第33話

「なーるほど。そうしたら、あそこの同族が俺に槍を突き刺す、と?」


 ふらふらと立ち上がる茜を赤マントは一瞥する。


「この勝負に茜は関わらない。これなら受けるか?」

「その勝負。君が負けたらどうすんの?」


 乗ってきた、と瑞貴は確信する。

 ならば、あともうひと押しのはずだ。


「僕の命を賭けてる。これじゃ不満?」

「不満だね。そもそも君を殺す気はねーって言ってるじゃんよ。真っ二つになった君の切り身なんて、欲しくないんだけど?」

「それは、僕がこっちに来れる切符だから?」


 先程から赤マントは、瑞貴の事を切符君と呼んでいる。

 なら、殺したがらないのも理解できる。

 切符は、使える状態でなければ意味が無いのだから。


「別にこっちの世界とか興味ねぇんだよ。虐殺にも興味はねぇな」

「なら、何しに来た……!」

「おいおい、寝てろって。今は切符君と話してんだよ」


 赤マントは茜の繰り出す槍を自分の槍の横腹で弾き、そのまま茜の腹部に拳を突き入れる。


「ガッ……」

「まぁ、あれだよ。俺はね、切符君をあっちに連れ帰りたいんだわ」


 赤マントの放つ回し蹴りが、崩れ落ちた茜を再びフェンスに叩きつける。

 痛めつけられる茜を見て……瑞貴は赤マントを、思い切りぶちのめしたい衝動にかられる。

 でも、まだダメだと瑞貴は自分を抑制する。

 こいつを確実に倒さないといけない。

 そう自分に言い聞かせ、瑞貴は奥歯を噛み締める。


「なぁ、切符君……あー、遠竹君……いやいや、ミズキクン。俺達さぁ、最高のコンビになれると思わね?」

「思わない」

「そう言うなよ。ミズキクンの事、気に入ってるんだぜ? 俺は向こうでミズキクンに最高の大冒険を提供してやれるし、ミズキクンは俺が何かブッ殺したいなーって思った時にこっちから人間を浚ってこれる。そうすりゃあ、互いにハッピーで無敵なコンビさ」


 狂っている、と瑞貴は思う。

 そんな取引が成立するはずがない。

 会話が通じる分、更にタチが悪い。

 だが、瑞貴はそれでも会話を続ける。


「つまり、アンタが勝ったら、僕についてこい……と?」

「おう。こんな良い条件ねぇだろ?」

「分かった。それでいこう。その代わり僕が勝ったら、必ず攻撃を受けろ」


 瑞貴は、手の中の十円玉を強く握る。


「いいとも。約束するぜ」


 赤マントがそう答えた、その瞬間。


「今の約束、確かに頂きました」


 瑞貴の手の中の十円玉が、空中へと飛び上がる。

 ぐにゃりと曲がって、広がって……それは狐の面を形作る。

 そして、そこから浮かび上がるように長い金髪を後ろで縛った琴葉の姿が現れる。


「こっくりさんか……! なるほど、君の入れ知恵かい!」

「いいえ。これは紛れもなく、彼の作戦。遠竹君、負けたら許しませんよ?」


 琴葉は、そう言って笑う。

 瑞貴と赤マントの会話を聞いていて、琴葉はゾクゾクとした感覚が身体の中を駆け巡るのを感じていた。

 瑞貴が何を考えているのか、琴葉には分かる。

 何を琴葉に期待しているのか、琴葉には分かる。

 琴葉がそれに気付かなければこの作戦は破綻するというのに、瑞貴は琴葉を信頼して賭けた。


 素晴らしい、と素直に琴葉は瑞貴を心の中で賞賛する。

 恋とは、ここまで人を強くするものなのだろうか。

 もっともっと、探求しなければならない。

 その為には、この二人目の赤マントは邪魔でしかなかった。


「ミズキ……」

「ごめん、茜。文句なら、終わった後で幾らでも聞くから。だから、今だけは僕を信じて」


 フェンスに寄り掛かったままの茜は俯いて、伸ばしかけた手をぎゅっと握る。

「分かった。ミズキを、信じる」


 赤マントは、その様子を気だるげに見ていて。

 溜息をつくと、瑞貴へと視線を戻す。


「で、始めていいのかな?」

「いつでも」


 瑞貴は、そう言って集中を始める。

 必要なのは、たった一撃だ。

 それだけ防げれば瑞貴の作戦は成立する。

 

 例えば、赤マントの攻撃を防ぐなら。


 仮定する。

 仮定した光景を、瑞貴は自分の目に映る風景に思い描く。

 想像する。

 赤マントの攻撃を防ぐ為に練り上げたイメージを。


「じゃあ、いっくぜぇっ!」


 赤マントの速度に、瑞貴の目では追いつけない。

 だが、もう幻視している。


 視界が歪む。

 世界は遠くなり、世界は近くなる。

 それは、混ざり合う世界のイメージ。


 一瞬の目眩の後に……赤マントの目の前に、ダストワールドの教室の机が現れる。


「おいおい、こんなもんで防げると思ってんのかよっ!」


 赤マントは、楽々とそれを飛び越す。


「約束は一撃だからなぁっ! 引っかかったりはしねえぜっ」


 槍を振り上げ、高速で落下する赤マント。


 けれど。

 もう一度、世界は混ざり合う。


 瑞貴の幻視したものは、もう一つ。

 掲げた両手の中にある、剣の姿の六花。

 赤マントが振り下ろした槍は、瑞貴が掲げた両手に現れた剣に空しく弾かれる。


「んな……っ! なんじゃそりゃ!」


 赤マントは体勢を立て直し、後ろに下がる。


「……約束は一撃。僕の勝ちだね」


 机は、赤マントの攻撃範囲を限定する為の囮。

 約束は一撃だから赤マントが机に攻撃してくれれば、それでよし。

 蹴飛ばそうと刺そうと、あるいは斬ろうと瑞貴は赤マントの一撃をどうにかしたことになる。

 瑞貴が限定した状況で赤マントが最速の一撃を繰り出そうとするなら、上から来るしかない。

 刺突か斬撃かは賭けだったが……赤マントが斬撃が好きなのは充分に瑞貴は見た。

 剣の状態の六花は瑞貴には扱いきれない重さだが……両手で支えるくらいなら、出来る。

 そして、それさえ出来れば瑞貴でも上からの一撃を防ぐ事は可能だ。


「アンタが上手く引っかかってくれて助かったよ。モノを考えない奴だったら、こんなの不可能だった」

「……なるほどね。まんまとしてやられたわけだ」

「そして、約束だ。アンタは、攻撃を受けなきゃいけない」

「そうだな。まあ、一撃くらいならくれてやるよ」


 そう言うと、余裕そうに溜息をつく赤マント。

 だが、そんな余裕を許すつもりは、もう瑞貴にはない。


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