第8話


「自分の仕事押し付けて本当、みっともないね。シャルの若さと可愛さが妬ましいのさ」


「……マウラ、さん?」


「ほら、朝食だよ!」



マウラはニヤリと笑いながら袋に入ったパンを渡す。

一年前に侍女として働いているマウラは、人当たりも良く面倒見もよかった。

姉御肌なのか、正義感が強いのか……マウラはこうしてよくシャルロッテを助けてくれる。

大抵の侍女はディストン侯爵夫人に理不尽にやめさせられてしまったり、ハリエットやイーヴィーの我儘に耐えかねて、体を壊したり精神的に病んだりしてやめてしまう。


もう『シャルロッテ』がディストン侯爵家の次女だと知るものは居なくなってしまった。


けれど、シャルロッテはそれでいいと思っていた。

こんな扱いではあるがあの部屋に篭って過ごすよりは外に出た方がまだマシだった。



「……ありがとう、ございます」


「こんなにヒョロヒョロで、風が吹いたら飛んでっちゃいそうだね」


「なんで、こんな私に……優しくしてくれるんですか?」


「まぁ……なんかほっとけないのよ。シャルはどんくさいしね。一番の古株みたいだけど、侍女達や奥様やお嬢様達に嫌がらせされているんでしょう?さっさとやめた方がいいんじゃない?」


「…………ぁ、でも」


「まぁ、余計なお世話だったかな」


「いえ…………ありがとうございます」



そう言うとマウラはシャルロッテの頭を優しく撫でてくれた。



「お嬢様達に王太子の婚約者を見つける為の舞踏会の招待状が届いたのよ。私はミルヒ公爵のベティーナ様が一番、王妃に相応しいと思っているけどね」


「……ベティーナ、様」


「そういえばシャルは知ってる?この屋敷には次女のシャルロッテお嬢様が居たらしいんだけど、病弱で国境近くの別邸で十歳くらいから療養しているんでしょう?」


「え……?」



どうやらシャルロッテは別邸に居ることになっているようだ。

何故、あの二人が自分を生かしておくのかが未だに分からなかった。


(憂さ晴らしをしたいだけ?必要ないのなら街に捨てたり、屋敷から追い出したりすればいいのに……)


「いつかは役に立つ」と言っていたが、果たして自分に何をさせる気なのだろうか。

その言葉を思い出しては身震いしていた。

この悪い予感が当たることにもなると知らずに、シャルロッテは震えそうになる腕を押さえていた。



「シャル?シャルってば、大丈夫……?」


「…………ごめんなさい。大丈夫です」


「それでね、今朝お嬢様達の招待状の話なんだけど……!」



どうやら『光明王子』と呼ばれているガルシア王国の王太子、デイヴィッドの婚約者を探す為のパーティーが開かれるとようだ。

令嬢達は皆、浮足だって新しいドレスを買いに出掛けている。

誰もがデイヴィッドの婚約者の座を狙っているのだとマウラは言った。

ハリエットとイーヴィーも同様だろう。



「……そんなにいいかね。デイヴィッド殿下は」


「…………」


「もう一人、デイヴィッド殿下の従兄弟で『闇黒王子』って呼ばれてるブルックス殿下は婚約者を募集してはいないらしいよ……!なにより悪い噂が沢山あってね」


「悪い、噂……?」


「夜な夜な街を徘徊しているとか、血だらけで城を歩いていたとか……何より気に入らないやつをら闇魔法で暗闇に引き摺り込んで消しているんだってさ!怖いわよね、ブルックス殿下」


「あ……はい」


「それから、あのベルデルク伯爵と繋がりがあるんだってさ……」



一瞬、マウラの表情に影が落ちたような気がした。

マウラの初めて見る顔にシャルロッテは首を傾げる。



「……。さぁ、仕事しなくちゃね」


「…………!」


「ほら、アタシがここの土や水を片づけるから、アンタは馬小屋に行きな!」


「でも、マウラさんが……」


「アタシはこう見えて水魔法が使えるって言ったでしょう?すぐ終わるから心配しないで。それに困った時はお互い様だよ」


「……ありがとう、ございます」



マウラはディープブルーの髪を掻き上げて、にこりと笑った。

水色の瞳が優しく細まった。

何度もマウラに頭を下げながら、馬小屋へと向かった。

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