第32話

 その言葉を聞いて、瑞貴は違和感を感じた。

 おかしい、と瑞貴は思う。

 何か、違和感がある。

 赤マントは、方向性のない殺意のはずだ。

 殺人衝動ばかりで、話にならない奴だと琴葉は言っていた。

 それが強さでもあるし、隙でもあるはずだった。

 なのに、先程から会話が成立している。

 しかも、殺さないなどという発言まで出てくる。

 聞いていた赤マントの特徴と、明らかに違っている。


「……おい」


 茜が、短く言葉を発して。

 辺りの空気が、ざわめきだす。

 それは、茜の怒りだ。

 そう、茜は赤マントと会話が成立する理由について、気付いていた。

 赤マントと会話が成立する理由など、一つしかないからだ。


「随分お喋りになったじゃないか。頭も良く回ってるみたいだ。お前、古沢夕に何をした?」

「何の事かな?」

「とぼけるな。感情が多様すぎる。人間一人を瞬殺したくらいじゃ、そうはならない」


 茜が何を言っているのか、瑞貴には分からない。

 まさか、他にも人を殺したということだろうか、と瑞貴は赤マントを睨みつける。

 だが、茜から出てきた言葉は全く違うものだった。


「古沢夕を、嬲り殺しにしただろ。搾り出せる感情を全部搾りとってから殺したな」


 その単語を、瑞貴は理解できない。

 古沢夕は、瀕死の状態で連れて行かれたはずだ。


「人聞きの悪い事を言わないでくれよ。俺は単に、あの人間が死ぬのを見てただけさ。ちょっと、そういう気分になっちまってね」

「困惑を食べたんだね。そりゃあ、そうだろうさ。普通は理由も分からず殺されかければ、大体の人間は困惑するさ」

「そうそう。おかげで俺にまで影響出ちゃってね。いやあ、苦労したなあ。でもまあ、おかげで色々と視野も広くなった」


 カラカラと笑う赤マント。

 視野が広くなった。

 苦労した。

 人を殺したことを、世間話のように語る赤マントに、瑞貴は例えようのない怒りを感じる。


「おいおい、そんな目で見るなよ切符君。君には悪いと思ってるんだぜ? 恋人候補を殺しちまったわけだしさ。その分の埋め合わせくらいはしてやろうと思ってるわけよ」


 恋人候補。

 古沢夕と遠竹瑞貴はそんな関係ではないし、話した事なんて数えるくらいしかない。

 バカにされていると感じて瑞貴は、心の底から怒りが沸き上がってくるのを感じる。


「……バカにしてんのかよ。僕と古沢さんは、そんな関係じゃない」


 赤マントは目を丸くすると大袈裟に驚いた、というポーズをとってみせる。


「こりゃ傑作だ。知らぬは本人ばかりってやつか。まぁいいや。で、どうだい?」


 瑞貴の答えは、最初から決まっている。だから、赤マントに指を突き付ける。


「僕が望むのは、全員だ。誰も、アンタに殺させなんかするもんか」

「そうかい。そりゃ残念だ……っと!」


 茜の不意打ちの一撃を、赤マントは身をよじって回避する。


「おいおい、話し中だぜえ!?」

「話なんて、最初から無い。お前が古沢夕を殺した時点で、こうなる事は決まってたんだから」


 槍を素早く引き戻し、再度の一撃を加える茜。

 それを赤マントは自分の槍で弾くと、距離をとる。


「困ったねえ。こいつは困った。君を半殺しにして交渉材料にするのと、そこの切符君を半殺しにして持って帰るのと。どっちが早いかねえ?」

「決まってる。お前が粉微塵になるのが早いさ」

「そいつは勘弁!」


 振り上げた茜の槍は回避されて、赤マントが槍を横薙ぎに振り抜く。

 茜はそれを手元で回転させた槍で防ぐと、槍の柄で赤マントを打ち据える。


「そんな小枝みたいな槍で、随分頑張るじゃないか」


 今のところ、茜が優勢だ。

 そう……優勢に、見える。

 だが、こうして見ると瑞貴には良く分かる。

 茜の槍と赤マントの槍は、同じ殺意の槍のはずだ。

 だが、赤マントの巨大なソレに比べて……茜の槍は、ただの棒切れにすら見える。

 まともに受ければ、折れてしまいそうな危うさすらある。


 そして……その瑞貴の見立ては、正しい。

 他の感情を取り込んだ赤マントの槍も多少弱体化しているとはいえ、茜の槍と比べれば遥かに強力だ。

