第5話 体力測定にて
「ハーイ、次は神谷雅希!」
「はい」
前方を見据えた私は、そこに向かって思い切りジャンプした。
その途端に「おお!」とか「うわぁ!」というどよめく声が、周囲からチラホラ聞こえる。
「神谷のチチ揺れキターッ!」
「相変わらずすげーな、あいつ」
「俺の
「今日もエロカワ~!」
「あの1年生誰。超かわいくね?」
「キューティーオッパイラブ~ッ!」
「こらおまえら!どこ見てんだっ!試合続けるぞ!」
「へ~い」「ま、いっか。目の保養はまだできるし」
スポーツは嫌いじゃない。
むしろ体を動かすことは好きなほうだ。
けど体育の授業は、あまり好きじゃない。
私の体操着姿を見た男子生徒のエロい視線や、女子生徒から妬みの気をたくさん受けまくるせいで、平常心や集中力を保ち続けることが難しくなるから。
私は深くて不快なため息を、ハァとついた。
「うーんと・・・1メートル90、ってとこだね。長峰、書いといて」
「はーい。相変わらず飛ぶねぇ、雅希ぃ。重そうな胸持ってんのに実は身軽なんだからっ」と言ったのは、クラスメイトの
姉後肌気質の通称「よるちゃん」は、面倒見が良くサッパリした性格で、特進クラスの女子リーダー的存在だ。実際よるちゃんは、特進クラスのクラス委員長(女子の)をしている。
そしてよるちゃんは、思ってることと言うことに「裏」とか「違い」が感じられないから、よるちゃんに胸のことをからかい口調で言われても、そこに悪意を感じない。
だから私はちっともムカつかないし、気分が悪くなったこともない。
それどころか、いつも私を「護ってくれてる念」を受け取っている気がする。
私にとってよるちゃんは、頼もしくてありがたい、中等部1年生のときから仲良くしているクラスメイトの一人だ。
「うわぁ。雅希ちゃん、今のところクラス一番だよ!」
「そう?今のはあんまり飛べなかったほうだよ。集中力が一瞬欠けたから。次がんばろ」
「神谷さんって何気に負けず嫌いだよねえ。そこがカワイイんだけど!」
「顔も十分カワイイし」
「顔はカワイイっていうより美人系じゃない?」
「クールビューティー的な」
「そうそう!それでいて頭も良いし、スポーツは大体なんでもできるほうだし。おまけにスタイル抜群とくればさ、やっぱモテるしかないわなぁ」
「私は愛想振りまくの嫌いだし下手で表情乏しくて、しょっちゅう気分悪くなってみんなに迷惑かけてる、ただのデカパイ女だよ。もうホント、長ジャージにTシャツ姿のどこがエロいのか、さっぱり分かんない。胸だってそんなに目立たないはずなのに」
「雅希のデカパイは
「私は“うらやましい”けどなあ」
「それが“うらめしく”思う人もいる。そういう世の中なんだよ」
「雅希、悟りの境地にいる!?」
「それにね、大きいなりの悩みや苦労だってあるんだよ。重いし肩こりやすいし、汗かいても拭きにくいし。“垂れない”ための手入れだって今からやってるし」
「えー!?そうなのぉ!?」
「なんか、カワイイ顔してサラッと言ってることが何気にリアルなんですが・・」
「要するに、女を維持するのも大変ってことだあねえ」
「いやいや、“イイ女を”維持するのも大変“地道な努力を要する”でしょ?雅希はいつも地道にがんばってるよ」
「ありがとう、よるちゃん」
「だからそういう表情のギャップがさ、周囲から見るとキューンって“萌えるポイント”なわけよ!」
「顔のつくりが整ってるからねぇ。つまり元が良いから、どんな表情してもキマっちゃうってこと」
「そうかな」
「雅希さんのこと良う知らん普通クラスの面々がのたまう戯言なんぞ、聞かんでええって。ただ妬んだりひがんだりしてるだけなんやから」
「そうそう、ないものねだりする輩はスルーするのが一番!」
慶葉学園高等部には、特進クラスと普通クラスがある。
特進クラスは各学年に1クラスしかなく、現在高等部1年には、男女8人ずつ、計16人の生徒が在籍中。
そして4つある普通クラスは、各クラス24人の生徒がいる。
つまり、特進クラスは普通クラスよりも生徒数が少ない。
私が慶葉の特進クラスに進学を決めたのは、それが最大の理由だ。
人の念や気を受けやすい体質の私にとって、「8人の差」は大きい。
ましてそれが学校のクラスならなおのこと。
特進でも普通でも、教室の広さは同じ。
だから大人数の中にいると、ほぼ必ずと言っていいくらい気分が悪くなってしまう私にとって、同じ場所で同じ面積(広さ)にいる人数はできるだけ少ないほうが、授業中、気分が悪くなる確率が低くなるということだ。
それに、今のクラスメイトの大半は中等部から一緒なので、私が「受信機体質」であるが故に大変な面や苦労しているところを見知ってるせいか、最初の頃はまあ・・それなりにすごかったけど、そのうち悪影響の気を受け取ることは、ほぼなくなった。
でも体育の授業は、それが難しくなるときもある。
というのも、特進クラスは生徒数が少ないので、毎回、普通クラスと一緒になるからだ。
それにほかの学年と鉢合わせることがほとんどで。
グラウンドはそれなりに広いけど、そこにいる人数が増えると念を受けやすくなるし。
今日の体力測定は普通クラスの1組と合同になり、男女に分かれて体力測定を受けているところで、グラウンドの一画では、他の学年の男子生徒がサッカーをしている。
私にとっては結構キツい状況だ。
「キターッ!」
「どれどれ・・おお、2メートル5センチ!神谷さん飛んだね!」
「どうも」
