17話目 好きなこと、好きな自分。

 好きな事など無かったし、”好きな事”を持っていないのは俺だけだったように思う。


 昔から、自己紹介の時間がブロッコリーより嫌いだった。

 人に誇れる自分自身なんか持ち合わせちゃいなかったし、人に貰ったこの名前以外、話せることなんかない。それでも俺達は、誰かと繋がる為の何かの窓口を、自分の中に一つは持っておかなきゃならないのだ。完全無欠に無個性零落、あ、忘れてた話しておこう。それがこの俺、『東雲光』の唯一の個性であったとも言えた。

 けれども人生の場面が切り替わる度、自己紹介の場面は影のように付き纏う。

 勿論『普通』に馴染めるよう、努力こそはした。本を読むのはそこまで好きじゃなかったが趣味を『読書』と言い張る為だけにランキング上位の電子書籍を買い漁ってネタバレ無しのあらすじくらいは言えるように読み込んだし、外面だけの読書好きの薄っぺらさをなんとか取り繕うようにランキングに載っていた作品の中から一際地味な作家の処女作や話題性に恵まれなかった作品を幾つかピックアップして「前からこの作家さんのファンだったんです、ヒットして嬉しいです」くらいの顔はできるようにしておいた。

 次にはその本の中から映画化したりドラマ化した作品があるというので映画館に足を運び録画するように記憶した。映画館の中で筆記音が響かないよう映画泥棒の心地でこそこそとメモを取っている時は虚しかったが、好きでもない作品を自分の礎として無為に食い荒らし消費しようというのだから、これくらいは当然の受難だと思うことにした。

 本当は休日は家で眠りたかったし、大学の課題ならまだしも休日までも文章に囲まれて過ごすことには頭痛のする思いだった。しかしこうでもしなければ、本物の読書好きに届かないのは当然ライト層の読書好きとも名乗れまい。『読書』が趣味ですと言い張る為に買い漁った本は、いつの間にか実体を持って部屋の中に積み重なっていた。映画のチケット代金のレシートが、幾重にもなって折り畳み式の財布の中を圧迫している。

 まだ『読書』が趣味です、とは名乗れそうにない。本物の読書好きと話が噛み合うとは、到底思えない。というか、もっと手っ取り早い方法はスポーツとか、団体競技とか……独りでする読書が、人と関わる窓口としての役割を果たすと思うのがそもそも間違いというか……。

 そう思って部屋のベッドに寝転んだ時、何とも言い知れぬ多幸感がどっと押し寄せた疲れと共に身体を包んで清潔なシーツに沈み込んで溶けていくのが分かった。誰とも繋がっていない、誰と繋がる為でもない、一人の時間。

 苦笑する。


 嫌んなっちゃったな。

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