第6話 昔から強かったよ
「雅希は相変わらず運動神経良いんだな。体力測定の結果、すげー良かったじゃん」
「まあ体動かすことは嫌いじゃないけど」
「雅希の得意なスポーツは?」
「うーん・・走ることとかヨガみたいに、一人で黙々とできる種目は得意なほうかな」
「ヨガってスポーツか?」
「知らない。でも私にとっては“体を動かすこと”だからスポーツとみなしてる」
「なるほどなー。で、ヨガやってんの?」
「ときどき。雪おばさんに教えてもらいながら家でね。雪おばさんはヨガインストラクターでもあるから」
「へえ。じゃあ雅希は体も柔らかいんだろうなあ。って“柔軟性がある”と俺は言いたかったわけで、別にヘンな意味で言ったんじゃないから!」
「分かってる」
私や忍や、とにかく神谷家の人間は、元々持っている高い霊力をこの世に適合させながら、この世で“なるべく普通に”暮らすため、身体だけでなく、「霊力」や「精神力」の鍛錬も欠かさず行う必要がある。
高い霊力を野放しにしていれば、そのうち霊力は通常レベルまで下がるかもしれないけれど、私みたいに他人の念や気を受け取り過ぎてしまう「受信機体質」の場合、何もせずに放置していたら、高い霊力に自己が飲み込まれてしまう可能性のほうが高い。
「自己が飲み込まれてしまう状態」というのは、つまり「自分自身を失う」ということだ。
そういう状態で「普通に」日常生活を送れるはずは、当然ない。だから・・・。
「・・私たち、特に私みたいな体質には必要なんだ。自分を護るためにも。それに、体は柔らかいほうが動きやすいでしょ?何かと」
「“何かと”って何だよ」
「え?いろいろ」
「“いろいろ”って何だよ!」
「スポーツとかヨガとか武術とかだけじゃなくて、普段の動作全般的に言えるでしょ?」
「あっ、あぁなるほどお」
「界人、今ヘンなこと想像した」
「してないしてない!してませんっ!」と慌てて否定している界人の姿がおかしくて、つい顔がほころんでしまった。
こういう感じで界人としゃべっても、私は不快な気持ちにならないし、こういう感じでしゃべってる私は「素」というか「自然」に思える・・・気がする。
なにより、界人と私は「合っている」ようにも思えてしまう。
私たちは波長が「合ってる」し、それが「似合ってる」って―――。
つい「錯覚」を起こしてしまう。
それとも「そうであってほしい」という「願望」を抱いてしまう・・・?
「体が柔らかいと身軽に動きやすくなるし、精神も柔軟になる。ていうか鍛錬しやすくなるんだよね、体と精神と霊力、全てはつながってるから」
「・・・雅希」
「なに?」
「武術習ってんのか」
「うん。今は父さんに教えてもらってる。これも家で、ときどきね。武術は身体だけじゃなくて精神のいい鍛練にもなるよ。それに集中力も養えるし、霊力をコントロールすることにも役立ってる」
「そっか・・。なあ、バスケとかサッカーみたいな球技系は好きか?」
「球技系は嫌いじゃないんだけど、基本的に私、誰かと組んでやる競技系スポーツは苦手なの」
「“団体戦”とか“連携プレイ”ってこと?」
「うん。私って協調性が欠けてるでしょ?」
「ええっ?そうかあ?おまえ、特進クラスのみんなとは仲良くやってんじゃん」
「それは長年のつき合いだからだと思う。それにボールめがけて人が寄ってきたり、試合とかで大勢の人の視線を集中的に浴びてしまうと、緊張の念とか不安の気をまともに受けてしまうから。そうなってしまうと、もうスポーツどころじゃなくなる」
「大変だな」
私が他人の気や念を受け取りやすい「受信機体質」であることは、界人も昔から知っていた。
気分が悪くなった子どもの頃の私を何度も見たことがあるから。
ただ4歳から6歳のときには「念」とか「気」とか「霊力」とか、「それらを受け取りやすい体質」がどういうことなのかという、「受信機体質の意味」までは理解できなかったと思うけど。
