第4話 石が好き

「なに、界人」

「雅希がほかに好きなものは?こととか」

「うーん・・・洗濯物を畳むこととか勉強とか。あとは石」

「いし?」

「うん。石自体も好きだけど、石を使ってアクセサリー作ることも好き」

「あぁ、そっちの“いし”な」

「何の“いし”と思ったの」

「いやぁ、よく分かんなかったから・・」と言いながら、ごまかすように照れ笑いをしている界人に、私は「界人がくれた石、今でも持ってるよ」と言うと、界人の動きがピタッと止まった。


そして目線は私に釘づけだ。


「・・・え。それってまさか、9年前に川原で見つけたあれか?」

「うん。あれがきっかけで、私は石に興味を持ち始めて好きになったんだ」


界人が引っ越すことになって、私たちは否応なく別れることが決まった、今から9年前のある日、界人は忍と私を川原に誘った。

川原は三人でよく遊んだ、思い出の場所の一つだ。

そこで私たちは他愛のないことをしゃべったり、いつものように石探しをして遊んでいるうち、家に帰る時間になった。

そのときはそれで終わり。いつものとおり、三人で楽しく過ごした。

いつもと違ったのは、川原で三人で過ごしたのは、それが最後になったことだ。


界人はその翌日に引っ越した。


『げんきでな、界人くん』

『うん。忍くんにはこれをあげる』

『“銀警”のぬりえブックじゃん!いいんか?』

『もちろんだよ。“銀警”は、ボクらがともだちになったきっかけをくれたからね』

『そうだったなぁ。ありがとな、界人くん。だいじにする。からの、これはおれから』

『あ・・・』

『かんがえることいっしょだな』

『う、ん・・。ありがと、う。しのぶくん、ありがと・・・。えっと、まーちゃんにはこれ、あげる』


当時6歳だった界人が泣きながらポケットから出して私にくれたのは、小さな石だった。

ラッピングもされてない、(川原の)どこにでもあるような、ただの青白くて小さな石が一つだけ。

でも、その小さな石を界人から手から私の手に渡されたとき、とても温かかったことを今でも覚えている。

ポケットの中で暖められたせいではなく、界人の温もりを感じたのだ。


『・・・キレイ』

『きにいった?』

『うん。ありがとう、界人くん。これ、わたしのたからものにする・・・』


当時6歳だった私が言ったとおり、今でもその小さな石は、私の宝物兼お守りとして、自分の部屋に飾り置いている。

そしてそのとき私は、界人に銀警柄のハンカチを1枚あげたんだっけ。

涙を拭くためだったり、いじめっ子たちに受けた怪我の手当に使うため、界人にハンカチは必需品だったから・・・。


「そういえばあのときも界人は言ってたね」

「え?」

「“また会おう”・・じゃなかった、“また会いたい”・・・でもないよね」

「“またまーちゃんに会うために、ボクはまた戻ってくるからね。絶対に”」

「あ。そうだった」


だから昨日、界人が「また雅希に会いたかった」って言ってくれたとき、ビックリしたのと、ちょっと懐かしくて何かを思い出したような気がしたのか。


「もしかして雅希さ、あのとき俺が言った“約束”まで忘れてんじゃね?」

「う~ん・・・9年前のことだし。そういう界人だって毎日覚えてたわけじゃないでしょ」

「まあそりゃあ“一日たりとも忘れたことはない”とは言わねえよ?けど・・・」

「え。何、界人。“けど”の後がよく聞こえなかったからもう一回言って」

「あ、いや、そのぉ・・別に今じゃなくていいっ!なんか、いつの間にか俺たち注目の的になってるし!」


そう界人に言われて、私は気がついた。

きよみ女史、忍、そして真珠の三人が、界人と私の会話を興味深々な表情で、聞き耳を立てて聞いてたことに。


まぁ、確かにちょっとは恥ずかしい・・・かな。

9年前の、もうすぐ小学1年生になる「子ども」が言ったこととはいえ、あのときは6歳の子どもなりに真剣だったと思うから。


「“的”も良い響きですが、“標的”も悪くない響きだと思いませんか?魁界人氏。それとも“拷問”のほうが良いですか?」

「だからそれ以上俺をイジらないでよ、きよみ女史!」

「いやあ、意外とイジり甲斐の器があるんじゃね?界人って」

「なんだよ“器”って!」

「ちょっとぉみんな~。もうそろそろお昼休みが終わるよ~」

「あ。私お弁当食べなきゃ」


・・・そうだ。あのとき界人はこう言った。

「まーちゃんを迎えに行く」って。


『ぜったいこっちにもどってきて、それからボクは、まーちゃんをむかえにいく。そして、おおきくなったらけっこんしよう。やくそくだよ』


そうだ。界人は9年前、私に「プロポーズ」した・・・。







「雅希、さっきから様子がおかしくね?なんか、いつもと違う感じがする」

「そう?私は元々こういう感じだけど。9年会ってない間に忘れたんじゃない?私のこと」

