第7話 二つになった「約束」

「雅希、それって・・」

「着いたよ。このマンションの2階・・・あ。飛鳥さんだ」

「え?飛鳥兄ちゃん!?なんでここにいるんだ!?」

「これはこれは、雅希さんと界人くん。こんなところで会うとはなんという奇遇!昨日の今日で“こんにちは”だね」

「こんにちは。昨日はごちそうさまでした。それに楽しかったです」

「いつでも“シャーデン”に遊びに来て。もちろん我が家にも来ていいからね。雅希さんは大歓迎だよ。特にボクの弟が」と言いながらウインクしている飛鳥さんは、父親がフランス人で母親(の弟が界人のお父さん)は日本人のハーフだけに、そういう仕草がとてもカッコよくキマってるし、界人とは違う形の「超絶正統派ハンサムな美形イケメン」だ。


そして飛鳥さんは大学に通っている学生業の傍ら、「みんなの家」という児童施設でボランティア活動のほか、1階は全て店舗のとあるマンションで「シャーデンフロイデ」という名前のカフェも経営していて、飛鳥さんと婚約者の真珠と界人の三人は、「シャーデンフロイデ」の真上にあたる2階に住んでいる。

「シャーデンフロイデ」はドイツ語で、日本語に訳すと「ざまあみろ」的な意味になるそうだ。要するに「他人の不幸を喜ぶ」みたいな意味合い。


『なんでこの名前にしたんですか?』

『“シャーレンフロイデ”っていう響きが気に入ったんだ。ドイツ語はあんまり得意じゃないんだけどね、日本人でも言いやすいでしょ?“シャーデンフロイデ”って。それに、生きていれば誰だって“ざまあみろ”って思うときがあるんじゃないかな。ボクはしょっちゅう思ってるかも。死んだ父親に対しては特に』


両親が殺された真珠もだけど、飛鳥さんは彼女以上に壮絶な子ども時代を過ごした。

家庭内暴力をふるう(虐待する)父親を、ある日母親が子ども(飛鳥さん)の目の前で殺したのだ。

当然、母親には正当防衛が認められた。

けれど母親は、たとえそれが正当防衛でも「子どもの父親を殺した事実」から徐々に罪の意識にさいなまれ、そのうち生きる気力よりも「これから先、子どもを育てる自信と気力」を完全に喪失してしまい、結局自ら命を絶ってしまった。


こんな形で両親を亡くした飛鳥さんを、「私たちで育てます!」と真っ先に名乗りを上げたのは、母親側の身内である界人のお父さんだけだった。

「というより、最初は母さんのほうが熱心に飛鳥兄ちゃんを引き取りたがってた」と、界人が話してくれた。

もちろん、界人のお父さんも飛鳥さんを引き取って育てることに異議は全くなかったそうだ。

それに飛鳥さんのフランス人の父親側の親族は、誰も飛鳥さんを引き取りたがらなかったどころか、飛鳥さんのことを「悪魔の子」呼ばわりし、厄介払いをしたがってたそうだから、ひどい話が現実にならなくて本当に良かった。


でも万が一、飛鳥さんが父親側の親族に引き取られることになったら、「そんなことは絶対させん!あんなクソ野郎どもに姉の大事な忘れ形見を託せられるか!」と界人のお父さんは言いきったそうだから、そんなひどい話が現実になるわけがないのだ。


界人のお父さんは、遠く離れた外国で暮らしていた姉と、その子どもが虐待されていたことや、相手を殺すくらいまで追い詰められていた現状を知らなかったこと、そしてこんな形で姉を失ったことを、とても悲しみ、悔いていたのだろう。


せめてまだ生きている姉の子どもには、今後これ以上辛い思いをさせない。

悲しい思いを背負わせない。

そしてこれからは、姉に変わって私たちが愛と安心して過ごせる居場所――ホームーーをこの子に与え続けよう。


こうして飛鳥さんは、魁家に養子として迎えられて、フランスから日本で暮らし始めたのだった。飛鳥さん14歳、界人が9歳のときのことだ。


壮絶な体験を経て心に深い傷を負っていた飛鳥さんは、ただ生き延びただけでなく、「全うに」生き続けて「愛する人たち」と「幸せ」と「自分の人生」を自分の力で得ることができた、見た目以上にタフで強い人だ。

虐待を受けて育った飛鳥さんにとって、今こうして健全に生きている姿勢こそが、父親に対する最大の復讐――「ざまあみろ」――なのだろう。


ざまあみろ!ボクはあんたの影に怯えることなく、あんたの思い描いたとおりになることもなく、全うに生きてるぞ!


「にーちゃんっ!」

「照れるなよぅ、界人くん。ま、そこが界人くんのチョーカワイイところなんだけどねっ」

「ギャー!もうにーちゃんっ!公共の道端で俺にギューッと抱きつくのはやめてくれ~!」

「界人くん、今日もカワイイ!」

「にーちゃーん!」


9年前は忍と私のリーダー的まとめ役だった界人が、今では「実はどこでもイジられキャラ」になっている・・・。

飛鳥さんにもイジられてるし(この様子だと飛鳥さんはしょっちゅうやってるっぽい)、学校でもクラスの男子には、よく「天然キターッ!」とか言われてイジられてることが多いし。

でも界人といると、ついイジりたくなるのは、なんとなくだけど分かる。


なんというか・・・つい、からかいたくなる?

