第10話


『もう希望は全て捨てて諦めた方がいい』

『なにを期待しても、全て無駄なのよ』

『居場所はどこにもない。誰にも必要とされていない』


ずっとそう言い聞かせていた。

こんな扱いされても尚、この家族に期待していた自分がどこかに居たのだ。

そんな僅かな希望が砕け散った今……シャルロッテには何も残っていなかった。


(声が、出ない……)


シャルロッテは自分の声が出なくなったことに気づく。

震える手で喉を押さえた。


(…………もう、どうでもいい)


その瞬間に今まで張り詰めた糸がプツリと切れた。

魔法も使えないシャルロッテに、抵抗する手段など初めから残されていないのだから……。


何も反応しないシャルロッテに安心したのか、ディストン侯爵は侍女を呼んだ。

そして事情を説明されたのか、シャルロッテには驚きと哀れみの視線を向けられた。



「シャルロッテ、お嬢様……こちらへ」



そう呼ばれてゾクリと鳥肌がたった。

この日からまともな部屋を与えられて、綺麗なドレスを着せられた。

香油で髪や肌を整えて、少しでも見栄えがよくなるようにと指示が出された。


鏡に映った別人のような自分を見ても何も思わなかった。


ただイーヴィーが爪を噛み、ハリエットが悔しそうに此方を見て、侍女達に「あの女よりも、わたくしを綺麗にして」「わたくしをもっともっと美しくなさい!」という怒号が遠くから聞こえたような気がした。


忙しくて放置していた白髪は腰まで伸びており、そこに透ける赤いガラス玉のような瞳と雪のように白い肌。色形のいい桃色の唇。

ディストン侯爵の唇から「美しい……」と声が漏れた事も知らずに、魂が抜けたように命令に従っていた。


その次の日から大量の食事を与えられた。

しかし幼い頃から少しの食事しか与えられなかったシャルロッテには、栄養価の高い料理はまるで毒のようだった。


シャルロッテが料理を口にしないと、侍女達から報告を受けたのだろう。

ディストン侯爵は「無理矢理にでも詰め込め」と、命令していた。

シャルロッテが吐き戻してもお構いなしだった。

心の中で嘲笑っていた。「まるで家畜のよう」だと。


そしてディストン侯爵夫人は大勢の講師達を呼んで、寝る間もなく知識や、ダンス、上辺だけでもと色々と叩き込まれて口封じの為に金を渡していた。


(きたない……)


嫉妬、金、欲望……静かな憎しみはしんしんと降り積もる雪のように静かに積み上がっていった。



───ベルデルク伯爵家に嫁ぐ前日の夜だった。



広い部屋でベッドに腰掛けながら窓の外を見ていた。

足首は逃げられないように鎖でベッドに繋がれて、声も出ない為、歌も唄えない。


(最後に、あの黒い鳥に会いたかったな……)


魔力検査の少し前から、ずっとあの鳥の姿を見ていないことに今になって気が付いた。

心の支えだったあの鳥には、もう会うことはないのだろう。



「シャル……!」


「…………?」



遠くから名前を呼ばれたような気がした。

あの鳥かと思ったが、声が聞こえたのは扉の方からだ。

ゆっくりと首を動かすと扉から温かな光が漏れていることに気づく。


不思議に思って視線を向けると、そこにはこっそりと部屋に入ってくるマウラの姿があった。

シャルロッテの表情が微かに動く。


蝋燭を持っているマウラは辺りを見回した後に扉をそっと閉める。

そのまま此方に駆け寄り、サイドテーブルに蝋燭を置いたあと、目の前で膝をついてシャルロッテの手を握った。



「シャル、今すぐ逃げて……!」


「……………!?」


「こんなの酷すぎるよ……!」



マウラはシャルロッテを力いっぱい抱きしめた。

しかしシャルロッテはそんなマウラに何も反応を返すことが出来なかった。

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