第12話
父の怒号を無視しながらマウラの無事を確かめたくて、必死に扉を叩いた。
どうにかしてマウラを救いたい。そんな想いから心に火が灯る。
しかしディストン侯爵はそれを逃げようとしていると勘違いしているのだろう。
「いいから叩くのをやめろッ!」「明日まで大人しくしていればいい思いをさせてやる」と意味の分からない言葉で宥めようとしている。
それでもシャルロッテが扉を打ち破ろうとしていると「チッ……傷が付いたら何を言われるか」という焦った声が聞こえた。
それでもシャルロッテは扉に体当たりをして扉を叩き続けると、カチャリと小さな音がした。
扉が開くとディストン侯爵に髪を引かれて苦痛に顔を歪めるマウラの姿があった。
「この女がどうなってもいいのか!?」
「…………!」
ディストン侯爵は土を尖らせてマウラの首に突きつけている。
それを見てシャルロッテはピタリと動きを止めた。
「お前が明日、大人しく嫁ぐならばこの女を解放してやる……っ!何を吹き込まれたかは知らないが、どうすればいいのか分かるなッ!?」
必死に叫ぶディストン侯爵家をシャルロッテは静かに睨みつけた。
マウラに手を伸ばそうとすると、ディストン侯爵はすぐに土魔法を使って、あっという間にシャルロッテを拘束する。
地面に縫い付けられて身動きが取れないが、首と右手を動かしながらグルリと周囲を見回した。
先程扉に叩きつけた割れたランプの破片に手を伸ばす。
それを自分の首元に食い込ませるように突きつけた。
「なっ…………!?」
「シャ、ル……やめっ」
ディストン侯爵とマウラはその行為に驚いているようだった。
先程の言葉から分かる通り、ベルデルク伯爵に引き渡すまでシャルロッテに傷をつけるのは避けたいような口振りだった。
恐らくベルデルク伯爵との間で結んだなんらかの約束があるのだろう。
力がない自分にはこんな方法でしか抵抗する術はないと思った。
ディストン侯爵が動揺したのか土塊の拘束が緩まった。
シャルロッテはゆらりと立ち上がって、マウラを指差した。
口パクではあるが、ディストン侯爵に向かって口を動かした。
『マ ウ ラ を は な せ』
「……!」
『に が せ』
そう何度か訴えかけると、ディストン侯爵は悔しそうに唇を噛む。
シャルロッテの言うことに従いたくないのだろう。
しかしシャルロッテを助ける為に動いてくれたマウラだけは絶対に救いたかった。
口元を塞がれたマウラの水色の瞳からポロポロと涙が溢れていく。
シャルロッテに何かを訴えかけるようにくぐもった声で叫び、首を横に振るマウラを離さないディストン侯爵に自分の首に破片を食い込ませた。
「わっ、わかった……!マウラは逃すから、それでいいだろう!?」
その言葉に外を指差して再び『に が せ』と言った。
ディストン侯爵にはその意図が伝わったのか、ゴゴゴと地面が揺れる音と共に窓の外に土で出来た階段が現れる。
それは門まで続いていた。
「チッ…………早く行けッ!」
「───シャル!シャルッ」
必死に叫ぶマウラは土壁に押されるようにして窓の外に運ばれていく。
そのままマウラを窓から落とさないのかを目を凝らして見ていた。
シャルロッテは手のひらにグッと力を込めて破片を首に食い込ませながらマウラが門まで送り出されたのを見届けていた。
焦りからか汗ばむ前髪を拭ったディストン侯爵が、何度もシャルロッテの様子を確認している。
(良かった……マウラさん、ありがとう)
マウラが逃げ切ったのを確認してホッと息を吐き出すと手元に突風が吹く。
ガラスの破片がポロリと床に落ちた瞬間、体を拘束された。
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