第9話

(デイヴィッド殿下、ブルックス殿下……)


魔力測定の日に、壇上に上がった二人の王子の姿を思い出していた。

確かにデイヴィッドは女性に大人気だった。

ブルックスはとても恐ろしかったけど何故か目を惹かれた。

しかしこんなに薄汚れた自分では縁遠い人だろうと思い、馬車の準備に向かった。


その日からハリエットとイーヴィーは己を磨く為に一生懸命だった。

少しでも美容にいいと聞けば、すぐ取り寄せて毎日のようにマッサージを行っていた。

ドレスもかなりこだわっており少しでも目立つようにこだわっているようだ。

ディストン侯爵も夫人も自分の娘をにアピールする為に、湯水の如く金を使っていた。

執事は日に日に痩せていき、屋敷で働く使用人達も心配になる程だった。


舞踏会の日が近づくにつれてハリエットとイーヴィーの機嫌も荒んで侍女達は次々とやめていく。

毎日、あれをやれこれをやれと命令されて休む間もなかった。


そして舞踏会が一週間と迫ったある日の事……。

ディストン侯爵の書斎に呼ばれたシャルロッテは今日はどんな理不尽なことを言われるのかとドキドキと胸を抑えていた。



「…………参りました」



扉を開けるとハリエット、イーヴィー、ディストン侯爵夫人もいた。

真顔のディストン侯爵夫人とは違い、ハリエットとイーヴィーは此方を見て唇を歪めて笑っていた。



「来たか。ついに"魔力なし"のお前が役に立つ日がついに来た」


「…………!」


「ここまで、育ててやった恩を返す時だ」


「フフッ、お父様の言う通りだわ!やっとこの目障りな女が消えるのね」


「本当、お父様ったら天才よ!なんでずっとコイツがいるのかって思ってたけど、この時のためだったのねぇ」


「ハハッ、まぁな」


「……っ」



その言葉にグッと手を握り込んだ。

ただ働きをして意味もなく虐げられ続けて、食事もろくに食べられない状況で何の恩を返せというのか。

自分が今からどうなってしまうのか……考えたくもなかった。

こんな現実を信じたくない。



「お前は、一週間後にベルデルク伯爵の元へ嫁ぐんだ」



まるで地獄の宣告のようだった。

時が止まったかのように、動けなくなった。

ベルデルク伯爵といえば、誰もがよく知っている名前だった。

いい意味ではなく、悪い意味で、だ。


無類の女好き……体格がよくでっぷりとした体を揺らして、珍しい女性を好んでいる。

かなりのお金持ちではあるが、黒い噂が絶えない。

それにシャルロッテよりも三十歳以上も年が上だった。


その名前を聞いて、すぐに悟った。

自分は『売られる』のだと……。


没落していく貴族や、ベルデルク伯爵に金を借りて返せなくなり、娘を売っているとマウラから聞いた事があった。

雑巾のようなボロボロなスカートを震える指で掴んだ。


(…………嫌だ)


まるでこの時の為だけに生かされていたような気がした。

心が絶望という名の雲で覆われていく。



「ベルデルク伯爵も白髪で赤い目だと言ったら、シャルロッテを大層気に入ってくれてな……!」


「ぁ……」


「良かったわね。シャルロッテ……最後にわたくし達の役に立てて」



ディストン侯爵夫人に久しぶりに名前を呼ばれて、ゆっくりと顔を上げた。

真っ赤に歪む唇を見て、目を見開いた。



「あのベルデルク伯爵に嫁ぐなんて……。最後まで惨めね。シャルロッテ」


「シャルロッテお姉様に先を越されるなんて残念だけど嬉しい気持ちでいっぱいだわ!アハハッ、頑張ってね」



ハリエットとイーヴィーの馬鹿にしたような声が耳に届いた。

今まで理不尽な扱いに耐えてきた代償がコレだと言うのなら、抑え込んでいた怒りが湧き上がってくる。

けれどその反面で何もかも諦めている自分が耳元で囁いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る