6話目 魂の入り江
あるところに、どこにもない小さな世界がありました。
寄せては返す、波の音。
その【魂の入り江】と呼ばれる、あらゆる世界の忘れ物が海に運ばれ流れ着いてくる浜辺にある一人の少女が立っていました。
少女の白く華奢な足は波が押し寄せる度に冷たく打ち付けられ、赤く凍えています。
風が刺すように吹き、少女の被った腿まで届く黒いベールをばさばさと揺らしていました。彼女の死人のように白い肌に、よく似合っています。
不意に、彼女は朧な瞳を細めました。
海の向こう。
ぷかぷかと、何かが浮かんでいるのが見えます。押し寄せる波を掻き分けて、少女は歩いて行きました。
あと少しで手が届く。そう思った瞬間、踏み出した足が地面を空振りました。その下には、ただひたすらに真っ暗な海が続いています。
溺れる。そう思いました。
ですが辺りには、誰一人居ません。きっと「助けて」と叫んだとして、応えてくれるのは波の音一つでしょう。
少女は仕方がない、と諦めて、静かに目を閉じました。
その時、少女の白い肌にふっと影が差しました。
板のような物が、海面で揺れています。
……助かる訳が、ありません。
いくら少女が痩せぎすで小柄だったとしても、板一枚で人の体重を支えることなんて不可能です。
手を伸ばしたとして、きっと頭上に差した影ごと暗くて静かな冷たい海に沈んでいくだけでしょう。
しかしそれでも、彼女は手を伸ばしました。
ごぽ、と息苦しさに耐えられず吐き出した空気の泡が立ち上り、海面にぶつかってぱちんと消えて行きます。嗚呼神様、もしあなたがいらっしゃるのなら、もし……。
【魔王】である私にも、慈悲をかけてくださるのなら。
少女は、真っ黒な海が真っ白に薄らいで行くのを見ました。霞む視界の中、もがくように伸ばした手は確かに。
その石板を、掴みました。
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