ただ、これから長くつき合う予定の友だちには、やっぱりある程度“事実”や“家庭の事情”を話しておいたほうがいいと思ったし(バレる形で知られるよりかは引かれる度合いは少ないと思う)、父さんからも「話していい」と許可を得た(神谷家では、うちのことや霊力のことは、「近くて深い関係者以外の他人」に口外してはいけないことになっている)ので、昨日の放課後の「再会記念祝賀会」で、界人には改めて、そして真珠と初対面の飛鳥さんには、初めて私の受信機体質のことを話したら、みんな結構あっさり、すんなりと受け入れてくれた。
それどころか、魁家の中でも界人のお父さんは、昔から神谷家のような「霊力者」と呼ばれる人たちを支援している「寄付者」だった。
寄付者はいろいろな形で霊力者を支援している人たちのことを指す。
大方の寄付者は「お金」で支援してるけど(そのため寄付者は経済界や財界に影響を及ぼすような大物が多い)、界人のお父さんは魁流という武術の創設者で、その魁流武術を霊力者に指導する形で、霊力者の支援をしていた。
どうやら父さんも昔(まだ界人が近くに住んでいた頃)は、界人のお父さんから武術指導をしてもらっていたらしい。
子どもたち同士だけでなく、親同士も交流があったんだ。
そしてアメリカから宮城に引っ越した魁家は、その後飛鳥さんを引き取ることになり、それがきっかけで宮城で「みんなの家」という児童施設の「支家」運営を始めた。
それから大学進学を機に宮城から上京して(当時)一人暮らしを始めた飛鳥さんは、東京にある「みんなの家」でボランティアスタッフをしている。
そして飛鳥さんは当時、「みんなの家」で暮らしていた真珠とそこで出会って恋に落ち、現在は婚約まで至ることを教えてもらったときには、あまりの「偶然なつながり具合」に驚き過ぎて、私の腕には鳥肌が立っていた。
だって「みんなの家」は、ナツノさんと、ナツノさんのパートナーであるレンジさん夫妻が創設・運営している、主に親が犯罪者の子どもを受け入れている児童施設で(でも真珠の両親は犯罪者ではなく、殺された被害者だ)、ナツノさんとレンジさんは、現在警視監の父さんの元上司。
だから父さんの娘である私も、ナツノさんとレンジさんのことは知ってるし、実際に会ったことも何度かある。
ナツノさんとレンジさんは今、「みんなの家」の運営に全力を注いでいて、父さんが属している通称「ゼロ課」の仕事は、資金面の援助に留まり(ナツノさんは元々寄付者で、「ゼロ課」の創設者。レンジさんは、ナツノさんのパートナーになった時点で、寄付者の役割も請け負っている)「現場指揮は神谷(父さん)に安心して任せることができるから、私たちは退くことにしたの」と、ナツノさんから聞いていた。
そして父さんも、もちろん「みんなの家」のことは知っていて、クリスマスプレゼントを届けるために、私が知ってる限り一度だけ、「みんなの家」に行ったことがある。
そのとき真珠も「みんなの家」で暮らしていたと思うけど、父さんは顔(中)に白髭をつけ、体には詰め物とかして「本格的なサンタの恰好をしてた」らしいし、その「サンタ役」は、「プレゼントを渡し終わったら、すぐ帰っちゃった」そうなので、入学式の日に保健室で父さんを見ても、真珠は「初めて会った知らない人」だと思ったのだろう。
界人と私は幼馴染だったことを抜きにしても、私たちは、飛鳥さんや真珠を含めてみんな、昔から「縁」でつながっていたんだ。
『今離れ離れになっても、縁が切れなきゃまた会える。いつか必ず』
・・・そうだね、父さん。
たとえ私たち自身が知らなくても、つながってる限り、「縁」のある人とはいつか必ず会えるんだ。
そして父さんは「知って」いた。
一旦離れ離れにならざるを得なかった私たちが再会するって―――。
ちなみに忍も神谷の人間だから、気や念に対しては、「それなりに敏感なほう」だと言える。
けど、日常生活に支障をきたしてはいない程度の「霊力の高さ」みたいだ。