「雅希の自己ベストじゃない?」
「そうだっけ」
「なんか特進の神谷さんって、良いとこばっか持ってってる感じだよねー。もう人間のレベル通り越してない?」
「なんでも一通りできるって、器用貧乏?」
「嫌味満載だよね~」
「でもいいなぁ、神谷くんと同じクラスで」
「いやそれよりさ、入試組で特進入りしたあのチョンマゲ男子!えっと、なんて名前だったっけ」
「魁界人くんでしょ?めっちゃすっごいイケメンで背が高い!」
「そう!神谷さんって何気に魁くんとも仲良いよね~」
「え?あの二人つき合ってんの?」
「さあ。高1生活始まってまだ三日目だよ?いくらなんでもその展開は早過ぎない?」
「じゃあさ、私にも魁くんとつき合うチャンスがあるってこどだよね?」
「界人くんが相手にしないと思うよ」
「分かんないよ~?でも魁に目ぇつけてる女子は多いはずだよ。入学式の日に神谷さんを姫抱っこして保健室に連れて行った一件で、一気に認知度広まったからね」
「あれはカッコ良かったわぁ!私も魁くんに抱っこされたい!」
「じゃあ今倒れてみたら?」
「今倒れたフリしても、界人くん来てくれないよぅ。遠すぎでしょ!」
「こらっ1組女子!しゃべってばかりいないでサッサと立ち幅跳びを済ませなる!」
「は~い」
「センセー、私らは次行っていいですかー」
「もうちょっと待ってて」
「え~!?どれくらい~!?」
「少しよ、少し!」
「しょうがないなあ」
「じゃあ男子のハンドボール投げでも見物してよっか」
「そうだね!」
「さんせ~!神谷くんのボール投げる“お姿”を拝見したい!」
「“お姿”って、神谷くんの番はもう終わってるよ」
「あぁ残念~」「ねえ、ちょっとあれ」
「わ・・・!」「ウソ!?」「何やって・・」
「魁くんはどこにボール“蹴って”んの!?」
何を血迷ったのか、界人はハンドボールを「投げる」のではなく「蹴った」。
しかも界人がボールを蹴った先は、上級生がサッカー(の授業)をしているグラウンドだ。
でも界人が蹴ったハンドボールは結構な距離を飛び、「無事に」サッカーグラウンドまで届いたのだから、別の意味ですごい。
見ていた他の女子生徒や、界人の周辺にいる男子生徒はもちろん、突如ハンドボールが乱入してきたサッカーグラウンドにいる上級生までみんな驚き、その場は一時騒然となった。
「おい魁っ!おまえは一体何してんだ!」
「すみません。ちょっと間違えました」
「魁の天然キターッ!?」「フツーにボケる男!」
「いやでも、すげー威力だったな」
「めちゃ飛んだし」
「大体あんなとこまでハンドボール蹴って届くか!?」
「ある意味
「いや、それ言うなら神技でしょ、カミワザ!」
「ったく・・いくらサッカー好きでも今はハンドボール投げしてんだからな」
「はい。すみません」
「ほらボール取ってこい!それからすぐに“二回目”。サッカーやってる連中に謝るんだぞ!」
「はーい」
界人はそれからすぐに戻ってきたので、今度は最初から、界人がボールを投げるところを見ることができた。
特進クラスの女子生徒はみんな、界人に視線が釘付け状態になっている。
ハンドボールを投げるフォーム、手の大きさ、躍動する腕の筋肉。
細身だけどガッシリしている体躯。
界人の全てが「運動できる男」、そのものに見えた。
野生的にカッコ良くて、芸術的に美しい姿をしている。
「40・・いや、39メートル!」
「あぁ」「惜しい!」
「いやいや、それでもめちゃ飛んでるでしょ!」
「だよね~!」
特進・普通関係なく、そこにいる女子生徒のほぼ全員が、キャーキャーワーワー歓声を上げている。
そして特進クラスの男子生徒も、界人を囲んで盛り上がっている。
そんな中、ちょっと離れた距離にいる界人と私の目が合った。
その途端、ニコニコ笑顔で私に手を振る界人は、天真爛漫な6歳の界人くんに戻ったみたい。
だけどその外見は、9年分成長した15歳の界人で。
もちろんどちらも同一人物なんだけど、その「差」というか・・「変化」に、私は戸惑っている。
今の界人についていけているのか。
それとも私は、「今の界人についていきたい」と思ってることに、戸惑ってる・・・?
「おっ。今神谷が走ってんぞ」
「マジっ?俺見たい!」
「うおぉ、やっぱ走ってもすげー!」
「あの揺れるチチをこんな近くで見ることができたんだ、俺はいつ昇天してもイイ!」
「俺の上に乗ってくれ!下でも構わん!」
「たまらんなあ。ああやべ。あんなエロカワ姿態を見たら俺イく・・イテえ!」という声と、「おーい、どこにボール蹴ってんだよ~」という声が重なった。
「こっちこっち~・・あーっ!おまえはさっきのハンドボール野郎!」
「すいませーん!今そっちに蹴り直します~!」
「おい、おまえ、今わざと俺の腕めがけてボール蹴っただろ」
「は?言いがかりつけんなよ。でも・・・」
「ねえ、なんかあそこ、ヤバくない?」
「殴り合いのケンカ勃発!?」
「・・・にはならなかったね。良かった」
今の界人だったらたぶん、あの男子をボッコボコに打ち負かしてただろう。
距離は離れているにもかかわらず、相手を圧倒的に威圧し、屈服させる強さを界人から感じ取っていたから、万が一殴り合いのケンカになっても、界人は無傷で済んだに違いない。
つまり、「相手が大怪我負わなくて良かった」という意味で、私は「うん」と同意した。
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