第7話
自分とは違って、美しいドレスを着て、髪も肌艶もいいハリエットとイーヴィーは朝食を食べる為に廊下を歩いてこちらにくる。
そして仕事を増やすように汚水の入ったバケツをひっくり返して笑って去って行った。
羨むなんてことはもうやめてしまった。
無駄だと分かっていたからだ。
最近はシャルロッテが無反応だからと、揶揄われることも、暴言を吐きかけられることも減っていった。
だから何をされても、声を出さなかった。
勿論、表情もなくなった。
それでも、何も感じなかった。
ディストン侯爵家には二人の娘が居る。
姉のハリエット・ディストンは艶やかなベージュの髪と猫のような吊り目、濃い化粧が特徴だ。
髪を巻いていて薔薇の香油は強い香りを放つものが好きだ。
グレージュの瞳はキリリとしていてキツイ印象があった。
そしえいつも露出が多いドレスを着ている。
ハリエットは常に悪口や不満を言っていて、機嫌が悪い時は近付かない方がいい。
彼女は一度キレると手がつけられない。
機嫌がいい時は淑やかな令嬢であるが、一度牙を剥くととまらなくなる。
今朝は機嫌が悪いのか、追加とばかりにわざわざ窓の外から風魔法で土を運んできて、廊下に大量に落として行った。
妹のイーヴィー・ディストンは柔らかいチョコブラウンの髪と垂れ目のグレーの瞳。
髪は可愛らしく編み込んでまとめており、フリルの多いドレスを好んで着ている。
ハリエットと違って稚拙な態度が目立ち、本能のままに動いている。
末っ子らしく甘えるのが上手く、多少の粗相も許されている。
一見、優しげに見える彼女だが幼い頃からずる賢く残虐性がハリエットよりも高い。
気に入らないと徹底的に嬲り、追い詰めていく。
その二面性に何人もの侍女が耐えきれなくなり、ディストン侯爵邸から去っていくのを見ていた。
そんな二人の母親であるディストン侯爵夫人は、娘達をよりいい家に嫁がせるために懸命に努力している。
彼女を怒らせたら一貫の終わりだ。
風魔法で皮膚を切り刻まれてしまう。
侍女達は神経をすり減らして、屋敷の空気はいつも硬くてギスギスとしている。
ディストン侯爵夫人はボロ切れのようなシャルロッテと美しく着飾った娘達を比べては満足そうにしていた。
ハリエットとイーヴィーには「貴女達は何でも持ってるわ。そして手に入れられる」と、誇らしげに言った。
いつもシャルロッテに同じ部屋にいるように命令しては、当てつけのように仕事を押し付けられてしまう。
姉妹喧嘩の癇癪に巻き込まれて怪我をすることもある。
そして紅茶を掛けられたりなんて日常茶飯事だ。
今日もハリエットが「味が気に入らない」とシャルロッテの頭に紅茶を掛ける。
白髪からポタポタと紅茶が溢れるのを他人事のように見ていた。
そんな姿を見て、ニタリと笑顔を浮かべるディストン侯爵夫人を五年前のあの日から『母親』だと思ったことはない。
ディストン侯爵も『父親』として接したことはなかった。
(私に家族はいない……)
ここに居るのに、家族の誰からも必要とされない私はいつも『透明』だった。
朝食を食べ終わったようだが、二人はシャルロッテに嫌がらせすることもなくらすごい勢いで侍女達を連れて部屋へ戻っていった。
すると侍女達がシャルロッテに向かって叫ぶ。
「お嬢様達が街にドレスを買いに行くの!さっさと床の土を全部片付けて馬の準備をして」
「でもまだ朝食も……!」
「アンタの朝食なんて、ありゃしないよ!馬小屋の掃除も忘れずにやっておいて頂戴」
「でもそれは私の仕事じゃ……」
小さな声は侍女に届くことはなかった。
苛立ちをぶつけるように、こちらの体にぶつかって、二人の後を追いかけていった。
フラリと体がよろめいて壁にぶつかった。
(まだ床は土で汚れてる……馬も準備しなきゃ。また食事を食べ逃しちゃう……)
重たい溜息を吐いた時だった。
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