第14話



「シ、シャルロッテお嬢様……ベルセルク伯爵から贈られたドレスに着替えましょう」


「…………」



声がした方に向けてぐるりと首を動かした。

ギロリとその侍女に視線を向ける。


怯えるように肩を揺らす侍女はドレスを着替える為に震える指で手首の拘束を外した。

腕を持ち上げられるようにして椅子からフラリと立ち上がったシャルロッテは、徐に目の前にあったボトルを掴んで、鏡に向かって放り投げた。


───ガチャン!


鏡が砕け散る。

『本当に、これでいいの……?』

そんな言葉が聞こえた気がしたが鏡の中にいた純粋でちっぽけで小さな自分もそれと一緒に消え去ってしまった。



「きゃあああっ……!」



侍女から悲鳴を聞きながら椅子を持ち上げて部屋の中を壊していた。

騎士の制止も振り払ってもがいていた。

全て消えてしまえばいいと思った。

叫び声も出すことが出来ずに、壊れた椅子を振り回し続けていると、バタバタと遠くから聞こえる足音……。



「どういうことだッ!」


「旦那様、お嬢様がぁ……!突然、暴れ出したんですっ!」


「クソ……今日で終わるというのに」



そんな声も聞こえなかった。

ただこの部屋を、愚かな自分を消さなければ気が済まないのだ。


(消えろ、消えろ……全部、消えてしまえ)


次の瞬間、頭を鈍器で殴られるような感覚に後ろを振り向いた。

痛む場所に手を当てると、手のひらにはタラリと流れる血、それを見て侍女は「ヒッ……」と声を上げた。

白髪から流れる赤……割れた鏡の破片に映る自分と目が合って、何かがプチリときれた。



「いい加減にしろッ!シャルロッテ」


「ちょっと、またなの!?」



ディストン侯爵と夫人が怒りに顔を歪める。

その後ろからはイーヴィーとハリエットが続く。



「今更、なんなの?最後までお父様とお母様に迷惑を掛けるなんて最低よッ」


「これ以上、恥を晒さないでよ!お父様、お母様、さっさとこの女を追い出して!」



不機嫌そうな金切り声を聞いて心底、不愉快だと思った。



「早く手当をして準備をしろッ!迎えの馬車がもうすぐ来るんだぞ!?多少は荒っぽいことをしても構わないッ!さっさと血を拭え!ベルデルク伯爵が渡してきたドレスだけは汚すなよ!?」


「はぁ…………この女と引き換えにお金が手に入るんだから、なるべく傷付けないでよ?金額が減ったら大変じゃない」


「で、ですが……ッ」


「お母様に口答えするんじゃないわよッ」


「───ッ!?」



イーヴィーの容赦ない平手打ちが侍女に飛んだ。


先程、殴られた額から口端にまで血が流れて、フラリとよろめいた。

真っ赤に視界に染まる。

腹の底から何かが湧き上がっていく感覚とグラグラと揺れる視界。

シャルロッテはその場に倒れ込んだ。


壊れた人形のように投げ出された四肢を見て、焦ったような声が部屋に響いた。

ハリエットもイーヴィーもシャルロッテの様子に狼狽えている。



「おっ、お父様ぁ……どうするのよ!」


「もしかして、本当に死んじゃったの……?」


「あなた、やり過ぎよ!シャルロッテが死んだりしたらどうすんのよ!金が貰えなかったら、わたくし達は……っ」


「クソッ……おい!今すぐ医師を呼べッ!馬車には準備が手間取っていると言って適当にもてなしておけ」



体の奥が熱くなり、その違和感はどんどんと霧のように広がっていく。

体の中でグチャリと何かが潰れて弾け飛んだ。

そして湧き上がる炎を外へと放出していくイメージで吐き出していった。



「……ちょっと、なんか暑くない?」


「汗が……なんで?」


「どうなってるの?ねぇ……何が起こっているの!?」



イーヴィーとハリエットは額に浮かぶ汗を拭う。

外は肌寒く、雨が降っているにも関わらず……この部屋の温度はどんどんと上がっていく。


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