第2話 ひとめぼれの話

 ひとめぼれ。

 これはひとめぼれの話です。


『理由はないけど、気になって仕方ない』という状態に陥ったことはありませんか?

 寝ても覚めてもそのことが頭から離れないという経験、生きていたら一度くらいはありませんか?

 自分も幾度かあります。

 いや、違いますね、幾度もあります。

 残念ながら、その半分くらいは『嫌で嫌で仕方ない』というケースなのですが、もちろん、前向きなケースもあります。


 それは自分がまだ中学生の頃の話です。

 当時から小説が大好きだったはまだ少年、その中でも『富士見ファンタジア文庫』はバイブルとも言うべき存在でした。一冊ではないのでバイブル衆って感じです。

『スレイヤーズ』を友人に借りてハマり、そこから『魔術士オーフェンはぐれ旅』などを貪るように読んでいました。

「黄昏より昏きもの~」とか「我は放つ~」とか暗唱する痛い中二病患者さんだったわけです。

 で、そんなファンタジア文庫を何冊か読んでいくうちに、どうしても気になることがありました。

 ご存じの方はご存知だと思いますが、小説というのは一枚の大きな紙を裁断して綴るため、ページ数が余る場合があります。

 そういう時には自社の他作品を紹介するのが一般的な埋め方です。

 当時のファンタジア文庫は贅沢にも、あらすじの文章だけで一ページを埋めていました。

 自分が気になったのは、ある作品のあらすじでした。

 それはこんな文章でした。


『幼なじみの徳湖が差し出した弁当を俺は食べた。口にした瞬間広がったのは、「さっぱりとしたアスファルト」味だった。い、一体この弁当はなんなんだー。どうやら、俺は調味魔導継承者争いに巻き込まれてしまったらしい。』


 もう二十年以上前の話なのでうろ覚えですが、それほど間違っていないと思います。

 それはろくごまるに先生の『食前絶後』という作品のあらすじでした。

 何故か妙に気になったんですよね。

 他にそういう作品は……今振り返っても記憶にありません。

 買って確認するしかないと思いました。

 でも、自分が『食前絶後』知った頃には出版されて数年経っており、近所の本屋にはもう売っていませんでした。 

 い、一体、さっぱりとしたアスファルト味ってなんなんだよぉ。

 そんな筒井康隆バカ若者口調で知りたがる程度には気になって仕方ありませんでした。

 今だったらAmazon先生でポチって待つだけです。

 いや、それどころか、電子書籍もあるのでボタン一つで購入して、十秒後には確認できます。

 でも、当時はそうもいきません。

 一体、どんな内容の小説なのだろう、と想いを募らせていったのです。

 そして、ある日、ついに出合うときがやってきました。

 普通に新刊として、年季の入った本屋に売ってあったのです。

 まるでオレを待っているかのような姿に、密かに震えたことを覚えています。

 あの時に感じたようなことは、多分もう二度と起きない気がします。

 ただ、あれこそは一種の「ひとめぼれ」だったんだなぁ、と今では思っています。


 ……え?

 ただの本の話じゃないかって?

 いやいや、オッサンの単純な恋バナに需要なんてないと思うわけですよ。

 それよりは、一番好きな作家さんとの出合いの方が多少なりとも需要はあるのではないかなぁ、と愚考する次第です。

 実際、物書きを目指そうと思ったのもろくごまるに先生の『食前絶後』が理由なのですが、その話も機会があれば。


 (宣伝)。


 ではまた。

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