 一撃で茜が吹き飛ばされなかったのも、赤マントが弱体化した茜を見下して遊んでいるからに他ならない。

 だから瑞貴は、作戦通りに動かなければならない。

 赤マントが茜に気を取られている、今のうちに背後に回らなければならないのだ。


「おいおい、何処行こうっての?」


 瑞貴が動いた瞬間、赤マントの視線が瑞貴を捉える。

 だが、構わない。

 気付かれようとなんだろうと、瑞貴は何が何でも赤マントの背後に回らなければならない。

 瑞貴は、脚に力を込めて走り出す。


「なんだよ、まだ逃げる場面でもないだろーに」

「余所見だなんて、余裕だね?」


 茜の高速の突きが、連続で繰り出される。

 突き、引き戻し、また突く。

 それだけの単純な繰り返しが、恐ろしく速い。

 槍が何本にも増えて見える茜の突きは、風を裂く音を奏でながら繰り出されるが、赤マントはその全てを回避する。


「まあねぇ。君が勝負を決めようとするなら、突きしかない。回避するのは簡単さ」


 赤マントが、槍を高速で振り回す。

 それは、巨大な剣での斬撃にも似ている。

 回避するには、速度が足りない。

 受けるには、力が足りない。

 耐えるには、体力が足りない。

 カウンターを入れるには、瞬発力が足りない。

 茜はそれを槍で弾こうとして。

 しかし、槍ごと吹き飛ばされてしまう。

 切り裂かれた茜の服の切れ端が、まるで血のように宙を舞う。


「ヒュー。実力の差は歴然だねぇ?」

「そうかな?」


 即座に態勢を立て直して繰り出される茜の槍を弾きながら、赤マントは笑う。


「そうさ。だって、君の槍は欠陥品さ。そんな細い槍じゃあ、斬撃には使えない。真っ二つに切り裂く感覚を味わえないなんて……意味がないだろ?」


 赤マントが、茜に集中し始めた。

 どういうわけか、赤マントは会話にすぐに乗ってくる。

 恐らく攻撃よりも、そっちの方が気を引くには効果的だ。

 茜もそれに気付いたのか、攻撃の合間に会話を挟んでいる。


 嬉々として答える赤マントの背後に、瑞貴は作戦通りに潜り込む。

 手の中には、十円玉。

 だが、それはただの十円玉ではない


「おい、赤マント! こっちを向け!」

「あ?」


 赤マントが攻防の手を休めずに、瑞貴に視線を向ける。


「何さ、切符君。急にどぉしたんよ?」


 興味と、殺気と、戸惑いのようなものが混じった目。

 いける、と瑞貴は直感で理解する。

 この赤マントは……交渉が通じる相手だ。


「僕と……賭けをしようよ」

「ミズキ!?」


 茜が、驚いたような顔をする。

 そう、これは予定とは少し違う。

 本来の作戦では、この場で琴葉を呼び出して挟み撃ちにする作戦だった。

 だが、この赤マントは予定されてた理性の無い赤マントではない。

 この赤マントは考えて行動している。

 だから、挟み撃ちはあまり意味がないかもしれない。


「ごめん、茜……。でも、お願いだ。僕を、信じて」

「ヒュー、カッコいいねえ!」


 茜の槍を弾いた赤マントが、そのまま茜に蹴りを入れる。

 吹き飛ばされた茜は、そのままフェンスに激突して。


「で? 何すんの?」


 瑞貴へと振りかえった赤マントは、そのまま瑞貴の方へと歩いてくる。


「そこで、止まれ」

「ん?」

「そこから始めよう」


 瑞貴の持つカードを気付かれたらいけない。

 瑞貴が使えるカードは、二枚。

 つまり琴葉と、六花。

 これを、最大限に活かす事が出来なければ、瑞貴は終わりだ。

 唾を飲み込むと、瑞貴は赤マントに提案する。


「何を始めんの? まさか俺と勝負とか?」

「そうだ。僕と、勝負しよう」


 それを聞くなり、赤マントは爆笑する。

 当然だ。

 遠竹瑞貴は弱い。

 正面から戦ったって、絶対に赤マントに勝てるはずがない。


「おいおい、マジかよ。うっかり殺しちゃうぜ? 勝負にならないよ」

「そうだね。だから、一撃勝負だ。アンタの攻撃を僕がどうにかできたら、アンタが攻撃を受けろ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る