が何とも思ってない相手に何度告白されても、相手が諦めつくまで断り続けるしかないんじゃない?“つきあううちに俺のこと好きにさせてみせる”とか言われても、私はそうならないっていう“揺らぎない自信”があるし」

「そこまで言うのか」

「相手によるけど。まあそれが、私なりの誠意っていうか、真意というか。そこまで言っても諦めない人もいるけどね」

「その場合、おまえはどう対処してるんだ?好きって想いがねじ曲がってストーカーまがいなことされたりとか・・・」

「今のところそれはない。仮にされても即対処するから」

「どうやって」

「“私を好きって思い続けてるその気持ちを、自分が心からやりたいと思うことに向け直して、そのために使って。そのほうがカッコ良いよ“って」

「言ったことあるのか」

「一回だけ」

「それからどうなったの」

「うん・・・」

「まーっ、ニマニマしてるだけじゃ結末分かんねえ!」「雅希、略し過ぎだって!」

「え?あぁ、その男子は二度と私に告白しなくなったし、心から自分がやりたいことも見つけたみたい。私に告白してたころよりカッコ良くなってるよ」

「わあ、そうなんだ。なんか、ステキなお話しだね」

「うん。だからお互いにとってハッピーな終わりかただった・・あ、でもつき合ってないから“終わりかた”っていう表現はヘンだよね」

「“結末”で良いのでは?神谷雅希女史」

「うん。それでいい。で、忍は本当に好きな人がいるの」

「雅希ちゃん、ストレートに聞いてるっ!」

「俺?うん、いる」


意外にも、忍はあっさりそう答えた。


「いるけど、俺の初“愛”が成就する可能性は絶望的にめちゃ低いんだな、これが」

「そう」

「それでもいいんだ。今は一緒に過ごせるときがあれば、俺はそれでいいんだ」と、自分に言い聞かせるようにそう言った忍を、私はギュッと抱きしめたくなった。


忍を慰めるためというより、励ましたくなったから。

でも実際に抱きしめることはしなかった代わりに、「本気なんだね」と私は言った。


「もちよ!だから俺にとってこれは初“恋”じゃなくて、初“愛”レベルまで上がってんの」

「今の忍、カッコいいよ」

「“今”だけ!?」「うん」

「雅希ちゃん即答して斬った!でも、私も雅希ちゃんの意見に賛成だな。さっきの忍くんはカッコ良かったよ。飛鳥さんがいなかったら私、好きになってしまったかも・・・って、私は友だちとして、私は忍くんのことずっと好きだからね!」

「サンキューな、真珠ちゃん」

「忍の初愛が実るといいね。可能性はゼロじゃないんでしょ?」

「うーん。ま、恋愛ってのは相手があって成り立つことだからな、俺一人でどーこーしてもしょーがねえっしょ。それに宿命にも逆らえねえし」

「あのさ、忍が好きな人ってもしかして・・・雅希・・だったりする?」


界人のトンチンカンな質問に、その場は一瞬、シーンと静まり返った。


「あきれた」「な・・」

「界人、忍と私がいとこ同士だってこと忘れてる」

「俺らは生まれたときからずっと一緒に住んでるせいか、“いとこ”ってよりも“家族”なんだよ。だから俺にとってまーは“妹”同様で」

「え。私が“忍のお姉さん”じゃないの」

「順番から言うと違うっしょ。俺のほうが先に生まれたんだし」

「でも私のほうが“姉”っぽく見えるよね?きよみ女史」

「そうですね・・“姉、ときどき妹”とでも申しましょうか。つまり両方アリということでいかがでしょう、神谷雅希女史」

「天気予報みたい」

「言えてる!・・あ、そろそろお昼休み終わるよ」

「楽しいひとときは、いつもあっという間に過ぎ去るものですね」

「ホントそうだね。じゃあきよみ女史、また明日ね」

「ごきげんよう」



「雅希、忍。さっきの質問は愚問だった。ごめん」

「いいってことよ。あれでおまえは究極の天然だって分かったからさ」

「そうだね」

「雅希まで!?」

「でも」「ん?」

「これで界人の“勘違い”はなくなった?」

「・・・うん。クリスタルクリアー!」


界人の答えに石好きな私の顔が、またほころんでしまった。

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