第8話 ただの「石」じゃない、「宝」石だよ。

「ここ、フツーのマンションじゃん」

「そうだよ」

「“自宅サロン”ってやつ?」

「ううん。ここは礼子さんたちの“自宅”じゃなくて、礼子さんが石の販売をするために借りてる部屋なんだって。だから・・・個人事務所?それとも個人店舗?」

「要するに、起業家みたいなもんだな」

「たぶんね」

「俺、てっきり礼子さんって人はまだ宝石店のオーナーかと思ってた」

「ご主人が政治家になってから、お店とお店の経営権は他の人に譲ったんだって。今は礼子さん一人でできる範囲で宝石やアクセサリーの仕入れから販売までをここでやってるみたい」

「ふーん」

「顧客も礼子さんが賄える範囲まで留めるために“自分自身で選んでる”って、礼子さん言ってた。だから“一見さん”は基本、お断りスタイルで、ホントにここは“知る人ぞ知る”名宝石店なんだよ」と私は言いながら、インターホンを押した。


「てことは、雅希も礼子さんに“選ばれた”客の一人になるんだな」

「うん。私は・・」と言いかけたところでドアが開いた。


「いらっしゃいませ、神谷さん。“セレナ”にお越しいただき、どうもありがとうございます」

「綿貫さん。こんにちは」

「さあどうぞ、お入りください。そちらの方もどうぞ」と綿貫さんに言われた私たちは、玄関で靴を脱ぎ、綿貫さんが用意してくれたいたスリッパを履いて中に入った。


「神谷くんはどうしたの?」

「別の用事ができたので、今日はクラスメイトと一緒に来ました」

「そっか。こんにちは。俺は綿貫雄馬です。ここでは母のアシスタントというか、まあ秘書的な仕事をしています。確かキミとは学園の廊下で会ったよね」

「はい。魁界人です」

「魁、くん?」

「魁飛鳥は俺の兄です」

「やっぱり?魁って珍しい苗字だから、飛鳥さんの身内か親戚関係の人かとは思ったけど・・そっか。ご兄弟の間柄ね」

「正確にはいとこですけど、今は一緒に住んでます」

「あぁそうなんだ。オーナー、神谷様と、お連れの魁様がお見えになりました」

「いらっしゃい!雅希ちゃん久しぶり~!」

「こんにちは、礼子さん」

「で、そちらのイケメン・・界人くんは魁飛鳥くんの“弟”なのね?慶葉の制服着ているし」

「界人は私と同じクラスです」

「あら、そうなの?」

「高等部から編入しました」

「じゃあ“入試組”なのね」

「はい」

「それで特進クラスに入れたんだから、頭良いじゃない」

「うーん、その辺は微妙というか・・」

「“裏口”から“易々と”入ったの?」

「いやいや!ちゃんと入学試験を受けて合格しました!もちろん裏の情報を事前に得るとかコネでゴリ押したとか、そういう小細工は一切してません!」

「そっか。努力家なんだね。ムキになるところもすっごくカワイイし」

「えっ!?あ、あのぉちょっと近・・」

「ダメよ。私から目を逸らしちゃ」


どちらかと言うと「人懐っこい性格」の礼子さんは、自分の息子と同じくらいの年齢の人でも、気に入ったらとことん可愛がる。

礼子さんはそういう気さくな人だけど、さすがに初対面で、しかも何の予備知識もなければ。さすがにタジタジになってしまうだろう。


息が触れ合いそうなくらいに超間近に“迫られてる”界人は、思いっきり目を見開いて、礼子さんを見ている。

ていうか、アゴグイまでされている界人は今、礼子さんを「見るしかない状況」で。

一歩間違えればさすがに逆(?)セクハラになってしまうところだけど・・・界人はどう切り抜けるかな、この状況を。


「あっ、あのう、そろそろ手を引いてほしいです・・」

「母さん、あんまり魁くんをいじめないでよ。初対面なんだし。魁くん、戸惑ってるでしょう?」


綿貫さんは、オーナーである母親をたしなめながら、テーブルにティーカップを2つ置いた。


「ていうか、いきなりそんなことされたら誰だって驚くからさ、もうしないでほしいんだけど。訴えられたらどうするの」と、あくまでも冷静に現実的なことを言ってる綿貫さんとは対照的に、礼子さんは気もそぞろに「あぁそうね」と言うと、あっさりアゴグイを止めて、自分の椅子に座り直した。


「ビックリさせてごめんなさいね。キミに刻まれている“生き様”をちょっと見たかったのよ。雅希ちゃんが連れてきた子だから、大丈夫だっていうのは分かってるんだけどね、うん。キミは太くて真直ぐな、とても良い“生き様”を刻んでる。波動も純粋でキレイだし。雅希ちゃんがキミを選んだのも納得だわ。私はキミのこと気に入ったよ!」