少なくとも私よりは断然普通に生活できてるし。
それでも忍は私同様、私の父さんや栄二叔父さんから武術を習って精神の鍛練に励むことは欠かさず行っている。
運動神経も良いので、スポーツもそれなりになんでもこなせるけど、忍って、ああ見えて実は子どものころから絵やイラストを描くのが好きなインドア派で(実際忍は描くのがとても上手だ)、「手を使うスポーツ」は体育の授業と武術以外、自分から進んでやらないほど、手を怪我しないための管理は徹底している。
そしてきよみ女史は、「神谷家は霊力の高さを活かした仕事(本業や副業)をしている人が多い、霊力者の家系」なことまで知ってるし、実は一度、家に来たことがあるのだ。
「神谷の家に招かれること」には、その家の住人である私たち神谷の者側はもちろん、きよみ女史のように「招かれた側」にとっても重要な意味がある。
というのも私たちが住む家の「中」に入ることができるのは、神谷家の親族と、神谷の(その家に住んでいる)者と一生縁のある人――つまりゆくゆくは結婚するか、一生ともに過ごす生涯のパートナー――だけに限られているからだ。
これは外部から家の中に邪気を極力入れないための策で、昔から守り続けられている、神谷家の厳格なルールだ。
例外は絶対に認められないし、父さんたち5人の兄弟全員(じいちゃんも入れると6人)、神谷の家に招き入れた人と結婚をしている。
ということは、きよみ女史は神谷家の誰かと結婚するということ・・なんだよね。
一体誰と結婚するんだろう。
きよみ女史を連れてきた
いや、あのときは確か
ということは重婚!?とは言わないか。
もちろん「私と」でもない。私たち二人とも同性愛者じゃないから。
だったら「三角」以上の多角関係・・・?
「・・き。まーさきー」
「え。あ・・ごめん考え事してた。何だっけ」
「水泳は好き?って聞いたんだけど」
「あぁ、嫌いじゃないよ。むしろ泳ぐことは好き。でも授業で水着姿見られるのが苦痛でしかなくて。見学が多かった」
「そっか・・。じゃあ良かったな、高等部からは水泳の授業ないんだろ?」
「うん。ねえ界人」
「ん?何?雅希」
「あのとき・・体力測定のときのことだけど」
「あぁ」
「界人、あのエロ男子を脅した?」
「え?なんで?」
「私のためになんか言ってくれたんでしょ」
「いやあ別に・・・。ただ要約すると、“次はタマ狙うからな。これは警告だ”とドヤ顔作って言っただけ」
「タマ・・・?って」
何を考えようが感じようが、その人の自由だ。
でもその人が思うエロい考えや嫉妬の感情を受け取ってしまう側からしてみれば、ホントに気分悪くなるほど辛くて苦しくて、しんどくなる。
だからそのエロ変態男子には悪い・・なんて、正直これっぽっちも思ってないけど、私はこらえきれずにその場でクスクス笑ってしまった。
「だから“脅して”はいません」
「あ、そ。でも界人なら絶対“的”外さないよね。“中学のときサッカーやってた”って昨日界人言ってたし。界人がキックした威力抜群なボールが当たったらさ、あいつ再起不能になると思う」
「まあそうなったらそうなったで、自業自得だな」と界人は言って、フンと鼻を鳴らした。
「これからもあいつらと一緒に体育の授業するときがあるんだから、相手も“やられる可能性がある”って分かっただろ。だからビビったんじゃね?俺も“的”は絶対外さない自信あるし。これに懲りて、雅希をエロい目で見ないようになればいいけどなあ」
「・・・界人」
「ん?」
「ありがとう。やっぱり界人は強いね」
「ええっ?俺が?そりゃあガキの頃に比べりゃ強くなったと思うけど、俺昔は弱っちいいじめられっ子だったって、雅希も知ってるだろ?」
「ううん」と言いながら、私は顔を左右に振って否定した。
「私が知ってる界人は、昔から強かったよ」
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