それとも・・・つい構いたくなる、みたいな。


それって、男の子が好きな女の子にわざと女の子が嫌がるようなことを言ったりしたりすることと似てない?

じゃあこれって、「ツンデレ的な愛情表現」の一種なのかな。

少なくともこれは「いじめ」じゃないことだけは、絶対確かだ。


とにかく、これ以上イジられっぱなしの界人を見ているだけだと「帰る!」って言い出しかねないので、私は顔がほころぶのをこらえながら無難に「ありがとうございます」と言った。


「ところで。雅希さんたちが今から行く石屋さんとは、もしかして礼子さんのところ?」

「そうなんです!」

「へぇそっか。これまた奇遇な!実はボク、真珠さんにプレゼントするエンゲージリングを礼子さんにオーダーしててさ。さっき石の選定を済ませたところ」

「わあ、そうなんだ!ピッタリなのが見つかったって顔してますね」

「うん。ボクは大満足。きっと真珠さんに似合うよ。あ、このことは真珠さんにはナイショだぞ。特に界人くんっ。キミはすーぐ顔に出るから」

「それ兄ちゃんが言うか!?」

「言うよ?」

「隠し事が超下手なにーちゃんが?」

「言いますよ?」

「特に嬉しいことは隠しきれないにーちゃんが?サプライズが超苦手なにーちゃんが?」

「・・・あ~やっぱりダメ!ボクにはムリ!今すぐにでも真珠さんに教えたい!」

「ほら見ろ」「やっぱり・・」


超美形なのに面白くて優しくて、何より芯はしっかりしている強さを持っている。

飛鳥さんを石にたとえると、この世で一番硬い宝石、「荒々しく輝く高貴なダイヤモンド」かな。


真珠が飛鳥さんに惚れるのも分かるし、飛鳥さんが真珠にベタ惚れなのもよく分かる。

やっぱり、この世はお互い似た者同士が惹かれあうしくみになっているのかな・・。


「オーダーするの、もうちょっと遅くても良かったんじゃね?入籍するのは早くて来年なんだし」

「界人くん。宝石はね、人の縁と同じで、相手にピッタリ合う、相応しい石に出会えたときが、最適なタイミングなんだよ。だからよし、決めた!今日帰ったら真珠さんに言おう!やっぱりイイことはすぐ伝えたいし、真珠さんが喜ぶ顔を一日たくさん見たいから」

「結局言うんだ」

「ま、そのほうがいいよ。俺も助かる」

「じゃあ私たちはそろそろ行きます」

「あぁこれからなんだね」

「はい。それじゃあまた」

「またね。雅希さんに相応しい石に出会えますように。頼雅さんにもよろしく」

「飛鳥さん、私の父さんと知り合いだったんですか?」

「うん、まあ・・。ほら、ボク“みんなの家”でボランティアやってるでしょ?」

「はい」

「それで二年くらい前だったか、ナツノさんとレンジさんから最初は頼まれて、ゼロ課のヘルプっていうか、アシスタント的なことをね。まあ今ではボクから頼んでやらせてもらってるんだけど。ただボクは正式なメンバーじゃないし、本業は大学生だからホントに“時々”だけしかやってないんだ」

「あぁ、それで父さんのことを知ってたんですね?」

「そのとおり」

「父さん、私には全然言わなかった」


けどそれで分かった。

だから父さんは「再会記念祝賀会」で、飛鳥さんや真珠や界人には、ある程度の“事実”や神谷家の“家庭の事情”をしゃべってもいいって言ったのか。


「さっきも言ったけど、ボクはまだ正式なメンバーじゃないから。ただ雅希さんや界人くんはゼロ課のことを知ってるからね、話しておいてもいいかなと思ってさ。でもこれは“一応機密事項”だから、雅希さんは分かってると思うけど、口外しないでね」

「あ、はい。もちろんです」と言いながら、私は隣にいる界人をチラッと見た。


その途端、界人は私から視線をそらしたのが、私には分かった。


界人も「ゼロ課」のことを知ってたんだ。いつから知ってたんだろ・・あれ?ちょっと待って。

ということは、もしかして界人は、私と再会する「前」から、父さんとコンタクトを取っていたことにならない・・・?


「かい・・」「まさきー、部屋どこ?」

「あ・・えっと、この階段を上りきってすぐ」

「行こう。兄ちゃん、またなー」

「あとでね~!」


あの界人がごまかした。

いや、はぐらかした。


「・・・ごめん、雅希」

「下手」

「は」

「界人はごまかすのが下手だって言ったの」

「ずいぶん略してね!?」


界人の言いかたやリアクションが面白くて、私は歩きながらつい、口元がほころんでしまった。まあ元々怒ってないし、怒ることでもない・・・よね。


「言いたくないんでしょ?少なくとも今は私に言いたくないんだよね。それとも父さんに口止めされてるの」

「いや、それはない。頼雅さんにはその・・・」

「言いたくなかったら言わなくていいってば」

「うん。でもいつか全部話すから。絶対」

「それでいいよ」

「・・・これで雅希とした約束は二つになったなあ」と独り言のように呟く界人の横顔を、私はチラッと見るだけに留めて、返事は口に出さなかった。


・・・そうだね、界人。

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