「は・・あ、どぅも。キスされるかと思った」と言った界人は、「“生き様”ってなんだ?」と顔で私に問いかけているのが分かるけど、私はあえて、界人の“問い”には答えなかった。

それよりも「別に私は界人を”選んで“ないです」と、礼子さんに言うことのほうが大事だったからだ。


「照れなくてもいいのよぅ、雅希ちゃん。それより界人くん」

「はいっ?」

「あなた、まだキスしたことないの」

「えっ!」「オーナー」

「はいはい。これ以上いろいろ言うと訴えられるかもしれないから、もう止めときます」

「まったく。どっちが親か、ときどき分からなくなるよ。魁くん、母の不躾な態度をお許しください」

「いやいやそんな!俺は大丈夫です。イジられるのは慣れてるし」


界人のコメントに、思わず私はクスッと笑ってしまった。


「自覚あるんだ」

「そりゃそーだろ。でもさすがに今のをこれから毎回されるのはちょっと、免疫不足っていうか・・・」

「もうしないわよ」

「界人、天然」

「でも面白い子ね。界人くん、あなたには“可愛がられる素質”があるわ」

「オーナーがおっしゃること、分かります。あ、お二人とも、冷めないうちに紅茶をどうぞ」

「ありがとうございます。今日も美味しそうな色と香りがする」

「ハーブティーが苦手とおっしゃる神谷さんには、いつも有機栽培された紅茶を、ミルクやお砂糖なしのストレートで淹れています。本日はセイロンで、濃度は10段階中の5。濃過ぎず薄過ぎない中間濃度にすることで、セイロンの味を最大限に引きたてています。カフェインは若干、入っていますが、通常のセイロン茶葉より含有量は少なめです」

「いつも聞こうと思っていたんですけど、これ、どこで作られた紅茶の葉ですか?」

「どこだと思う?」

「うーん・・本場のイギリス、っぽい味がする」

「ハズレです。正解は、日本産でした」

「えっ?そうなんですか?」

「はい。オーナーの知り合いから無理を言って仕入れています。もちろん、品質や味はこちらで厳選させてもらっていますが、“注文が多過ぎる”とか“無理難題をふっかけるな”と毎回言われます。でもお客様にご提供する以上、そこは絶対妥協できない点なので」

「そうなんだ・・。毎回美味しいって思う。新鮮で。紅茶がキラキラ輝いて見えるんです」

「この子はねぇ、こういう、秘書的なことが好きなのよ。向いてるし」

「仕事内容はオーナーから叩き込まれましたから。ショートブレッドもどうぞ、召し上がってください。きっと今日の紅茶に合いますよ」

「・・うん、美味しい」「うまっ!」

「実はこちらのショートブレッドは、先ほど魁飛鳥様から頂戴したものです。本来なら、他のお客様から頂いたお土産品を他のお客様にお出しするような失礼に値することはいたしませんが、とても美味しかったので。数も多めにいただいたことだし、なんでも“できたて”と聞いたので、美食家の神谷さんもきっと喜ぶだろうと思って」

「あ。やっぱり。美味しくて馴染みあるような、なんか懐かしい感覚の味だった」

「魁くんも喜んでくれて良かったです」

「飛鳥くんは料理上手な男の子よね」

「カフェのオーナーですよ、母さん。それに私どもは、飛鳥さんから飲料用のハーブを仕入れているんです。カモミールやレモングラス、ミント等。あの方ご自身で栽培されているのでオーガニックなのはもちろん、品は確かで質も高い」

「兄ちゃん、料理もすげー上手だし、植物を育てるのが趣味なんですよ。でも俺から見たら、もうプロかってくらい凝ってて」

「この子はこういう好きなことに関してはすっごい凝り性だから、語り始めると止まらないの」

「でも分かります。なんか、綿貫さんの語りを聞いてたら、兄ちゃんと似てるなーって思いました。語る内容は愛情そのものなんですよね、その好きなこととか物に対する」

「あ。ドンピシャストライク。まさにそのとおり!でも宝石を見にいらしてくださったお客様に、宝石とは関係のない紅茶やハーブのことを熱く語ってもつまらないですよね。すみません」


苦笑を浮かべている綿貫さんに、「面白いです」と私は言った。


「私も紅茶とかお菓子とか好きだし。ハーブはお茶として飲むのは苦手だけど、植物としては好きだし。それに綿貫さんのおかげで、私はいつもここではくつろいで過ごすことができます」

