第2話

両親は、シャルロッテの部屋に足を運ぶことは滅多になかった。

たまに扉越しに生きているかどうかを確かめられるくらいだろうか。

それでも垣間見える光に毎回、希望を見出してしまう。


必要最低限のマナーを学ぶようにと投げ込まれる本や紙。

扉越しに受ける授業に必死に食らいついた。

これを完璧に学べば両親は喜んで部屋から出してくれるかもしれない。

もらった本や紙がボロボロになるまで、何度も何度も読み返して練習していた。


ハリエットとイーヴィーの仕草や行動を見様見真似で懸命に覚えようと努力していた。   

そんな僅かな希望はいつも打ち砕かれると知っているのに、無駄な期待を寄せては家族で過ごせる日を夢見ていた。


しかし何年経っても、解放は訪れなかった。


シャルロッテは狭い部屋で、ずっと一人で過ごしていた。

そのうち、侍女も何もしなくなって自分のことは全部自分でやった。

世話をしてくれる人はすぐに変わったけど、一人だけとても優しい侍女がいて、その人が生活に必要なことをたくさん教えてくれた。

その侍女もある時、ピタリと部屋を訪れなくなった。


寂しくて、苦しくて、耐えがたい日々……永遠に長い時を過ごしているようだった。

何度本を読んでも、マナーを身につけても、いい子にしていてもハッピーエンドが訪れることはない。


それでも誰かと繋がっていたくて、夜中窓を開けて小さな声で歌を歌っていた。

昼間は極力、声を出すなと言われていたが我慢出来ずに皆が寝静まった頃を見計らい起き上がる。


夜に声を出さないと、まるで……自分が消えてしまいそうな気がして怖かった。

そんな時、大きな黒い鳥が遊びに来てくれるようになった。


自分と同じ真っ赤な瞳を持つその鳥に親近感を抱いた。

艶のある真っ黒な美しい羽根を持つ鳥は気紛れに訪れた。

いつの間にか毎日、同じ時間にやってくる鳥が話し相手になっていた。



「あなたはどこから来たの?」


「…………」


「私はね、ずっとここにいるんだよ。魔法が使えないし、見た目はこんなだし、目も赤いから悪魔の子とか呪われた子って言われてるんだ」


「…………」


「詰まらなかったかな…………ごめんね、何もあげられなくて」



まるでこちらの会話を聞いてくれるように佇んでいる鳥と秘密の会話をすることがシャルロッテの唯一の楽しみだった。

そしてシャルロッテの話が終わると空に飛んでいく。

そんな姿を見て羨ましいと思った。


朝が来れば、またいつもと同じ……息が詰まるような時間が始まる。


夜、窓を開けて歌を唄う。

何の曲かは分からないけど、優しい侍女がいつも妹に歌っていたという歌だった。

そうすれば、まるで導かれるようにして鳥は現れた。

それが嬉しくて毎日、歌を唄った。

そうすれば、少しだけ心が元気になるような気がした。



「あなただけだよ。私の側に居てくれるのは」


「…………」


「あ、あのね……今日、ワルツのやり方が書いてある本を見つけたの!だいぶ古いみたいだけど、知らないよりはいいわよね」


「…………」


「ふふっ、いつか私も結婚したりするのかな……でも、こんな私じゃあ、きっと無理だよね」


「…………」


「私にも、魔法が使えたらいいのにな……」



───そんなある日のこと



鎖が擦れる音が聞こえて体を起こす。

シャルロッテは光が漏れている扉を見て目を見開いた。


(やっと部屋から出してもらえる……!)


喜び溢れるシャルロッテとは違い、冷たい目で此方を睨みつける父と母に肩を揺らした。



「なるべく体型を隠すようなドレスにしろ」


「ついにこの日が来てしまったのね……今までは病気って事にしてきたけど、もう誤魔化せないわ」


「はぁ…………」


「こんな子……生まれてこなければよかったのに」


「…………ごめん、なさい」


「汚らわしい。話しかけないで頂戴」



ドレスの裾をグッと掴んで、小さな声でもう一度「ごめんなさい」と呟いた。

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