「忘れてない」と即答した界人が私の腕をそっと掴んだことで、“なんとなく自然に”、真珠と忍が私たちより少し先に行く形になった。


「俺、雅希と離れてた間も、おまえのことを忘れたことは一日たりともないよ」

「そう」


先に視線を外したのは、私だった。

なんだか・・・恥ずかしくて。

9年前とは違う、今の状況が。

6歳の幼馴染だった「界人くん」が、15歳の「界人」になってることが。

そして6歳の「男の子」が、背が高くてガタイ良くてカッコいい15歳の「モテ要素満載のイケメン男子」に変わったことが。


「どうした?雅希」

「だって・・・・・だから、そういう目で私を見ないで」 

「え。それどういう・・」「神谷さーん!」

「あ・・・」

「あいつ誰」

「綿貫さん」


私たちの教室前にいた綿貫さんは、廊下にいた私を発見すると、私のほうへ駆け寄ってきたのと同時に、私も綿貫さんのほうへ歩いていたので、私たちはすぐ、廊下で鉢合わせた。


「こんにちは」

「久しぶり。元気にしてた?」

「はい。今日は何か」

「あ、そうだった。時間がないから手早く済ませよう。“神谷さんが喜びそうな石が入荷した”って。以上、母さんからの伝言」

「あ、そうですか。分かりました。どうもありがとうございます」

「今日の放課後見に行く?」

「今日は予定あるので、明日以降でいいですか」

「うん、大丈夫だよ。母さんに聞いてみて、明日また連絡しに来る」

「いつもすみません」

「全然構わないよ。これは俺の仕事の一つだから。じゃあまた明日。神谷くんにもよろしく!」

「はい」


「廊下は走るな」のルールに従って、早歩きの速度で教室に戻る綿貫さんの後ろ姿が見えなくなるまで、私はその場で見送った。


「何」

「仲良いんだな、あいつと」

「そう?別に普通じゃない?‘綿貫さんとは知り合って間もない・・わけでもないか。もう4・5年のつき合いになるけど、あの人いつも親切だよ」

「へえ~」

「それから、綿貫さんは2年生の特進クラスに在籍してる、きよみ女史と同じクラス。私たちより年上で先輩だからね」

「ふ~ん。俺が知りたいのは、そういうことだけじゃねえよ」

「じゃあ何が知りたいの」

「雅希は綿貫“センパイ”とつき合ってんのか」

「界人が言う“つき合ってる”の定義が分かんない」

「はぐらかすな。俺には真珠ちゃんとの仲を詰問したくせに」

「・・・そういう風に見えたの、界人には」

「え!いや、どうかなぁ、う~ん。って、分かんねえから聞いてんだろ?」

「あ、そう。彼は綿貫雄馬わたぬきゆうまさん」

「父親は政治家の綿貫孝宏氏。今度の都知事選に出馬するんじゃね?ってウワサだ」


いつの間にか隣にいた忍も参加してきた。


「私は綿貫さんのお母さん――礼子さんって言うんだけど――からいつも石を買ってるの。で、石が入荷したとき、綿貫さんが私に伝えに来てくれる」

「なんで」

「礼子さんは私のスマホの番号知らないし、私も礼子さんの番号知らないの。だから礼子さんはいつも、綿貫さんを通して私にコンタクトを取ってくるんだ」

「へえ」

「礼子さんの方針なんじゃない?私は綿貫さんにも自分の番号教えてないし、私も綿貫さんの番号知らないし」

「それで原始的でリアルな伝達手段を取っている、というわけなんだね」


ここで真珠も話に加わった。


「うん。たぶん私がまだ高校生の未成年だってことと、実の息子と同じ学園に通ってるからじゃないかな。そのあたりは私もよく分かんないけど、礼子さんは私の父さんと面識あるし、綿貫家は神谷家とも間接的に交流があるから、分かんなくても別にいいの。それに礼子さんは昔、宝石店を経営していて、宝石鑑定士の資格だけじゃなくて、良い品質を見極める確かな眼を持ってるんだ。宝石に関する知識も豊富でね、私に石の選びかたや石を使ったアクセサリーの作りかたを教えてくれたのも礼子さんなんだよ」

「へえ・・雅希はホントに石が好きなんだな。石のこと話してるときは目が輝いてるし、いつもよりめっちゃしゃべってる」

「うん。つい、ね。で、なんで界人はまだ私の隣にいるの」

「え?だって俺の席ここだし!」


界人が指したのは、私の斜め後ろの席だった。


「あ・・・そうだったね」

「で、まーの隣は俺の席よっ!」

「苗字同じだもんね」

「それでも俺らが隣同士になる確率って、そう高くないんじゃね?」と忍に言われた私は、自分の周囲を見渡した。


忍の隣は私で、私の後ろは真珠、そして忍の後ろ――だから私の斜め後ろ――は、界人の席。

今は出席番号順に座っている結果がこれだ。

でも、いくら特進クラスのほうが普通クラスより生徒数が少なくても、仲良くしている友だち四人(忍は身内でもある)全員が横に並ぶ席になったことは、奇跡に等しい確率だと言えるだろう。


私は口元に笑みを浮かべながら「うん・・そうだね」と言った。

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