「そう言ってもらえると俺は嬉しい!秘書冥利に尽きる誉め言葉だよ」

「あ、もちろん礼子さんのおかげでもあります」

「うんうん、分かる!雅希ちゃんは特にね」


石を見る目が確かにある礼子さんの霊力は割と高いほうだし(少なくとも石の波動は「正確に読める」人だ)、私の「受信機体質」のことも知っているので、私にとって「くつろいで過ごせること」や「快適であること」がどれほど大事か、そして実際に、私がくつろいでいるか、快適かも分かる人だ。

だから私はウソはつけないし、そういうことでウソをつきたくない。

ウソや偽りを重ね続ければ、相手と信頼を築くことができないから。

ということも礼子さんから教えてもらったことの一つだ。


「しっかりくつろいでることだし。そろそろ雅希ちゃんに石を見てもらおうかな」

「はいっ、お願いします」


そうして礼子さんはいつものように、石たちが乗せられている台を、テーブルの上にそっと置いた。

厳かに置く姿は、まるで儀式のようで、石を「ただの売り物」ではなく、「大切な物」として扱っている礼子さんの姿勢が垣間見えるから、私は好きだ。


そして今回も、礼子さんが「私向きに」選んでくれた数々の石は、一つ一つがキラキラ輝いて見える。さすが礼子さんだ。

正直、ここにある石全部欲しい。でもそうすると完全に予算オーバーするから、今日もやっぱり「厳選」しないと・・。


私は台に置かれたままの石を、まずは一通りじっと見た。

その中から「ちょっと気になる」とか「なんか惹かれる」と思った石を、今度は手に取ってみる。

そのとき(持った)石から発せられてる波動を感じて、その波動(石)が私に何を語りかけているかまで感じ取れたら、私はその「会話」に従って、購入する石を決めている。

これは石を見る目を養う練習だけでなく、波動を読む、ちょっとした訓練にもなっている。


今日は薄いピンク色の石を一つ、手に取った。

ローズクォーツは私の好きな石の一つだ。

和名は「紅水晶」。つまりローズピンク色の水晶で、浄化と癒しの作用があると言われている。

台に五つあるローズクォーツを、私は一つずつ手に取り、じっと見ながら「会話」をした結果。


「この子と、この子にします」

「この“子”!?」

「うん。物だけど、人のように接してるから。ときどき私よりもはるかに年が上の子もいるけど、呼びかたは“子”で統一してる」

「そっか。なんか、奥が深い領域だな」

「そうだね」

「その子とその子ね。ほかには?」

「あ、そうだ。実はこれ」と私は言いながら、ポケットから水晶のブレスレットを取り出した。

浄化の強化対策に、入学式のときにつけていた自作のブレスレットだ。


「この子にヒビが入っちゃって」

「あーらら。これは完全にお役目を果たしてるわね」

「やっぱりそうですか」

「水晶なら今あるわよ。雄馬、紫の箱を取ってきて」

「はい、オーナー」


それからほどなくして、白い手袋を着用したまま、綿貫さんが紫色の台を手に持ってきた。

ブレスレットやネックレス用の丸い水晶だけでなく、他の石もいくつかある。


「この中からで良かったら一つ選んで。同じ水晶なら交換する形にしましょう。その分のお代はいらないから」

「いいんですか」

「もちろんよ」

「じゃあ・・・・・・・この子がいいので、差額だけでもお支払いします」

「レインボークォーツね・・うん。確かに今の雅希ちゃんにはピッタリな石だわ。もう私ったらうっかりしてた。この子のことを忘れてたなんて!」

「でも結局は今日、この子に引き合わせてくれました」

「うん、そうね、そうとも言えるわね。じゃあ差額はいらないから、この子を可愛がってやってちょうだい」

「え。でも・・・」

「いいのよ。私からのプレゼントってことにしといて」

「じゃあ。ありがとうございます、礼子さん」

「どういたしまして」

「あの、その代わり・・じゃないんですけど、この子を買いたいです」

「タイガーアイ?」と言う礼子さんに、私は頷いて応えた。


「この子を見たときから父さんにプレスレットを作ってあげようと・・・」


正確には、この子を使ったブレスレットを父さんがつけている「ビジョンみたいなもの」が、なんとなくだけど視えたような、思い浮かんだような気がした。

石を見た瞬間――つまり手に取らなくても――その石が私にメッセージを送ってくる(と私は思ってる)ことがある。

今のところは石に関わり始めて5年の間に数回しか起こってない、ごく稀なことだけど。

だからこそ、見ただけで石からの「メッセージ」がわずかでも聞こえたり視えたりしたときは、必ずその石を買うようにしている。

だってこの子は「今日」、私のところにやってくることになっているんだ。

私の、じゃなくて父さんのために。


「頼雅さんのね。なるほど・・・うん、分かりました。いいわよ。販売価格はいくらだと思う?雅希ちゃん」

「私なら・・・最低でも税抜きで5000円。たぶんそれ以上。でも7000円だとちょっと高いかなって思う」

「え!この小さい石一つが5000円!?」

「これは“ただの石”じゃない、“宝石”だよ。それにこの子はグレードも高いし、ブレスレット玉としては大きいサイズなのに状態も良い」

「グレード?」と聞く界人に、綿貫さんが「簡単に言うと、宝石や天然石の“品質”のことだよ」と説明してくれた。


「品質はアルファベットのAで表示されます。段階は3つまで。“セレナ”ではオーナーがAAダブルエー以上と認めた品質の石しか入荷していません」

「つまりAが多いと、それだけ品質も高いってことですか」

「平たく言えばその通りです。ただ、その品質を決める明確な基準というものはありません。ですから最終的にはその石を販売する人の信頼度、それから石を見極める目――鑑定眼――がものを言う世界です」

「あぁ、それでか。いろいろ分かりました」

「じゃあこの子には、Aがいくつあるかな?」という礼子さんの問いかけに、私は「トリプル」と即答した。


「私はトリプルをつけます」

「うん、よろしい!実はねえ、この子、他のクライアントに頼まれて仕入れたんだけど」

「あ・・じゃあ・・」

「でも不思議なことに、クライアントに自信を持って見せたら――私もね、この子にはトリプルAをつけたのよ――お気に召さなかったみたいでね。“私と釣り合うもっと質の良い石が欲しい”なんて言われちゃったの。まあクライアントがそうおっしゃったことも、分からないわけじゃあないんだけどね。この子は結構“クセ”が強く出てるから。でもちょっとガッカリしちゃったのも確か」

「要するに、人によってこの石の品質は、シングルになったりトリプルにもなるということです。この石に限ったことではありませんが、まま、あり得る実話なのが現状です」

「相性の問題ですね。その方とこの子は相性が合わなかった」

「そういうこと。結局選んでいるのは人じゃなくて石。石が持ち主を選んでいるのよ」

「すげえ・・・!石の世界はマジふけぇ!」

「でもそう考えると、この子は頼雅さんに身につけてもらうために、雅希ちゃんが来るのを待ってたのね。紫の箱を持ってきた雄馬、グッジョブ!」

「いえいえ。こちらこそ、今日も勉強させてもらいました」

「じゃあ、この子は私が買ってもいいんですね?」

「もちろんよ!タイガーアイはもう一度仕入れ直すから」

「良かった・・あ。そしたら今日はローズクォーツ一つしか買えない」

「じゃあおまえの代わりに俺が買おうか?おまえがイヤなら立て替えとくってことにしても良いじゃん」

「ありがと。でも界人、今お金持ってるの」

「・・・この子いくらですか」と聞いた界人が涙目になっていたのは・・・気のせいか。














「雅希はすげえな!結局、仕入れ値、販売価格、全部あってた」

「そうやって礼子さんから教えてもらってるの。石を宝石にする品質の見極めかたから値のつけかたとか、それぞれの石の相場価格まで」

「でも“毎回ほぼ正確に言い当てる”って綿貫さん絶賛してたじゃん。“毎回”はマジすげー!“鳥肌立つ”のは俺も分かるわ」

「宝石はいつも同じようだけど、どこかに違う部分があるみたいな。その違いが新鮮で、新たに発見することが面白いんだよね」

「宝石の世界はやっぱ奥深いな。好きじゃなきゃ続かねえよ」

「そうだね。ねえ界人」

「ん?」

「界人はまだ、キスしたことないの」


私の問いかけに、界人は「はっ!」と言いながら飛びのく反応を示した。


「ないの」

「それは・・・場所にもよる!」

「ふーん」

「じゃあおまえはどうなんだよ!?」

「なんでムキになってんの」

「質問を質問で返すな」


いつの間にか界人の顔が、私の間近に迫っていた。

さすがにアゴグイまではしてないけど、これはまるで、さっきの礼子さんと界人の状況みたい・・・。


「どうなんだよ」言う界人の息が、私の顔をくすぐりそうだ。


「雅・・」「界人。近い」

「あっ!」と言った界人が先に一歩後退した。


「ごっ、ごめん」

「嫌じゃなかったから別にいい。あ、来た」

「・・・そ、っか」と界人が呟いたのとほぼ同時に、私たちを迎えに来てくれた車が停まった。

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